〔八十一話〕 蒼の死神
変わっていく自分がいた
変わらない自分がいた
蒼い、槍。光の中にあって少々目立つその存在は、けれど闇の中においてはまったく目立つことが無い。むしろ適度に闇へと溶け込み、敵に気づかれること無く命を刈り取る。
まるで死神の鎌のように、畏怖された存在。
かつての仲間たちの中で純粋な戦闘能力ならば工藤 錬に勝るものはいなかった。それと同じように暗殺と分類されるものに関して、氷室 七夜に勝るものは、いなかったのだ。
オールマイティに戦える錬、速さの新、破壊力の健三、暗殺の七夜。
上位に位置づけられる四人の、本来管轄する部分。
いわゆる汚れ役である暗殺が、けれどナイトメアの本来の役割だと七夜はしっかりと理解していた。
力があれば、権力があれば、守りたいものを守ることができる。
ナイトメアにとって暗殺は本業であり、組織には必要不可欠なもの。それを総括する七夜にはある程度の権限が与えられていた。
偵察部隊の統率、暗殺対象の特定、表舞台での対応。特に偵察部隊の統率は七夜にとってこれ以上ないほど都合のいい役割だった。
逃げ延びた叶へと向かうはずの追っ手を統率することで、見当違いの場所を捜索させる。彼女が逃げ延びてから二年の月日が流れた頃、七夜はある組織の女を代わりにして、叶が死んだものだと組織に思わせた。ナイトメアとして生まれた女は、生き返ることができない。その特性を利用して、顔面を粉砕し、血液検査が行われないよう人知れず火葬した。
今となっては、七夜の反乱によって偽装もばれているだろう。
直接守ることができるのだから、どうでもいいことなのかもしれないが。
「……それで? こいつのことを調べればいいんだな?」
薄暗い、蝋燭の光しかない地下の部屋で、七夜はある人物と接触を試みていた。
肩には布に覆われた相棒を担ぎ、黒のスーツを身にまとって。かつての、ナイトメアとしての姿に似た格好で、七夜はけれど相手が驚くほど優しい表情をしていた。
「ああ。報酬はいつもどうりに」
黒のフードを頭から被った背の低い男に、一枚の写真を手渡す。男は一度その写真に目を落とすと、ふむ、と息を吐いた。
「……葉山……か、どうしてこいつを?」
写真に写っているのは片腕がなくなった茶髪の男。残った右手で巨大な鎌を軽々と振っている姿は、かつての通り名、”死神”を彷彿とさせるもの。
「他がどう動くかは、何となく想像がつく。でもこいつは、修三だけはどう動くのか、まったくわからないんだ。動かないかもしれないし、率先して動くかもしれない。どっちにしても、警戒だけはしておかなきゃいけないんだ」
「”蒼の死神”の勘か……わかった、できる限り探っておこう」
「感謝してる。すまないね、こんな危ない仕事ばかりさせて」
「なに、気にするな。付き合いの長いお得意様だ。これくらいのリップサービス、どうということはないよ」
ナイトメアの暗殺部門統括になってから付き合いが続いている情報屋に頭を下げ、七夜は部屋を後にする。元々世間話をするつもりはなかったが、つい、感謝の言葉が口をついていた。
少しずつ、真紅たちに感化されているかもしれない。
関わりを持った、仲間とも言うべき人物たちへの愛着、その人たちの無事を祈る心。
こんな感情、錬と叶以外に抱いたことがないはずなのに。今ではそれが普通のことのように、仲間たちの無事を祈り、そのために行動している。
再会したときの叶は随分と人間らしくなったと感じた。もしかしたら同じように、七夜自身も変化を始めているのかもしれない。
「ふ……変化、か」
それも、悪くない。
無感動に敵を殺し、組織のために生き続けることがどれだけ空しいことなのか。それを知ってしまえば、理解してしまえば、同じように生きることはもうできない。負の連鎖を、悪夢を終らせて全うな人間として生きたいと、願ってしまったから。
そのためなら、どれだけの力を使ってもかつての仲間を、ナイトメアを解体する。
夜の帳が下りた、裏路地。五人ほどが横一列に歩けそうな開けた場所から、少し進むと小さな通路がちらほらと見える。
扉を開いてそこへ出たが、周りの空気に違和感を覚える。
適度に張り詰め、適度に緩んだ空気。
常人ではわからぬほど微弱な気配は、とても懐かしいものであり、同時に嫌悪すべき類のもの。
