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〔三十八話〕 咎人

 人は、過ちを犯す生き物だ。

 そこにどんな理由があろうと、その人間の生き方を少なからず歪めていく。

 少年とて、例外ではなかった。

 あの時、母は笑顔で言葉を発した。


『あなたを育てたのはね、私があなたの力を取り込んで、今以上の力が欲しかったからなの』


 あっけらかんと、友達に投げかけるようなその言葉はまだまだ幼かった天一の心を締め上げた。


『あなたの持つ属性が光だとわかったときから、あなたの力が欲しくてたまらなかった。あなたの力があれば、私が殺したくて仕方がなかった相手を、易々と殺せちゃうんだもの』


 本当に、嬉しそうに語る母の姿を天一はその時初めて目にしたかもしれない。


 母は優しい表情で笑うことはあったが、嬉しいという感情を表に出すことはほとんどない人だった。



 その母が初めて、人間らしく喜びを示している。



 それが珍しいと共に、天一は身の危険を感じて自分の周囲に光の粒子を纏わせた。


『母さん……俺はあなたに殺されてやるつもりは無い』

『誰も殺すなんていってないわ。ちょっと人間として大事なものを借りるだけ。私の敵を殺戮し終えたら、返してあげる』


 師匠から教わっていた。他者の能力を吸収し、自分のものにできる異端者が存在していることを。


 それが自分の母親だということにも驚いたが、思い出したその話には続きがあった。



 能力を奪われた相手は、必ず死ぬ。



 能力、魔力とはそもそも生命力だ。それを奪われた時点で人間としての機能を失うことは目に見えている。


『ごめん、母さん。悪いけどこれはあげられない。まだ俺は恵理との約束を果たしていないんだから』

『恵理ちゃんとの約束? あぁ、確か結婚するまでは守ってやる、だったかしら? 本当に仲がいいわよね、あなたたち兄妹は』


 嘲笑とも取れる笑みが母の口元には浮かんでいる。仲がいいことに自覚はある。たった一人の、元々は一つだった双子の兄妹だ。普通の兄妹と違うところがあったとしても仕方がないだろう。


『ごめんね、天。あなたの力は強すぎる。私が、欲しいと思ってしまうくらいに。光の世界に存在するという不知火まで召還できるあなたの力、私はどうしても手に入れたい』

『母さん……あなたが倒したいものって、なんだよ。自分の息子まで手にかけて、それでも成し遂げたいことって、なんなんだよ』


 心が軋んでいた。最愛の人、という位置は今のところ妹の恵理が占領しているが、今まで大好きだった母親に殺意を向けられて、子供の心が軋まないはずも無い。


 師匠との修行で強くなったつもりでいた天一は、しかし心までは強くなれていなかった。


『……子供の頃、私の家族を皆殺しにした奴らがいるの。そいつらを全部殺してやるまで、私の生は終わらない。終わらせないと決めた。だからね、天。私の目的のために、あなたの力をもらうわ』


