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〔二話〕 漆黒と紅

漆黒の闇と紅の炎に彩られ、少年の世界は変わり始める。


 夜の帳が降りはじめた森の中に、老人は座っていた。


 この森の中では時間など正確にわかるはずがないのだが、真紅が去ってからの数時間を、老人は積んだ薪の上に座ったまま、何をするでもなく空を見上げていたのだった。


 流れ行く雲を見つめていると、昔のことを思い出す。まだ彼の息子と、その妻が生きていた頃の記憶。


 時折真紅をつれてやってくる彼らは、老人の退屈な生活の中で唯一の刺激であり、同時に心安らぐ時間だった気がする。妻に先立たれ、山奥の隠れ里にこもってしまった自分を息子たちが心配してくれたことも、その時は痛いほど感じたものだ。


 しかしその時間すら、七年前に失った。


 息子たちは、殺されたのだ。

 ある企業の重役として勤務していた息子は、会社の不正に気づき、それを公にしようと活動していた。根っからの正義感、というわけでもないが間違った行為を続けることに違和感を覚えていたのだろう。


 結果、息子は死んだ。表向きは自動車事故となっているが、老人は確信を持っていた。


 息子は、殺されたのだと。


 それは現場にいた真紅も同じ。両親を殺したものたちも、すぐ近くで目撃していた。


 もし老人がこの山奥に真紅を連れてこなかったら、真紅は今頃復讐の鬼に変わっていただろう。

 物理的に戦う力を手に入れた今の真紅なら、なおさらだ。浮世に戻ってしまったら、何をやらかすかわからなかった。


「戦う力をつけさせてしまった……わしがいけないのかも知れん」


 森には危険が溢れている。それに対抗するため、真紅に戦う力を与えた。間違いだったと思いたくはないが、少しだけ後悔していた。


「――もう、残された時間が少ないのかもしれない」


 いつの間にか、空は闇に包まれていた。いつもなら空いっぱいに散りばめられている星たちは、今日は漆黒の闇にとらわれている。月すらもその輝きを封じ込められている。


 雲はない。漆黒に包まれた、不思議な世界。


 老人の脳裏に嫌な想像が膨れ上がる。瞬間、手元にあった斧を取り、跳ねるように薪から離れる。

 何かが、漆黒の中に隠れていた。研ぎ澄まされた感覚の糸がそれを捉え、鍛え抜かれた筋肉が反射的に動き回る。


「あれ、お爺さん? そんなところで何を――」


 唐突に背後から声がかけられた。三十代ほどの女性の声で、それは集落で真紅の次に若い女のものだった。

 だが老人の感じた違和感は、それではない。違和感の正体は正面、深く恐ろしい森の中から。

 それに気づいたとき、老人は背後に向けてあらん限りの声を放った。


「――集落に戻れ! 皆に逃げろと――」


 全てを伝えきる前に、背後で奇妙な音が聞こえた。何かが勢いよく噴き出すような、肉が抉られるような不快な音。それが何を意味するのか知ったとき、老人は健康な歯が軋むほどに強く歯を食いしばった。

 怒りに震えたその瞳は全ての災厄を切り払うべく、強く細く輝いていた。



――――――



 最初の異変に気づいたのは、真紅だった。


 電気など通っているはずもないから、蝋燭を使って部屋を照らし談笑していたのだが、森の静寂を破る奇妙な音を彼の耳は敏感に聞き分けた。


「? しんく?」


 少し眠たげな愛美の声を無視して、真紅は部屋の隅にある竹刀袋を手に取り、部屋の外へと飛び出した。


 外に出た瞬間、鼻腔をくすぐる焦げた臭い。火元を探そうと思う必要すらなく、その原因はすぐに見つけることが出来た。


 集落の方向から夜の闇を切り裂くような紅く禍々しい光が、蜃気楼のように揺らめきながら放たれている。小火、というにはあまりにも規模が大きい。森が燃えているのかとも思ったが、どうやらそれは、根本から間違っているようだった。


