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〔四十六話〕 三人の戦

ただ戦うだけなら簡単なことだ。そこに意味を見出してこそ、刃の重みが増してゆく。

 庭を駆け抜けて安全な場所を探していた真紅の前に現れたのは、彼女に仕えている老執事だった。


「千崎、さん?」

「真紅様、お嬢様のことはお任せください。この千崎、命を賭してお守りいたします」


 全てを知っているかのようなその物言いに、真紅は一瞬眉をひそめる。こちらの素性を瞬時に察したその慧眼や知識量はただの執事としては度を越えたものであり、軽々しく信用するわけにはいかない。もしかしたらこちらの情報を主人に伝えているのではないかという疑念も残る。


 だがここは彼を信用し、彼女を預けるほかに選択肢を持っていなかった。


「あなたが我々を信用できないことは存じております。しかしあなたにもなすべきことがあるはずです」

「……わかりました。お任せします」


 片腕で抱えていた少女の細身をそっと執事に預け、真紅は刀へ視線を移す。研ぎ澄まされた刀身は刃こぼれこそないが、真紅の漆黒の瞳にはどこか危うく映ってしまう。その理由がどこにあるのか定かではないが、白刃を鞘に納めると急ぎ七夜のもとへ向かった。


 芝の庭を駆け抜け、戦場へ舞い戻った真紅の目が捉えたのは様々な奇怪に遭遇した真紅をもてすらありえないと思わせるほどの奇怪。


 邪悪な笑みを浮かべて鞭を回転させる聡司と、それに真っ向から対峙する形をとり槍を高速回転させている七夜。聡司の回転は嵐を起こし、七夜の回転はそれを打ち消そうと必死に抗う。勢力でいけば明らかに七夜の劣勢だが、その気迫と腕力には常軌を逸したものが存在していた。


「七夜!」


 あらん限りの力を込めた叫びも強風に遮られ、七夜のもとに届いている様子はない。真紅自身も嵐の中心から離れているとはいえ、何の影響も受けていないわけではなかった。しっかりと両足に力を込めていなければ吹き飛ばされてしまいそうな圧迫感。恵理の生み出す風を思わせるが、彼女のそれよりも明らかな殺意、悪意を感じずにはいられなかった。


 このまま風に任せて吹き飛ばされてしまえばどれほど楽なことだろうか。恐怖を植えつけようとする目の前の獣など他人に任せ、安穏とした世界に帰ることができたなら。しかしそれは彼の、朝凪 真紅の信念が許しはしない。


 逃げれば後悔する。目を逸らせば失ってしまう。自分の信念を守るために、大切な人を守るために、自らの刃に手をかける。



 姿勢を低く、弾丸のように速く――



 風の刃に頬を裂かれても、真紅は加速をやめない。



――お前に最も合った刀、それはここにないが――



 回転する鞭の下にもぐりこんだとき、ようやく聡司はその存在に気づいて一瞬だけ回転が鈍る。



――お前に合った戦い方、それは――



 その一瞬だけで、十分だ。



 自身の間合いに敵を捉えた瞬間、真紅は右足を一歩踏み出し柄に添えた右手に力を込める。左右の手を真逆に引き、白刃がその頭を現したときにはすでに彼の独壇場。


 刃が鞘から離れる瞬間の、最高速度。それこそが真紅にとって必殺の武器。


 前方百八十度を切り裂くように、真紅は刃を解き放った。


 祖父から教わった絶対の技。それは当の本人にすら目視できないほどの凶器。それをかわされたことは未だかつてなかった。


 だが――




「――そん、な」




 目の前の獣は真紅の刃を、紙一重でかわしていた。




 ぼろぼろの服を掠めて、腹部に浅い傷を負わせることはできたものの致命傷には程遠い。それどころかこの後の行動にも支障をきたしはしないだろう。


 かわされた、という事実に真紅の脳が停止している。そのわずかな隙を突いて、遠心力をふんだんに溜め込んだ鞭が正面から突き入れられる。


 たとえるならば巨大な丸太。復活した思考の中で何とか防御しようとする防衛本能が働き、両手を柄に添えて刀を前に押し出す。直後に襲う衝撃は形容しがたいほどの重みと圧迫感を与え、踏ん張っていたはずの真紅は軽々と後ろへと押しやられてしまう。


