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〔六十二話〕 覚醒の序曲

 新たな力。それは甘美な響きを宿し、持たざるものを誘惑する。


 かつての力。それは誰しもがいつかは体感するであろうもの。

 刀というものは現代においては芸術品の色合いが強い。一部の人間以外は扱うことを許されておらず、美術館や展示会などに行かなくては一生見る機会がない人もいるだろう。それは槍や銃などについても同じである。


 だから今の高嶺家は、一種の展示会とほぼ同じような状況なのではないだろうか。


 客間に集められたこの屋敷に存在する全ての武器。それを目の当たりにして、真紅と天一はただ溜め息をつくことしかできなかった。


 真紅の六花、天一の不知火を筆頭に、テーブルの上には槍が二本と銃が三丁、ナイフが十数本に刀が一本と、どう考えても一般の家庭に存在する物量ではないだろう。


 その中でも特に存在感を示しているのは、やはりこの二振りの刃だった。


「六花と不知火……確かにお前の言う通りかもしれないな」


 小さく呟いて真紅は自らの新しい刀、六花を手に取った。十字型の鍔を持つその刀は奇妙なくらい手に馴染んでいて、新しい相棒というよりは長年連れ添った夫婦のような印象が強い。


 しかしそれは、本来の刀という定義には当てはまらないものではないだろうか。


「不知火は本来、この世界に存在する刀じゃないんだ」


 天一の言葉に真紅はただ納得する。刀自体が意思を持っているような感覚は実際に握って戦った身としては言われずともわかる違和感であり、同時にそんな説明がジグソーパズルの最期のピースであるような、しっくりと来る感覚があった。


 そしてこの六花は不知火と同じような感触、つまりは不思議な違和感を植えつけていた。


「こいつを打った刀工、本当に人間かよ? 明らかに人間業じゃない、っていうよりもこんなことができる人間がいるなら、ものすげぇ筋肉してると思うぞ」

「どういうことだ?」

「刃金と庵の圧縮。って言ってもわからないだろうから、刀の峰と刃の部分、って言うのかな。ともかくそこらへんの圧縮率が異常な密度なんだよ。お前の話だと頼んで数日の代物なんだろう? そんな数日でここまで硬い刃を作れる、そんな人間いねぇよ。うちの師匠でも、おそらくこんなもの作れない。それにな、何よりなんだよこの感覚。お前は手に馴染むような感覚らしいけど、俺には……なんか、手が焼けるような感じがしたぞ」


 あの老人が普通の刀工でないことは真紅も理解していた。しかしまさか天一が驚愕するほどの人物だったとは夢にも思わなかったし、今でもそんなたいそうな人物だとは思えない。


 少し寡黙な印象があるが彼はただの人。少なくとも真紅はそう思っていた。


 だが実際にこうして他の武器と並べてみてみると、その違いが色濃く現れる。存在感の違い、鞘から抜き放たれた際の圧迫感、造形の美しさ。どれもが段違いで、不知火にも引けをとらぬほどの存在。


「それで、お前はこれが危険な刀だと言うのか?」

「そこまでは言ってないさ。ただ何か……それが本当にそいつの姿なのかと、疑問に思っただけのことだ」

「? どういうことだよ?」


 頭を掻いて、天一は一つ息を吐く。


「……言っとく。お前はおそらく、俺たちの同類だ。うちの師匠が言う”魔力”とやらを体内に持ってるし、お前の場合はそれを内部で使うことができている。だからこそこの刀はお前のそれに反応して、お前を主だと認めたんだろう。こいつは俗に言う妖刀って部類に入ると思う」

「同類って……それじゃ俺も、お前や康みたいなことができるって言うのか?」

「いや、お前のそれは体内で使うことに長けているらしい。お前の反射神経や運動神経が上がるのは、そういった力を消費しているからだ。だから回復せずにぶっ続けで使うと頭痛がしたり記憶が飛んだりする。ってこんな話、前にもしなかったっけ?」


 首をかしげながらああでもないこうでもないと思案する天一。傍から見ている分には滑稽でしかないその姿を視界に入れつつ、しかし真紅は自らの刃に意識を注いでいた。


 妖刀。言われてもさほど実感はない。確かに他の刀よりはしっくり来るし、この刀を生涯の相棒とする覚悟もすぐに固まった。


「妖刀……ねぇ」


 妖刀といえば禍々しい印象がある。使用者に何らかの悪影響を持っているというのも俗世の通説ではないだろうか。しかしこの刀からはその真逆で、澄んだ何かを感じさせるものだった。


