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〔二十九話〕 風の少女と光の騎士と

 世界の法則を歪め、自己の存在すらあやふやになったとしても、彼らは戦い続けるだろう。

 なればこそ、その戦いは美しく、それでいて儚い。

「……ん?」


 御子柴家へ帰ろうと昇降口を出た真紅は小さな違和感に気づいて屋上を見上げた。


 いつか感じた殺気、それはいまや仲間となった少年のもの。


 屋上で何が起こっているのか気になって真紅は踵を返す。しかし視線は屋上からすぐに離れ、見慣れた少女の瞳へと移動していた。


「高嶺……?」


 鞄を両手で前に持ち、柔らかい笑顔を浮かべているその少女は間違いなく高嶺 京という少女その人だった。しかし思わず問いかけてしまうほど、彼女の雰囲気が普段のそれとはかけ離れていた。


 彼女はもっと、自信なさ気な雰囲気をかもし出す少女だったはずだ。自分では決断できず、出来たとしても本当に正しかったのかを考え続ける。そんな少女が、高嶺 京だったはず。そういった先入観が真紅には色濃く根付いていたし、実際に過ごした短い時間の中でもそれは証明できていたはずだった。



 ならば今、目の前にいる少女は何だと言うのだろうか。



 迷いの気配はまったく感じられず、かといって自信が満ちてるというわけではない。焦燥がなくなった、とでも言えばいいのだろうか。


「朝凪くん、今日は迎えが遅いようなので、出来れば私の家まで送っていっていただけないでしょうか?」

「……どうして、俺に?」

「いつもは愛美ちゃんに頼むのですけど、御子柴くんと帰ってしまったようで、他にお願いできそうな人を知りません。お願い、できませんか?」


 上目遣いで覗き込んでくる少女の瞳には微かな不安があった。


 ただでさえ容姿がいいのだ、そんなふうにお願いされてしまっては耐性のない真紅では断ることなど出来るはずもない。


「……わかった。寄り道とかはなしの方向で頼む」

「はい!」


 可愛らしく頷いて、京は先に歩き出す。真紅もその背を追って歩き出そうとするが、一度だけ歩みを止めて屋上へと視線を向けた。



『個人の問題は、自分たちで解決するしかないし、そうしなければ意味がない』



 昼に天一が口にした言葉。それが脳裏で蘇る。


 あの殺気は、先日のそれとは一線を画すものだ。それほど切迫した事態が学校内でそう易々と起きるとは思えない。だとしたら、天一自身の問題、ということではないだろうか。


 心の中で天一の無事を祈りながら、真紅は自分の抱えた問題と向き合うため踵を返す。



――――――



 天一の宣言にも恵理は眉一つ動かすことなく、臨戦態勢を崩すことがない。


 腕力は天一のほうが上。しかし不知火の根元を攻められれば、力が拮抗してしまうこともあるかもしれない。


 ようはどうやって攻め、守り抜くか。ただそれだけが勝敗を決することになる。


 技術ではどう考えても天一に分があるだろう。何も知らないものが勝敗を予測するならば、天一が勝つと言い切ってしまう。しかし彼女の”力”は常人の予測をはるかに上回る破壊力を誇っている。


「わかっているの、天? あなたは今、自分自身の全開とほぼ同格の力を相手にしているのよ?」

「……んなもん、最初からわかってるっての」


 冷や汗が出てくるのを止めることができない。いや、そんなことを気にしている余裕があるのなら少しでも対抗手段を考えるために時間を使うべきだろう。


 空気が震えている。普通の神経ならば立っていることすらままならないほど濃度の高い殺気と力は少女の背後に存在する空間を歪めるほど。


「……魔力、太古から忌み嫌われた異能の力、か」


 今更ながらに自らが失った力の強大さに恐怖する。その一割でも力を発揮すれば、この校舎くらいは簡単に破壊できてしまうだろう。


 しかしそんな力を躊躇いなく放出する彼女に、天一は違和感を覚えた。


 非情な行動をとってみせても彼女は無関係な人間を巻き込める強い精神を持ってはいない。


「お昼にこの屋上の四隅へ、康くんお手製の結界符を張っておいたの。私の全開を出し切っても、この屋上が破壊されることはないわ」


 天一の心の中を見たような物言いに思わず苦笑が漏れる。用意周到というか、最初からこの場で戦うつもりだったらしい。


「さぁ、あなたの罪、ここで償ってもらうわ」


 少女の姿が一瞬で掻き消える。それを脳が認識するよりさらに速く、両足の筋肉が悲鳴を上げることすらかまわずに駆ける。一瞬でトップスピードに達し、そのまま何もない空間に刃を振る。風を切り裂くような斬撃は何かにぶつかり中空で止まり、天一の突進もその場で止まることになった。


