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〔六話〕 隣の美少女

 再会は唐突にやってくる。

 それが互いに認識できるものでなかったとしても、少年にとってこれほど嬉しいことはないかもしれない。

 転入二日目。後ろから二番目、窓際の席になった真紅は退屈のあまり頬杖をついて、ぼぉっと外を眺めていた。


「あ、あの……朝凪、くん?」

「ん……? 何だ?」


 隣の席に座る女子生徒の控えめな声に、真紅は緩慢な動きで首を動かし、振り返った。


 少女は腰ほどまでかかる美しい黒髪と小さめな顔が印象的な子だった。他人にあまり興味のない真紅でも彼女を美しいと感じるほど、その容貌は常人のそれとは異なっている。身に纏っているどことなく上品な雰囲気も美しさに拍車をかけているのだろう。

 顔立ちも整っていて、一見すると人形のよう。人形と違うところは、しっかりと感情があるところだろうか。



『お前の隣に座ってる女の子、可愛いよな。外見は可愛いのに、ちょっと引っ込みじあんって言うか。俺のタイプなんだよなぁ、ああいうの』



 登校してくる道すがら、無駄話の途中で空は笑いながらそう言っていた。愛美とはちがった可愛らしさに惹かれたのかとも思っていたが、真紅の目から見ても彼の意見を否定する余地は存在しない。


「えっと……後ろから、朝凪くん宛てにって」

「あぁ、ありがとう」


 彼女は持っていたノートの切れ端を真紅に渡し、すぐに黒板へと視線を戻してしまう。ほんのりと頬を朱に染めているが、真紅は暑いのかな? と思う程度で、特に気にとめもしなかった。


 手のひら大に千切られたノートの切れ端には三行、鉛筆で書かれたメモがあった。



『御子柴から朝凪へ

 ちょっとくらい隣と喋りやがれ

 PS.昼休みは外で食おうぜ』



 何のリアクションもせずに真紅は首だけをひねって真後ろの親友へと恨みのこもった視線を投げかける。


 空は自分のやることは終わったとでも言いたげに、両腕に額を預け、気持ちよさそうに寝息を立てていた。


 前方へ首を戻し、真紅は深々とため息をついた。


 真紅にメモを渡すだけが目的ならば、そのまま手渡しでいいはずだ。つまりこのメモは経由した彼女にも読ませることが目的だと考えることが出来る。


 空はきっと真紅を早くこのクラスに馴染ませたいのだろう。その手始めとして隣に座っている子とくらいは話せるようになれというのだ。気をつけろと言ってみたり、話しかけろとけしかけてみたり、どっちなんだと言いたくなる心を真紅はちゃんと抑えつけていた。


 隣の少女も時折こちらを見ては、すぐに視線を戻すという行動を繰り返している。


 もう一度、今度は小さくため息をついて、真紅はさっきまでつかっていた右手ではなく、左手で頬杖をついた。


「……そういうこと、らしいんだけど」

「あ、は、はい……そうですね」


 互いに何を話せばいいのかわからずに、初めての会話はなんとも気の抜けたものとなってしまった。


 本来ならば話しかけた側から積極的に話題を振らなければならないのだろうが、空と愛美以外の同世代とはほとんど話したことがない真紅にとって、それは無謀にも等しい行為であった。