「……っと、話がかなり反れたな。本題に戻そう」


 深い思案から舞い戻った天一はテーブルの上に鎮座するもう一本の刀を手に取る。


 薄紫色の柄で二人の刀より少しだけ短いそれは、初めて見るもの。


「これが”建御雷”。ほとんど使ってるところ見たことないけど、康の刀だよ」

「……え? あいつ、刀なんて使うんだ」


 康はあの強力な能力だけで、直接戦うことなどないだろうと考えていた。


 空間掌握能力。ほぼ無敵だろうと思っていた能力は、しかし天一曰くそれほど万能ではないらしい。


「アレはそれほど万能でもないさ。副作用もあるし、何より近接戦闘に弱すぎる。それを補うためにこいつが必要ってわけだ」


 銀色の鍔をそっと撫で、鞘を握って真紅に渡す。


「抜いてみ。たぶん結果は、俺と同じだから」


 どういう意味なのかわからぬまま、真紅はその紫色の柄に手を伸ばす。滑らかな柄をそっと掴むと、一息に引き抜――



 ――こうとして、思った以上の抵抗にあった。



「……抜けない?」


 どれだけ力を込めようと、鍔より先はピクリとも動かない。天一も同じ結果だとすると、力が足りないというわけではないのだろう。


「そう。康の野郎、こいつに封印でもかけてるらしくてな、あいつ以外は誰一人抜くことができないんだ」

「そんなこともできるんだな」

「そういうこと。いい機会だ、俺らの力について、深く説明しとこう」


 自分の刀を手にとって、天一は柔らかいソファーへ身を落とす。テーブルを挟んだ反対側のソファーに真紅が座ると、彼は不知火を抜いて切っ先を真紅の頬に添えた。


「師匠に聞いた話によると、この世界で成り立っている”力”ってのは何らかの自然属性に属しているらしい。俺の光もそうだし、恵理の風もそうだ。でもお前のそれや康の空間掌握みたいな、自然とは少し離れたものも存在する。それでわかったことなんだが、力の使い方によっては様々な現象を引き起こすことも可能だ」

「現象、というと?」

「まず康がこの刀に施した封印。これは鍔と鞘の結合部分の空間を自分以外の人間が使おうとした際、圧縮することで封じ込めている。こいつみたいな半永久的な能力は、施す際に若干の魔力を消費するだけですむ。今、康は魔力を消費してないからな。んで、俺の不知火もそうだ。こいつはそもそもが実体のない刀だから、俺の属性に呼応させて半ば強制的にこちらへ引っ張ってきている。俺の力が消失してもこいつを呼べるのは、康の封印と同じ原理ってわけだ」


 力が必要ないのなら天一が不知火を使えることにも一応は説明がつく。しかし問題なのはなぜここでそんな話をしているのかと、それがどう六花と関わってくるのかという点だった。


 真紅の疑問を汲み取ったのか、天一は大仰に両腕を広げ、溜め息をついてみせる。


「つまり、その刀も同じようなものだってこと。俺らのような力をぶつけることで、何らかの反応を見せてくれるんじゃないかと思ってさ。そういう不思議な刀には、大抵特異なものがついてるもんさ」

「……よくわからないな」

「わからないならわからないなりに、そいつと正面から向かい合うべきだってこと。ま、俺は詳しいことなんてこれっぽっちもわからないし興味もないんでな、頑張って向き合ってくれよ」


 不知火を鞘に納め、天一は大きく伸びをした。


 これ以上ヒントはくれない、ということだろう。天一なりのアドバイスに感謝しつつ、はて自分たちはなぜ武器をここに集めたのかと思い出した。


「あ、おい、天! やることやってない」

「……あ」


 退室しようとしていた天一が踵を返して駆け戻ってくる。そのままさっきまで座っていた場所に座りなおすと、今度は七夜の槍を手に取った。


 全員の武器の点検と、武器から見て取れるここの戦力分析。


 康に頼まれたこの役割は、どうやらようやく始動したようだった。



――――――



 荘介の執務室。荘厳な印象をもつその部屋には大きな執務机と小さなテーブル。テーブルを挟むように二つのソファーが設置されており、ソファーの後方にはそれぞれ書物が詰まった棚が鎮座している。


