表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/84

〔四十八話〕 真紅の心

 脅威を退け、それでも少年に安息は許されない。

 自分には安らぐ権利などないのだと、少年はずっと思っていた。

 けれど、本当は――

 物言わぬ肉塊となった聡司を見下ろして真紅は大きく深く肺にたまっていた淀んだ空気を吐き出す。喉が焼けそうなほど熱い息は外界にさらされることでその熱を発散させ、夜闇の涼しい空気へと溶け込んでゆく。


「なんとか……倒せたみたいだね」

「七夜……大丈夫、か?」


 真紅の声が若干淀んでいたのを察してか、七夜は爽やかな笑みを浮かべ、自らの右肩を指差した。肉は深く抉られ、黒く濁り始めた血は腕を伝って、緑の芝に少しずつ雫をこぼしていた。


 見た目は確かに酷く深い傷ではあったが、命に関わるほど大きなものではない。失血多量は懸念されるがスーツの袖を破いて止血しているあたりは流石としか言いようがなかった。


「ふぅ。でも何だってこいつがここにいたんだ?」


 不知火を鞘に納め、歩み寄る天一の疑問は真紅も同様に抱いていたものだった。


 七夜が呼んだという可能性は状況的に考えても難しい。万が一にもそうだった場合、七夜が彼と対峙する必要がなくなってくる。だとすれば尾行されていた、ということになるのだがあんな獣を野放しにするリスクを組織側が犯す理由がわからなかった。


「俺の裏切りが予想されていたんだろう。俺を殺せるナイトメアと考えて、よりにもよってあの二人じゃなく理性を失った聡司を寄越した。情けをかける心配でもしたのかな、お偉いさんがたは」

「もしこんな獣が暴れまわっていたら……連中は一般人の被害を考えていないのか?」

「当然可能性は考慮しているだろう。けどあの連中にとって一般人への被害なんて些細なこと。俺を倒すことと天秤にかけようとすらしなかっただろうな」


 かつて真紅の父、白羽を殺したときも、組織は無関係の人間に被害がおよぶことを考えず大量のナイトメアを投入した。交通事故という形で目撃者の多くを闇に葬っていたと信介から報告も上がってきている。


 つまり彼らは自分たちの企業、組織が健在ならば他は全て二の次だということなのだろう。上層部の人間の精神を疑いたくもなるが、悲しいがそれが現実だった。


「これからどうする? 組織には戻れなくなったんだろ?」


 天一の言葉に七夜は小さく肩をすくめる。


「元々情報収拾がしやすいから組織に残っていたようなものさ。今更未練もない。できることなら叶に話をつけて、どこかで住まわせてもらえると助かるんだけどね」

「叶なら今、うちの学園に教師として在籍している。自分で会いに行けばいいだろう?」

「どう、だろうね。どうやら俺は、彼女に嫌われているようだから。直接会いに行けば間違いなく刺されるんじゃないかな?」


 叶は他のナイトメアについて、錬のこと以外ほとんど口にしようとしていなかった。そこにどんな感情が隠されているのか考えようともしていなかったが、彼女が他のナイトメアと交流を断っていたのは彼らに対する負い目もあるのだと考えていた。


「そんなこともないと思うけどな」

「君はまだ叶の本性を知らないんだよ。彼女はね……キレると本当に、恐いんだ」


 獣となった聡司と対峙したときには見せなかった恐怖の表情。七夜のそれはかつての彼女、朝倉 叶を思い出しているからなのだろうが、あの聡司よりも恐ろしいという感情は真紅には理解できないものだった。


 ともかく七夜が完全にこちら側へついた以上、戦力は整ったと考えてもいいだろう。現在のナンバーツーが抜け、ナンバーフォーが倒れた今ならもしかすると組織を突き崩せるかもしれなかった。


 問題は七夜の言っていた”再生”だけ。


「七夜……死体がここにあるのに、再生するのか?」

「ああ。死体が完全に消滅しても関係ない。組織にある施設が死んだナイトメアの肉体を再構成させ、精神を肉体に呼び戻すらしい。俺も初めて味わうまで半信半疑だったけど、死んだ数分後には施設の中だ。今頃聡司も再生されているんだろうな」


 自嘲的な笑みを浮かべながらそれでも七夜は事実だけを語っている。


 ナイトメアに恐怖心が存在しないのは、この再生能力が存在しているからなのだろうか。確かにそれならば再生できない叶が死の恐怖に目蓋を閉じた理由も説明がつく。同時に、死に続けることで精神を病んでいくというのなら感情の希薄な下位ナイトメアに恐怖が表れないことにも説明がついた。