 復讐、それは人を狂わせる。しかし同時に、それを目的にして生きていける人間も存在している。



 伊達に云百年生きている男の言葉ではないなと、天一は思った。



 自分の母がその人種だとは思っても見なかったが、確かにこれは、狂っている。


『本気でいかせてもらう。こんなところで死ねるほど、俺は諦めがよくない』

『ふふ……戦い方を学んで間もないのに、私に勝てると思ってる?』


 言うだけのことはあって、師匠と同じくらいの気迫を母は放っていた。


 蛇。全てを呑み込み、ゆっくりと消化していく大蛇。そんな印象、今まで母から与えられたことなどなかった。



 これは、勝てないなと直感した。



 今の自分を全て使ったとしても、本気の母には到底及ばない。それだけの覚悟と憎悪が母からは感じられた。


 どれだけ自分の力の本質を知り、使い方を学んだところで、圧倒的な経験の差には敵うはずが無い。自分を生んだ人と比べることなどおこがましい。



 それでも。




 それでも天一には死ねない理由と、生きるという意志があった。




『……勝つよ。勝たなきゃならない。たとえ母さんを、実の母親を殺すことになったとしても』

『うん、いい答え。あと、ちょっぴりカッコいい顔つきになったよ、天ちゃん』


 その時に、気づくべきだったんだ。


 自分に対する呼び方が”天”から、いつもと同じ”天ちゃん”に戻っていたことに。



 母の瞳に、慈愛の念が籠もっていたことに。















 光の力を全て解放して、天一は母を倒した。


 木々の生い茂る山の中、様々なところから鮮血を流す母の姿を、天一は今でも忘れることができない。


『……なぁ、に? こうかい、してるのかなぁ? 私の、可愛い息子、は』


 切れ切れになる言葉、口元から伝う一筋の血。それでも笑顔を浮かべる母の顔を直視し続けるしかなかった。


『……答えてくれ、母さん。最初から、俺を殺すつもりなんて、なかったんじゃないか?』

『あはは……どう、だろうね。自分でも、わからないや』

『こんな時まで、はぐらかすなよ、かぁさん』


 自分が泣きそうなことくらい自覚していた。それでも我慢できるはずが無い。大切な母が、もう少しで死んでしまうのだから。


 一歩近づこうとした時、母は黙って手元の短剣を天一に向けた。


『来ちゃ、ダメ。今こっちにきたら、あなたの魔力を吸う。私は生き残れるけど、あなたは、死ぬ』

『最初はそのつもりだったんだろうが! それに、半分くらいなら』

『私と本気で戦って、”あれ”まで召還して、私に分け与える、魔力なんて、ある?』


 母の言っていることは、正論だろう。今の母を救うには、天一の中に残っている全ての生命力をささげなければならない。それだけ大怪我であり、同時に避けられない未来というものが易々と想像できた。


 どちらも手を抜いたなどということは無い。天一と母の力はほぼ互角で、互いに山の中まで移動してしまうほどの接戦を繰り広げていたものだ。


 無論、天一とて無傷ではない。不知火を握っていた右手以外はどこも傷だらけ。左腕はすでに感覚を失い、両足は立っているだけでも悲鳴を上げている。


 それでも天一は、母の死と向き合わねばならない。


『うん。いい目に、なった。天ちゃん、力を使うってことは、こういうこと。いつか大切な、誰かを、失うかも、しれないってこと……ごほっ!』

『っ! 母さん!』


 勢いよく血を吐いた母に近寄ることもできず、天一はただ自由に動く右手を握り締める。


『そんなことを、教えるために?』

『馬鹿ね、そんなわけ、ないわ。力が欲しかったのは、本当。家族を殺したやつらに、復讐したかった。でもね、天ちゃん。私ができなくても、子供にそれを任せることだって、できるわよ、ね?』

『どういう、ことだよ?』


 血が少なくて、青白くなった顔でも、母はただ笑い続けた。優しくて、暖かいその笑みを失ってしまうその感覚に、天一は涙を堪えることができない。



『……光の騎士、朝倉 天一殿。私が果たせなかった復讐を、あなたに委ねます。我が無念を振り払い、怨敵を切り裂くことで、私を殺した罪の贖罪としましょう』



『……ずるいよ、母さん。最初から、そのつもりで……』


 息子に全てを任せるためだけに、母は自分の命を差し出した。それだけではない。母は天一が抱えていた”力を行使する代償”というものを理解させるために、天一に刃を向けていたのだ。


 今更それに気づいたところで、遅すぎた。


『ごめんね、天ちゃん。我が侭な母親で。自分でも、酷いなぁ、って、思う……んだ』

『っ! 母さん……かあさん!』


 もう手にした刃は地面に落ち、母の手は自身の腹部へと添えられていた。天一は駆け寄り、そっとその手に自分の手を添えて、念じる。



――生きてくれ、と。



 それが敵わぬ願いだと知りながら、それでも願ってしまう。


『ご、めん、ね……えり、ちゃんを、おねがい……あのひと、には、いわないでも、わかると、おも……』

『死ぬなよ、母さん! 死なないで……』

『あは……むちゃ、いわない、で』


 すでに目を閉じ、母は死を受け入れている。


 それがわかるから天一は涙を流して、母の手を握ることしかできない。


『……母殺しの罪、この身に背負おう。我が剣と魂を賭して、あなたの無念を晴らし、我が罪を晴らして見せましょう』



 精一杯の、言葉だった。



 それでも母は満足そうに笑みを浮かべ、最後にもう一度ごめんねと呟き、安らかに息を引き取った。





 それから後のことは、よく覚えていない。


 血まみれの状況を探しに来た恵理に見つかり、俺が殺した、とだけ告げ怒りを煽り、母の死を悲しみではなく憎しみで塗り替えた。父は全てを理解していたように何も言わず、そっと天一の頭を撫でるだけだった。




 その後は、なんだったか。




 恵理が母の旧姓、鷺村を名乗り、殺意むき出しの彼女に魔力の存在を教え、強くした。


 代償として、最愛の妹から憎悪の念を送られることになったが。




 それでも絶望するよりはよほどいい。そう、思っていた。



 いやぁ、また遅い更新になってしまいました。


 正直な話、今回の話は載せないほうがいいかなぁとかなりの時間迷っていました。話自体は最初から考えてあったものですし、文章にするのはスムーズだったのですが……




 なんだかなぁ。

 どうにも納得できないんですよねぇ。

 今回の話はもしかしたら後々書き直すかもしれません。そうなったとしても皆様どうか寛大な心で見逃してください。


 まだ恵理が真相を知ることはありませんが、今回のお話は天一の心の中だけで描かれたものだと思っていただけると助かります。



 ではでは〜。

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