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〔四十五話〕 獣の宴

 共に歩むそのために、共に掲げるその願い。

 少年の旅は、少しずつ、少しずつ



 終着へと近づいてゆく。

 七夜の言葉はにわかには信じがたい内容ではあった。


 死んだ人間が蘇る。そんな非現実な事態を平気で信じられるほうがよほどおかしい人間だと、昔の真紅ならば考えるところだ。


 しかし今の、様々な世界を知った真紅ならば七夜の語る真実をただ突っぱねることをしなかった。


「……錬や叶がナイトメアから離反したのは、そういった実験が原因か」

「錬さんはそうだろうね。ただ叶はこの事実を知らないんだ。ナイトメアとしては失敗作である彼女は、おそらく蘇生能力が備わっていない。元々ナイトメアにいた女性は三人。今一人しか存在しない理由は……君ならまぁ、察しがつくだろう」


 実験に利用されたか、暗殺に失敗して死んだか。どちらにせよろくな終わり方をしてはいないのだろう。叶が今五体満足で生存していることは、言ってみれば偶然の産物。


 その事実を知らない叶は、幸せなのかそうでないのか。真紅では判断できないし、する必要もなかった。


「さて、俺の目的は達成できた。感謝するよ、真紅」

「待て! お前の言葉が正しいとするのなら!」


 七夜の語る事実を信用するとしたら――



――死んだはずの彼は、工藤 錬は生きているというのだろうか。



 曲がりなりにも彼はナイトメア、その筆頭だった。ナイトメアの定義に当てはまらないはずが無い。だとするのならあの時に死んだはずの錬と七夜、互いに生き返っていてもおかしくはなかった。


「察しの通りだよ――錬さんは生きている」


 今度こそ、刀をこぼしそうになるほど無防備になっていた。


 今まで錬との約束を、悪夢を終わらせるという約束を守るためだけに力をつけ、刀を握り、たくさんのナイトメアを切り伏せてきた。そこには少なくとも錬を死なせてしまったという罪悪感も含まれていた。


 もし彼が生きているのなら、もう一度、一目でいいから会いたい。


「もっとも今どこにいるのかは定かではない。企業に見つかるほど弱い人じゃないから大丈夫だと思うけど、それだけに見つけるのは至難の業だよ」

「……そう、か。わかった。感謝しよう、七夜」

「ふ……君に感謝されるいわれはないけどね。俺は君の大切な人を殺そうとしたんだよ? 怨まれこそすれ、感謝とは……」



――大切な人、か。



 七夜は最初から真紅が何を、誰を大切に思っているのか理解していたと言うことだろうか。当人よりも早く。そこまで自分が鈍かったのか、七夜が鋭かったのかわからないが気持ちと言うものはままならないものだと再確認させられる事態ではあった。


「いいや、感謝しよう。あなたのおかげで自分の気持ちに気づくことができた」

「……おやおや。案外と純情だったんだね、君は」

「うるさい。憎まれ口を叩かないとやっていられないのか、あなたは」


 険悪な空気など微塵も感じさせず、真紅は刀を納め、七夜は槍を肩にかけて溜め息をついている。


 決着など最初からつける必要が無い。真紅が記憶を取り戻したその瞬間に七夜の目的は達成され、真紅がここに来た理由も果たすことができた。


「あなたはこの後、どうするつもりだ? このままナイトメアに戻るのか?」

「そうだね。何もなければそのつもりだったんだけど、どうやらそうもいかないらしい」


 せっかく和解できたはずなのに、真紅と七夜は同時に戦闘体制を整える。


 放つ殺気は尋常なものではなく、さっきまでの戦いとは比べ物にならないほどのそれ。しかしそれは、互いに向けられたものではない。


 高嶺家の敷地内に設置されていた離れ。その屋根に座ってこちらを見ていたその男に、二人の殺気は向けられていたのだ。


 いつからそこにいたのか。少なくとも七夜と決着をつける前まではいなかったはずだ。感覚が研ぎ澄まされていた真紅が見逃すはずは無い。


「敵対、ばれちゃったみたいだし」

「あんた、かなり軽い性格してるのな」


 ほめるなよと真顔で言う七夜だったが、その表情からは余裕がさほど感じられない。それは真紅も同じこと。さっきの反動がまだ体中を支配していて、思うように体が動いてくれない。


 そこにいる男から放たれる気配は、本調子でなければ敵わないと思わせるほど強烈なもの。



「……ひひ……ひひひひひ!」



 獣のような、少なくとも人間のものとは思えないほどの笑い声。どこかで聞いていなければ人間のものとは思えなかっただろう。


 それは七夜と戦ったあの日、彼を闇の中へと押しやった獣のもの。


「おいおい……最初からイッちゃってるな、聡司」


 あの夜、天一と戦っていた男、烏丸 聡司。


 狂ったその笑い声は拡散しているはずなのに、気落ち悪いほど耳にこびりつく。皮膚に感じる威圧感は本物の獣と遜色なく、七夜以上の恐怖を植えつけようとする。


「真紅。君は彼女を連れて逃げていいよ。その子まで巻き込んだら、流石に後味が悪い」

「……仕方ないか。何分持つ?」

「ん〜〜……三分?」

「カップ麺か、あなたは……すぐに戻る」


 冗談のようにやり取りをしているが、実際問題三分程度しか対峙できないということだろう。手合わせをしなくても、わかる。聡司が放つ獣の圧力はいくら人外の存在であるナイトメアであったとしても敵うとは限らない。


