〔五十九話〕 似た者同士の考え
力ばかりに固執する。
そんな必要、なかったはずなのに。
翌日早々に屋敷を出た空は、使用人の運転する車に真紅を乗せ途中で愛美を拾い、向かった先は昔、真紅につれられて通っていた場所だった。
どうして、と疑問が浮かぶ前に昨日何が起こったのか何とはなしに理解していた。
ようやく決心したのかという安堵のほうが強い。今まで京に本当のことを教えなかった真紅が、ようやく真実を語ったのだと。今まで喉の奥に引っかかっていた小骨が取れたような、気持ちの良い感覚が空の中を駆け抜けていた。
高嶺家の屋敷を見たのは久しぶりだった。同じ街にあるのだが学園から正反対の位置にあるここは、普段は用事がなければ近づくこともない。昔は真紅と一緒に京を元気付けるため通っていたはずだったが、真紅がいなくなり、京が表情を取り戻してからは自然と足が遠のいていた。
だから客間に通されたとき、空は我が目を疑った。客間自体は上級のソファーと暖炉、鹿の頭の剥製など昔とほとんど変わったところはないのだが、最も変わっていたのは彼女、高嶺 京の表情だった。
「あ、いらっしゃい」
今まで学園で散々見てきたはずの顔。けれどそこに咲いていた誇らしげな笑みと清楚なワンピース姿はあまりにも、あまりにも彼の知る京とはかけ離れていた。その驚きは空だけではなく、隣で寝ぼけ眼を擦っていた愛美も同様のようで、驚きで完全に目を覚ました彼女は小動物のようにパタパタと京へと駆け寄っていった。
「どうしたの、京ちゃん! いつにも増して可愛いよ!」
「え、そ、そんなことないと思うんだけど……」
戸惑いがちに頬を赤らめるその仕草は、愛美の言うとおり可愛さを増している。今までは容姿の美しさと弱々しさから保護欲をかきむしられるような感覚のほうが強かったが、今の彼女はまるで違う。可憐、その言葉がよく似合う。
何が彼女を変えたのか。今日ここにやってきた理由と真紅の行動から容易に理解することができるが、空の中にある嗜虐心が鎌首をもたげていた。
「……真紅」
「どうした、空?」
「キスでもしかた?」
瞬間真紅が吹き出した。同時に茹で上がったタコのように赤くなる。
「そ、そんなことするわけないだろうが!」
「どうだか。京ちゃんは純情だからなぁ。案外あっさりと……」
言いかけて、真紅の邪悪な目に止められた。それ以上変なことを言えばただではすまない、とでも言いたげなその目にただ降参するしかなくなってしまう。もちろん愛美や京に気づかれないよう表情は笑顔のままだ。いつの間にそんな器用になっていたのかとビックリしながらも、そろそろ本題に入ろうとした。
「で? いろいろと説明してくれるんだろう?」
「ああ。ただ、まだ全員がそろったわけじゃなくてさ」
そんなことを言った直後、玄関のほうから軽い足音が聞こえた。ドアが開き、そこから現れた少女は空たちが通っている学園の制服を着た朝倉 恵理。確か制服はまだ届いていないはずだが、彼女はじゃれあう愛美と京のほうへ一目散にかけてゆき、飛びつかんばかりの勢いで両手を広げていた。
「まなみちゃ〜ん、み〜やこ〜」
「え? 恵理ちゃん?」
豪快にダイブした恵理を二人で受け止める。倒れなかったのは愛美の脚力のおかげか、恵理が軽かっただけなのか。
彼女の後にやってきた二人は空たちとは違うものの同じ学園の制服を着て、片方は眠そうに、片方は申し訳なさそうに客間へと足を踏み入れた。
「お〜〜〜〜〜〜っす」
「……随分と眠そうだな」
「あぁ……昨日はいろいろと、疲れたし」
「そうか。昨日は、手間をかけた」
「あ〜〜、気にすんな」
なにやら意気投合している真紅と天一。元々似た部分を持っている二人だから別段おかしなこともないのだが、少し見ない間に随分と仲がよくなったものである。