 それでも何とか、真紅は次の言葉を紡ぎだす。


「とりあえず……改めて自己紹介だ。俺は朝凪 真紅。君の名前は?」


 隣の生徒の名前すら覚えていないというのは失礼だったが、転入してきて間もないのだから仕方がないだろう。彼女もそれを理解しているのか、小さく頷いて見せた。


「私は、高嶺。高嶺 京です」

「……たかみね……みやこ……?」

「はい……えっと、何か……変でしょうか?」


 真紅の戸惑いを察して、京は視線を彷徨わせ、申し訳なさそうに目を伏せた。

 あわてて真紅は首を振る。


「あ、いや。すまない。よろしく、高嶺さん」


 平静を装って、真紅は微笑を浮かべそっと右手を差し出した。

 京は一瞬、おびえたように視線を震わせたが、すぐに優しい笑みを浮かべ真紅の右手に自分の右手を重ねた。


 真紅にとって握手はとても大きな意味を持つ。親愛、友愛などはもちろんのことで、彼は心から興味をもった人間に対してそういう行動を見せるのだ。

 相手が自分を受け入れてくれるのならばもっと知ろうと努力し、拒絶されたのなら完全に興味を失ってしまう。

 当たり前のことに思えるが、他人と関わる際に真紅が絶対譲らないもの。


 彼女の右手はちょっと力を込めれば壊れてしまいそうなほど小さく、柔らかな温もりを持っていた。



――――――



 神凪学園の中庭は、言うだけのことはあってなかなかに大きい。校舎をはさんで校門とは反対側の敷地に造られたその庭は、芝生が青々と茂り、真新しい白いベンチがいくつか設置されている。日当たりもいいため授業をサボるときなどに使えそうだったが、空はお勧めしないという。


 一年の頃にそれをやって、教師陣にそうとう怒られたらしい。呆れて何も言えなかったが、空は懐かしそうにその時の話を教えてくれた。


 両手に食料を持って、校舎から一番遠いベンチに腰掛ける。


「空、知っていて俺をけしかけたな?」


 購買で買ったカレーパンとメロンパンを早々にベンチに置いて、真紅は空を軽くにらんだ。


「当たり前だ。お前とは大半の人生を一緒に歩んできてるんだ。知ってるに決まってるだろ?」


 大して悪びれもせず、空は意地の悪い笑みを浮かべていた。人をからかう悪い癖も今回ばかりは性質が悪い。


 真紅は微かに走った頭痛を必死でこらえなければならなかった。


「入学した直後に気づいてたよ。あっちはまったく気づく気配がないけどな。お前もこっちに戻ってきたんだし、顔合わせくらいはすべきだろうと思ってさ」


 空の言葉を無視して、真紅は手に持ったままだった缶コーヒーを開け、ようとして失敗した。空が見本を見せてくれて、ようやくプルトップを開けると、中の液体を一息で飲み干す。


「……にがい」


 口の中に広がる苦味は嫌なものではなく、どこか懐かしい感覚を真紅に与えてくれた。


 家を離れる前、まだ家族みんなが元気だった頃は、父の飲むコーヒーにも興味があって一度だけ飲ませてもらったことがある。その時は苦味をただ苦いと思うだけだったが、今は少しだけその旨みもわかる気がした。


「高峰 京、か。見違えるほど変わってたな」


 昔を懐かしむなど自分には似合わないと思っていた。必要のないものまで思い出してしまいそうで、怖かったというのも本音のひとつだ。もう戻れない安らぎを、思い出してしまいそうで。

 それでも彼女のことは、簡単に思いだすことができた。



 まだ十歳にも満たない頃、真紅はある屋敷に入り浸っていた。


 自分の家でも、空の屋敷でも、愛美の屋敷でもない。そこは真紅の父、白羽の友人の屋敷だった。


 始めてその屋敷に行ったとき、真紅は一人の少女を見つけた。

 部屋の中で独り、虚空を見上げて黙している彼女は一見すると人形のように可愛らしく、同時に生気を感じさせないその瞳は当時の真紅に危機感を与えるほどのものだった。


 だからだろうか。放っておくことができなかった真紅は彼女を部屋の外へ連れ出した。空や愛美たちとも引き合わせ、毎日のように顔を見せに行った。そのおかげか、数ヶ月のうちに彼女はちゃんと、人間として笑えるほどになっていた。



 だがそれも過去の話。両親を失い世間を追われた真紅は、その後の彼女がどうなったのか知らない。


 だから彼女の変化を目の当たりにして、すぐに同じ人物だとは思えなかった。


「あいつ、あんなにしっかりと喋れたんだな」

「そうだな……確かに昔の彼女と照らし合わせるのは無理かもしれないな。人と接することを拒否してた昔の彼女じゃない。今の彼女は、人形じゃない」


 言い終わる前に口の中へと焼きそばパンを放り込んで、空は嬉しそうに笑っていた。

 かつて危うさを含んでいた彼女は、今はその危うさの片鱗すら残してはいない。


「いい方向に変わっている」

「なんだよ、真紅。父親みたいな顔してんぞ」

「ん? あぁ、娘が成長する親の気持ちって、こんなものなのかもしれない」

「……なんか違う気もするが、まぁいいか」


 話をやめて真紅も食事に取り掛かる。カレーパンの袋を力任せに破って、カリカリの衣と同時にピリ辛のカレーをかじる。由緒ある学園だか知らないが、購買のパンはなかなかにおいしい。


