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〔二十六話〕 恐怖、恵理襲来

 風のように現れ、周囲に暴風を撒き散らす少女。

 少年の瞳を曇らせるその霧を、少女は日と吹きで消し去っていく。

 白き少年にとってそれは、最強にして最凶の味方。

 仲間に事情を話さなければならないのは、真紅とて例外ではなかった。


 いつかは、いや、今日中に叶や空に連絡をとって、仲間が増えたということを事後承諾してもらうことが必要で、切り出し方を必死で考えていた。


 もっとも、考えていた時間は完全に無駄なものへと変わってしまったが。


「やっと見つけた」


 目の前の、道路のど真ん中に仁王立ちで待っていたのは空。普段の飄々とした態度はどこへ行ったのか、その表情は真剣そのもので、むしろ真紅に向けられた濃厚な殺気に眩暈さえ起こしそうになる。


「今までどこにいてたんだよ? あと、叶ちゃんが別人みたいだったことの説明を求める」

「な……何の話だよ? 俺は何も……」

「真紅!」


 空の瞳を直視して、真紅は何も言えなくなる。


 嘘など、つけない。数少ない気の置けない親友にまで嘘をつくようになってしまったら、それこそ誰一人として信用できなくなるし、信用されなくなる。


 だがそんな難しいことなど関係なく、ただ真紅の心が虚実を語ることを否定していた。


「……わかったよ、説明する。長くなるけど、いいか?」

「もちろん。今日は一日中サボる覚悟くらい出来てる」


 変なところで覚悟が出来ていることに思わず苦笑して、さてまた戻るのかと辟易することになるのだった。



――――――



 地獄がやってきた。


 まさに予想外。全ての対抗手段を封じられ、反論すら許されず、ただその場に正座させられるだけ。


 罵倒され、叩きのめされるのならばまだましだ。彼女はそれすらしようとはせず、ただ黙って二人の少年を見下している。


 苦痛以外の、何物でもなかった。


「……あ、あの、恵理様……どのようなご用件で、いらっしゃったのでしょうか?」


 天一の超がつくほど控えめで丁寧な言葉にも、少女は黙っているだけで何一つ反応を見せはしない。


 天一たちが本当に籍を置いている学校の制服で、胸元には学年を示すバッチがある。二年を示しているそれはしかし、彼女の威圧感を見る限り一致はしない。


 流れるように美しい黒い髪は腰ほどまで伸び、その整った体格と相まって見る人を惹き付ける魅力的な姿を保っている。ちょっと気の強そうなつり目も彼女の美しさを引き立てることに役立ち、微笑とのギャップにただ圧倒されることだろう。


 もっともそれは付き合いの短い人間にしか意味を成さないものだ。天一や康にとって彼女は、恐怖の象徴でしかなかった。


 長い時が過ぎ、彼女はようやく硬く閉ざしていた口を開いた。


「……天、言い残すことはない?」

「なぜにいきなり死亡宣言!?」

「ないのね、なら……ここでさようならよ」


 おもむろに胸ポケットから取り出したのは、空色のグローブ。彼女の小さな手に吸いつくようにはまるそれは、彼女が絶対に倒すと決めた相手にしか使わないもの。


 それを目視した瞬間、天一の血が悲鳴を上げた。


 どうしてなのかはまったく理解できない。いや、したくもない。だがこんなところでむざむざと、旧知の少女に殺されてやれるほど天一は自分の命を軽んじてはいなかった。


「ちょっ……! 不知火!」


 彼女がグローブを着け、目視できるギリギリの速度で繰り出される拳を、不知火の腹で受け止める。狭い空間で打ち合ったため、衝撃波にも似た振動が周囲へと拡散され、玄関に飾ってあった花瓶やら額縁やらが音を立てて破壊されていく。


 康はさっさと離脱していて危害はない。ただ拳と日本刀だけが鍔迫り合いでもしているかのような、微妙な均衡を保っていた。


「わかるように、説明してもらえるかな、恵理。いきなり本気で殴られるほど俺も優しくはないぞ?」

「へぇ、ここまでしてもわからないんだ……やっぱりあんたって、鈍感そのものね!」


 片手で日本刀と押し合いながら、逆の足が死角から迫る。空気の振動だけで動きを見切って、一瞬だけ迷う。その迷いを断ち切るかように空いていた右腕で受け止めると、腕全体の筋肉が悲鳴を上げ、天一は眉をしかめた。