「真紅! なにが――」


 突然の行動に驚いた空が真紅の後を追って出てきたが、その光景を見て絶句した。


「……空、愛美を頼む。何か嫌な感じがする」


 それは小さな違和感。住民の誰かが誤って火事を起こしてしまったのなら、消火活動をするか逃げるかをするはずである。だが遠目に見ても人の気配が全くない。

 ここで生活している真紅に言わせてみれば、『ありえない』ことだった。

 この集落に暮らしているのは大半が老人だったが、元気のよさと体の丈夫さは折り紙つきだった。


 足場の悪い森を一直線に突っ切る。右手に握った竹刀袋が、何故だか酷く重たかった。


「はぁ……はぁ……っ!」


 集落にたどり着いたとき、真紅はことの大きさを改めて実感することとなった。

 赤々と燃える民家、地に転がっている血まみれの人々。人為的に出来上がった地獄は、胃の中身を吐き出しそうになる。

 地面に転がっている人々は、直視したくないほど無残な姿に変わっている。


「くっ……何が、あったんだ?」


 答えが帰ってこないと知りながら、吹き付ける熱風を無視して地獄へと進んでいく。

 親しい人たちの亡骸。その光景に過去の記憶が蘇る。


 血まみれで横たわる両親。その腕に抱かれ、無傷で生き残った自分。何も出来ない子供だった真紅は、恐怖に震えることしか出来なかった。


 もう何も失わないために力を手に入れたはずだった。全てを振り払うために、毎日鍛錬を繰り返していたはずだった。なのに――



 うなじをゾクリ、と不快な感触が駆け抜ける。真紅は無意識のうちに体を捻り、右手に持った竹刀袋を突き出していた。


 直後にやってきたのは重たい衝撃。右腕に握ったものを通してそれがやってきた時、すでに真紅は次の動作に入っていた。

 体の回転を利用して繰り出す左足の蹴り。背後にいた者は反撃を予期していなかったのか、真紅の左足には人のアバラを折った嫌な感触が残った。


「いきなり襲ってくるとは……無作法なやつだな」


小さく舌打ちして、真紅は一歩後退する。しっかりと蹴り抜いたはずだったが、喰らった相手は痛みすら感じていないように、悠然とそこに立っていた。


 現れたのは漆黒の衣服を纏い、サングラスをかけた男。スーツのような動きにくい服ではないが、闇に解けるようなその黒は否応なく、真紅の悪夢を刺激した。


「――暗殺部隊、ナイトメア」


 かつて、彼の両親を殺し、彼の命を救った部隊。

 部隊の特徴は構成員全てが黒の戦闘服を纏っていることと、星と月が姿をなくすこと。

 どういう原理かわからないが、彼らが活動する範囲、時間、全ての星々が漆黒の闇に囚われてその姿を失ってしまう。そうして作られた闇は彼らの住処となり、彼らの狩場に変わる。


「なんで……ここにいるんだ」


 本来ナイトメアはある企業の要人護衛、ならびに暗殺をする部隊だ。人里はなれた集落にやってくる理由が、わからなかった。

 いや、一つだけ思い当たる節があった。



――俺のせい、なのか?



 暗殺者の右手に握られた短剣が炎の揺らめきに合わせて光を放つ。

 戸惑っている時間も迷っている時間もなかった。真紅は竹刀袋の紐を解き、封じていたそれを解き放つ。

 炎のように紅い柄、闇のように漆黒の鞘。色鮮やかな金の鍔は解き放たれた喜びに震えるかのごとく、ゆらゆらと不規則な光を放っている。


 両親が残した、たった一つの形見。かなりの業物だといわれているその日本刀は、真紅の手に不思議とよくなじんでいた。


 左手を鞘に、右手を柄に添える。戦うことへの迷いは、少しだけあった。誰かを傷つける、その行為に抵抗があったのだ。だが、それよりも強い怒りが真紅の手に力を与えていた。


