〔五十八話〕 空の思惑
いつも明るく、いつも馬鹿なことをやっている男だった。
それでも彼にだって戦う理由が、足手まといになりたくないという思いがある。
屋敷の中に設けられた一室。そこは来客である朝凪 真紅のために用意された部屋で、夜も更けてきた時刻になると流石にいるだろうと訪れたのだが、探し人の姿はそこになく、屋敷の中で彼が行きそうな場所全てを回ったがそれでもその姿を確認することができなかった。
首を傾げつつ、屋敷の主といってもいい少年、御子柴 空は自室へと戻っていく。
先日の学校行事以来ほとんど屋敷に帰ってきていない真紅を少しだけ心配していたのだが、いろいろと聞こうとしても当人がいないのではどうしようもない。
最近になって、真紅に置いていかれているような感覚を空は肌で感じていた。鬼ごっこのときや彼が単身企業の本部へ突入したときもそう。真紅が仲間を危険にさらしたくないと思っていることはわかっている。だがそれ以上に真紅が自分を戦力として数えていないのではないかという不安が空を襲っていた。
最近になって天一や康といった戦力が増え、未知の力を見せ付けられて、その不安は急激に肥大していた。天一とは体術だけでも勝負にならないだろうし、康には鬼ごっこの際見せた力がある。加えて恵理という少女も空では敵わないほどの力を持っているだろう。あんな可愛い顔してすさまじい力と殺気を見せられて、人生前向きをモットーに掲げていた空でも流石に凹むというものだ。
気がつくと道場に足が向いていて、せっかくだからと訓練着に着替え、冷たい床を裸足で踏みしめる。少しでも訓練して、強くなって、真紅に戦力として認めてもらうために。足手まといではいられないという思いが空の体に少なからず力を与えていた。
どれだけ時間がたったのか。気がつくと壁にかけられていた時計の針は、日付をまたいでいた。さっと着替えてから、シャワーでも浴びようかと廊下を歩いていると、正面からやってきた相手に空は小さく息を吐く。
安堵の息。
「どこ行ってたんだよ、真紅」
白を主張する清楚な服を着た真紅が眠そうな表情で空を見る。空が持っていたものでも真紅が持っていたものでもないその服をどこで着てきたのか凄く気になったが、それ以前にどこへ行っていたのかを聞くべきだろうと、理性が叫んでいた。
真紅は普段よりも疲れた声音で、それでもしっかりと答えてくれる。
「野暮用。いろいろと説明することがあるから、明日愛美を呼んでほしい。あと、学園は少しの間休むと思う」
「……そっか。わかったよ」
何があったのか、いったいどんなことを説明してくれるのか。気になることなんて尽きない。それでも真紅の言葉を受け入れ、自室に消えていくのを見守ったのはせめてもの心遣いだった。
野暮用と言っていたがおそらく真紅はまた、空たちに黙って戦っていたのだ。真紅が疲れることなど戦い以外思いつかない。だとすれば疲れた体に鞭打ってまで真相を聞きだす必要もない。説明してくれるまで少しの時間を黙して待てばいいだけだった。
しかしやはり、一緒に戦ってやれないのは堪える。お前は無力だ、足手まといだといわれているような気がして、悔しくて、やりきれない気持ちになる。
いつだってそうだ。空は昔から、どんなことも真紅に追いついたことがない。京を元気にさせようとしたのも真紅。ナイトメアと戦おうとしたのも真紅。企業を潰そうとしたのも真紅。どんなときだって空は彼に追いつけない。
劣等感に近い感情を抱いた時だってあった。けれど空を支えていたのは、必要とされているんだという使命感だった。
今、それがなくなってしまったのだとしたら、空はいったい何を支えにして生きていけばいいのだろうか。
「なさけねぇな、ほんと」
思い悩むなどらしくない。どこまでも陽気で、どこまでも馬鹿が空だ。真紅も愛美も、空の知り合い全ての共通認識を独りになったからといって崩すわけにはいかない。
それでも――
――それでも力がほしいと、願ってしまう自分がいる。
叶に頼んでおいた銃は昨日届いた。他の誰が見てもただの銃だが、空にとっては本当に思いいれのある銃で、今もっている二丁の拳銃を売り払ったとしても手に入れたかった代物だった。