 地面すれすれを舞う自らの足。両手の力を少しでも抜けば眼前の鞭が真紅の肉を引き千切る。足で速度を緩めることもできず、負荷は少しずつ握る刀へ傾いてゆく。


 まずい、そう思った時にはすでに遅い。


 皹が入る時間すらなく、真紅の刀は中ほどから砕け散っていた。


 守りを失った今、真紅は一般人と変わらない。命を刈り取ろうとするものに抗うすべを持っていなかった。


「こ……の!」


 窮地を救ったのは七夜の槍。鞭の中心を的確に狙い、必要最小限の力でそれを受け止めようと試みた。しかしそれも長くは続かず、真紅は左へ、七夜は右へと弾き飛ばされてしまう。


「はは……ここまで来ると同じ生物なのか疑いたくなるね」


 鞭を手元に戻し薄い笑みを浮かべる聡司。周囲の夜闇もそれを後押ししているのか、その笑みが邪悪なものに見えて仕方ない。


 聡司から視線を移し、自らの愛刀へと目を落とす。残った刀身にも大きな皹ができていたり、刃こぼれがあったりとさっきまで健在だったのが嘘のよう。見る影のない長年の相棒に感謝の意を念じつつ、この後どうやって聡司と戦うべきか必死で考えをめぐらせていく。


 素手で戦おうにもあの鞭の壁は突破するだけでも難しい。加えてさっきの一撃で左肘を鈍痛が襲っていて、効果的な打撃は見込めない。武器のない自分がどれほど無力なものなのか、こんな状況で再確認させられるとは思ってもみなかった。


「……真紅、俺が引き付けておくからその間に逃げ……」

「嫌だな。決めたんだ、逃げないと。喩えどんな状況だったとしても、負けるとわかっていたとしても逃げたくはない。愚かだと言われようと俺は、自分の信念くらいは貫いてみせる」


 今までは錬との約束を糧に、どこか義務感を覚えて戦っていた。それを背負った責任から逃れる理由にして、京たちの目の前から消える言い訳にして、そうやって全てのものから逃げようとしていたのだ。


 自分の気持ちに、大切なものを守りたいと願う心に気づいてしまった今、逃げるなどという選択肢は存在しない。



「――よく言った」



 不意に頭上から投げられた言葉と同時に、何かが振ってくる気配を感じた。視線を上げると白い塊が一直線に落下しており、慌てて一歩だけ後退する。


 音もなく地に突き刺さったのは、雪色の柄、純白の鍔を持つ日本刀。


 その日本刀がどうしてここにあるのか、なぜ頭上から降り注いだのか、真紅は理解できずにいた。


「使え。刀も日本刀も扱い方は変わらないだろう?」

「なっ……天!」


 隣に現れた天一は初めて出会った日のように漆黒の外套を身にまとい、当然と言いたげに自らの存在を確立していた。これには七夜も驚いたのか、槍を肩にかけて口笛を吹いていた。


「お前、何で……」

「いやぁ、気になってきてみたら変なのとやりあってるじゃん。あいつには俺も借りがあるんだ。だから俺も参加な。あ、そいつは使ってくれてかまわんぜ。諸々の事情から同じの二本くらいなら出せるから」

「出せるって……」


 その言葉が言葉が示すとおり、天一の手には目の前のそれと同じ日本刀が握られていた。これも彼らの言う”魔力”がなせる業なのか。理解したとは言いがたいながらも、真紅は無理やり納得し、目の前の日本刀に手をかけた。


 雪のような柄はその外見どおり、手のひらに吸い付くような感触を真紅に与えている。


 それ自体が意志を持っているかのように、どんな扱いかたが自らに合っているのか自然と理解できていた。


「氷室 七夜、悪いが俺も参戦させてもらうぞ」

「かまわないよ。いや、むしろ助かるかな。あれを止めるのは今の俺たちだけでは難しかった」


 七夜の承認によって三人は一定の距離を保って散開する。真紅が中央、左に天一、右に七夜。それぞれが武器をしっかりと構え、目の前の獣に敵意を示す。


 聡司のほうはというと、口元の笑みが消えることはなく、また頭上で鞭を回転させ始めていた。



 今までのように一対一でも対応できるようなものではなく、驚異的な力を放つ敵。初めて自分だけでは倒せないという感覚に、昔の真紅なら苛立ちを覚えていたかもしれない。だが不思議と今は、天一や七夜と共に戦うことに深い安心を覚えていた。



 自らの変化をはっきりと自覚して、真紅は不知火を握る手にいっそうの力を込めるのだった。




 大切なものに気づいたことで戦う理由が変わってゆく。それがいい方向であろうと、悪い方向であろうと進歩には変わりない。

 それに気づいたからこそ、真紅は少しずつ真紅らしさを育てていくのではないかと考えています。


 ではでは〜〜。

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