少し距離をとっていると隣に天一の相方、康がやってくる。
「いつの間に仲良くなったんだろうね、あの二人」
「……そうだな」
康と二人で話す機会はまだなかった。真紅が連れてきて、あの鬼ごっこがあって、いろいろとごたついたせいもあっただろう。こうして二人で話してみると、何となく波長が合うような不思議な感覚にとらわれる。どうしてもっと早く、互いに話をしてみなかったのかと後悔するほどに。
肩をすくめる康は真紅たちを眺めながら、ゆっくりと口を開いた。
「俺たちはきっと、彼らのような役回りにはいないんだと思うよ」
「どういうことだ?」
悟りきったような口調。何となく言いたいことがわかるのだが、空は持ち前の意地悪で康に先を促す。彼はもう一度肩をすくめると、優しく目を細めていた。
「真紅や天のような『主役』になるべき人間じゃないんだよ、俺たちは。彼らのような存在を陰ながら支える、それが俺や君に与えられた役目なんだと思うんだ」
真紅のような何かを始める原動力。天一のような全てを自分で片付ける活動力。性質こそ違うものの、あの二人には自分だけでもやっていける何かがある。けれどそれは自分一人で何かができるわけではなく、誰かの助けがあってこそ成立しうる才能。彼らを認め、共に歩んでいく存在がいなければただ空しいだけの力。
康はそれを理解していたから、天一と共に行動していたというのだろうか。いや、それだけであのじゃじゃ馬に付き合えるような心の広い人間が世界広といえど存在するとは思えない。
「で? どうしてお前は、あいつを支えてられるんだ?」
思ったとおりの質問をぶつけると、康は恥ずかしそうに頭をかいて、笑みを見せた。
「やっぱりさ、親友だから。力になってやりたいと思うじゃない」
康の言葉は至極全うな、たったそれだけで説得力のあるものだった。けれどそれこそ、本来空も持っていた感情。親友だから、仲間だから。だから支える。根本にあったはずのその感情を、空は忘れかけていたのかもしれない。
無力な自分に嫌気がさして、戦える力なんて求めて、馬鹿馬鹿しいことこの上ない。
もしかしたら康は、そんな空の心情を察してこうやって話しかける機会をうかがっていたのかもしれない。何となく、そんな気がした。
女性陣がソファーを取り、左方の椅子に天一、右方に康。ソファーの右後方、少し離れた場所にある椅子に空が座り、全員の正面に真紅が立っていた。いろいろと説明すべきことがあるというが、京と恵理は楽しそうに話しているし、天一にいたっては完全に眠りこけている。まともに聞いているのは康と空、あと二人の会話に時折参加している愛美くらいだろうか。
「昨日の夜、烏丸 聡司というナイトメアと交戦した。俺と天、それに味方になったナイトメア、氷室 七夜と共にそれを撃退した」
「損害は?」
問いかける康に、真紅は一度目を伏せる。
「俺の刀と、七夜が軽い傷を負った。今彼がいないのは、大事をとって治療に行っているからだ」
「君や天が共同で戦っても損害が出るのか……相当厄介な相手だったみたいだね」
「ああ。それと重要なことが一つ。心して聞いてくれ」
珍しいと素直に思った。真紅が前置きを置くことなどほとんどない。それだけ重要なことなのか、それとも何か別の理由があるのか。どちらにせよ聞き逃すことはできないと、空は身を乗り出した。
「俺たちの敵、ナイトメアは……殺しても蘇生する」
「……は?」
「その場で蘇生するわけじゃない。やつらの研究所、死んだナイトメアはそっちで新たな命を得るらしい。七夜の話と、俺の体験から考えても間違いのない事実だ」
事実だといわれても、にわかには信じがたいものだ。死んだ人間が別の場所で生き返る。ゾンビでもあるまいし、容易に受け入れることはできない。
