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〔四十四話〕 思い、記憶、そして

 少年の記憶の底、閉じ込められたそれを取り戻したとき、少年は真実へと近づいてゆく。

 他人を巻き込むこんでしまう事態など、今まで一度たりとも想像したことがなかった。巻き込んでしまったとしても空や愛美といった、戦闘に少しでも慣れている仲間たち。一般人に危害が加わるようなことは、ナイトメアのような暗殺者相手ではありえない。いや、あってはならない。



 だからこの状況は、あってはならないものだった。



 七夜の背中を追って駆けながら、真紅はどうやってこの危機を切り抜けるか必死で思考をめぐらせていく。速力では七夜に一歩及ばない。このまま追い駆けているだけでは確実に、真紅の負けが決定してしまう。


 何より七夜が誰かを巻き込む戦いをするとは、考えられなかった。


 負けていたわけではない、むしろ圧倒していたはずの七夜がここで彼女を巻き込む理由。それを駆けながら考える。



 そもそもここで戦っているのは、七夜に植えつけられた疑念を晴らしたいと思ったからだ。七夜の言葉を完全に信じきったわけではなかったが、それでも彼と戦うことで自分なりに答えを出すことができると信じていた。



 迷いがある状況でも、同じように迷っている七夜になら付いていくことができていた。しかし――



 ――何か、おかしいと思ってしまう。



 七夜の力は本気でなくともこれ以上のものを出すことができる。今の彼は本調子ではない。そういった確証の無い自信が意識の根底に息づいている。その理由を、後一歩で導き出せるような気がしていた。


 もしその理由を七夜自身も導いてくれているのだとしたら。いや、七夜こそが真紅に思い出して欲しいと願っているのだとしたら。


 今この瞬間に、七夜が駆け出した理由も理解できるかもしれない。



『お前を巻き込んじまったんだ。これくらいの罰で済まされるのなら、かまわないかなぁなんて思ってる』



 不意に響く、錬の優しい声。目の前に浮かんでくる情景。


 林の中で少し開けたその場所に、錬が片膝をついて苦しげに表情を歪めていた。口元には血が滲み、服の腹部は血ににじんでいる。目の前には今より少しだけ若い七夜がいて、膝をつく錬目がけて槍を振り上げていた。


 その瞬間、真紅の体は自分でも驚くほどの動きをした。


 両足は感覚がなくなるほど高速で機能し、両腕は子供の体ではなしえないほど力をひねり出し、頭はその場でもっとも有効な対処手段をたたき出す。真紅がしっかりと多い出せたのは、その後に錬の刀を握る自らの両手と、吹き飛ばされて血を吐く七夜の姿。



 この記憶が本当のものだとするのなら――



 ――考えるのは後回しだ。今はただ彼女を救出することだけを考えればいい。



 彼女を守りたいと、死なせたくはないという思いが胸にこみ上げる。せっかくかつての人形のような表情を捨て去り、少女の表情を得ることができたというのに、こんなところで未来を終わらせるわけにはいかない。


 いや、それも違う。彼女の身を守るだけではなく、彼女をこんな世界に巻き込んでしまうこと自体が許せないのだ。



 ――あぁ、そうか。こんなにも俺は、彼女の幸せを願ってしまっている。



 彼女を守るために戦うわけじゃない。彼女を守りたいと願う自分の心に従って、戦うんだ。


 世界の音が、止まった。同時に四肢の感覚が希薄となり、懐かしい感覚が全身を支配していく。


 懐かしい、と思えてしまうほど記憶が蘇っていた。この後自分がどんな行動をとればいいのか、どんな行動ができるのか、全てを把握して動くことができる。


 呆然と自分たちを見ている少女。その顔が思いのほか近くに感じられた。片手を伸ばして少女の細い体を抱き寄せると、空いている片腕で刀をかざし七夜の蒼い槍を防ぐ。防がれたという認識をさせる前に七夜の視界から駆け抜けて、彼の背後十数メートル付近で急停止した。


「あ……え……? あさ、なぎくん?」


 世界に音が蘇る。同時に襲い来る虚脱感と全身の骨が軋んでいるような激痛は、記憶の中と一致する。確かにこれほど強烈な感覚が襲い掛かってくるのなら、幼い少年が記憶を欠落させるのも頷ける。成長した今でも、強烈過ぎる感覚は苦痛だった。


