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〔二十四話〕 七夜と荘介

 それは敵となった二人の、短い安息の日々。

 両腕を鎖につながれ、両足を拘束され、本来ならば完全に動きを封じられているはずの状況。だというのにその男は眼前に存在する全ての生物に向けて狂気の瞳を投げかけ、牙を剝いている。



「珍しいな。一日たっても治らないとは、よほど切羽詰っていたのか?」



「わかりませんよ。俺が駆けつけたときには既にこんな状態でしたし、殺されかけた、程度ではこんな風にはならないでしょうし」


 拘束される仲間をガラス越しに見据えて二人の男はさも日常会話ですと言いたげに、平然と会話を続けている。


 一人は昨夜の戦闘そのままに、槍を肩にかけ、牙や爪の擦り傷が生々しい。後ろに流した長髪が所々血に染まっているが、その男のものではなく、今拘束されている男のもの。


 もう一人は支給されたサングラスを完全に無視し、銀縁の眼鏡をかけ、外人のように整った顔をしている。スーツと体格のおかげでかろうじて男だと判断できるが、髪を伸ばし、にこやかに笑っているだけならば間違いなく女に見られることあろう。


 自分よりも階級が上の男に向け、微妙な敬語を使いながら七夜は


「何日か拘束していれば問題ないでしょう。いつものようにケロッと復活すると思いますが」

「そうだな。ならこのまま放置する」


 酷い、とは思わない。七夜もその男と同じ意見だったし、何より自分自身の体も限界を迎えていた。


 序列はたった二つしか違わない。七夜とガラス越しの男、烏丸 聡司に力の差はほとんどないといってもよかった。


 二という数字を背負ってはいるが、七夜の実力は組織内でも三番より下だった。三番の健三が『かったるい』ということで七夜が二番を背負ってる。それでも実戦での力は四番を軽く凌駕していると思っていた。


 その考え自体、甘かったのだと痛感している。


 昨夜、狂った聡司を止めるために七夜は本気で槍を振るわねばならなかった。真紅を退けたその槍裁きも獣のそれを使う聡司の前には、ただの目くらましにしかならない。


 辛勝といっていいほど消耗している今、それ以外のことを考えている余裕はない。


「お前も早く休め、七夜。かなり疲れているだろう?」

「……わかりますか?」

「そんな弱々しいお前はお前じゃないからな」


 鼻を鳴らし、視線を逸らす彼を見ると、なんとなく照れているのかと納得できる。冷酷であらねばならない組織のトップだが、こういったところは普通の人間に近いのではないかと、七夜は小さく笑みをこぼしていた。


 好意に甘え、退室した七夜はそのままエレベーターを利用して上に戻り、とある部屋へと向かった。


 3201号室。高嶺 荘介の仕事部屋。


 昨夜の侵入者が何の目的で本部に乗り込んできたのかは、おおよそ見当はついている。自分たちとの直接対決を前に、少しでも情報を仕入れたいということだろう。であるならば彼の狙いは”高嶺”で間違いないと七夜は確信していた。


 元々は違ったが、今、企業内で最もナイトメアに精通している人物はこの高嶺 荘介で間違いない。その情報は昨今の情報社会において周知のものといってもいい。ならばこそナイトメアの情報を仕入れるためにこの部屋に何か細工を施したか、あるいは情報を引き出した、二通りの状況が予想できた。


「あ……七夜さま」


 ノックに出てきたのは女性物の紺色のスーツを纏い、ウェーブのかかった黒い髪を肩ほどまで伸ばした秘書の女性だった。化粧は控えめだが、元は悪くない。


「失礼。高嶺 荘介氏は在室かな?」


 秘書の出迎えに恭しく頭をたれると、彼女は恥ずかしそうにやめてくださいとうろたえ、七夜はただその姿に笑みを漏らす。それが悪戯の範疇だったことに気づいて、秘書は頬を膨らませていた。


「いらっしゃいますよ。今は奥で事務を行っています。お呼びしますか?」

「ん? いや、入室の許可をもらえれば、中で話がしたい。いろいろと込み入った話になりそうなので」

「承知しました。では中へどうぞ」


 顔見知りだからか意外とあっさり入室を許可され、七夜は応接室を抜け、荘介の仕事部屋の扉を叩いた。


 個人の部屋だというのに、荘介の個室は三つに分かれている。一つは応接室、もう一つは秘書専用の仕事部屋。そしてもう一つが、余人の侵入を許さない荘介の仕事部屋だった。


 七夜自身、荘介がどんな仕事をしているのか把握していない。ナイトメアに精通していることだけは知っているが、それ以外のほとんどが闇の中に隠されている人物だった。


「誰だ?」

「氷室です。少々お時間いただけないでしょうか?」

「……応接室で少し待て。すぐに行こう」


 威厳のある声だが、それだけに七夜は笑いを堪えるのに必死だった。秘書にたしなめられるがどうしようもない。


 応接室で一応の落ち着きを取り戻した七夜だったが、現れた荘介の姿に今度こそ吹き出してしまった。


「な、七夜さま……その反応は、流石に……」

「だ、だってよぉ、くく……荘介さん、相手が俺だからって、その気の抜けようは何だよ?」


 現れた荘介はスーツの上着を羽織ってこそいるが、頬には油が飛び散り、服の随所には奇妙なしみが出来上がっている。どこの工場で働いているのかと思うその姿は、どう見ても企業の重役ではなかった。


