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〔五十四話〕 追憶〜弐〜

 思い出す、眩しかった日々を。

 思い出す、守ってくれた人を。


 そうすることで自らの覚悟を再確認するように、少年はただ、思い出す。

『ほら、下半身の踏ん張りが利かなくなってきてるぞ? 握りも甘い。そんなんじゃいつまでたっても俺を倒すなんてできないぞ〜』

『はぁ、はぁ……このっ! これなら!』


 踏み込むと同時に体制を低く保ち、錬の薙ぎの下を通過する。同時に木刀の峰に左手を添えて、上体を起こすとともに上へと叩きつける。自分なりに絶妙なタイミングだと感じ、事実そのはずだった。薙ぎを放った直後ではどんな剣士でも一瞬隙が生じる。その隙を突くこれは、子供である真紅のような小さなものにしかできる芸当ではない。


 しかしそれを錬は易々と受け止めた。右手に握っていた木刀ではなく、懐に差していたもう一本の木刀。瞬時にそれを引き抜き、防御に回った錬の判断力は真紅では絶対に真似できないもの。けれど真紅が始めて、錬にもう一本の木刀を抜かせた瞬間でもあった。


『上手い上手い。流石に驚いたぞ』

『……汗一つかいてないくせに……よく、言う』

『なら、少し汗をかこうかな。二本で行く。受けきって見せなよ』

『な、ちょっと待て……うわぁ!』


 左右から繰り出される幾えもの軌跡。その全てを見切ることなどできるはずもなく、木刀で防御しながらも真紅は数歩ずつ後退していく。楽しそうな笑みを浮かべながらそれを追いかける錬は、本当に生き生きしていた。


 朝食をとり、軽く剣の稽古。昼までそれを続け、昼食をとり、その後は基礎体力作りと称した食料調達。森の獣を狩るのは錬の担当で、真紅はもっぱら山菜など葉っぱ類を収拾してくるのが仕事となっていた。その後夕食をとると、錬の昔話や戦術など体を動かさないですむことをやって一日が終わった。そんな毎日を繰り返し、ほとんど同じ時間を過ごしていくうちに真紅にとっての錬の立ち位置が少しずつ変わっていた。


 言うならば頼れる兄貴分。こと戦術関連の知識については貯蓄が半端ではないようで、この状況ならこんな戦い方をすべきだという戦略的な見方までできるほど頼もしい存在だった。家族を亡くした直後だったということも、真紅のそんな思いに拍車を立てていたのだろう。錬のほうも最初の少し丁寧な口調は鳴りを潜め、楽しそうに笑い、たまに真紅にちょっかいを出し、本物の兄のような物腰が板についていた。


 施設の仲間たちのほとんどはそういった兄弟のような存在ではなく、友達といってもいい存在だったらしい。その中でもよく話題に上ったのが特定の名前。今になって思い返してみれば、それが七夜、叶、そして聡司のことだったのだと納得がいく。叶のことは数少ない女の友達だと嬉しそうに語っていたし、聡司のことは芯の強いいいやつだと言っていた。そして、七夜のことは――



『あいつになら、後のことを任せてもいい。そう思えるほどのやつだよ』



 誇らしげに語る錬の瞳には、何かの覚悟が宿っているようだった。


 仲間を裏切って真紅を助け、そして逃亡している錬の気持ちなど当時の真紅にわかるはずもなかった。けれど今の真紅なら、少しだけ彼の気持ちもわかる気がした。



――ただ、信じていたから。



 残してきた仲間たちの無事と、強さと、信念を。たとえ何があったとしても揺るがない思いが彼の中にあったから。きっと工藤 錬という人間を支えていたのは、そういった心の強さだったのだろう。


 だからこそ真紅もそんな男に憧れた。ただ強いだけならば真紅の心を奪ったのは父の白羽だっただろう。事実、白羽の剣筋と錬の剣筋では白羽のほうがより洗練されたそれを持っていた。けれどそれでも、真紅は錬に惹かれたのだ。この男のように、強くなりたいと。


