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〔五十二話〕 嘘つきな二人

 ある少年は触れないことで真実を隠し、ある少年は言葉を偽ることで真実を隠そうとした。

 それが一時の逃げだったとしても、かまわないと思えたから。

 けれど今、その責任を負わねばならない。

 もう一度訪れた庭は夜の空気によって冷たく彩られていて、さきほどまでの緊迫した空気は微塵も感じられない。荘介の配慮か聡司の亡骸も血痕も使用人たちの手によって片付けられており、すでに庭は元の優しい表情を取り戻していた。


 京の隣を彼女の歩調に合わせながら歩く真紅は、屋敷に残してきた二人に見られていれば笑えるほど緊張しているようだっただろう。事実、真紅は少しだけこの後に起こるであろう事態に決意を固めなくてはならなかった。


「……昔も、こうして庭に連れ出してくれたことがありましたね」


 京が人形のようだった昔、真紅はよく彼女をこの庭へと連れ出していた。物言わぬ少女にせめて日の光くらいはまともに当ててあげようという子供ながらの配慮だったのだが、その頃の記憶が今なお残っていることは真紅にとって思わぬ誤算だった。


 もっとも彼女がその記憶を確認してきたのなら、すでに真紅のことを思い出している可能性が高い。千崎のような優秀な使用人から確認を取ってあったとしてもおかしくはない。


 年貢の納め時、というものが本当にあるのなら真紅にとってそれはまさに今、この状況のことをさしているのだろう。


 自分で思っていた以上に真紅は諦めが悪い性質らしい。目を覚ました京が七夜との交戦を覚えていなければいいなどと都合のいい願いを抱き、昔のことになど興味を抱かなければいいと願っていた。けれどそれではダメなのだと、彼女は理解していたのだろう。


 止まったままではいられない。向き合うことでしか進めない道があるのなら、辛い真実を確認せねばならなかったとしても前に進んでみせる。


 ようやく、本当にようやく真紅の決意が固まった。



「――ああ、そうだな」



 過去の事象を認めたことで京は柔らかい笑みを浮かべ、真紅に正面から対峙する。


「やっぱり、朝凪くんでしたか」

「いつ気づいたんだ? 俺のことを」

「この前、送っていただいた日です。不甲斐ないことですけど、千崎さんにいただくまで、気づけませんでした」


 京は不甲斐ないと言うが真紅自身がそれを気づかせないように立ち回っていたのだから仕方がないことだろう。元々京を連れ出す場所や一緒に行ったことなどは限られていて、気をつける場所も数点でよかったから隠しやすかったということもある。京の記憶が曖昧なことも助けとなって、おそらく千崎に見つかりさえしなければばれることはなかっただろう。



 結局は自らの行動が招いた結果だったというわけだ。



 けれど、どうしてだろうか。あれほどかつての自分と今の自分を重ねて見られたくなかったはずなのに、今はなぜか落ち着いている。胸の奥がほんのりと暖かいような、不思議な感覚。これが本当の安堵だとしたら、真紅はやはり心の底で願っていたのかもしれない。



――もう一度、あの時の笑顔が見たいと。



 京の真摯な瞳を真紅はただまっすぐ見返す。その後に続くであろう言葉には、もう見当もついている。その言葉にどう応えるべきなのかも、すでに決意はできていた。


「教えてください。七年前、あなたの身に何が起こったのか」


 京はもしかしたら気づいていないのかもしれないと、淡い期待も持っていた。だが彼女の目を見る限り、自分が辛くなるような現実が待ち構えていることを彼女はしっかりと理解している。



 ならその決意に真紅も応えよう。



「――わかった」


 一つ頷いて、芝の地面へと腰を落とす。それほど長話をするつもりもないが、もしかしたら相応の長さが必要になるかもしれない。京もゆったりと腰を落とし、真紅をまた正面から見据えている。


 一度だけ大きく息を吐いて、真紅はぽつぽつとかつての出来事を思い出しながら語りだすのだった。



――――――



 真紅たちから少し離れた場所で建物に背を預けながら、天一は横目でその姿を眺めていた。普通の人間ならばその距離で相手を視認することなどできるはずもないが、天一の夜目は座り込んだ二人の姿をしっかりと確認できていた。もっとも覗き見など天一の趣味ではない。本当に興味があるのなら堂々と彼らの隣に座り、その話に耳を傾けることだろう。