 少女は一言だけ呟くと、真紅の速度に耐えられなかったのか意識を失ってしまう。しかし今は、好都合だった。


「……よかった。思い出したみたいだね、真紅」

「ああ。そうだな」


 表情は見えなくとも、本当に嬉しそうに言葉を紡ぐ七夜。その意味が今なら少しだけわかる。真紅は思い出したその記憶の中で七夜が投げて欲しいと思っているであろう言葉を、告げる。



「答えろ、氷室 七夜。なぜ――生きている?」



 半身を彼の背中に向け、少女の、京の体を庇う心構えをもって七夜と対峙する。背を向けたままだった七夜は堰を切ったように押さえきれない笑い声をもらし、真紅に振り向いた。


「そう。その言葉が聞きたかったんだ、あの夜に。あの時、俺を殺した男、朝凪 真紅」

「肯定する……か」


あっさりとしたその回答に真紅は思わず眉をひそめた。しかし何よりも、振り返った彼の浮かべる表情こそが真紅に奇妙な感情を植えつけていた。


 七夜の顔に浮かんでいたのは心の底からの歓喜。鬼気迫るその表情からは先ほどまで感じていた殺気が微塵も感じられず、むしろ何というか――



――かつての錬と同じような、優しい感触があらわになっている肌全てを包み込み、真紅の心に安堵が去来していた。



 張り詰めていた心が弛緩していくのがわかる。京を守っていることすら忘れて、真紅はそっと切っ先を地面へ向けてしまっていた。


「ありがとう、真紅。君が思い出してくれただけで、俺の使命は完遂された」

「なん、だと?」

「答えよう。俺は確かにあの時、君の刃に腹部を切り裂かれ、死んだ。それは間違いない」


 ならばなぜ彼は生きてここにいるのか。偽者、ということももちろん考えられる。だがその可能性は極端に低いものだろう。もし彼が偽者だとするのならどこを斬られて死んだのか、真紅がどうやって彼を殺したのかここまではっきりと理解しているはずが無い。あの場にいたのは真紅と錬、そして七夜だけだったはずだ。



 偽者ではない。だからこそ疑問は尽きない。



「……これは俺たちナイトメアの内部では常識となっているものだが、君たちの常識からは逸脱しているだろう。だから信じるかどうかは、君の考えに任せるよ」

「……ああ。こっちに来ていろいろと新しい発見があったからな。今更滅多なことでは驚かないぞ」

「それは良かった。なら、真実を伝えよう」



 七夜は槍を地に突き刺し、告げる。




「俺たちナイトメアは――死ぬことができないんだ」




 七夜が告げるその事実に、真紅は脳髄をハンマーで潰されたような衝撃を与えられ、おそらく今攻撃を受ければあっさりとやられてしまうほど無防備になってしまったのだった。



――――――



「始まりは幼い頃に行われた実戦形式の演習。目の前で死んだやつがいた」


 そもそもクローン技術を駆使して創ったものだったため、研究者たちも対処に難色を示したという。どこかで埋葬しようにも戸籍がないため墓も用意できない。秘密裏に処理するのは当初の責任者が許さない。


 どうすればいいのかと話し合っていたとき、それは起こったという。


 死んだはずの男が突然立ち上がり、腹部に開いていた大きな風穴は時間が逆行しているように再生していく。


 その時から、新たな実験が始められた。


 ナイトメアの再生能力。それがどの程度のものなのか、どういった現象によって成り立っているのか、研究者たちにとっては確かに格好の研究対象だっただろう。


 研究されていくにつれてわかったことは再生が開始されるのは彼らが生まれた施設の中だけであるということと、一度死ぬと個体能力がかなり下がってしまうということ。研究に使われた仲間たちはいくどの生と死で精神を病み、感情を完全に失った人形となってしまったという。



 結果としてナイトメア、錬や七夜たちの反抗心を刺激し、上位ナイトメアのうち三人の反逆者を出してしまった。



 天一たちが使っている魔力。彼らの場合はそれを放出する形で使用しているのですが、真紅はそれを自分の中で操ることによって並外れた身体能力を発揮する。

 その代償として体に過度の負荷がかかり、防衛本能が記憶に鍵をした。それが真紅の力を半減させていたわけです。


 久しぶりにお話に関することを書いた気が……。


 まぁあまり気にしないことにします。

 次話もなるべく濃い内容のものを書いていきたいと思っています。


 ではでは〜〜。

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