 カレーパンを食べ終え、さて次はメロンパンに取り掛かろうとした頃、真紅の対愛美センサーがその存在を捉えた。


「……嫌な予感がするんだが」

「奇遇だな。俺もだ」


 邪魔になるコーヒーだけをさっさと飲み干して、空は早くも逃げる準備を始めていた。真紅もまだ封を切っていないメロンパンを片手に、ベンチから腰を上げかけた。


「ようやく見つけた。こら、そこの二人! 逃げようとするんじゃないの!」


 よく通る声に二人は深々とため息をついた。


「別に……逃げようとしたわけじゃない」


 真っ赤な嘘を平然と吐いて、真紅は声の方向へと振り返った。


 そして、真紅の思考は一瞬だけ停止した。

 校舎からやってきたのは愛美だけではなかった。友達と食事を取ると言うのだから誰かと一緒なのは当たり前のことだったが、もう一人の少女の存在は真紅にとって予想外のものだった。


「むさくるしい昼食だろうと思って潤いを与えに来てやったわよ。今日のゲストは、高嶺 京ちゃんで〜す」


 元気のいいというよりは騒がしい紹介の後、愛美の隣に立っていた京は小さく会釈をよこし、どうしていいのかわからずに視線を逸らしている。


 愛美に無理やり連れてこられたということは彼女の態度を見ればすぐにわかったが、真紅は愛美に視線を向け、素早く愛美の腕を引き寄せた。


「わっ! ちょっと……」

「どういうつもりだ、愛美」

「なにってそりゃぁ……」

「悪いが、昔のことは話すなよ。いくら昔馴染みだったとしても、彼女は……敵だ」


 敵。自分で言っておいて真紅は心の隅に鈍い痛みを覚えた。


 彼女の父親はかつて真紅の両親を殺した企業の幹部だった。昔こそ主だった役職についてはいなかったが、彼女の父に真紅の生存を知られることは得策とは言いがたい。


 愛美は驚愕に目を見開いていたが、すぐに申し訳なさげに目を伏せ、ごめんと小さくつぶやいた。


「まぁ、昔のことさえ話さなければ普段どおりでかまわない。幸い、彼女は俺のことを覚えていないようだからな」

「……それって、すごく悲しくない? あの子のために一番がんばってたのは、真紅だよ?」


 小さな頭に右手を乗せて、真紅は優しく微笑んだ。


 たとえ愛美の言葉が正しくてもそれは過去の話だ。今ここにいる『朝凪真紅』と、京と遊んでいた昔の自分は違うのだ。周囲を取り巻く環境も、真紅自身ももう昔のままではいられない。


 それに真紅はただきっかけを作ったに過ぎない。彼女がここまで成長したのは、ひとえに彼女自身の努力の成果だった。


「あの……お邪魔、でしたか?」

「いや、そんなことない。空なんかと二人きりだと、確かに味気ないからな」

「おい、それはちょっと傷つくぞ」


 大仰に傷ついたとジェスチャーする空。そのおかげで京も緊張がほぐれたのか、小さく笑い声をもらしていた。


 初めて会ったときは日陰が似合う女の子だった。けれど今のみやこは少々奥手だが、しっかりとした意思を持って太陽の下を歩いている。


 もう彼女は人形などではないのだと、真紅は一人、大きな安堵に酔いしれていた。



 こんばんわ、広瀬です。

 少しはスピードが上がってきたかな? と思う今日この頃ですが、いかがでしょう? まぁあまり変わっていないかもしれませんが。

 さてようやく主要キャラがそろってきましたが、まだ全員というわけではありません。次話で出せたらいいのですが、ちょっと難しいかな……。

 気長に新キャラを待っていただけると幸いです。

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