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〔三十五話〕 朝倉と、鷺村と

 少年と少女。

 分かたれたはずの二人が出会うのは、偶然か、運命か。

 どちらにせよ、向き合うべき時が近づいているのかもしれない。

 余裕の態度を貫き通していた天一だったが、実際はそれほど余裕があるわけでもなかった。


「ったく、厄介だよな、普通の人間ってのは、よ!」


 振り向きざまに片手の木刀で切り伏せ、また走り出す。それを繰り返しながら校舎へと移動してきた天一ではあったが、その後どうやって行動しようか、などまるで頭になかった。


 今までどれだけ力に頼っていたのか。失った今ならば、それが痛いほどよくわかる。


 力とは、いうならば生命力だ。自身の生命力を無理やり引き出し、超常現象のようなものを引き起こす。恵理の風然り、康の結界然り。天一にも天一なりの力が備わっているはずだったが、生憎と今はその全てを使えなくなっていた。



 だがそれは、本当に失ったと言えるのだろうか。



 天一の中で何か、引っかかるものがあった。



 烏丸と戦っていたとき感じた、虚脱感。あれは確かに力を失ったような感覚だった。だがそれが、自分の力を全て失ったことに繋がるのか、と問われたなら答えは否だろう。


 昔、本当に昔に一度だけ、あれと同じような状況に陥ったことがある。


 体の中に溜まっていた力を全て吐き出して、地面は歪み、四肢の感覚はなくなり、喉は枯れ果てた。


 あの時は数日動けなかったものの、その後は何の問題もなく力を行使できた。


「……ずいぶん昔のことを……俺もやきが回ったかな」


 柔道着の男子生徒を二人、駆け抜けながら叩き伏せて一人ごちる。


 嫌な思い出だったはずだ。消し去りたい過去だったはずだ。それでも、それでも絶対に忘れられない。忘れることなんか、できやしない。


「くそっ……こんなところ、恵理にでも見つかったら」

「見つかったら、どうなるのかなぁ?」


 嬉しそうな、獲物を見つけた狩人のような声。まさにその通りなのだろうが、余裕など微塵もなく、天一は前のめりになってそれを避けた。


 頭上を通り抜けたのは、風の刃。かまいたちという自然現象を強制的に引き起こし、それは廊下の硬い壁に傷をつけ、数メートル前方で霧散した。


 証拠が何一つ残らない、絶対的な凶器。こんなものを簡単に引き起こせる人物など一人しかいない。


「みぃつけた。こんなところにいたんだね、天。てっきり私が怖くて隠れてるのかと思ったよ」

「ず、ずいぶんとご立腹のようですね、恵理さま。いやぁ、僕用事を思い出したんでダッシュで消えます。もうマッハで」


 そのまま振り返らず、恵理の顔を見ないで逃げ出したかったが、左右を縦のかまいたちが走りぬけ、身動きが取れない。


「せっかく逢えたんだから、もう少しゆっくりしていいと思わない?」

「い、いやぁ、俺もそう思うんだけどな、どうしてもはずせない用事なんで。じゃ!」


 片手の木刀で窓を叩き割り、飛び出す。しかし恵理もそれは予想していたようで、窓から飛び出したのはほぼ同時だった。


 飛び出してから失敗だったことに気づいた。


 脱出の手段はさっきとなんら変わらない。恵理なら簡単に予想して、一手先を読んでいただろう。さらにここは空中。力があった状態ならまだしも、今は逃げるすべがない。


 絶体絶命、その言葉が脳裏をよぎる。


 恵理もまったく手を抜く気はないようで、高速で振りぬかれた拳が天一の鼻先を掠めていった。


 寸前で体をひねっていなければ、失神くらいはしていただろう。もう一度同じことをされたら、流石にもう避けきれない。


「終わりね、天。楽に殺してあげる」


 趣旨がすり替わっている。本気で殺しに来ているわけではないが、天一の意識を落としてから、簡単に物を手に入れるつもりだろう。



 だがそんなこと、死んでも許せるものか。



「なめ……んなよ!」


 筋肉なんて切れていい。神経なんて歪んでいい。骨なんて軋んでいい――



――今この瞬間、彼女の追撃を逃れられるのなら。



 空中でのけぞった体を無理やり回転させる。四肢の筋肉が悲鳴を上げるが、痛くない。両腕の神経が痺れているがかまわない。背骨が軋むような違和感を感じるが、興味はない。


 馬鹿かもしれない、こんなところで体を痛めつけても意味はないのかもしれない。いっそのこと負けを認めてしまえば楽になれるだろう。



 だが簡単に諦めてしまえるほど、物分りがいい覚えはない。



 恵理の拳が天一を捉える直前、片手に握っていた木刀がその間へと割り込む。拳とぶつかった衝撃で体が押し返されるが、その反動でもう片方の木刀を振りぬく。


 狙いは彼女の、わき腹。手加減ができていないから骨の一本や二本くらい折れてしまうかもしれない。


 心の中で謝って、けれど手を抜くことはなかった。


 裏をかいた攻勢だったはずだが、恵理は片腕で木刀を防ぎ、直撃だけは避けて見せた。しかし防いだ腕もろとも地面の方へと叩き落され、背中から落ちるところを何とか受身を取り、事なきを得た。