 ゆらゆらと、その場に少女の姿が浮かび上がる。左腕で刃を受けているように見えるが、刃は少女の数ミリ手前で停止していて、少女の体には傷一つついてはいない。


「いくら風に乗って速力を上げようと、反射速度が追いつかなきゃ意味がないよな、恵理」

「この……! どうして追えるのよ?」

「んなもん、勘に決まってるじゃないか」


 実際に目で追える速度ではない。耐性があるからこそそれだけの速力を維持できているが、恵理以外の人間がそれを行おうとするならば体のいたるところへ影響が出るだろう。彼女の”風”は彼女の手足であり、同時に彼女を守る鉄壁の楯。今も本気で放った不知火の一撃を紙一重で止めている。


 だが不知火の刃を止めている状態では彼女もうかつには動くことが出来ない。一瞬でも気を抜けば不知火の刃が彼女の片手を両断し、鮮血が宙を舞うだろう。それをお互いにわかっているから天一は不知火を握る手に力を込め、恵理は操る風へと全神経を集中させていく。


 本来ならこのまま均衡させ、時間を稼いで恵理の消耗を待つところだ。だが生憎と今の天一に、そんな忍耐は存在していなかった。


 右手からいきなり力を抜く。台風に吹き飛ばされる傘のように勢いよく押し返された刃、その反動を利用して天一の拳が恵理の顔面へと迫る。不意をつかれた恵理は風に集中させていた神経を霧散させ、右手で拳を受け止める。風の加護がないその手のひらには暖かさがあり、少女特有の柔らかさがある。勢いそのままに体を反転させながら、右足で回し蹴りをあてにいく。天一が不知火を活用しない、その戦い方に驚いたのか恵理は風を使うことが出来ず、防戦に徹する。


「こ、のぉ!」


 気合と共に繰り出された右ストレートを紙一重でかわし、無防備になったその腕を横合いから掴み取る。しまったと認識させる隙すら与えずに手首をひねると、少女の軽い肉体はふわりと宙を回転し、地面へと叩きつけられる。


 しかし地面に叩きつける直前、天一の頬を鋭い風が撫でた。危険を感じてその手を離し一足飛びに退くと、すでに視界の中に恵理の姿はなく、飛びのいた勢いとは正反対の方向へと飛び跳ねる。直前までいた場所に風の塊が叩きつけられ、コンクリートの地面が少しひしゃげる。結界の上からでも物質に干渉できるほどの力。それがどれだけのものなのかを想像して背筋に冷たいものが走る。


 少女の姿をまた見失い、天一は意識を集中させる。わずかな空気の流れ、それを読んで攻撃に備えようとしても恵理相手には通用しない。その流れ自体を彼女が作為的に生み出している場合もある。ならばいつもと同じように、自分の勘に頼るしかなかった。


 迷いを捨て去って、天一は前へと駆け出す。そこに少女がいないと知っているから、だからこそ本気で駆けることができた。


 風を頬に感じながら、天一は貯水タンクに足をかける。そのまま貯水タンクを駆け上がり、上空へと体を浮かせる。


 飛ぶように宙を舞う天一は、不知火を地面へと向け、思い切り振りぬいた。


 弾丸のように地面へと降下していくそれは、地上に到達する直前に爆ぜ、屋上全体へと衝撃波を撒き散らしていく。


「きゃ――!」


 風がかき消され、恵理の姿がはっきりと捉えられるようになった。もともと上空からなら見えるのではないかと思っての行動だったが、こういった形で姿が見えるのなら対抗手段が増えてくる。


 着地した瞬間、恵理に向けて駆け出す。まだ体勢を立て直せていない恵理は、しかし敵の接近に反応して拳を振るう。素手の状態では恵理の拳を正面から受け止めることが出来ない。紙一重で一撃をかわすが風を纏ったそれは天一の頬に傷をつけ、背後の空間に大量の風を押し出していく。



