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〔二十三話〕 始動

 雪の舞うその空に、鮮やかに降り注ぐ朱の花。

 二つのイロが交じり合い、停滞していた物語は回りだす。

 刀を振るい、仇敵と打ち合った夜が明け、真紅は何事も無かったようね学園へと足を運んでいた。


 しかし授業を受けるつもりなどさらさらなく、朝は空たちにも顔を見せず、登校したその足で科学準備室へと向かっていた。


「叶。昨日の件で話がある」


 言いながら室内へ入るとそこには白衣を羽織った女教師が佇んでいて、真紅が来るのを予期していたかのように鋭く瞳を細めていた。


 その表情からはいつものような余裕がまったく出ていなくて、まるで別人のような印象を真紅に与えている。


 それは、そう。真紅と叶が初めて対峙したときのような、冷酷な雰囲気。


 叶は真紅に向けて細く溜め息を吐き出し、ぽつりと一言、言葉を吐いた。


「やられたわ」


 それが何に対する”やられた”なのか、真紅にはよくわからない。その考えが伝わったのか、叶はさらに溜め息を吐き、白衣のポケットから小型盗聴器を取り出した。


「ジャミング機能の弱点をつかれて、盗聴器が発見されたみたいなの」

「なっ……! それは……」

「発見者はおそらく、高嶺 荘介。発信先を何重にも細工して隠しているから簡単にはこっちが見つかることは無いだろうけど、彼ならばあるいは、私たちにたどり着くかもしれない」


 最悪の展開と言ってもいい。叶の技量がどれほどのものかはわからないが、相手が強大な企業であるのならば、個人の力など霞んでしまう。


「だが、まだ特定されたわけではないだろ? 少しでも妨害が出来れば、それまでに体勢を立て直す」

「立て直すって……どうするつもりなの? 直接戦うなんて論外。昨日でわかったでしょ? 七夜の槍はあなたの反射速度でも追いつくのがやっと。反撃に回るなんてできない。あいつを倒せないようじゃ、どうにもならないわ」


 確かに真紅一人ではどうにもならないだろう。空や愛美たちを危険にさらすわけにもいかない。あの二人は戦えるといっても、せいぜい中級のナイトメアを相手にするのが精一杯。そうなってしまえば、真紅と叶、二人だけで十人近くのナイトメアを相手にするのは無謀だ。


 だが真紅には微かにだが、希望が見えていた。


「”あて”がある。少し……そうだな、一週間ほどあれば何とかなると思うんだ」

「……一週間……それくらいなら何もしなくったって発見されることはないと思うけど……」

「なら、大丈夫。悪いが今日は授業をサボる。適当な理由を考えて、適当に空たちにも伝えておいてくれ」


 それだけ言って真紅はドアを開け、科学準備室を後にする。


 最後に何か言いたそうな叶の表情が気になったが、しかしこんなところで油を売っている時間はない。


 教室によらず、荷物を持っていてよかったと的外れなことを考えながら、真紅はどこから向かおうか思案するのだった。



――――――



 教室について愛美や京と雑談していると、真紅が来ないまま叶がやってきて、今日は朝凪くんが欠席ですなどという、空としては看過できないことを言ってのけた。


 朝から屋敷のどこを探しても見当たらず、使用人の一人が『先に行きましたよ』と教えてくれなければ遅刻していた。その使用人は真紅が屋敷にいる間世話をさせているメイドだったのだが、彼女の話では帰ってきたのも夜中の四時か五時、すでに空が白くなりかけていた頃だという。