そういえば封をといていなかったと思い出し、空はいそいそと今度こそ自室に戻っていく。自室の扉をくぐり二重に鍵をかけてから、部屋の中央に鎮座する円形テーブルの上に置かれた白い包みを手に取った。
重い。
実際は今まで使っていた銃と同じくらい、一〜二キロ程度のはずなのだが、必要以上に重く感じてしまうのはこの銃が特別だからだろうか。
力がほしい、か。どうしてこれに意識が行かなかったのか、今となっては可笑しく思える。
封を、解く。しゅるりと小気味良い音を立てて布が本来の四角へと戻ってゆき、黒い銃身が姿を現す。
銃身に絡みつくような龍の装飾が施された細身の銃。全てが黒で創られているのに装飾の部分だけが輝いているかのような、不思議な色を宿している。見ようによれば蛇のように見えなくもないが、引き金の部分に龍の頭があるから龍だと判断できる。
スペックだけを見るならば、マグナムほど威力はなく、装填可能弾数も二桁には満たない。今まで使っていた銃が十二発、威力も標準よりも強いため明らかに選択ミス。けれど空にとっては最高の選択であり、長年捜し求めた至上の逸品である。
この銃を製作した人物を、空は知っている。真紅や愛美は知らないだろうが、かつてこの屋敷に出入りしていた男がこの銃について語っていた。
『今まで僕が作ってきた中でも最高の銃だよ』
何がどう最高なのか、当時の空はまったく理解できなかった。そんな感情が表情に出ていたのか男は優しい笑みを浮かべ空の頭をそっと撫でていた。
『弾は必要ない。もちろん実弾を利用することもできるけど、あの銃の真骨頂は人の心から力を得るということなんだ』
彼が言うには精神というものは未知の力を放っているらしく、それを吸収することで銃弾に変換する。そんな非現実的な理論を現実にした作品がそれだと、彼は嬉しそうに語っていた。
銃の名は『新月』。なぜその名をつけたのか、彼は多くを語ろうとしなかったが、きっととても重要な意味が込められているのだと思っている。
マガジンを外す。口径も調べてあったが、幸い今まで使っていたものと同じで新しく買い溜める必要はなかった。マガジンの装填弾数を確認してグリップに戻し、漫画とかでよくやる人差し指で引き金の部分を回転させるのをやってみて、失敗する。回転しながら床を転がる銃に苦笑を浮かべつつ、空はそれを拾い上げ、ホルダーにしまった。
今まで二丁の銃を使っていたから、一丁だけ使うのには何か抵抗がある。そのため一つのホルダーには新月を、もう一つのホルダーには今までの銃の片割れを押し込んで、最後に残った一丁はセーフティーをかけたまま鞄の中に突っ込んだ。予備を一丁入れておけば様々な状況に対応すればできると思ったが、よくよく考えると銃刀法などに引っかかるのではないだろうか。
いや、そんなのもう今更か。さらに苦笑を深くして、空は大きく伸びをする。
いろいろと気を張りすぎていたのか眠気が強い。訓練のせいで体も疲労しているし、明日もある。せっかく真紅が説明してくれるというのに、寝ぼけ眼で対応することになってはどうしようもない。
風呂でも入ってさっさと寝るか、と欠伸が出そうになるのを堪えながら空は隣の部屋にある浴室へと歩いていく。
その背中で、ホルダーに納められた黒い銃が鈍い光を放っていた。
気がつけば一週間更新していなかった今日この頃。
いや、頑張ってるんですよ? そりゃぁもう、大学内でいきなり奇声を上げるくらい。
いやいやいやいや、そんなことしてたらただの変態じゃん! 俺はそんな人間じゃねぇ!
さて、変なテンションを戻しましょうか。今回は宣言どおり、わきやk……失礼。真紅の親友である空に焦点を当てた一話となりました。
この作品では真紅と天一という二人がお話の軸となる人物なのですが、いかんせん他の人物をぞんざいに扱いすぎている作者。腕がないというのも確かですが、いくらなんでも空気過ぎるだろう、ということで今回は空を主軸において見ました。
もう一人の可哀そうな男、康くんについてはまた活躍する機会を与えてやりたいなぁと思います。
長々と後書きをやっててもしょうがないので今回はこの辺で。
ではでは〜〜。