 だがどれだけ威力が大きかろうと、当たらなければ意味がない。



 振りぬかれた直後の右腕、その二の腕を右手で弾いて無防備な背中が天一の目の前に広がる。躊躇が生まれるが、しかしすぐに割り切って両腕を大きく後ろへと引いた。


 全身の筋肉を使って両腕を前方へと押し出す。弓なりになって数メートル飛ばされる恵理だったが、衝撃を殺しながら踏ん張り、天一に向けて鋭い視線を向けた。


「驚いた……不知火に頼らない戦い方をするなんてね」

「なんだよ、忘れてたのか? お前に体術を教え込んだのは俺だぜ?」


 とはいえ渾身の一撃を受けても平然としている恵理を見て、すでに体術では追い抜かれていることを実感していた。体重もかけた、威力が霧散しないように直線状に打ち出した。それでも効かないというのなら、もう体術で攻めても無意味だろう。地面に突き刺さっていた不知火を手に取り、もう一度構えを取る。


 今のまま戦っていては勝敗は目に見えている。体術は通用しない、かといって剣技だけで攻めたところで手の内を知られているから対抗される。



 天一はほぼ、手詰まりの状況に置かれていた。



「もう諦めたら? どうがんばったって今のあなたじゃ私に勝てない。並みの人間では敵わないから、私たちの力は魔力なんて大仰な呼び名を得ているのよ?」

「そうかもな。でもさ、最後まで諦めないってのも悪くないと思うんだよ」


 恵理の姿を覆い隠すように、天一は視線の高さまで左手を掲げ、広げた。


 力のない天一が何をしようとしているのか、恵理には皆目見当がつかなかっただろう。説明する義理もなくて、天一は黙ったままその手のひらに意識を集中させた。


 たった一度、師匠の目の前でしか使ったことがない。康すら知らないそれは恵理にとってはまったく予想外のものだっただろう。今は力を失っている分、余計にそれは意味がある。


 左手の前に光の粒子が集まっていく。驚愕に目を見開く恵理を置いて、天一はただ口元を笑みに歪ませた。


「奥の手を見せてやるよ、恵理」


 光が徐々に形を保っていく。夕日に照らされたそれは、本来の白を血に染めたような赤に変わる。


「……そんな、それって――不知火?」


 現れたそれにやはり恵理は驚愕していた。


 左手に訪れた重みは右手とまったく同じもの。造形も色も、全てがまったく同じ。


 不知火が二本、その場には存在していた。


「どんな手品を使ったのよ、天」

「……不知火の特性だよ」


 左手を下げ、恵理に笑みを向ける。


「不知火は元々この世界に”本体が存在しない”。そんなものが世界に一本あろうが二本あろうが、世界の法則には影響がない。こいつは俺のロザリオを媒体に呼び寄せているだけなのさ。本体の魔力を利用しているから、俺の魔力の有無は関係ないし」

「……本体が存在しない? そんなものが魔力を持っているって、どういうことなのよ?」

「さぁ? この刀の存在自体が反則の品物だ。別の世界、とかがあって、そこに存在してるって考えも出来そうだよな」


 暢気に話し続けることをやめ、目に力を込める。戦い方を考えることをやめ、殺気を全身に纏わせる。


「それじゃ少し覚悟しろよ、恵理。あんまり手加減できるほど、こっからは甘くないからな」


 二本の不知火を両手で握り、駆ける。


 油断していた恵理が周囲に風を集中させる。



 だが、甘い。



 両手を交差させ、眼前で左右へ押し出す。切り裂かれた風が四方へと散っていき、恵理の顔が鼻先に現れる。


「――っ!」



「悪い。こっからが本気だ、恵理」



 振り上げられた拳を右手の柄で押しのける。本来は近接にむいていない日本刀だが、天一の手にかかればそんなハンデも関係がなくなる。


 急いで距離をとろうとする恵理を追いながら左右の刀を交互に振っていく。逃げるために風を使っているのだろうが、それすらも切り裂いて迫る天一は恵理から見れば悪鬼のような存在だっただろう。


