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〔三十一話〕 七夜の行動

 少年にとって、青年は敵だった。

 だが青年にとって、少年は的といえる存在だったのだろうか。

 その答えを知るものは、青年以外に存在しないのかもしれない。

 その姿を確認した瞬間から、真紅の神経は極限まで研ぎ澄まされていた。


 武器がない今、どんな攻撃をされても冷静に対処できるように姿勢を落とし素早く動けるように細心の注意を払う。


 だが肝心の七夜は攻撃を仕掛けてくるでもなく、頭を適当に掻き毟って思案していた。


「う〜ん、今日は荘介さんに用事があっただけで誰かと戦いに来たんじゃない。そこらへん含めて、今回は休戦といかないかな?」

「その言葉を、信用しろと?」


 確かに敵意は感じられない。だが敵を前にして警戒心を完全に解けるほど、真紅は馬鹿ではなかった。


「……なら朝凪、君の疑問を解く手助けをしてあげよう。君が俺たちへの対抗策を考える片手間、ずっと抱えていたものだろ?」

「っ! なぜ、それを知っている?」

「なんとなく、ね。それを投げかけたのは俺自身だ。君ならきっと考えてくれると信じていただけさ」


 七夜の真意がよくわからない。


 先日の襲撃の際は容赦なく槍を向けてきたナイトメアのナンバースリー。あの時の鋭い殺気と槍筋は今も真紅の脳裏に焼きついて離れない。


 恐怖した相手が、しかし今は爽やかな笑みを浮かべ友好的に接してきている。


 そんな状況に真紅の思考は、正直な話完全に置いていかれていた。


「しかし、大きくなったね。最後に会った時のことを、君はどれだけ覚えているのかな?」

「……お前が、俺たちに刃を向けたことくらいだ」


 実際、その程度のことしか正確には記憶していなかった。錬とのやり取りなどは今でも克明に思い出すことが出来たが、いかんせん子供の記憶など曖昧すぎてそれ以外の記憶には微妙な靄がかかっている。


 その靄を最近は酷く疎ましく思う。もしこの靄さえなくなってしまえば、自分の抱いている疑問もなくなってくれるのではないだろうか。全て悪いのは自分自身の記憶なのではないだろうか。そんな考えがどうしても生じてしまう。


「”あの時”の記憶自体が抜け落ちている、か。やれやれ本当に厄介な力を使っていたんだね、君は。いや、それは今も同じことか」

「何の話だ?」

「ん? まぁこれくらいなら話しても大丈夫だよね」


 誰に了承を取っているわけでもないのだろうが、七夜は一人で頷いて真紅に正面から対峙した。


「君には力がある。それはもう気がついていると思うけど、その力はナイトメアの”作られた力”とは対極にあるものだ。そうだな、君と同じときに侵入してきた子が使った力、あれと同じ類のものだろう」


 天一たちと同じ力、それがどんなものなのか真紅にはよくわからない。だがその力が希少かつ強力なものであることは天一の戦い方や言動から何となくだが想像することができた。


「あれは世界の理に干渉する力だ。理を捻じ曲げて、自分の思い描いたものをこの世に生じさせる。その代償を使用者は少なからず背負うことになる。君自身の代償に、何か心当たりはないかな?」


 言われて何か引っかかるものがあった。


 力といわれて思い当たるものは人並みはずれた反射神経しかありえない。その力を使った直後、いつも必ず襲ってくるものは何だ。ただの心労だと思って念頭から外していたものがあったはずだ。


 後遺症のように絡み付いていた、頭痛。あれが異常な反射神経の代償だというのなら納得がいく。


「君が本当の意味で”本気”になったとき、その代償は想像を絶するものになるだろう」

「それが、俺の疑問に関連していると?」

「さてそれはどうだろうね。そこから先は君自身が思い出すことこそ、もっとも正しい答えだ。俺の推論なんかで結論を出してしまったら、それこそ面白くないだろ?」


 本当に楽しそうに笑う七夜を見ていると、つい敵であることを忘れてしまいそうになる。仇であるはずなのに、なぜそう思ってしまうのだろう。錬を殺したこの男を怨んでいたのは確かなはずだ。


 自分の記憶の曖昧さと、この男の言葉がそうさせているのかもしれない。


「もしまだ疑問があるなら、三日後のこの時間、またここに来るといい」

「……どういうつもりだ?」

「君の疑問はきっと俺たちナイトメアでしか解くことは出来ない」


 信用してもいいのだろうか。どちらかというと罠の可能性のほうが大きい。


「……刀を持ってくるといい。正面から戦ってあげるよ。きっとそれが、君を解き放つことが出来る鍵だから」


 一方的にそう告げて、七夜は屋敷へと歩き出す。


 真紅はその背にかける言葉を持ってない。たとえ持っていたとしても、今はきっと何の意味もなさなかっただろう。



 彼の背中からは大きな覚悟が見て取れたから。




――――――



 真紅を送り出した後、京は大きく息を吐き出した。


 当たり障りのない会話ばかりを続けるだけで、本当に聞きたいことを聞く機会が見つからなかった。いや、それを聞いてしまうことを無意識のうちに拒絶していた。



――あなたは、私の恩人ですか?



