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〔四十三話〕 開戦、七夜

 少年の刃はどこに向かい、青年の刃は何を映し出すのか。

 二人が向き合うその時に、いったい何が起こるというのか。

 全ては、誰にもわからない。

 弱々しい風が吹く芝生の庭には建物に背を預けて腕を組む青年が一人いるだけで、他の生命はただの一つも存在しなかった。眼前の地面へと突き刺さる蒼の槍は主の意志を損なわぬようにと沈黙し、次第に沈みゆく太陽の光を反射させるだけだった。


 青年、七夜は茜色に染まりゆく空に目を細め、そっと建物から背を離した。しかし武器へと手をかけるわけでなく、何かを思案しているようにただ空を見つめるだけだった。


「来てくれると思っていたよ、真紅」


 右手に刀を携え、真紅の外套を羽織った姿で真紅はその場所へと足を踏み入れていた。本当は少し前からいたのだが、七夜が放つ言いようのない雰囲気が話しかけようとする意志を封じ込めていた。


「来いと言ったのはそちらだろう。来ないと思っていたのか?」

「いいや。俺に聞きたいことがあるはずだ。来ない可能性は、ないと思っていたよ」


 自信にあふれたような回答、不遜な態度。茜色に照らし出されるその表情には絶対的な自信が浮かび上がっている。けれど真紅は、その全てに違和感を覚えていた。



 どうしてそう思ったのか、自分自身に問いかけてもわかりはしない。ただ単純に、七夜の全てがおかしいと思えてならなかった。付き合いが長いわけでもないのに、不思議なものだ。



「さぁ、始めようか。僕にもあまり時間はないからね」



 七夜が槍に手を伸ばしたのとほぼ同時に、真紅も左手に刀を握りなおし、右手を柄に添える。全神経を思考の海から引きずり出して、目の前にいる敵と対峙するための準備を整える。一瞬たりとも気は抜けない。今の真紅では、七夜に勝てる可能性は極端に低かった。


 間合いの差は逆に懐へ入り込んでやれば解消されるだろう。しかし問題は七夜の放つ槍の速度だ。真紅の反射神経をもってしても紙一重でかわすことがやっとの一閃。それをほぼ同時に三つ繰り出すことができる七夜の力は、恐怖するに十分の理由を持っている。



 それでも、退くわけにはいかない。



 自身の中に渦巻く疑念の答えがそこにあるのなら、七夜の言葉を信じるのなら、決死の覚悟で対峙しなければ意味は無い。


 地面から引き抜いた槍を一回転させ、腰の位置でそれを固定し、片手を真紅へと向けて七夜は口元を吊り上げた。


「行くよ、真紅。錬さんが残した最後の希望、俺にもう一度見せてくれ」



 言葉と同時に、七夜の体が弾丸のように迫り来る。



 蒼の槍を打ち崩すため、白刃を解き放つのだった。



――――――



 一日中授業に身が入らなかった京は、早々に帰宅して自室の窓にかじりついていた。


 何を見るでもなく目線を庭に向けていたが、気づいたときには空が茜色に染まり、そろそろ夕食の時間が近づいていた。


 そういえば、三日前のこの時間は真紅と一緒に夕食をとっていた。何か特別な会話をしたわけでもなかったが、誰かと一緒に夕食をとるという行為自体が久しぶりで、いつもより饒舌になっていたのを覚えている。



――覚えている、か。



 真紅と一緒にいた時が、なぜだか酷く昔のことのように思えてくる。


 少し会わなかっただけで彼が遠くへ行ってしまったような錯覚に陥って、切なくて、苦しくて。昔、同じようなことがあったことを、不意に思い出していた。



『……いっちゃうの?』

『大丈夫だよ。また今度、きっと会いに来るから。その時はまた笑ってよ。京が笑っててくれたら俺も笑っていられるから』

『……うん、笑う。しんくのためだけに、笑ってる』



 笑って手を振る少年に、かつての京は泣きながら手を振ることしかできなかった。結局その少年はその後一度たりとも京の前に現れることがなく、今まで記憶の奥にしまいこまれていた。