 日本刀を振るうほどのスペースはない。その面では近距離戦に特化した恵理の体術は脅威ともいえる。だがそもそも天一には、恵理に向かって本気で刀を振れるほどの度胸もなく、同時にそんなことをする理由もない。


 それに殺されるとするならば、せめて彼女のその手で――



 そこまで考えて、馬鹿馬鹿しさに気づき、右腕を力いっぱい外側に押しやった。



 誰が、恵理なんかに殺されてたまるか。



――俺と同じ想いなんて、させてたまるか。



「恵理……ちゃんと説明してくれないと、俺わかんないなぁ」

「っ! この、こういう時だけ、気の抜けた声で……」

「お前の弱点、俺の笑顔ってね。偽者っていう線はなくなったかな」


 攻撃の型、速さ、動き、どれをとっても偽者という線は存在しない。だがそれならばなぜ、という疑問がまた鎌首を持ち上げてくる。


「ということで、質問。なんでお前が、俺を殺そうなんて思うんだ? 今更、怨みも何もないだろ?」

「う……うぅぅ〜〜」


 困ったように似つかわしくないうめき声を上げるその姿は、天一の嗜虐真をくすぐる。恵理に気づかれぬよう舌なめずりをして、天一はさらに言葉を重ねる。


「恵理ちゃぁん? 怒ったりしないから、ほら、言ってみな」

「だ……だって、だってぇ……最近、康からの連絡だけで、天の声も姿も、全然見る機会がなかったんだもん。なんかこう……イライラしてきて……」

「そんな理由かよ!?」


 恵理の弱点、その二。天一だけが知っていることだが、恵理は気が強いわりに極度の寂しがり屋だった。今も康に聞こえないよう、小さな声でやり取りしている。康も二人のそのやり取りにはなれているのか、聞き耳すら立てようとせず、むしろ部屋の奥へと引っ込んでお茶の準備を始めていた。


「そ、そんな理由って……あんまりだよ」

「あ……あ〜あ〜、悪かった! 俺が悪かったって。謝る、何でも言うこと聞いてやる。だから機嫌直せよ、恵理」

「ほんとぉ?」

「うん、約束だ。俺がお前に嘘ついたことあるか?」

「ある。いっぱい」


 言い返せなくて、天一はただ頭をかくだけだった。


 恵理との約束は基本的に守ろうとするのだが、決まって何か不測の事態が襲ってくる。今回の交換留学もそうだ。卒業までは一緒にいようねという彼女との約束も、そのせいで破る形になっていた。


「でも、うん。今回は許してあげるよ、天」


 彼女の瞳には溢れんばかりの涙と、柔らかい笑顔。その二つが合わさることで、天一が大好きな、絶対に失いたくない”鷺村 恵理”という人物が、目の前に実在しているという事実をようやく認識することが出来た。


「改めて、久しぶりだな、恵理」


 優しく頭を撫でてやると気持ちよさそうに目を細め、少女は笑みを深めた。一通り満喫して、少女はやっといつもと同じ凛々しい瞳を天一に投げかけてくれていた。


「うん! 会いたかったよ、天!」


 抱きつかんとする勢いだったが、流石にそれはまずいと思い、天一はその額に平手をあて、彼女の突進を手前で防ぐのだった。


 お茶の準備を終えて戻ってきた康に従い、三人は居間へと場所を移した。


 さほど広くはないがソファーとテーブルはしっかりと設置されている。テレビは二人ともが見ないため置いていないが、各々の部屋には小型のそれが置いてあるはずだった。


 天一と康は、同じ家を借りていた。もちろん簡単に一戸建てが借りられたわけではない。この家は彼らの住処ではなく、情報屋としての拠点として、ある人から借りているものだった。アパートに二人分の部屋を借りているが、こっちに来てからというものそこで生活した日数は半分に満たない。


