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〔七十七話〕 ある夏の、戦い 〜中編〜

 紅の刀が奔り、純白の刀が二つの軌道を描く。

 それぞれが必殺、それぞれが渾身。

 けれどもそれは――届かない。

 光の奔流が過ぎ去ったとき、真紅はその光景に言葉を失った。


 天一の増幅された魔力が放つ光の攻撃は速度もさることながら、戦慄する破壊力を秘めている。まともな防御をすれば無論弾かれるどころでは済まないし、一歩間違えば致命傷を負う可能性だってある。



 けれど空は、その中で立っていた。



 右手の新月を楯のように扱い、天一の加速度付きの突きを受け止める。その右手をカバーするように、元々使っていた普通の銃を左手に握り、右手を下から支えていた。


「……吸収、した……?」


 隣に呆然と佇んだまま、康がそんな言葉を漏らす。


 真紅たちの位置からでは攻撃を受け止め、その魔力すら受け止めたようにしか見えない。けれどこの空間の管理者、若元 康がそう口にするのならばそれが真実なのだろう。無論、真紅にはそこまで見極める洞察力はないし、彼らのような特殊な力を感知することもできない。だから真紅には空がとんでもないことをやらかしたのだとしかわからなかった。


「放出されたエネルギーの二割、空への攻撃に利用した力だけを吸収して、落下の力と天の攻撃力だけを銃の楯で受け止める……理論上は不可能じゃない。でも、それは新月に魔力の保管機能が備わっている場合だけ……」


 自問のような声が康から漏れ出してくる。半ば呆然とした声音は康でもこの状況を予期しなかったことがはっきりと窺える。



 真紅は声を張り上げる。



「下がれ、天!」



 空中に取り残された天一はあまりにも無防備だった。


 左手の手首だけを動かして、空は銃口を天一へと向ける。それに気づいたとほぼ同時に天一は両腕の筋力だけを使って弾けるように銃弾の軌道から抜け出し、芝の地面へと降り立った。


 追撃するように二つの銃口が天一へと向けられる。放たれた弾丸を、実弾の方は刀で弾き、砲撃の方はかわすことでやり過ごす。そうして真紅たちが身を隠す林まで撤退すると、同じように身を隠した。


「はぁ……はぁ……は、ははは」



 その表情は、笑顔だった。



「見たかよ、康、真紅! あいつ、俺の渾身の一撃止めやがった! すげぇな!」

「本気で喜んでどうするんだよ」


 呆れて頭を抱える真紅とは対照的に、天一はからからと憂いなく笑った。


「だってよ、あの空がこんなに戦えるなんて思ってなかったんだよ。肉弾戦ならまだしも、ここは魔力が支配する空間だ。覚醒した真紅ならわかるけど、空は覚醒とは程遠い位置にいたはずだぜ?」


 真紅だってまだ理論を理解し、能力を使いこなせる寸前までしか至っていない。だというのに今の空は魔力などと呼ばれる力を完全に使いこなし、一瞬だけとはいえ天一の攻撃を防ぎきった。


 叶の薬とやらが効いているせいなのか、元々その素養があったのかは定かではない。強力な力を使役し、絶え間なく銃弾の雨を降らせる存在は厄介以外の何物でもなかった。


「……馬鹿なこと言ってる暇はないよ。正直、ここは一対一の戦いを楽しみ場合じゃない。それはわかってるよね、天?」

「ん? ああ、そりゃあな。ほんとはサシで勝負してみたかったが、まぁこの際だからしかたがねぇ。真紅、力を貸してくれ」

「……もとからそのつもりだ。愛美は下がってろ。こんなのに真っ向から挑んだら、命がいくつあっても足りないぞ」


 木の陰に身を隠したままの愛美へと声をかけ、真紅は刀を抜き放つ。同時に刀と自分の身体を一体とするイメージを脳裏に描き、刀へと声にならない声を投げかける。


 十字の鍔が光を纏い、瞬時に爆ぜる。六つの花弁を持つ鍔となった六花は刀身に薄い膜が形成され、攻撃力、防御力共に向上している。空と同じように能力の向上を前提とした訓練ばかりこなしてきたためか、六花の扱い方にも少しずつなれ、同時に新たな使い方も考案できるほど余裕が生まれている。


「色々と試すチャンスなのかもしれないな……」


 六花を右手に掲げ、真紅は木々の隙間から庭の中心にいる空へと視線を向ける。二つの銃口を構えた彼は、けれど今は銃弾の雨を一時中断していて、じっとこちらを見据えている。おそらくはこちらの攻撃に備えているのだろう。理性を失っているわけではないらしい。


 こちらもそれなりの戦術を考えねばならなかった。


 遠距離タイプの空相手には、こちらの攻撃が一定期間通用しない。近づくまでの時間、真紅と天一の動きならおそらく三秒、その間空の銃撃をもろに浴びることとなり、前進する勢いを殺される結果にならないとも言い切れない。最悪の場合どちらかを標的にして、もう一方が攻撃できる距離まで近づければいい。けれどそれも、天一の攻撃を受け止めたことを考慮する限り確実とは言いづらかった。