 暗殺者の姿が、一瞬だけ消失する。それに合わせ真紅の刀が解き放たれた。

 振りぬかれた刃には肉を抉る手ごたえと骨を切り裂く重たい感触が残る。一瞬で背後に回っていた暗殺者は、真紅の人間離れした反射神経の前になすすべなくくず折れた。


「……後味が悪い……っ!」


 刀を納め、真紅は周囲を見回す。炎の中に他の敵意は感じられず、同時に生きている者の気配も感じられなかった。


 

 結局、どれだけ力をつけようと、何も守れないのか。



 暗殺者の亡骸を見下ろしていると、怒りがこみ上げてくる。逃がしようのない怒りの炎は自分自身を焼き、憎しみの詰まった心は全ての敵を殺したいと悲鳴をあげる。それでも、真紅は必死に全ての衝動を抑え込もうとしていた。


 住民たちの亡骸をその場に残し、真紅はきびすを返す。

 弔ってやりたい気持ちはある。だが今はまだ、その時ではない。

 炎に焼かれた地面を踏みしめて、もう一度、真紅は刀に手を添えた。


「……朝凪、真紅くんですね」


 低く腹の底に響いてくるような声が炎の中を木霊する。

 炎の道の向こう側に、三人の暗殺者が佇んでいた。


「お前たちは……ナイトメア、か」

「よく知っているますね。そのとおりです。我々は、ナイトメア。君を……殺しにきました」


 中心に立つ少し背の高い男が恭しく頭を垂れ、口の端を吊り上げるように笑っていた。

 その笑みはどこか作り物じみていて、感情から溢れてくるそれとは違う何かを真紅の本能に伝えていた。


「一人、殺したようですね。結構。その男程度を殺せないようでしたら、我々が出てくる必要すらないというもの……期待を裏切らないで下さり、感謝しておりますよ」

「……よく喋る暗殺者だな」


 三人から注意をそらさずに、真紅は周囲へと神経を向ける。暗殺者が堂々と、などという戦法は論外だ。必ず真紅の隙をつくように、何かの罠が張り巡らされているだろう。

 三対一という状況を考えても、真紅にとっては不利な状況だった。


「いえ、私などはまだ静かなほうですよ。私の上官など、どんなときでも豪快に笑っていましてね。あれを見ていると、自分はまだまともなのだと実感できます」

「そうか。だが、俺に言わせればお前ら全員、いかれてる」


 男は満足そうに頷き、両手を前に突き出した。

 突き出した両手には、黒く光る二丁の拳銃が――


「そうですね――私たちは、確かに狂っています」


 男が何かを言い終えるより早く、真紅は転がるように横へと移動した。

 耳をつんざく銃声。狂ったような笑い声をあげるその男は、さっきまでの態度が嘘のように、銃弾の雨を吐き出し続けている。


「飛び道具か……」


 どうやって対処するか考える暇すらなく、今度は両足に力をこめて後ろへと飛びのいた。


 残った二人の暗殺者が真紅の命を奪おうと同時に攻撃を仕掛けてきたのだ。二人の手には先ほど倒した暗殺者と同じく短剣が握られている。個々はそれほど強くなさそうだったが、同時に攻められるのはまずい。

 銃弾の雨をかわしながら、同時に二人の攻めもしのぐ。さらには炎の進行が早いため少しずつ動ける範囲が減っていく。

 真紅の額を、一筋の汗が伝った。



「――ちょっとやばそうだな。加勢しようか?」



 怪我の一つでも、と覚悟したとき脱力するほど軽い声が真紅の耳に届いたのだった。


もう少し日常風景も書いてみたかったんですが、なんとなくグダグダになる気がしたので省略。

真紅にとっては忘れることが出来ない敵、ということで早めに出してみました。

容姿とかがあやふやなのは過去の話だから〜とか勝手に理由をつけてます。

ホントは描写が苦手なだけですが……

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