 そんな、たった一文に過ぎない問い。それすら言葉に出せない自分が情けなくて、ただただ溜め息を吐き出す。


 千崎との会話でほぼ間違いないことはわかっていた。そもそも疑うつもりなどまったくない。


「私って、ほんとダメな子」


 自己嫌悪に陥った京の肩を千崎がそっと叩く。それに励まされ、明日こそはと気合いを入れなおした。


 部屋に戻って明日の準備をしようと、玄関の扉に背を向ける。しかしその直後、来客を知らせる音が玄関に鳴り響いた。


 真紅が忘れ物でもしたのかと振り返るが、玄関からやってきたその男の姿に京はただ黙って立っていることしか出来なかった。


「失礼。荘介さんは在宅かな? 本社に姿がないから帰宅したと思っていたのだが」


 恭しく使用人に声をかける黒いスーツの男性。何度か父と一緒にいるところを見たことはあったが、間近で見たり会話したことはない。あったとしても記憶に残らない程度、挨拶くらいはしていたかもしれない。


 眺めていた京に気づいて、男性は優しく微笑んだ。


「やぁ、荘介さんの娘さんか。話には聞いていたけど美しい。ただの親馬鹿だったわけじゃないね」

「え、えっと……父がお世話になっております」

「ああ、かしこまらなくていいよ。俺とお父さんとは、まぁ言ってみれば共犯者みたいなものだから」


 意味を正確には理解できない。共犯者と言われても、京の父は何一つ悪いことをしているわけではない。


 困惑気味の京を見て、なおも頬を緩めながら男性は京の後ろに立つ老執事へと言葉を投げた。


「千崎さん、荘介さんはまだ?」

「はい。帰宅なさったという報告は受けておりません。本社には本当にいらっしゃらなかったのですか?」

「ああ。念のため秘書にも聞いてみたんだが……外に出たとしかわからないらしくてね。あの人のことだ、心配はないと思うんだけど」


 企業内での父がどのような場所にいるのか京は知らない。知ろうと思ったこともない。父の仕事には興味すらなかったが、男性は京に微笑み、何かを言おうとした。


 だが言葉には出来ず、どうやって言うべきかを思案しているようだった。


「あの……どう、しましたか?」

「ん? すまない。そうだな、やっぱり言っておくべきなんだろうな」


 自分一人で結論を出し、男性は一度礼をして見せた。


「氷室 七夜だ。君のお父さんには何かと世話になっている。それで急で申し訳ないんだが、三日後のこの時間帯、庭を使わせてもらってもいいかな?」

「え、それは……父に言ってくだされば……」

「そのお父さんに秘密にしておきたいんだ。野暮用でね。一応君もこの屋敷の主。大丈夫、君たちには何の影響もないはずだから」


 本当は父に言ってみなければいけないことのはずだった。しかし京は自然と、無意識のうちに頷いていた。


 京の首肯に男性の笑みが深くなる。そしてそっと耳元に顔を近づけ、ごめんねと一言、控えめに謝罪していた。


「では荘介さんが帰宅されたら伝えてください。『氷室が探していた。連絡を入れて欲しい』と」

「承知しました」

「よろしくお願いしますね」


 頭を下げて、男性は早々に立ち去ろうとする。最後に使用人の一人へ軽く声をかけ、男性は振り返ることなく屋敷を後にする。



 何が何だったのか、京にはよくわからなかった。



 わかったことといえば男性の名前くらいと、何かよからぬことが起きるのではないかという不安だけだった。



 珍しく一日に二話分投稿です。


 自分の中で一話は三千後半から六千文字までという決まりを設けていて、それにしたがって二話にわけたのですが……


 一緒にしてもあんまり変わらないなぁ、これは。


 ともかく、七夜の行動が少しずつ現れ始めてきました。

 当初の予定では七夜は完璧な敵キャラとして設定していたのですが、ここからどうなっていくのか、正直作者自身もわかりません。


 今言えることは一つだけ。




 がんばれ、主人公。

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