 正攻法では無理がある。なら――


「天、真紅。合図と同時に左右から飛び出して。その後は俺の力で、一秒で空のところへ送ってみせる」


 康の能力、空間掌握に任せるのが最良の判断だといえた。


 真紅は両手で六花を握り、天一は空間からもう一本不知火を召喚し、両手に不知火を構える。


 攻めるのならばチャンスは一度、それ以上いらないといえるほど完璧な攻撃が必要になる。ナイトメアとの戦いのように殺すための攻撃ではなく、相手を屈服させるための攻撃。それが明確な殺意を持った攻撃よりよほど難しいことを真紅たちはよく理解していた。



 だからこその、三人。



 康の指が打ち鳴らされる。


 周囲の音を失って、自らの攻撃対象を空に限定し、敵目がけて疾駆する。左から出た天一も同じように駆け出し、地を疾駆する。魔力の籠もった銃弾が天一に、実弾が真紅に向けられて放たれる。互いにそれを一発ずつ弾いた瞬間、二人を取り巻く世界は色を失い、漆黒の闇の中へと捕らわれた。


 次の瞬間、真紅と天一はそれぞれ空の真横へと移動していて、ほぼ同時に攻撃態勢へと移行していた。


「はぁあ!」

「っらぁ!」


 渾身の一撃。少なくも真紅にとってはそれであり、天一にとってもまた同じであるはずの攻撃。互いに峰打ちながら、その威力を疑う必要など微塵もなかった。



 それでも、決めきれない。



「この……っ!」

「受け止められた!?」


 左右からの攻撃を受け止め、銃口を二人の眉間に向けて掲げている。その眼光は鈍く、二人の姿を見てはいない。二人を”敵”と判断しているのだ。


 次の瞬間、二人の身体はもう一度別空間へと移動していた。すぐに元の林へと転送され、真紅は思わず膝をつく。


「あの速さで、止められる……」

「はは……ありゃ凄いわ。ナイトメアなんて目じゃない」


 刀を杖のように地面へと叩きつけ、真紅は肩で息をする。魔力が増加している空間の中だというのに、一瞬の行動で全てのそれを持っていかれたような、途方もない疲労感が真紅を襲っていた。苦笑いを浮かべている天一もおそらくはかなりの疲労を受けているのだろう。楽しそうだった声音も今は少し曇っている。


「参ったね。これもだめか」


 小さく溜め息をついて、康は頭を振る。


 近接戦闘において仲間内で最強の天一と真紅、その攻撃を難なくいなした体捌きは見事なものだった。近接武器に対して遠距離武器の銃でやり過ごすのは生半可な防御ではなしえないだろう。それを二人同時、それも生粋の剣士である二人の攻撃を防ぎきったのだ。


 今の空が普段の空を逸脱している。その判断が固まったことくらいしか、進展はなかった。


「……仕方がない、かぁ」


 大きすぎる溜め息を吐き出して、康が腰の刀を抜いた。


 紫の柄と長方形の鍔を持つ刀。反りが極端にない、一直線の刀身には六花と同じような薄い膜が形成されていた。


「天、選手交代だよ。俺と真紅で彼の動きを止める。だから……”全力で”、打って」

「……それ、大丈夫なのか?」

「タイミングになれば真紅と俺は退却する。大丈夫でしょ?」

「ちげぇよ……空のほうだ」


 その顔に浮かんだ表情に、真紅はただ驚いた。


 天一の顔に浮かんだのは、躊躇い。


 敵だと判断した相手に対し全力を持って攻撃する、それが天一の戦闘スタイルであり、真紅が最も見習おうと思っていた部分だった。二本の刀から放たれる連続の剣技、迷わない太刀筋、かすり傷程度では止まることのない歩み。その全てが朝倉 天一という少年の利点だった。



 だからこそ戸惑う。



「大丈夫でしょ。きっと、ね」

「……わかったよ。あぁ、わかった。どうせ怨まれるのは俺ですよ」

「……話が見えないんだが?」

「ん? 大丈夫、大丈夫。真紅はさっき以上に空の動きを止めるよう立ち回ればいいんだよ」


 なんだか置いていかれているような気もしないでもないが、真紅はやれやれと頭を振り、立ち上がった。


 空を止めることができるなら、言われたとおりにやってやる。


 躊躇いがちな天一を尻目に、真紅は自分の中で全部の力を使うと決めたのだった。


 七月始まって早々の更新です、ヤッホー、です。

 どうも、広瀬です。


 本当なら六月の閲覧数をダメ押しするために頑張ったのですが、あれ? 今月ってもう終わりだっけ??

 という作者のダメダメな部分が発揮されてしまいました。いやぁ、残念。

 まぁ七月の頭に更新できたのは幸いだったかなぁと思いつつ、また今日も無駄に後書きを書き続ける次第です。


 さて今回はぶっ壊れた空と三人の戦いだったのですが、空があまりにも強すぎる。二人同時に止めるってどれだけだよ。


 あまりにも強すぎる空をどうやって止めるのか、いつもどおりのほほんと考えていきたいと思います。


 ではでは〜〜。

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