 ソファーに座っている白衣姿の叶と黒いスーツを着た七夜。並外れた精神力ではその正面にいられないはずだが、康は涼しい顔をして様々な事象が描かれた書類に目を通していた。


 今、可及的速やかにすべきことが二つある。一つはナイトメアの襲撃に対する防衛策を考案すること。要人をこの屋敷に終結させることができれば最善なのだが、対象は空や愛美の血縁者、ひいては使用人にまで及んでいるのではないかと康は睨んでいる。そのためそういった打開策はほとんど無謀と言ってもいい。最善の案としては敵の目をこの屋敷だけに集中させるか、徹頭徹尾こちらの動向を隠し通すかの二択。もっとも先日の対聡司戦を終えた今となっては、こちらの現在位置は知られていると考えていい。


 そちらの問題は叶や七夜の意見も取り入れて対策を考えているが、本当にまずいのはもう一つの問題のほうだった。


 それは、天一に自らの力を理解させること。


 朝倉 天一という男を康はこの世で一番理解していると自負している。光という漠然とした力を有し、驚異的な戦闘力で敵をなぎ倒す。あの快活な性格からは想像できない知略と戦術は康のそれなんて霞んでしまうほどの力を持っている。しかし最も危惧すべき力は、彼の本質にあるのだ。


 あいつは、自分と不知火の本当の姿を理解していない。



 一度だけ、本気の天一と戦う機会があった。彼の師匠が用意した舞台で、お互い本気を出しても死なないよ、という言葉を鵜呑みにしたからこそ実現したもの。天一はその場で、不知火の二刀流という荒業を見せ付けた。


 あの時の感覚を康は今でも忘れない。いいや、忘れられない。肌があわ立つどころか、光に焦がされているような感覚。存在するだけで敵を焼き殺そうとするあの刀に康は初めて脅威を抱いた。同時にその力を制御し続ける精神力に感嘆したものである。


 戦いの結果は康の惨敗。康の魔力が尽きたことで、天一が剣を退いたのだ。それでもよく戦ったほうだとは思う。空間隔離を何度となく破られ、何度彼の間合いに入ってもかすり傷一つ負わなかった。そのときの教訓を生かし『建御雷』という仰々しい刀を手に入れて、修練を欠かしたことはない。



 全ては、本気の天一と互角に戦うために。


 一種の目標と化した彼だが、今は見る影もない。


 聡司というナイトメアがどれだけの力を持っていたとしても、天一の力があれば遅れをとることはないはずだ。そのはずなのに、三人で戦っても苦戦したなどという話は――


「……本当に、情けないな」

「どうかした、康くん?」


 叶の怪訝な表情になんでもないと首を振って見せ、康は資料に目を落とすフリをする。


 どうにかして彼の力、その片鱗だけでも取り戻させなければ、彼は戦いの中で命を落とすだろう。これは勘ではなく、確定事項。いくら不知火という刀を持っているとしても、あの程度の剣術では先が知れる。無論康よりは強いが、空間掌握の力を使った康と比べることはできないだろう。


 さて最善の策、といわれるとこちらの問題にはどう手をつけたらいいかすらわかっていない。他の二人に相談できるようなものでもなければ、天一自身も頭を悩ませる問題のはず。あの男が思案して、それでも解決できないような問題で、康に打開策がひねり出せるはずもない。


「すいません、少し席を外します」


 二人の承諾を得るよりも早く、康は執務室から飛び出した。


 足早に庭へと出ると、誰もいないはずの上空に声を張り上げる。



「いい加減出てきてください。見ているんでしょう?」



 自分の師匠でもないのにそこにいることを承知している。そんな自分がどうにも悲しい。そしておそらく康の想像通り、そこに彼はいるのだろう。



――背後を取られた。



 そう自覚したのは、完全に背後を取られ、首筋に切っ先を向けられてからだった。


 殺気がまるで感じられないのもその要因だっただろうが、空気の動き、空間の変化、どれをとっても彼の動きを察知することができなかった。



 格が、違いすぎる。



「儂の存在を察知したまではいいが、こうまで簡単に背後を取られては情けないのぉ。若元の」

「……あなたほどの達人でなければ、こんな簡単にやられませんよ」


 首筋に当てられていた切っ先が引かれ、康の全身から緊張の糸がほどけていく。芝の地面に両膝をついてから気づいたが、全身から汗が噴き出している。体は素直だなんて馬鹿な考えを拭い去って、首をひねって背後の老人を仰ぎ見る。


