〔七十八話〕 ある夏の、戦い 〜後編〜
降り注ぐ光の雫
その一粒一粒が力であり、そして
決意の、証
康が前線に出てくるのは真紅が知る限り初めてのことだった。
いつも後方で真紅と天一のフォローばかりしていて、もちろん天一と一対一で戦っているところは知っているが、近接戦闘を見たことは全くなかった。
ともすれば彼の剣技を把握しなければ自分がどれだけ攻勢にまわればいいのかわからない。
「心配しなくていいよ。俺だってそこまで弱いわけじゃない。思い切り立ち回ってくれてかまわないよ」
「そうか?」
「うん、そう。できるだけ時間を稼がなきゃいけないからね、真紅にも本気で攻撃してもらわなくちゃ」
笑顔でそんな物騒なことをのたまう少年に、背筋が凍るような感覚が訪れる。
天一のように仲間を攻撃する、という行為を覚悟した表情ではない。天一の剣には彼の決意がこもり、それによって力の大きさが変わっていく。けれど康の笑顔には覚悟なんて微塵もなく、ただ、相手を攻撃する、という行為に喜びを感じているようだった。
もしかしたら天一は、わざと康を前線に出さなかったのかもしれない。彼の秘める残忍さ、その片鱗だけでも見せたくはなかったから、刀を握らせたくなかったのかもしれない。
無論、本人に確認するつもりなどなかったが十分に意識しなくてはならないと判断できる。
「それじゃ、行こうか。あっちもどうやら、痺れを切らせたみたいだからね」
楯にしていた大木の一本が軋むような音を立てると共になぎ倒された。数多の銃弾を受けきったそれに感謝すると同時に、確かに時間は残されていないことを実感させられる。
おそらくは残り少ないチャンス、ものにしなければならない。
「行くよ。できるだけ時間を稼ぐけど、早くしてね、天」
「……わぁってるよ」
酷く不機嫌そうな声音。二本となった不知火を握りながら、天一にはしかし、さっきまでの威勢がまるで感じられない。
一抹の不安を抱えながら、それでも真紅は康と共にもう一度攻撃へと駆け出したのだった。
――――――
「相変わらず、酷いこと言いやがるよなぁ、あいつは」
容赦のない康の性格に辟易しつつも、それが仕方のないことだとわかっている以上納得するしかなかった。朝倉 天一という一個人の事情を省みる時間など、確かに残されていない。
「はぁ……やんなきゃダメ、か」
二振りの刃が霞のように消滅する。本来は能力を補助するための代物だったが、これから行うことを考えるとただ邪魔なものでしかない。何もなくなった両手だが手持ち無沙汰になることも無く、その両手を左右へ大きく広げるのだった。
「あんまりやりすぎるといろんな人に嫌われるから、本当はやりたくないんだけどさぁ」
嘘だ。そんなもの自分に言い訳しているだけで、単純にその力を使いたくないだけ。力を失っているはずなのに、力を取り戻したいはずなのに、直接戦うための力以外は本当は欲しくなかったのだと天一はよく理解していた。
どうせなら真紅のように、自らの能力を強化する力が欲しかった。身体能力の向上だけなら使い勝手こそよくないだろうが、それでもこんな思いをすることなんて無かったはずだから。
「この空間でだって、本来の力の一割も使えない。なら、心配は無い……か」
言い聞かせる、自分の心に。
言い聞かせる、ここにはいない誰かに。
かつて彼女を、母親を殺した力を天一は両手に集めていく。辛くないといえば嘘になる、振り切ったなんて嘘の塊だ。
それでも振り切らずに進むことなんてできないから。かつての選択と一緒に、歩んでいくことなんてできないから。
ロザリオに戻った不知火を首にかけ、天一は願う。
「ちょっとの間だけ、黙ってみててくれよ、母さん」
不知火の全能力を一定時間停止する。魔力増幅機能と刀の形状を完全に頭から切り離し、両の拳に力を集めるイメージを強く思い浮かべる。
貫くイメージ。
降り注ぐイメージ。
それは誰かを退けるためのものではなく、全てを破壊するためのもの。対象を逃すことなど想像することなく、誰が相手だろうと反撃すら許すつもりは無い。
自分の中に残っている全ての力をぶつける。感情を全て消し去って、天一はただ言葉を紡いだ。
「……空間全てに集う光……一握りだけ、一時だけ、その形を預けろ」
少しずつ世界の光を集めていく。周囲の色がゆっくりと闇に包まれ、本来の色を失い始めるのを確認しつつ、天一はさらに言葉を紡ぎ世界を動かしてゆく。