後をつけられていたのか、待ち伏せされていたのか。昔から使っている場所だっただけに、組織にもここの情報は流れていただろう。少し配慮が足りなかったか、七夜のあとを継いで下位のナイトメアを統率しているものがいるとは思っていなかった。
布を引き千切り、隠れていた相棒を夜の闇へと解放する。月明かりを反射する切っ先はまるでもう一つの月のように、隠れている敵へとその存在を主張している。
「突破して、まくしかないか……少し骨が折れるな」
このまま突破できたとしても、真紅たちにたどり着かれては厄介だ。いずれ戦闘になるとしても、今はまだ何の準備もできていない。せめて真紅たちの状態が万全になるまでは時間を稼がねばならなかった。
むこうから攻めてくることはほとんどないだろう。なら――
「こちらから……突き進む!」
七夜の槍は突撃槍のように突進向きの槍ではない。どちらかというと七夜の繊細な槍捌きにふさわしい、軽くて鋭い、匠の作った業物。それを踏まえたうえで、七夜は突進を選んだ。
足でかき回せば、さしもの連携も崩すことができる。ちりぢりになったところを各個撃破するだけなら七夜一人でも何とかなる。
槍を前に突き出したまま小さな路地へと突っ込もうとする。
直前、七夜は直進をやめた。
真っ直ぐに向かっていた力を片足だけで右側に反らし、槍を構えたまま回避するような行動を取る。
「……鈍ってはいないみたいだな……安心したぞ、七夜」
直進しようとした路地から聞こえる、低くて冷たい声。
感情を押し殺したものとはまるで違う、感情そのものを持たないような残忍な殺気と、それとは対照的な、殺したいと願う、それが叶う前の、歓喜に満ちた気配。
最初、七夜は気配の主は複数だと確信していた。誰が指揮をしていたとしても、指揮官を後ろに置いて、包囲しているのだと。
けれど、勘が完全に外れた。
気配の主はたった一人。それも、今最も出会いたくない相手のもの。
「……意外、だね……直接、それも単身出てくるとは思ってなかったよ」
「お前相手に、まともにやりあえる雑魚なんていねぇ。それなら手の空いてる俺が出てくるのは当然の答えだと思うんだがな?」
「評価してもらえるのは嬉しいけど、嬉しくないよ……修三」
路地から顔を出したのは、三日月型の巨大な鎌。人間の首程度なら一振りで刈り取っていくほどの鋭い刃に、七夜は冷たい殺気を感じている。
目で見ると、そこに込められた殺気が嫌というほど伝わってくる。無感動に殺してきた七夜とは対照的に、葉山 修三は喜んで敵の首を狩っていたと聞く。その片鱗を見たような気がして、七夜はただ握る槍へと必要以上に力を込めていた。
「評価もするさ。双子の死神とまで言われた片割れだ。どれほどの力があったのか、確かめてみたいと常々思っていた」
「……俺は思わなかったな。片腕を、それも利き腕を失ってもほとんど衰えない実力。本来の力でぶつかり合えば、結果はわかっていた」
もしかしたら修三は戦闘センスだけなら錬と互角だったかもしれない。今となってはわからないことだったが、片腕を失っても気おされている七夜にとっては、ともかく強敵であることに変わりはない。
槍を突き出して、七夜は体制を整えた。
「それでも……今なら君を倒せるかもしれない」
「そう、だな……楽しみだよ、お前が俺を殺すのが」
修三もまた、鎌を眼前に突き出す。
互いの武器を一度ぶつけ合い、二人だけの戦いが、夜の闇の中で始まるのだった。
はい、おつかれさまです。
なんだかとってもその一言を口走りたくなる広瀬です。
七夜の話ですが、珍しく指が動く動く。ほぼ考えたとおりに展開ができて、大満足です。
次話では戦闘を描こうとおもいますよぉ。
ところで話は変わるのですが、周りでインフルエンザが流行っております。
まずい、非常にまずい。
ちょっとずつ友達が倒れていく……最後に残った数人……パンデミック!
的なテンションでお送りしております。
いや、マジでインフル怖い。
元々高校時代は二年間で三回もインフルになった自分ですから……インフルエンザ、撲滅! くらいの気合でなんとかならないかと思ってるんですが。
まぁ、なったときは色々放置して寝てることにしますw
ではでは~~。