 いつかその力を、守るべき人のために使いたいと。




――今の真紅が存在しているのはやはり、錬の存在があったからだといえるだろう。清廉潔白、とは言えそうもないがナイトメア中最強と謳われた男は心まで強い存在だったのだと、真紅の心には強く残っている。今、真紅も彼と同じように大切なもののために戦えるのだとすれば、それはとても素晴らしいことだと真紅は思う。――




 京を巻き込みたくないという根底にあるのはおそらく、そういった錬への憧れがあるからではないだろうか。幼少期の経験というのはそれほど強く心に根付き、その人の行動に影響を与えるのだと実感する。


 工藤 錬という人間がいなかったら、今の真紅はないのだと思うと本当に感謝の気持ちがこみ上げてくる。


 真紅の剣術は祖父である神坂 黒陽から教わったものだったが、その中にもまた錬の影が残っている。本来黒陽の教えた剣は力で敵をねじ伏せるための、いわば大陸風の剣術だ。しかし今真紅が好んで使っているのは錬や天一のような、速さを重視する剣。日本刀とは違う真紅の刀では本来そういった戦術は好ましくない。それでも真紅がそれにこだわるのは、やはり憧れる対象があるからこそ。流派などに囚われたくないという思いもあるが、それは理由の一部でしかなかった。


 思えば錬と出会うまで真紅は様々なことを我慢して、自分の中に閉じ込めていた。両親に我が侭を言ったこともほとんどなかったし、京を笑わせるためにできる限りの手を尽くした。溜め込んでいたものが両親の死、慣れない環境などで一気に漏れ出し、真紅の中での錬という存在を頼るべきものにしたのかもしれない。


 不思議なものだ。本来錬は敵、ナイトメアという暗殺者だったはず。その事実は錬と生活していく上で事実なのだとわかった。身のこなし、判断力、機転を利かせることができる能力、どれをとっても普通の人間とは異なる。一度、錬とともに山へ入った際、真紅が野生の鹿に襲われたことがあった。錬は躊躇うことなく腰に差した刀を抜き、鹿の頭を両断し『今日は肉だな』と返り血を浴びた顔で穏やかに微笑んでいた。真紅はその顔から学んだものだ。他者の命を奪うのと動物の命を奪うのは、同じ覚悟が必要なのだと。そして錬がその覚悟をしっかりと心に宿していることを、同時に理解した。


 今の真紅はナイトメアを倒すという明確な目標を持って、そのために剣を振るっている。ナイトメアを殺める覚悟はあっても、関係のない人間を殺める覚悟までは持ち合わせていなかった。だがこのまま企業と向き合うことになるのだとしたら、いつかかならず企業の人間を、ナイトメアではない人間を殺さなくてはならない日がくるだろう。そのときに真紅は命を奪うと言う覚悟をすることができるのだろうか。



 ――いいじゃないか、その時になってからで。先のことばっかり考えてると疲れるだろ?



 いつか錬がそういっていたことを思い出した。彼の何か考えているようで、その実ほとんど感性で行動する性格には呆れを通り越して感嘆する。その言葉を直接言ってやる前に彼が死んだのは、心残りの一つでもあった。


 その彼が今まだ生きている。その事実を叩きつけられたときの衝撃は、数時間前のことながら何故かさほど覚えていない。本当はそれほど驚いていなかったのだと気づいたのは、彼のことを思い出している最中だった。


 心のどこかで彼が生きていると、死と直面したというのに、わかっていたのかもしれない。


 きっとあの日、錬が死んだ日の出来事が真紅の心にそう思い込ませていたのだろう。





 ……途中から追憶じゃないじゃん、とかいうツッコミ、自分で入れたくなりました。


 今回こそ錬の性格を補正しようとやっきになっていたのですが、いかんせんすごい優しい性格のままってのはどうかと思います。本来はすっごい豪快で、いろいろ大雑把な性格にしたかったのですが……。


 まぁ、ドンマイ。



 さて次で追憶は終了。本編に戻っていくようにしたいと思っています。



 今まで予定通りにいったことがあっただろうか……。


 ではでは〜〜。

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