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〔三十六話〕 黒幕

 遊戯としては、あまりにも不利な状況が続いていた。

 少年にとってそれは、予想できることではあったが喜ばしいものではなかった。

 いつも通っている方の校舎付近まで逃げてきた真紅は、周囲に敵がいないことを確認してから深く溜め息をついた。


 三方に分かれた際、最も多くの敵をひきつけてしまったのは真紅だった。


 意識を保っていた運動部員の大半が一挙に詰め寄ってきたときは流石の真紅でも恐怖したものだ。結果として切り抜けられたからよかったものの、もうあんなむさくるしい状況に陥ることは勘弁してもらいたい。


「ここまで……ヘビーだったとは、な」


 ナイトメアと戦っていたとき以上の疲労感に全身が悲鳴を上げている。流石に違う校舎の付近は手薄のようだから少しくらい気を抜いてもいいのかもしれないが、真紅の性格がどうにもそれを許さなかった。


 さっきまで握っていた木刀も、今はない。生徒たちを蹴散らしているとき、ものの見事に真っ二つになってしまった。


 武器になるようなものを探そうにも、罠を警戒しなければならないから動きづらい。本気で殺しに来ている相手なら迎撃もしやすいが、生徒に大怪我をさせるのも躊躇われた。



 ある意味ではこのゲーム、実戦よりも厳しい。



「さて、あとどれくらい時間があるんだ?」

「そうねぇ、あと十分くらいじゃない?」


 背中にかけられた能天気な女の声に、真紅はもう一度溜め息をつくだけだった。


 少し前からつけられていることは知っていた。だからこそ一網打尽にされないよう散開を提案し、案の定その人物は真紅一人に狙いを絞り、こうして追いかけてきた。


 もっとも、その人物が特定できていなければあんな提案はしなかったかもしれないが。


「教師は参加しないんじゃなかったのか? 叶」

「いやぁ、面白そうだったから、つい」


 ごめんごめん、なんて軽い口調で謝ってはいるが、本心でないことはすぐにわかる。白衣を羽織ったその女教師は両ポケットに手を突っ込んだまま、真紅の前に立っている。


「他の生徒に俺たちの居場所を教えていたのもお前だな? ほぼ全校生徒が襲ってこなければ、あんな人数集まらん」

「はは、他の参加者はあらかた鬼に捕まっちゃってね。捕まっていないのは真紅たち三人ともう一人、どこかの部長さんだったかな。ともかく、それならちょっと指示してあの子の力を見ておきたいなぁって」


 自軍の戦力を正確に把握しようとするのはいい心がけだと思う。だがそれ以前に叶の言葉には説明のつかないものが混ざっていた。


「……叶、お前どうしてあいつが今回の協力者だと知っている?」


 天一のことは協力者ができたと話していたが、どんな人物なのかは話していなかった。ならばどうして天一のことを協力者だと判断できるのか。


「あなたは特別科の生徒と面識はほとんどないでしょ? それなのにその生徒と仲良く逃げている。そんな状況を見たら、その子が協力者だってわかるわよ」

「なるほどな。確かにあいつは協力者だ。その推論も当たっている」


 得意げに笑う叶。だが真紅は言葉を止めることなく、少しずつ網を縮めていく。


「しかし、いつから見ていたんだ? あいつと恵理が戦っているところを見なかったら、さして把握したとは言えないぞ?」

「恵理? それって最初にあなたたちを追っていた女の子のこと?」

「そうだ。あいつも協力者だ。今日までどれだけの力かわからなかったが、あれを見たら戦力としても十分だろう。むしろお前よりも強いかもしれんな」


 鬼のような、と言えば真紅にまでその牙を向けるかもしれないが、そう思わせるほどの脅威を彼女は見せ付けていた。


 あれならば天一が事前の打ち合わせなしに、戦力として連れて来るのも頷ける。彼女の参戦を知らされたのは、顔を合わせた直後だったはずだ。


「失礼ね、私のほうがもうちょっと強いわよ」

「どうかな。あいつらはお前たちナイトメアと真逆の力を使っているらしい。俺も直に見たが、あれは人間業じゃない」


 恵理を捕らえた、結界とも呼べるあの技。あれは明らかに人間のそれを超越していた。あんなことができる人間が何人もいたらこの世界自体が狂っているとしか思えなくなるだろう。