「個体能力は下がるんだろう? どの程度なんだ?」

「そうだね……それも個人差があるらしいからよくわからないんだけど、聡司はきっと初めて死ぬ。本当に予想できない事態なんだ」

「初めて、死ぬ? おいおい、生き返ることができるってのかよ、こいつが」


 亡骸を見下ろして驚いたような声を漏らす天一はある種まともな反応を示していた。彼の力は使っている当人から見れば当たり前のもの。しかし他者から見れば異能のものだ。天一たちのおかげで順応力がついたからこそ真紅も受け入れられたわけで、天一から見るとまさに奇跡に近い現象と言えた。


「そう、生き返るんだ。おそらく錬を含め、一度も死んでいないのは聡司ただ一人だっただろうね」


 聡司は死ぬこともできず、ずっと拷問されて精神をやんでしまったのだと言う。だからこそ理性を失った獣となり、言葉も聞かずに攻撃を仕掛けてきた。人間の悪意が生んだ産物だと考えたなら彼は本当に悲しい人生を送ってきたのだと痛感する。


 だが今は彼に同情している余裕などない。七夜の反逆が知られた以上、こちらの動向もある程度把握されていると考えたほうがいいだろう。ということは学園にも情報がいっている可能性もある。最悪この街にナイトメアを送り込んできている可能性もある。


 早急にこの街を離れる必要があると真紅は考えていた。


「その必要はないと思うよ」


 思考が顔に出ていたのか七夜が発した言葉に真紅はただ驚くことしかできなかった。だが頭の片隅でその根拠を求めていたのも確かである。


「今回は俺をしとめるための襲撃だから、君たちの事はほとんどつかんでいないと思う。仮に尻尾をつかまれていたとしてももみ消す方法はいくらでもあるさ」

「……だがリスクは残っている。無理にこの地に残らず、他に拠点を置いたほうが動きやすいと思うが?」


 天一たちという強力な仲間を手に入れた今、当初の予定通りどこかに身を隠し、隙をうかがって攻め込むことを最優先に考えるべきだ。これ以上空や愛美に迷惑をかけるわけにもいかないし、京を危険な目にあわせた負い目もあった。


 大切な人たちをこれ以上巻き込みたくはない。幸い七夜や天一には共に戦う理由もあるから、巻き込むことの負い目も少なくてすむ。


「それは逃げだと思うな」

「……人の心を読むなよ、七夜」


 本当に心を読んでいるわけではないのだろうが、七夜は得意げに笑みを浮かべ怪我をしていないほうの腕で槍を拾い上げる。鞭に締め上げられ、深く地に突き刺さっていたにもかかわらず蒼い槍には目に見えた損傷がなく、闇の中でもほのかな光を発している。


 七夜の言葉に小さく苛立ちを覚えている自分。彼の言葉が正しいと思えるからこそその言葉に心を苛まれてゆく。



 確かにこれは、逃げだ。



 空や愛美を戦いの中で失うのが恐いから、ナイトメアとの戦いから遠ざける。京を守りきる自信がないから、彼女の前からまた姿を消そうとする。七夜に言われるまでもない。こんなもの逃げ以外の何物でもないのだから。


 そんなこととっくの昔に理解していた。理解しているつもりだった。それでも改めて指摘されると、自分の弱さを再確認させられたようで胸の辺りが小さく痛んだ。


「確かに叶一人で俺たちの情報を完全に押さえ込める可能性は低い。いくら彼女が情報操作が得意だとはいっても、あくまで独学で手に入れた技術だ。それは俺だってわかっているよ」

「だったら……」



「だがそれは彼女一人なら、という前提だ。今は状況が違ってくるんだよ」



 言っている意味が真紅には生憎理解できなかった。


 情報操作に適している叶と康が力を合わせたところで企業の情報網を完全にやり過ごすことは不可能。それは彼ら二人が自ら語った事実だ。康の存在を知らない七夜が確信を持って状況が違うなどと言う理由は他にあるのだろう。



「今回は心強い味方がいるから。ねぇ――荘介さん?」



 無意識のうちに真紅は振り返る。そこにいてもおかしくない、けれどどうしてもいて欲しくなかった人物の存在を確認しようと無意識が体を引っ張っていく。



 見たくない。顔を合わせたくない。かつて父の親友として真紅を可愛がってくれた男の顔を。



 けれど体は真紅の意志を聞こうとせず、瞳はその姿を映し出す。



 屋敷を背にこちらへと歩み寄ってくるその人物は、昔より一回りほど小さく感じるが、昔と変わらぬ温和な笑みを浮かべ真紅たちに一つ頭を下げたのだった。



 気づけば十月も六日ほど過ぎていた今日この頃。更新が遅れたことについては本当に申し訳ないと思っています。


 最近では後書きにまともなことを書いていましたので、ここらで小休止を。


 ほとんど手抜きじゃねぇか! と怒られたらそれまでですが、どうか広い心で受け止めてやってください。


 次話は真紅と荘介、二人の掛け合いを描ければいいなと考えています。


 ではでは〜〜。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