 天一が彼らを眺めているのにはしっかりとした理由があった。


「聞き耳立てるのは邪魔しないが、茶々入れに行くのはやめておけよ、恵理」


 指摘された本人はびくんと大きく一度跳ね、機械のような硬い動きで頭を動かし、引きつった笑みを浮かべている。


「そ、そんなことしませんよぉ」

「嘘が下手だな、相変わらず」


 恵理が嘘をつくとき、天一がその嘘に気づかない場合はほとんどない。特に癖があるわけでもなく、今回のようにわざとらしい反応を見せるわけでもないのだが何となく、これは嘘なんだなぁとわかるのだ。もしかしたらどこかで通じ合っているのかもしれないが、こちらの嘘も大半通用しないから困りものである。


「――あんたもさ、嘘は下手だよね」

「……うるせぇよ」


 真紅の気持ちが、今の天一にはよくわかる。真実を打ち明けなければならない日が来たとしたら、天一はどんな行動に出て、どんな思いでそれを打ち明けるのだろうか。母を殺してしまったのは確かに自分だし、それを恵理に隠すつもりは毛頭ない。けれど真実の全てが見えてしまったとき、恵理は天一が背負った想いと責任をどのように思うのだろう。そんな一抹の不安が心の中に渦巻いていた。 


「でも京も可愛そうよね、親からも大切な人からも、結局本当のことを教わっていなかったんだから」

「本当のことを知るだけが、そいつの幸せに繋がるとは限らないだろう?」

「はぁ……相変わらずだよね、天のそういう性格」


 心底呆れたと言いたげな溜め息に、天一は肩をすくめて見せる。


 いつだって一緒にいた。嘘をついて、少し離れていたときだって心はどこか繋がっていたことを天一は何となく理解していた。こんな力が使えるからそんなことを思うのかもしれないが、双子というものはどこかで必ず繋がっているのではないだろうか。


 らしくないことを考えた自分が少しおかしくて、思わず笑みを漏らしていた。


「あ、何よその笑顔は。感じ悪いよ」

「悪かったな。俺の顔が感じ悪いならお前の笑顔も感じ悪いってことだぞ?」

「それはないよぉ。外面だけは綺麗に装ってるんだから。そこらへんは天とは違うんだからね」

「ああ、はいはい。外見はどこで間違ったのか、お前のほうが圧倒的にいいしな」


 誇らしげに成長した胸を張る恵理は確かに外見だけでは双子だと判断することは難しいだろう。昔なら髪形が違うだけで他はほとんど同じだったはずなのに、いつの間にこうも差が出たのか。不思議で仕方がなかったがそれが成長というものなのだろう。



 それでもかつて交わした約束は、変わらない。



 恵理が幸せを手に入れるその日まで、守り抜いてみせる。たとえどれだけ自分が傷つこうとも、半分以上嘘に気づかれていたとしても。真実を知ることが恵理のためにならないと信じているから。


 天一の体と同じように建物に立てかけてあった不知火が小さく震えるような感覚が天一には伝わっていた。真実を知る唯一の相棒は主の意志に忠実に従ってくれるものの、いつもどこかで”その考えは間違っている”と責め続けている。



――そんなことわかってんだよ。



 嘘をつくことがその場しのぎに過ぎないことを、天一は知っている。それどころか真実を知ったときの悲しみを増やすのだと理解もしているのだ。


 それでも、それでも恵理が十分に強くなって、真実を知っても壊れないくらい強くなるまで隠し通して見せるから。


 今はただ、未来の自分を見るような心構えで真紅の背中を見守るのだった。




 嘘つきな二人。タイトル通り、真紅と天一の心のうちを少しだけ垣間見ることができた一話じゃないかなぁ、と思ったのですが、いかんせん腕が足りなかったなぁと痛感しています。


 さて次話は過去、真紅の思い出語りとなります。


 過去って書きづらいなぁと思う反面、真紅の性格を形作ったものですからしっかりと書かなければなりませんね。


 と言うわけでかなり更新は遅れると思います。










 言い訳じゃないですよ?


 ではでは〜〜。

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