 夜の時間を大半情報屋としての活動に持っていかれるため、自室に戻る必要がなくなってくるというのが実情だった。


「恵理ちゃんはどれくらいこっちにいるつもり? それによってはこっちの部屋を改良して、一人くらい余分に過ごせるようにするんだけど」


 康の言葉に、恵理は口元に人差し指を沿え、うなる。


 何か嫌な予感がして、天一はその場を離脱しようと席を立つ。しかしその行動を予期していたのか、恵理の右手が制服のすそをつかんで離さない。


「実はね、私も交換留学生、第三号としてこっちに来ることになったの」

「……へ?」


 嫌な予感、大的中。


 康は驚いたように声を漏らしたが、天一は何一つ反応を見せなかった。


 恵理がこの町に来ているという時点で、なんとなくそんな気はしていた。ただ認めたくなかっただけ。これから四六時中、恵理と行動を共にしなければならないと思うと心臓がいくつあっても足りない、いや、魂がどれだけあっても足りることはないだろう。


「よろしくね、先輩! 学年は一緒なのに、うん、この呼び方って新鮮」

「……変な遊びを覚えるなよ、恵理」

「何なら”お兄ちゃん”って呼んであげようか?」

「っ! 恵理!」

「あはは、冗談だよ、冗談」


 心臓に悪すぎる冗談に、天一はただ、溜め息をかみ殺す。洒落にならないというのはまさにこんな状況のことを言うのだろう。


 恵理は悪戯が成功した子供のように笑い、康はよくわからないやり取りに疲れたのか独り茶を啜っている。


 疲れた、こんなことなら帰って寝ればよかったと今更ながらに後悔の念がつのる。


「あ、でも”兄さん”くらいはありかもね」

「……お前みたいな妹、欲しくねぇ」

「あぁ! そんなこと言うの? こんな美人捕まええ、酷すぎない?」

「自分で言うな、自分で」


 遊ばれているとわかっていても、天一には何一つ抗う手段がない。抗う気力すら残されてはいない。


「あはは、さって……それじゃあ本題ね。天、康、私に黙って何か楽しそうなことやってるわね。私も混ぜなさい」


 二人とも、呼吸が止まったのではないかと思えるほど部屋内の空気が凍りついた。


 どこからどんな話が漏れたのか。情報屋の件については恵理も最初から知っている。だが彼女自身が情報屋というわけでもないし、彼女単独で情報を集められるほど裏に精通しているわけでもない。


 だが彼女の言葉からわかるのは、全てを知っているという自信だけだった。


「なぁ、恵理。何を、どういった風に聞きつけた?」

「あんたの師匠さんから。楽しそうなことしてるみたいだからいっていいよ、って許可が下りて」

「あ……あのくそジジイがぁ!!」


 今まで生きてきた中で彼ほど怒りをもたらす人物を、天一は他に知らない。


 それでもこの世界の中で彼ほどの武人もいないのだろう。あの茶目っ気を差し引けば優秀な師匠といってもいい。


 だが時と場合を考えろくそジジイ、と天一はこの場にいない人物に毒づく。


「さ、包み隠さず話してもらいましょうか? 嘘ついても私にはわかるからね」


 迷惑をかけまいと隠し通すつもりだったが、こうなっては仕方がない。それに考えてみれば恵理の体術も戦力としては十分すぎるほどだった。


 真紅にはあとで話しておこうと観念して、天一は康と目配せし、昨日からあったすべての出来事を包み隠さず話し始めるのだった。



 よっしゃぁ! テストおわったぁ!


 と喜びながらの更新です。どうも、作者です。


 さてやってきました破天荒少女、恵理。さぎむら、と読みます。

 黙っていれば日本美人、絶滅危惧種なのですがいかんせん、性格に難ありと言ったところです。でも天一にとってはもっとも大切な少女であり、命に代えてでも守りたい人。邪推なしでお願いします。


 今回でようやく本当に戦力がそろってきた感じ。あと一人、といったところでしょう。真紅組と天一組のコラボも早く書きたいですね。ではでは〜〜。

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