 なにより今の恵理には集中力がなかった。集中力がなければ力も上手く操れず、体術にも少なからず迷いが生じる。


 天一を退けようと一際大きな風の塊が恵理の手から放たれる。片方の刀でそれを受け流し、恵理の足をすくって体勢を崩させ、最後に残った方の刀を恵理の首筋に突きつける。



 勝敗は、決した。



 膝をついて、恵理は睨むような視線を天一に投げかけていた。


「勝負ありだ、恵理。力を納めろよ」


 苦々しく表情を歪め、少女の纏っていた威圧感と周囲を取り巻いていた風が霧散していく。事実上の敗北宣言に胸をなでおろし、天一は両手の刀が消えていくように頭の中でイメージする。すると両手の刀は光の粒子となって消え去り、二人は何も言うことなく見詰め合っていた。


 先に口を開いたのは、恵理だった。


「どうして、殺さないの? 今ここで私を殺さなかったら、またあなたを殺そうとするかもしれないよ」

「お前はそんなことしねぇよ。確信もあるし。それに他のやつに殺されるよりかは、お前に殺されたほうがましかもしれないし」


 にやりと口元を歪めて見せると、恵理は苦笑を漏らして両手を揺らした。


「……わかっていて、私に刃を向けたの?」

「まぁな。お前が本気で殺そうとしていないことくらいすぐにわかる。何年の付き合いだと思ってるんだよ?」

「……生まれてからずっと……だね」


 本当に、ずっと一緒だった。今回の交換留学を抜いて考えるなら、離れていた期間は最長でも三ヶ月。



 その三ヶ月が、大きく二人を変えた。



「ジジイとの会話を聞いてたってのは、本当だな?」

「うん」

「だから俺がどれだけ戦えるか、試そうとしたのか。ここでお前に負けるようなら、動けないようにして戦いから離れさせようと」


 恵理の優しさはいつも不器用だと、天一は思う。


 真っ向から好意をぶつけられないのだ、彼女は。どんな時も、どんな人にも。だから最初は優等生の仮面をかぶって、親しくなるにつれて少しずつ素顔を見せていく。他人が怖いのは誰だって一緒だが、彼女の場合は人一倍その感情が大きい。


 それが自分の責任だということくらい、痛いほどよくわかっていた。


「ったく、この不器用娘が」

「なっ……! そ、そんな言い方しなくても――!」


 反抗しようとする恵理の体を、黙って抱きしめた。昔からよく知っているはずだった少女の体は、しかし想像以上に柔らかくて、想像以上に華奢で、恐怖に小さく震えていた。


 本当に、どこまでいっても不器用なところは治りそうになかった。


「こんなに震えやがって……怖かったか?」

「……うん。だって天、本気で斬るんだもん。怖いに決まってるじゃない」

「悪かった。でもなぁ、生身の人間にあれだけの力を向けられたら、俺だって本気にならざるを得ないんだぞ」


 腕の中で何度も頷く恵理に少しだけ申し訳ない気持ちが沸いてきた。確かに本気にならねば殺されていたところだが、大切な人をここまで怖がらせずとも、もっと別の対処法があったかもしれない。


「よしよし。落ち着くまでずっと頭撫でててやるから、泣くのだけはやめてくれよ?」

「な、ないなんか……泣かないもん。泣かないって約束したから」

「”俺の前以外では”だろ? 俺の前なんだから泣いても約束違反にはならないと思うぞ?」

「ふ……ふぇぇええん! てんのばかぁあ!」


 堰を切ったように胸の中で泣き出した恵理の頭を優しく何度も撫でてやる。どれだけ強がったところで中身は年相応の少女。怖いものはどれだけ割り切ったところで怖いに決まっている。


 恵理が泣き止むまでこうして撫でていようと決め、天一はただ茜色に変わりゆく空を眺める。



 どうしてか、空までもが泣いているような気がして天一はただ、自分の無力さと大切なものを守る覚悟だけを再確認させられたのだった。



 約二週間ぶりとなる更新です。


 いやぁ、思った以上に実家が居心地がよくて、当初の予定より長く滞在してしまったことが敗因かなぁと


 さて、天一と恵理の戦いなんですが、いきなり規格外の戦いしすぎじゃね? と疑問を抱く方が多いでしょう。広瀬もこれでいいのか? と首をかしげたものです。

 ですが初期設定とかをしっかり作ってしまったため、どうしてもこの二人、康も含めて三人は規格外にならざるを得ない、という結果にいたってしまったわけで……。


 うん、がんばれ主人公♪



 真紅が空気になりませんように。

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