 天一も着地し、恵理へと視線を向ける。


 何事もなかったように立ち上がって見せるが、天一の目は誤魔化せない。左腕を庇うように立ち上がった仕草。若干引きつっている表情。何より――



――今にも泣きだしそうなその瞳が全てを物語っていた。



「黙って寝てろ。木刀だったからよかったものを、真剣なら胴体両断されてるぞ?」

「あはは……確かに、ちょっとこれはキツイ、かな」


 強がることを止め、恵理は小さく舌を突き出して、膝をついた。


 途端に荒くなる呼吸。辛そうなその姿に思わず駆け寄ってしまいそうだった。


「ほんっと、容赦、ないなぁ。天は」

「否定はしねぇよ。顔見知りでも、仲間でも、倒さなきゃならないときは倒す。俺は……冷血なんだ」

「……ごめん、ね」


 少しだけ、意地が悪かったかもしれない。


 禁句に近いその言葉を易々と口にしてしまった自分に、反吐が出る。恵理から視線を逸らし、何も見ようとしない自分に腹が立つ。


「どうして、お前が謝るんだよ?」

「はは……なんで、かな? 私も、わかんないや」


 恵理にしては弱すぎる声。


 今の恵理はきっと、体だけでなく心までもが傷ついている。



 天一の放った、たった一言のせいで。



 もう賭けだのゲームだの、どうでもよくなっていた。



 糸が切れた人形のように倒れる恵理の体を、地面に落ちる前に抱きとめる。


「あ、あれ? どう、して?」


 おそらく目を見開いて、予想していなかった事態に驚いているであろう恵理。その顔を見ることなく、天一はその体をそっと抱きしめた。


「うるせぇよ。黙って寝てろ。じゃないと力ずくで寝かせるぞ?」

「え、それは……イヤ」


 よほど体が痛いのか、いつもなら愚痴の一つでも寄越すところを、今日は黙ったまま天一の腕の中に納まっていた。


 懐かしい重みと、暖かさと、心地よい鼓動。こんなことがなければきっと、もう二度と感じることがなかったもの。


 決別したはずのそれを、今一度手にしている。



――悪い、母さん。今だけは許してくれ。



 天国にいるのか、はたまた地獄にいるのかはわからない。どちらにせよ母は、今の天一を許すことはないだろう。


 それでも一応、建前として謝っておいた。


「……懐かしいね。昔はよく、こうやって抱きしめてもらってたっけ」


 まったく棘のない言葉は安心している証拠だ。怪我をさせた張本人の腕の中だというのに、よく安心できるものだと半ば呆れながらも、天一はその美しい黒髪をそっと撫でた。


「おてんば娘は近所の餓鬼どもに喧嘩売って、全員のしたのはいいけど母親連中に怒られて、勝手に人の胸へと泣きついてきたのでした」

「ちょ……! そんな昔の話、持ち出さないでよ」

「こんな機会でもなけりゃ、お前恥ずかしがって殴りかかるだろ?」


 図星を指摘されてぐぅの音も出ないようだ。首筋まで真っ赤に染まって、いつものように恥ずかしさを発散できずにいる。


 そんな姿が妙に可愛くて、それでいて懐かしい。


 もうずいぶんと、こんな近くで、こんな柔らかい雰囲気の中で、恵理と二人っきりになっていなかった気がする。


「……ねぇ、天」

「ん? どうした? もう動けるようになったのか?」


 凄まじい勢いで恵理は首を振る。胸板あたりに頭があったから、何発かは頭突きのような衝撃を与えている。


「この状況なら、天は絶対に、私の期待を裏切らないと思って」


 何を言っているのか、一瞬天一にはわからなかった。だがその意図と、次にやってくるであろう言葉を理解したとき、天一はただ自分の不甲斐なさと、仏心を呪った。


「――誤魔化さないで、答えてね。どうしてお母さんを――殺したの?」


 そう遠くない過去、何度も投げかけられた問い。そのたびに同じ答えを返し、同じような殺意を向けられ、同じようにいなしてきた。


 時には凶器を向けられ、時には屋上から突き落とされ、時には淀んだ瞳を向けられた。彼女が絶望しないために力の存在を教え、覚醒させ、力を昇華させた。


 そうすることで彼女に『朝倉 天一を殺す』という目的を与え、自ら死に急ぐような真似をさせない布石とした。


 恵理にとっての母親は優しい人であり、いつも全てを見守ってくれていた人だった。


 それは、天一にとっても同じだったはずだ。





「ねぇ、答えて……答えてよ、”お兄ちゃん”」





 いつの間にか胸板に押し当てられていた額は離れ、恵理の瞳は天一の正面にあった。だが天一にはその瞳を直視する勇気はない。目を閉じ、ただ歯を食いしばって耐えることしか、出来はしないのだから。



 これは、罰、なのだから。



 またしても……またしても星野ジャパン……!

 えぇい、見入ってしまうではないか!


 星野ジャパンは残念だったなぁと、言葉以上に落胆している広瀬ですが、そろそろ物語の事に触れないと後書きにならない気がします。


 天と恵理の関係、隠しているようでまるで隠していなかったような気もします。気づいていた方もいらっしゃったことでしょう。

 むしろ気づいて! お願い!


 恵理が投げかけた想いですが、天はどんな答えを返すのか。次話に、と言いたいところですが次話はまた違ったお話。

 ここら辺で主人公にもスポットを当てなければ……主人公が空気のような扱いに!


 ではでは〜。

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