 右手だけで槍を回転させ、高速で円を描く七夜の槍は巨大な凶器。元々存在していた破壊力を倍増させるその動きに背筋が凍る。


「真紅。一つだけ言っておくよ。俺はいつだって、あの時だって錬さんの味方だった」


 一つ頷いて、真紅の耳から音が消え去る。その場に背を向けて、彼女を守るために駆ける。


 背中に響いたのは、重たい何かが衝突したような鈍い音だけだった。



――――――



 言葉を交わすこともできず、七夜は襲い掛かってくる聡司の鞭を切り裂こうと槍を振りぬく。わざと正面からぶつけようとせず、一定の角度を保ってぶつけると聡司の鞭は上手い具合に軌道を外し、七夜の体にぶつかる可能性はなくなる。


 とはいうものの聡司の鞭は思いのほか重く、遠心力を味方につけていなければ弾き飛ばされていてもおかしくはない。それでも押し負けていないのは、ひとえに七夜の力量というものだった。


 フォースナンバー・烏丸 聡司。彼の潜在能力は七夜や錬とほぼ互角か、それ以上のものだった。だった、と過去形なのはこうして人格が破綻したことで生まれた力があるという事実、元々の実力とは比べることができないという事態がそういった表現を余儀なくさせていた。


 少なくとも力だけなら現存するナイトメアの中でもトップに君臨している。その細い体でどうしてそんな力が放てるのか、不思議で仕方がない。


 ワックスで固めていたオールバックの髪型は完全に崩れ、繋がれていたままの姿なのか服は所々破けている。憎たらしい笑顔は狂気に満ちた笑顔に変わり、理性のかけらも残っていない。


 かつてたった一人の少女を逃がすために自らを犠牲にした面影も、すでに残ってはいなかった。


「俺はさ、聡司。お前のことを尊敬していた。叶のために全てを棄てるなんて人間じみたこと、お前以外には錬さんくらいしかできなかっただろうから。でも、だからこそ、今のお前を野放しにするわけにはいかない!」


 懐へ入り込んだ七夜は槍を楯のように利用して鞭の死角にもぐりこみ、わき腹に力強い蹴りを見舞う。弓なりにしなる聡司の体へと、容赦なく追撃を加えるべく一歩を踏み出すが、首筋に違和感を覚えてその場で直角に跳躍した。


 数秒前まで七夜の頭があった場所を丸太のような鞭が通過する。あと一瞬でも遅れていたなら、おそらく七夜の頭と胴体は永久の別れをむかえていたことだろう。


 理性を失っても自らの戦闘スタイルは大幅に崩すことがない。戦慄するに値するその事実は、七夜の不利をさらに後押しするものだ。


 回転が止まってしまった槍にもう一度遠心力を加えるべく、七夜は槍を振る。


 七夜にとってこの戦い方は自分の主とするものではなかった。七夜は元々力より速さで勝負を決めにいくタイプの槍兵。三段突きのような高速刺突を得意とするため、本来は力を使うことなく相手の急所、心臓や喉笛を狙う。しかし今はその正確な槍捌きを力へと向けているため、普段のような冷静な戦闘が行えずにいた。


「……厄介だな、本当に」


 昔から知っている鞭の動きに、力でねじ伏せるような強引さが加わって七夜の中では戸惑いが生まれている。普段の聡司に対抗する方法はわかっているが、どこまでが普段どおりでどこからが獣なのか、その見極めが難しい。



 それでも、負けるわけにはいかない。



 ここで負ければ、本部で拘束されて聡司の二の舞となってしまう。逃げる手段、経路も数個用意しているが錬のように上手く立ち回れるか定かではない。そもそも負けるなど七夜のなけなしのプライドが許さなかった。


 着地と同時に距離をとり、回転数を上げる。筋肉の限界まで速力を上げ、空気を切り裂き、防御と攻撃のどちらもできるように整える。


 そうやって聡司に対抗する手段を増やすつもりだった。しかし――



「……おいおい」



 思わずそんな言葉を呟いてしまうほど、七夜は自らの目を疑った。


 数十メートル先にいる聡司は頭上に鞭の柄を掲げ、二メートルを超える鞭を回転させていた。七夜とは違い空気を切り裂くのではなく、空気を巻き込んで味方にする。そうすることで自らを台風の目とし、小規模の台風を巻き起こしていた。


 人工的な台風に七夜の皮膚があわ立っていく。しかしなぜか、それが恐怖であるとは思えなかった。


 この状況下で恐怖以外の感情が生まれている。生まれた感情が何なのか、七夜はそれに気づいて口元を吊り上げるように笑っていた。



――楽しんでいるのか、俺は。



 自分の限界を見つける戦い。そう考えても過言ではない。


 恐怖すら超越して、快楽に変わっていく。これがナイトメアの本質なのだとしたら、それは悲しいことなのか。今の七夜には判断することができない。いや、する必要もない。


 いつもより体が軽くなったような錯覚に陥って、七夜は一歩を踏み出す。



――錬さん、あなたはこんなとき、どうしますか?



 長らく行方の知れない旧友に問いかけて、それは自分で見つける答えだと、七夜は苦笑を浮かべるのだった。



 祝・七夜参戦!


 いや、めっちゃ前から参戦はしてるよ、とか突っ込みはなしの方向で。味方として、ですよ。


 以前に書いたかもしれませんが元々七夜は完全な敵キャラとして考えていたキャラでしたが、何だかんだでいいキャラに育ってくれたかなぁと思っております。


 他人をからかって楽しんでいるけど、それでも人一倍仲間を気遣っている彼。そんな彼がかつて錬に向けた殺意にはいったいどんな思いが込められていたのか。任務だから、なんて理由でできるほど彼は単純じゃない気もします。


 ではでは〜〜。

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