「仕方がないだろう? 突然すぎるんだ、お前の来訪は。こっちの準備などまったくお構いなしにやってくる」


 四十を超えたはずの白髪頭はどっしりとソファーに腰を落とし、秘書の用意した葉巻に火をつけ、大きく吸い込んだ。


「それで、何のようだ? 昨夜の侵入者については一通りの報告を受けているが、さして問題はなかったと聞いている」

「まぁ表向きの報告はそうさせてもらいました。それよりも、荘介さん、この部屋に異変はありませんでしたか?」

「異変? これといって……いや、そういえばパソコンに覚えのない閲覧記録があったな」

「なるほど……やはり狙いはここだったか」


 読みはあたった。情報というのもおそらくはナイトメア関係の資料だろう。荘介の権限ならばある程度の情報は仕入れられる。


「どうした?」

「……荘介さんにならお話してもいいでしょう。ただこの件は内密にお願いします」

「彼女も駄目なのか?」


 秘書を指しているのだろうと七夜は頷く。荘介もそれに従い、秘書に退室を促し、彼女もそれに従って自室へと退いた。


「それで、どうしたんだ?」

「昨夜の侵入者、他の面子には知られていませんが”朝凪 真紅”でした」


 その名前を口にしただけで、荘介の表情が一転する。苦虫をかみ殺したような苦しい表情。彼が朝凪に負い目を感じていることを知らないわけでもなかったが、それでも今回はこの事実を知らせないわけにもいかなかった。


「あの太刀筋、構え、声。成長したといってもほとんど変わっていませんでしたね。いや、強くはなっていましたが」

「そうか……元気そうだったかね?」

「ピンピンしてましたよ。俺の突きをかわしたやつなんて何年ぶりでしょうか」


 それこそ最後にかわしたのも真紅だった気がする。


 懐かしい太刀筋は子供の頃の、鋭く軽いものから少しだけ変わり、とても重たい斬撃となって七夜の腕を痺れさせた。あの戦い方で、かつての素早さを取り戻していたのならあるいは――



――錬ですらたどり着けなかった場所まで、たどり着くのかもしれない。



 不意に浮かぶ笑みをいぶかしみ、荘介が声をかける。しかしそんな声すら聞こえていない七夜には、ただもう一度、今度こそ万全の状態で真紅と戦うことだけしか考えられない。



 今度こそ。



 今度こそ長年背負ってきた十字架を、下ろせる場所を見つけたんだ。



 七夜はただ、童心に返ったかのような奇妙な高揚感を覚えつつ、再度まみえるときを心待ちにするのだった。



――――――



 残っている雑務と再度の襲撃に備えるためと七夜が部屋を後にしてから、荘介はまた仕事部屋に戻り、目の前の機器を躍起になってばらしていた。


 万年筆ほどの大きさで、ここまで精密な盗聴器は見たことがない。こんな精巧なものを作れるのならどんな細かな作業でも簡単にやってのけてしまうのではなかろうか。


 だが荘介はこれに似たような技術を持っている男に心当たりがあった。いや、正確には持っている男が、いた。


 その男は六年ほど前に、二人のナイトメアを逃がすため命を落とした。


 白羽や荘介にとっては、親友といってもいい存在。かつてはどうしてそこまでしてナイトメアなんかを逃がそうとしていたのか、理解に苦しんでいた。だがしかし今の荘介ならば彼の心がわかる気がした。


 ナイトメア、たとえ作られた存在だったとしても彼らはしっかりと生きている。


 人間として生活していくことだって出来るのだ。きっと彼は、ナイトメアに自由を与えたかったのだと、荘介は考えている。


 この小型盗聴器を作ったのはおそらく、その際に逃げ出したナイトメアの少女だろう。今は成人しているだろうが、その若さでこれほどのものを作れるとは、俄かには信じがたい。


 真紅がこれを設置したのならば、真紅とその少女が手を組んだと見て間違いない。その事実が荘介には少し嬉しかった。


 盗聴器のことを七夜に伝えなかったのにはいくつか理由があった。一つはこれを七夜が利用し、真紅たちの居場所を突き止めてしまう危険性があるため。企業に反旗を翻すつもりはないが、真紅には少しでも長く、平和な世界で過ごしていて欲しかった。


 もう一つの理由は、単純に荘介自身がこの小型盗聴器に興味があったからだった。


 昔から機械いぢりが好きだったが、最近はめっきり興味をそそるものを見る機会が減った。そこにこんな精密機械が転がってきたのだ、飢えた獣に生肉を放ったようなものである。


 分解用の機器を使っている間に油塗れになったが、気にしない。子供のように輝いた瞳が、暗い部屋の中で奇妙な光を宿している。


 今日はきっと他の仕事は手につかないだろう。そう判断していたため、秘書には最初から雑務を全て押し付けてある。少々人遣いが荒い気もするが、好奇心には勝ることもない。


「さて、と……続きといこうか」


 彼の長い一日は、まだ始まったばかりだった。



 珍しく二日連続の更新です。

 いえね、今回は報告も兼ねての更新なのですよ。




 祝・読者数千人とっぱぁぁああ!!



 ようやくかよ! という突っ込みはなしの方向で。身内にも教えていないですし、宣伝もしていませんので広瀬にしてみれば快挙なのですよ。

 昨日確認してからもう……執筆速度が上がる上がる〜〜。

 皆様今後ともよろしくお願いします。


 さて一話開けてしまいましたが、次話は真紅と天一のやり取りです。

 似たもの同士なのでどうやってアクセントをつけるべきか……。

 ともかく、がんばっていきますよ!

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