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〔四十二話〕 戦いの前に

 少女の想いと少年の思い。

 淡い想いと確固たる意思は交わることはない。少なくとも、今はまだ。

 学園の修理が終わり登校してきた京の隣に、真紅の姿はなかった。


 空の話では鬼ごっこで参加した際に些細な怪我をしてしまい、大事をとって休ませているらしい。けれどその言葉をどうしても信じられない自分がいることに、京は気づいていた。


 いつも冷静に物事を見極めている彼がそうそう怪我をするとは考えにくい。彼の身体能力がどれほどのものなのかわからないが、京を抱えてキロ単位を移動できるほどの腕力と体力があるならなおさらだ。


 その疑念を微笑という完璧な仮面で押し込めて、京は授業へと耳を傾けた。


 現代国語の授業はいつもなら真剣に聞いている分野の一つなのだが、今日はどうにも頭に入ってこない。


 間違いなく、真紅のことが気になっているからだ。


 幼い日に救ってくれた人、というだけでどうしてここまで気になってしまうのか、京は覚えのない感情に振り回されているような錯覚に陥って、小さな目眩を覚えた。


 屋敷に引きこもっていた頃に比べると格段に増えた知識量だったが、未だに感情の面に関しては知らないことが多かった。確かに真紅のことは好きだったが、小説や漫画のような恋愛感情だとは思えない。それはきっと恩人に対する敬愛、尊敬の念だと思っていた。



 だがこれは、重症だ。



「……大丈夫かな」


 頭から離れない真紅という少年の存在。また何も言わず、京の気づかぬうちに消えてしまうのではないかという不安がこびりついて離れない。


 いいや、今でなかったとしても真紅はかならず京の前から消えてしまうだろう。直感にも似た感覚が京の中に存在していた。


「どったの、京ちゃん? なんか顔色が良くないよ?」


 不意に前に現れた愛美の顔に驚き、いつの間にか授業が終わっていたことに気づいて愕然とした。どれだけ集中していようとここまで授業が早いと感じたことは無い。


 何事もなかったような顔を取り繕って、京は彼女に首を振ってみせる。


「なんでもないよ、愛美ちゃん。少しつかれたかなぁ、って思ってただけ」

「そうなんだ。でもあんまり無理しないほうがいいよ? まずいと思ったらすぐに言ってね、保健室まで付き添ってあげるから」


 ありがとう、と笑顔で返して京は現代国語の教科書を鞄に収め、机に思い切り突っ伏した。らしくないとは思う。けど胸を締め付けるような感覚は消えることがなく、京の心を少しずつすり減らしていく。



 でも、きっとこれはとても大切なこと。



 誰かを想う気持ちを大切にして、その人のことを真剣に考える。それが尊いことでないはずがない。それだけを理解しつつ、けれど苦しみに耐え切れなくて京はそっと目を閉じたのだった。



――――――



 徹夜明けの朝日は結局見ることができず、真紅が店内から出てきたのは店に入ってから半日近くが経過していた。昼の日光は真紅の目を突き刺すような痛みを与え、反射的に目を細めてしまう。


 叶を先に帰して、店主と共に一夜を明かしてしまった真紅は店主の鍛冶を手伝ったり話をして自分のことを一通り理解してもらった。それが自分の刀を手に入れるために重要なことであったこともそうだが、店主と話していると普段とは違って饒舌になり、なぜだか自分をさらけ出したいと思ってしまった。


「行くのか」

「あぁ、きっと行かなかったら後悔するから」


 約束の日。昨日一日を棒に振ってしまったが、不思議と眠気もなく生気が満ちている。


 これから町に戻って、刀をとってから高嶺家へ。時間的にはいっぱいいっぱいだ。


「君が歩もうとしているのはおそらく、白羽よりも険しい道だ。かつての仲間すら裏切って自分の正義を貫き通したあの男より、辛い定めを背負うことになるのだぞ?」

「……かまわない。元々孤独の中で生きてきたんだ。今更孤独に戻ろうと、問題は無い」


 自分の心に嘘をついて、でも前に進まなければ自分の世界は変わらないから。抱えている疑念と七夜、二つに決着をつけるためにもここで退くわけにはいかない。



 店主に別れを告げ歩み始める。



 もしかしたら死んでしまうかもしれない。疑念や過去にとらわれたまま呆気なく逝ってしまったら笑いものにすらならないだろう。


 しかし不思議と不安はなかった。


 ただ心残りがあるとすれば、京に別れの挨拶ができなかったことくらいだろうか。もし生き残ったとしても、真紅はもうあの学園に戻るつもりはなかった。


 あの学園は企業と太い繋がりを持ている。そんな場所に長期間在籍することは自殺行為に他ならない。叶が隠してくれているが、言い換えるならば隠さなければすぐにばれてしまうということであり、こちらの体制を整えるためにも一旦公の場から退く必要があった。


 それを残念だと思っている自分に気づいて、存外に学園生活を気に入っていた自分にも気づいてしまった。さほど長くない在籍期間ではあったが、それでも真紅にとっては新鮮で、取り戻せないと思っていた平穏を少しの間でも取り戻すことができた幸福が神凪学園の生活には詰まっていたのかもしれない。


「……それでも、立ち止まるわけにはいかない。約束を、悪夢を終わらせるまで」



 言い聞かせるように呟いて、真紅は足を速める。



 泣き出しそうなほど厚く灰の雲が空を覆っていた。


 今回はかなり少ない量での更新になってしまいましたが、寛大な心で見逃してください。


 あんまりネタバレばっかりしていてもいけないので後書きはあまりいたしません。


 次話はいよいよ真紅対七夜……になる予定。さてどうなることやら。


 ではでは〜。

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