しかしそんな空を置き去りにして、康は何か納得したように頷いて真紅に問いかける。
「彼らに恐怖心がほとんどないのは、それが原因と考えてもいいのかな?」
「だろうな。死んでも生き返れるんだ、恐くもなくなるだろう。ただペナルティもあるらしい。死んだナイトメアの力は、死ぬ前より弱くなるらしい。どれほど弱くなるのかはわからないが、俺たちが苦戦したときほど強いことはないだろう」
いつまでも固まってはいられない。無理やり自分を納得させて、空も問いを重ねる。
「それでも、その聡司ってやつが一番強いわけじゃないんだろ? それに、殺しても生き返るならどうやってやりあうんだよ?」
死んでも違う形で生き返るならゾンビよりも性質が悪い。ゾンビは頭をふっ飛ばせばいいが、ナイトメアは全身粉々にしたとしても復活する。ならばどうやって対応すればいいのか。
真紅は小さく頷いた。
「それを今、七夜や京の親父さんを混ぜて検討しているんだ。ナイトメアである七夜と研究施設に無条件で侵入できる人がいれば、少し時間がかかるかもしれないがいずれ対抗策がわかるだろう」
「それまで防戦一方……ってことか?」
「そうだ。この話は昨日、天と恵理、それに京にもしてある。しばらくはここを拠点にして、活動することになるだろう」
「活動って……どう、するの?」
それまで口を閉じていた愛美が、震える声を押し出すように口を開いた。
一瞬、震えは恐怖から来ているのだと思ってしまった。けれどその声に若干ながら、怒りの色を見たとき、その背後にいた空が恐怖に体を固まらせた。
「とりあえずは情報を集めること、かな」
「そんな大事なこと、あんたたちだけで決めたんだ」
正面にいる真紅も気づいたのか、息を呑むような仕草が空の目にもはっきりと映った。康はきっと、気づいていない。付き合いの長い二人だからこそ気づく微妙な変化。普段ならさっさと逃げ出すところだが、今回ばかりは勝手が違う。
「どうして、私たちに何か言わなかったの?」
「……これ以上巻き込みたくなかった」
「じゃあ、どうして今話したの?」
「それは……関わった以上、危険が及ぶかもしれない。だから一箇所に固まって、防戦に徹したほうがいいと思ったからだ」
「……っの! あんたはどうして……いつもいつも!」
ソファーから勢いよく立ち上がって愛美は語尾を荒げる。敵と対峙するときのように全身の産毛が逆立っていくのがわかる。その全てが真紅に向かっているとわかっていながら、いや、わかっているからこそ止めなければならないという感情が空にまで影響を与えていたのかもしれない。
真紅の胸倉を掴み上げ、愛美はその顔を睨みつける。
「私たちはあんたにとって足手まといかもしれない! けどね、それでもあんたの力になってやりたいと思うんだよ! あんたは優しさでそうしたのかもしれないけど、私たちには侮辱に等しいわ!」
「……すまない」
「謝るな! 謝るくらいなら、最初から相談くらいしなさいよ!」
泣き出しそうな声に、天一以外の全員がその姿を見つめていた。
空は声をかけることすらできなかった。ただ黙って愛美の泣く後姿を眺めている以外、何一つできない。戦うことも、仲間を慰めることもできないなんて――
――なんて、俺は無力なんだ。
拳を握り締めて、空はゆっくりと全身の怒りを解き放つように息を吐くのだった。
二話続けて空にスポットを当ててみました。思っていた以上にやりやすくて、どうしてもっと早くやってみなかったのかと後悔するばかりです。
ごめんなさい、嘘っす。
さて今回の後書きですが……ぶっちゃけほとんど書くことないです。後書きのネタ切れです。ええ、そうですとも。
ではでは〜〜。