 その話を聞く以前から、胸騒ぎはしていたのだ。


 真紅が自分に何も言わず、大切なことを隠しているような違和感。昨日は二日酔いで動けなかったが、今ならばその違和感が確かなものであることを実感できる。



 きっと真紅は一人で――



 ならば自分はこんなところでのうのうと授業に出て、無駄な時間を過ごすわけにはいかない。


「叶ちゃ〜〜ん! 腹痛いから早退する」

「う〜〜ん……却下」


 語尾に音符でもつきそうなほど綺麗な笑顔だが、真紅のためにもその笑顔を歪めようと、早退を押し切らなければいけない。


「いやぁ、我慢できる痛みじゃないんですよ。盲腸? みたいな刺すような痛みで……」

「……そこまで言うのなら、私が一緒に保健室まで行きますから、保険の先生が良いと言ったら帰ってもいいですよ」


 諭すような口ぶりだが、どこかいつもの、ほんわかと抜けている彼女とは違う何かがあるように思えた。その違和感を払拭する時間すらないまま、叶はホームルームを終わらせ、空に向かって手招きをよこした。


 仕方なく空は叶の背に従い、保健室へ向かうべく席を立った。


 いざとなればさまざまな手段をとって仮病を本当の病気にしてしまえばいい。若干の痛みを伴うかもしれないが、かまっている時間すら惜しい。


 保健室に向かうものだとばかり思っていたが、叶の足はそのまま昇降口へと向かい、空の下駄箱の前で停止した。


「……朝倉先生?」


 気づかぬうちに、空は彼女に警戒心を抱いていた。


 それは数日前、真紅が彼女に呼び出されたその時から続いているものだった。


 たとえるならばナイトメアと対峙しているような、緊張感。普段、授業を行ったりホームルームにやってくるときはそれほどでもないのだが、今のような寡黙で、冷たい雰囲気は彼女の学園内で持たれている印象とは似ても似つかないものだ。


「……真紅はさっさとどこかにいなくなったわ。探したいなら急ぎなさい」

「あんた、いったい……」

「質問している時間があるの? あの子が何をやろうとしているのか、私も少し気になっているの。だから聞いてきて。私のことは真紅に聞けばいいわ」


 何を考えているのかいまいち掴めないが、この申し出はありがたい。つまり彼女は空の早退を黙認してくれると言うのだ。手間が省ける。


 軽く頭を下げ下駄箱から自分の靴を取り出す。叶はその姿を見つめているだけだったが、思い出したように手を叩き、空に向けて艶のある笑顔を浮かべた。


「そうだ、伝えておいてくれない? 今度からはもう少し詳細を言ってから行動してって」

「忘れなかったら伝えておきますよ」


 真紅と叶の関係が気になったが、気にする必要すらないことに気づいて首を振る。


 今はただ、真紅の行方を捜すために。空はただ、走り出す。



――――――



 苅野屋の暖簾をくぐり、アスファルトの地面を踏みしめて真紅は小さく息を吐いた。


 学園を後にしたその足で苅野屋へと向かった真紅は、信介に協力を仰ぎ、さっさと承諾させてから軽く打ち合わせを行っていた。


 元々信介は真紅の護衛、および食事全般の作業を行っていた。しかし一方で、さまざまな裏の事情に精通している人物でもある。


 彼の昔作ったパイプを利用してある人物を調べさせるため、信介を頼らざるを得なかった。


 名前や顔立ちなどはまったくわからない。わかることは純白の日本刀を持ち、常人では考えられないほどの運動神経をほこっていたこと。体格は真紅と同じくらい。男性。


 その少ない情報からでも個人を特定できるものか、真紅は少し不安だった。しかし信介はというと――


「え? そんなに情報あるんですか?」


 と、軽い口調で言ってのけた。


 特定できしだい真紅に報告するよう、ほとんど使わない携帯の番号を教えておいて、ようやく苅野屋にきた用事を終わらせたのだが、信介の気遣い、というよりはお節介のおかげで和菓子を馳走になり、今に至る。