 けれどこの記憶は、決定的な証拠だった。



 一片の憂いすらない記憶の中の笑顔と、どこか影がさした笑顔は違って見えるが、それでも面影はしっかりとある。



 気づいて、しまった。



 救ってくれた少年、それが京の初恋だった。



 気づいてしまったら、どうして今まで気づかなかったのか不思議で仕方が無い。あの笑顔も、声も、大きな背中も。全てが暖かくて、出会ってきた誰とも違う感覚ではなかったか。


 出会う前から、恋していたのかもしれない。


 京は窓の外を眺めながら、どこか清々しい思いに満たされていた。


 そんな中、ふと視界の端で動くものを捉えた。空が漆黒に染まりかけ、庭も闇が満たし始めているというのにそれは時折光を放っているように煌き、移動しているのか場所はまちまちだ。


 そういえば、と京は三日前に現れた男の言葉を思い出した。父には報告していないが、おそらく庭には七夜という男がいるのだろう。


 庭を借りるといていたが、いったい何に使っているのだろうか。好奇心が勝って、京は庭に向かうべく部屋を後にした。


 正面玄関を使わず、庭に直結している玄関を抜ける。


 甲高い金属音と共に光を放つ、二つの影。



 それが何かを理解した瞬間、京は凍りついたようにその場に立ち尽くすことしかできなかった。



――――――



 脅威なのは神速と形容できるほどの刺突と、細腕から繰り出されているとは思えないほど重い薙ぎ。離れすぎれば三段突きで間合いを詰められ、近すぎれば力任せに薙ぎ払われる。刀を使っている真紅は自分の間合いギリギリのところまで距離を開いて攻勢に回るのだが、薙ぎ払いの後に繰り出される三段突きに体勢を崩され、思うように刀を振るうことができていなかった。


 劣勢というには少しばかり生易しいところがある。


 本来の、数日前に戦った七夜の実力はこんなものではなかった。


 数日前の七夜は槍に込められた信念は揺らぎなく、自分の正義を貫いていることがはっきりとわかるほどだった。だからこそ真紅は今、こうして七夜の言葉通り刃を交えているし、七夜自身おそらく罠を張ろうとか、姑息な行為をしようとは考えていないだろう。


 けれど今の彼には、迷いがあるように見えた。


「……何を迷っている、氷室 七夜?」

「迷う? 俺がかい? 馬鹿なことを。戦闘中のナイトメアに感情はいらない。ただ戦うことに集中する、それが俺たちの定めだ」


 力任せに振るわれた薙ぎをかわして、片手で握った刀を突き入れる。反撃を予想し切れなかった七夜はのけぞりながらそれをかわし、一歩後ずさる。七夜の長髪が刃によって少し裂かれ、数十本の髪が宙を舞う。


「……本当に迷いがないとしたら、俺を舐めすぎているな。本気を出せ」

「はは……うん、確かに少しだけ侮っていたかな。その状態でもここまでやれるとは思っていなかったよ」


 その状態、というのがわからなかったが真紅は刀を下段に構え、右足を一歩前に出した。七夜も両手で槍を構えなおし、真紅の動きを注視している。


 緊迫した空気が流れるかと思った瞬間、七夜がいきなり吹き出した。


「くく……ははははは! はぁ、ダメだね。当初の予定にないことばかりやっている。錬さんほど上手く立ち回るなんて、俺にできるわけがなかったか」

「なんだ、いきなり……」

「あぁ、すまないね。このまま打ち合っているのも悪くないんだけど、それじゃあ君に答えを与えられない。真紅……君なら気づいてくれると、信じているよ」



 瞬間、七夜の姿が幻のように消えうせた。死角からの攻撃だと普段ならば考えるものだが、真紅は不思議とその狙いを理解し、両足に全力を込めて駆け出した。





 何が起こっているのかわからず立ち尽くす、その少女のもとへ。




 う〜〜、あ〜〜、うあぁ〜〜。


 書いている時間がないときに限って制作意欲が沸くときってありませんか?

 今の作者がまさにその状態です。



 いや、忙しいんだってば! そんな展開今思い浮かばなくていいよ!



 とまぁ、こんな状況に陥ってしまったわけで……。


 明日以降、さらに更新が遅れることと思われます。思われるというのはなんというか……更新しちゃうかもね、という意味だと捉えていただけると……。





 ではでは〜。

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