 鼻先に触れるほど長い銀髪。天一すら名を知らぬその老人は、真面目な話でもおかしな方向へ進めてしまうという類稀な、かつまったくいらないスキルを持っている。しかし今回ばかりは沈黙させなければならない理由がある。


「教えていただけませんか? どうすれば天の力を、取り戻すことができるんです?」

「お前自身のことでもないのに、よくもまぁそんなことで儂を呼び出す」

「あなただって、あいつが心配だからここにいたんじゃないですか?」


 彼がここにいるという確証はなかった。もちろん空間掌握の力を使えばいるのかどうかくらいはわかるだろう。いや、彼の場合はわからないかもしれないが、ともかく今回は彼の考えを聞くことが目的で、それ以外は全て些細なことだった。


「教えてください。何か、策はないんですか?」

「……あいつの力は、別にあいつから失われたわけではない。栓をされているだけだ」


 小さな溜め息と共に、彼はぽつりと呟いた。


「栓をされた水道をもう一度使えるようにするには、どうすればいいかな?」

「そんなもの、栓を抜いてやればいいだろう?」

「そうだ。しかし思いのほか栓は堅い。どれだけ腕力に訴えようと、道具を使おうとビクともしない。さて、そんな時、君はどうやって栓を緩める?」

「どうやって、って……いつから謎かけが趣味になったんです?」

「いいから。ほら、君ならどうする? あの阿呆が認めた君なら、この問いに答えを出せるはずだが」


 そうは言われても力でも道具でもどうしようもないほどの栓を、緩めることなど容易ではない。ビクともしないとまで言われては、どうやっても無理だと考えるほかないのだろう。


 なら、どうするか。


 こんなとき、天一ならどんな答えを出すのだろうか。それ以前に『余計なことすんなよ』とか笑いながら、康の後頭部に容赦ないツッコミを入れるのだろう。そんな姿が容易に想像できて、今もその心配があるのだと気づき背筋が凍る。



 あいつが、じゃなくて康自身がどう応えるのか。それが今、必要なことなのかもしれない。



「……栓は、どうやっても動かないんですよね?」

「ああ。そうだ」


 簡単なことじゃないか。単純に考えればわかるはずだったのに、変に気を回しすぎている。


「簡単だ。水道のほうを、蛇口を変形させればいい」

「それでは、蛇口が元に戻らないかもしれないぞ?」

「かまわない。その変化が蛇口にいい影響を与えるかもしれないし、悪い影響を与えるかもしれない。その先は、蛇口自身が決めることだ」

「……はは、ははははは! おとなしいかと思えば、存外に言うなぁ」


 大声で笑い出した彼の銀髪が、康の視界を一瞬だけ隠してしまう。視界が開けた瞬間には彼の姿はそこになく、屋敷の屋根に座ったその姿だけが、少し小さく確認できた。


「やりたいようにやるといい。儂が許可しよう」

「ありがとうございます」

「なんのなんの、これも可愛い弟子のためだよ」


 それが弟子の望むことか、それとも弟子を谷底どころか地獄に突き落とすものなのかは、おそらく彼の念頭にはないだろう。それは康にとっても同じこと。



 やつを信頼しているからこそ、荒療治だってやってやれる。



 そんな言葉を自らの中に反芻させ、詳細を決めるべく、康は屋敷へと戻っていくのだった。



 はい、というわけで今回は珍しく量が多い、というか地の文が無駄に多い気がするのは広瀬だけでしょうか?


 今回は真紅の力について自覚を促し、天の力を取り戻させる計画の布石、ということになるのでしょう。や、書いてる作者がわからんのじゃぁどうしようもないだろう。


 とにかく次話はまた少し、ファンタジーの世界に片足を突っ込むことになるかもしれません。

 文章力のない、さらには最近更新も遅れがちな作者ではありますが、できれば暖かい目で見守っていただけると幸いです。







 あぁ、眠い。(本音)





 っと、失礼。

 ではでは〜〜。

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