 予期せぬ事態で既に正午を回っていたが、昼食を取る気分にはならない。


 人に任せているだけで、自分が動かないなどという選択は真紅の中には存在しない。


 誰かを動かすならば、自分が率先して動くべきだというのが真紅の持論だった。


 青空、というには少し雲が多い気がする昼下がり。制服でいるのは少し目立つ。


 だから、その少年たちに気づくことができたのかもしれない。


 自分とは違う制服。しかしその胸元にはしっかりと”神凪学園”のバッチがついている。空に聞いた話だが神凪学園には二つの学科があるらしい。自分たちとは違い、学問、運動どちらかに秀でた生徒たちのクラス。それが目の前にいる学生であるという事実が、だが真紅には受け入れることが出来なかった。


「やぁ、こんな時間にこんな場所で……君も学園をサボったクチかな?」


 一人は制服を着崩し、目元までかかる髪を邪魔くさそうに弄りながらも、真紅に向けて笑みを浮かべている。もう一人の少年はその少年の背後に佇んでいて、中世的な顔立ちをしている。


 手前の少年は確かに簡単にサボりそうだが、後ろの少年はとてもサボるような人間には見えない。


 だが真紅はその二人に妙な違和感を覚えていた。


 どこかが、”違う”。


 雰囲気、というには生易しい。彼らが目の前に存在しているだけで、真紅の心の中にいる血に飢えた獣が、殺したいと叫びだす。


「……お前ら、誰だ?」

「ん? おっと、自己紹介がまだだったな。俺は朝倉 天一、こっちの女々しいやつが若元 康」

「おい、女々しいって何だよ?」

「中性的って意味」

「絶対嘘だろ!?」


 二人の少年、天一と康はコントのようなやり取りを繰り返しつつ、真紅から視線を逸らそうとはしない。観察している、というわけではなく、真紅がどういう行動に出るのか、それによって何をなそうとするのかを見守っているようだった。


 腰に手を添える。しかし刀を持っているはずもなく、相手も武器を携えてはいない。


 戦う必要性は感じられない。だが――


 手前の少年からは、初対面とは思えない何かが感じられた。


「そう身構えるなよ”朝凪 真紅”くん」

「っ!? なぜ、俺の名前を」

「情報屋にかかればこの程度。まぁ昨日のやつがそいつだってわかった意外は、何一つわかっていないんだけどな。ったく、どんな人生送ってるんだよ、お前は」


 半ば予想していたが、真紅は天一から視線が逸らせなかった。


 昨日の戦いでは意識しなくても連携が取れていた、不思議な男。元々は敵同然の出会いだったはずなのに、どうしても敵対関係とは思えなかった。


 同類、といってもいいかもしれない。


「……普通じゃないかな?」

「ぜってえに普通じゃないな」


 互いに自然と笑みが浮かぶ。初対面なのに長年連れ添った夫婦のような、なんとも言いがたいが心地よい感覚が真紅の心に安らぎを与えていた。


「いろいろと無駄になったかも、な」

「何だよ? 俺のことを探してたのか?」

「……何でもお見通しのようだな」


 信介に頼んだことすら知っていたのかもしれない。裏に精通している人物は、情報を仕入れる代わりに、そこそこの知名度も付きまとうという。


 しかしこの町は企業の本社があった都市とは少し離れている。それでもこの町を特定できるというのは、彼らの情報屋が力を持っている証明になっているのかもしれない。


「まぁ、そこは勘なんだけど」

「勘かよ!?」

「いやぁ、言ってみるもんだね」

「……何なんだお前は」


 頭痛を覚えつつ、しかし真紅はこの出会いに感謝するのだった。




 ……燃えた、燃え尽きた……。

 どうも、更新が遅れてすいません。でもまぁ、今回は理由がありまして……。


 テストだったんですよ、大学の。


 結果は――


 落ち込んでてもしょうがないですよね♪来年またがんばろう♪


 さてようやく出会いました天一。主人公を軽々と抜き去るキャラです。正直に言いますと、作者の愛情を一心に受けているキャラではないかと……。


 兎にも角にもこれからは準備期間。やっと回り始めた物語にご期待ください。


 ではでは、また。

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