形式なんて関係ない、興味すらない。元々本職の、魔術師なんて呼ばれる奴等とは全く異なった方法で力を手に入れた天一にとっては、言葉だの仕草だので影響を受けるほど安っぽい力なんて必要が無かった。
「光は集い、剣に変わる……一振り、二振り……」
世界に剣を召喚する。十字架のような簡素な形、けれどそれは絶対の破壊力を持つ力の塊であり、突き貫くことに全ての存在をかけている。
康たちが戦っている開けた土地の頭上には既に、百以上の剣が召喚されていた。
「ふぅ……ただでさえ疲れるんだ、いい加減倒れてくれよ!」
力を増幅させるこの空間ですら、この一発が限界だった。光の剣一本ずつに精神を集中し、魔力を霧散させないように気を張らねばならない。魔力の残量、精神力共にギリギリのラインを保っていた。
タイミングを見誤れば真紅たちまで巻き込む場合がある。そのことも精神をすり減らせる原因となっていた。
空を死なせるわけには行かない。仲間を殺すわけには、いかない。
こんな難しい戦い始めてだと思いながら、天一は声を張り上げた。
「お前ら、下がれ!!」
拳を前に突き出して、天一は降り注ぐ剣の雨を作り出すのだった。
――――――
六花の袈裟斬りと建御雷の横薙ぎが左右から同時に繰り出される。二丁の銃はそれを紙一重で受け止めると、器用にもその銃口を刀の主たちに向け、躊躇いなく銃弾を射出する。何とか回避することもできるが、その都度数歩後退せねばならず、追撃を受ければさらに数歩、退かなければならなかった。
一対一で戦っていたら、負けていてもおかしくは無い。
近接戦で空に押し負けるという事実があまりにも新鮮で、真紅は思わず笑みをこぼしていた。
「余裕だね、真紅」
「はは……どこがだ」
互いに空を挟んで反対側にいるはずだが、声だけははっきりと伝わっている。それが康の力を流用しているのだと感覚で理解しながらも、それを確認するだけの余裕はなかった。
空の狙撃は嫌になるほど正確なものだった。空間を操作できる康には新月を、刀を主体に戦う真紅には実弾を、それぞれ的確な位置に打ち込んでくる。
既に二分以上切り結んでいるが、真紅の額には玉の汗が浮かんでいた。
攻防一体となった空の動きは実に見事だ。隙を見つけること自体苦労するし、そこを攻めようとすればさらに難しくなる。必然的に攻める方法が少なくなり、同時攻撃や波状攻撃を主体で戦うようになっていた。
真紅も、おそらく康も、強がっているもののほとんど余裕が無い。
天一が起死回生の一撃を放つと信じているが、真紅の疲労はかなり溜まっていた。
気を抜けば撃たれる。けれど対峙できるのはあと一回か二回が限度だろう。
そう思った、矢先だった。
「お前ら、下がれ!!」
声が響いた瞬間、鳴り響く銃声の雨をかいくぐって真紅は空の後方へと離脱した。力を使っていなければほとんど蜂の巣になるコースだったが、声を聞くまでは周囲の音を聞くため使っていなかったし、その分スムーズに力を使えた。
康も自らの周囲を力で覆い、遥か彼方へと転移していた。
光が、空から降ってくる。
まるでオーロラのように、幾重にも連なる分厚い光。その全てが天一の創り上げた剣、不知火のダミーだと真紅は感覚で理解していた。
どれもが必殺の威力を持つ、降り注ぐ光の雨。
回避不能なその魔法に、範囲外にいるはずの真紅ですら戦慄を覚えた。
逃げ場など全く無い。この威力では防御もままならない。
なすがままになった空の姿を、真紅は光の外側で見守ることしかできなかった。
どうも、広瀬です。
最近めっきり暑くなりまして、どうにもむしむししてるなぁと感じます。まぁ元々夏は好きなので、何一つ問題はないのですが。
そういえば、私事なのですが先日駐車場に停めておいた車に同じ大学の方が衝突しまして、後部ドアがへっこんでしまいました。
見た瞬間、自分もへこみました。
いやぁ、なんていうんですか、事故を見るのは三度目くらいなのですが自分が当事者になるとこうも精神的にくるものがあるのかと……。
しかもまだ新車の範疇だったので、ダメージが……。
と、事後処理のせいでけっこう前からできていた今回の話をアップするのが遅れてしまいましたとさ。
めでたしめでたし。
あれ、言い訳だって? 自分で気づいてるよ!!!
なんとなく後書きが日記に変わり始めている気がする広瀬でした。
ではでは〜〜。