 天一や恵理を見る限りでは、すでに狂っていると言えなくもない。


「へぇ、そんなに凄いものだったんだ。ちょっと見てみたかったかも」

「見なくて正解だ。あれは心臓に悪すぎる。自分の目が信じられなくもなる。ところで恵理、お前はいつから俺をつけていた?」

「ゲームが始まった直後からだけど?」


 何の気なしにした質問、返ってきた答えもまたさほど考えて出てきた言葉ではないだろう。


 だからこそ真紅にとってはちょうどよい。


 叶は自分がしたことが全てばれていないと信じ込み、だからこそこうやって平然と真紅の前に立っている。それ自体が誤算であると気づかぬまま。


 そろそろか。真紅は気づかれないように小さく溜め息をつき、また何事もなかったように言葉を放った。


「しかし、康はすごいな。恵理みたいな化け物と正面から打ち合えるなんて」

「え? あの時一緒にいたのは、天って子でしょ?」



――かかった。



 決定打、とまではいかないが切り口を手に入れた真紅は、今まで大人しくしていた分の不満を全てぶちまけるため、語気こそそのままに攻めへと転じた。


「どうしてそいつが天だとわかる?」

「だって、あなたがその子のことを天って……」

「俺はお前と会ってから、一度もあいつの名前を口にしていないはずだが?」


 途端、叶は狼狽する。


 自分の失言に指摘されてから気づくなど、まだまだ甘い証拠だった。


「おかしいよな。俺は一度もあいつのことを”天”とは言っていないのに。どこで調べたんだ?」

「そ、それは……学園の名簿よ。あの子のことを名簿で調べたの。そうしたら名前が天だって……」

「それもおかしいな。あいつの本名は『朝倉 天一』。俺たちが愛称代わりに天と呼んでいるだけで、名簿には天一としっかり記入されている」


 本当に名簿を見て名前を知っているのだとすれば、この程度のことにはすぐに気がつく。確信こそ持っていなかったが、多少の勘も働いてくれているようだ。


「さて、あといくつか攻める手段とネタはあるのだが、どうする? 素直に自分の非を認めれば、あまり酷い目にはあわせないが」

「う……い、いつから気づいていたの?」

「このゲームが始まった直後に」


 観念したように両手を挙げて、叶は参りましたと敗北を認めた。


 もし真紅が”それ”に気づいていなかったら、納得がいかないことがたくさんあった。


 異常に集まってくる運動部の生徒たち、康のサポートをかいくぐって張られているトラップ、多すぎる奇襲。極めつけは康と連絡が取れない、今の状況。


 全ての元凶が目の前にいる教師だったとすれば、説明も納得もできる。


「お手製の盗聴器、額のプレートにも埋め込んでいたんだろう? だからこそ会話で状況を把握し、発信機としての機能で位置を特定し、サポートの及ばない場所にトラップを張ることができた」

「知っていて行動していたっていうの? 私が裏から指示を出していたと知っていて、それでもゲームを続けていたっていうの?」

「言ったろ。協力者は今度紹介するって。今回のはその実力を知ってもらうためのものだと考えればいい。これが終わった後にでも、正式に紹介しよう」


 叶のせいで面倒な状況になってしまったが、そのおかげで互いの力を再確認できたのも事実だった。


 康の力は実際に目にしていなければ信じられるものではない。恵理の力も確認することができた。考え方によっては感謝しなければならないなと、真紅は溜め息をついた。


「その必要はないかもしれないなぁ」

「……康?」


 振り返ると制服の上着を肩にかけた康が、柔らかい笑顔を浮かべて立っていた。


 真紅が気づかないほど気配がなかったのは、情報屋としての癖なのか、何か意図があってのことなのか。どちらにせよ手間が省けたかもしれない。


「学園側に協力者がいるとは思っていたけれど、あなたでしたか、朝倉先生」

「あら、あなたは……交換留学生の」


 元来、特別科と普通科の教師陣は別のものだと言うが、どうやらこの二人には面識があるようだ。小さく首をかしげていると、康はまた笑みを深めた。


「朝倉先生は優秀な科学の先生でね、特別科にも授業に来てくれるんだ」

「へぇ、あんた案外優秀な教師だったんだな」


 褒められて気を良くしたのか、叶は白衣に手を突っ込み、胸を張っている。


 本当に、今までのナイトメアとは比べ物にならない人間っぽさだ。叶を見ていると錬のことを思い出しそうになる。


 もし叶の言う番号付きが全て、叶たちのような感情豊富な者たちだとしたら。


 真紅は、倒すことができるだろうか。



 殺すことが、できるというのだろうか。



 今までのナイトメアは、感情をほとんど持たない機械のような存在か、どこか狂っていた。


 だが叶たちは、どう考えても人間ではないか。自分の刃が迷いで鈍らないとは、言い切れない。


「どうした、真紅?」


 鼻先に康の中性的な顔が飛び出してきて、真紅は一瞬言葉を失った。しかしすぐに自分を取り戻し、首を振る。


「なんでもない。ところでさっきはどうしたんだ? いきなり通信不能になって、天が慌てていたんだぞ?」

「あの天が? はは、ありえないありえない。慌てているように見えて、その実絶対に動揺しないんだ、あいつは」


 目の前で手を振って、無い無いと否定するが康の顔には笑みが浮かんでいる。


「っとと、忘れるところだった。真紅、君に伝えなければならないことが、いくつかあるんだ、聞いてくれるかい?」



 柔らかい口調だったが、瞳に宿る真剣さと有無を言わさぬ雰囲気に、真紅は逆らうことをしなかった。



 今回までで二週間近く溜めてあった分の更新が終わりました。

 一度に全部更新しなかったことには目を瞑ってください。


 さて次話あたりからまた更新ペースが遅くなりますが、今しばらくお付き合いいただけると幸いです。


 ではでは〜。

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