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〔十九話〕 出会いの予兆

 ある少年は苦悩を抱き、ある少年は興奮を胸に。

 それぞれの思いを胸に、夜が始まる。

その珍獣がやってきたのは、真紅が京と昼食を済ませ、二人に見舞いの品を持っていこうとしていた頃だった。


 購買のおばちゃんから檸檬を買い取り、教室に向かう廊下で拉致された真紅は、そのまま三階へと連れて行かれ、科学準備室の中へと閉じ込められた。


「……どうしてお前は、昼休みが終わるか終わらないかっていう、微妙な時間に呼び出しをかけるんだよ」


 呼び出しと言えるものではなかった。購買のそばで待っていた京を先に戻っていろと勝手に言いくるめ、真紅の制服の襟首を引っつかみ、そのまま三階へと連れて行った。


 その暴挙をやってのけた女教師は何事もなかったかのように微笑んだまま椅子に腰掛け、真紅の前で足を組んだ。


「まぁまぁ、細かいことは気にしちゃだめだよ真紅。早く老けちゃうよ?」

「うるさい。学園内では少し抜けたキャラで通しているんじゃないのか? あんなところを見られていたら、一発でキャラが反転するぞ」

「大丈夫よ。目の錯覚ですわ、って通しきるから」


 どこからその自信がやってくるのか真紅には見当も付かない。一日寝たことによって収まっていた頭痛がまた戻ってきそうだったが、幸いなことに戻ってくる気配はない。それだけが唯一の救いだった。


「さて、と。今回とっ捕まえ、もとい連れてきた理由は大体把握してるんじゃない?」

「あぁ、見取り図と潜入ルート、手順、全て決まったということだろ?」


 それ以外の理由で叶が呼び出しをかけたなら、そんな問いかけはしなかっただろう。予想通り叶は嬉しそうに微笑み、一枚の紙切れを手渡した。


「決行は今夜。私が先行してシステムを数分間停止させるから、その間に内部へ潜入して。その後はこの盗聴器を作動させて、内部を移動。目的の部屋に設置したら、タイマーを三十分後にセットして撤退。敵に見つからないようにしてね。もし見つかったりしたら迷わず倒して。尾行されたりしたら厄介だから」


 手渡された見取り図の中には小さいながら正確なルートが記述されていた。作戦区域は三十階から三十二階。三十階まではエレベーターを使用し、そこからは徒歩で目的地を目指す。



 目的地を目にして、真紅の眉が苦渋に歪んだ。



「……叶、お前……」

「ごめんね。でもこの人が今、企業内部では最もナイトメアと関わりのある人間なの。それくらい、予想はしていたでしょう」


 予想していなかった、といえば嘘になるだろう。だが実際に目的地がこの人の部屋だというのは、少しだけためらいが生じる。



 目的地は三十二階、3201号室。高嶺 荘介の企業内部に設けられた仕事部屋だった。



「変更はないわ。彼の持つ情報は貴重よ。巻き込みたくないのはわかっているつもりだけど……ごめん、今の言葉は忘れて」


 真紅は小さく舌打ちをもらし、叶にその紙を返した。


「……真紅?」

「大体は把握した。御子柴の方には今夜は遅くなると伝えておく。それでいいな?」

「え、ええ」


 踵を返し、準備室を出ようとする。また叶のせいで授業に遅刻したらたまらない。そんな考えで、自分自身を誤魔化して。


「待って、真紅」


 しかし準備室を出ようとした真紅の背に、叶の悲しげな声が投げかけられた。


「……なんだ?」


 少し無愛想だっただろうか。苛立ってはいたが勤めて平静を取り繕うとしたはずだった。


「……ごめん、なさい」

「……気にするな、お前のせいじゃない」


 振り返らずに、真紅は科学準備室のドアから一歩踏み出し、後ろ手にドアを閉めた。


 振り返ることなど、出来るはずがなかった。



 彼女の声が既に泣き出しそうなほど、悲しみに震えていたから。



 昼休みが終わる前に真紅は何とか教室にたどり着いたのだった。



――――――



 神凪学園、某教室。


 他の教室とさほど変わらないその教室の中に、二人の少年がいた。


 一人は制服の前を全開にして、目元ほどまで髪を伸ばした少年。外見はさほど大きくもないのだが、引き締まった両腕は運動部に所属している人間よりも強い力を引き出すことが出来る。


 もう一人の少年は中性的な顔立ちで、男らしくするために髪を短く切りそろえているが、あまり変わりない。制服をしっかりと着こなし、優等生然とした雰囲気をかもし出している。


 神凪学園には、どこぞの子息が通う学園という側面を持ってはいるが、一方でもう一つ、特殊な性質を持ち合わせていた。


 それは学問、運動どちらかが突出した生徒が通うクラス。入試では筆記、実技のどちらかを選ぶことができ、どちらかが規定の点数を超えることで入学が許可される。定員無し。進学率も高いため、多くの生徒が入学を希望する。


 ただ合格のハードルが高いため入学数は子息のクラスと変わりないが、厳しい入試を乗り越えた結束感から仲間意識が強く残っていた。


 そして同じ学園でありながら制服が違った。


 真紅たちが通うクラスは、女子は薄い黄色を主体にした制服で男子は学ランに近いものだったが彼らのクラスは違う。男子は下が紺色、上に羽織るのは少し青が強いブレザー。女子もラインの入った紺色のスカートと白いシャツにブレザーを羽織るなど、生徒の姿を見る限りではとても同じ学園に通っているとは思えない。


 教師たちの間では一般コースと特別コース、そんな風に分けられていた。


「終わった終わったぁ、さ、帰ろうぜ、けい


 ブレザーの前面を開けている少年は隣に座る少年へと声を投げる。康と呼ばれた少年はやれやれと溜め息をついて立ち上がり、少年の眉間へと人差し指を立てた。


「赤くなってるぞ、天。一日中寝てたら何もわからないだろう」

「いいんだよ、俺は。どうせ体力組は成績なんて見られないんだから」


 入学試験で何を選択したかによって学内での扱いも変わってくる。


 学力組は勉強を、運動組は体育の成績を見られ、それによって進級できるかが決まるのだとか。


 しかし二人に関しては少しだけ事情が違っていた。


「朝倉くん、若元くん。何かわからないことはない?」

「え? ああ、大丈夫ですよ委員長。この学園のことはいろいろと聞かされていたので」


 二人、朝倉 天一てんいつと若元 康は他校から試験的にやってきた交換留学生ということになっていた。期限は三ヶ月。彼らの高校に誰が送られたのかは知らないが、天一と康にはまったく関係のない話だった。


 眼鏡をかけたお下げの委員長は残念そうに肩を落とし、二人に別れを告げて教室を後にした。


 ちなみに交換留学生を決める際、粗相があってはいけないからと学力、体力の両面から学校内で一番の人材が選ばれた。体力で天一、学力で康。


 二人とも元々は面倒くさくて丁重に辞退を申し出た。しかし学校側としては少し問題児である天一と、それにしっかりと手綱をかけられる康のコンビをみすみす逃すはずもなく、結局交換条件を飲むこととなった。


 天一に出された交換条件は、卒業までの全定期試験の免除。頭がそれほどよくない天一にとって、こんな美味しい話を逃す手はない。康はしぶしぶ付き合う形になっていたが、長年の付き合いからそれほど退屈はしなかった。


 そして彼らには、この学園にきたもう一つの理由があった。


「さて、と。準備は出来てるのか、康?」

「ばっちり。俺を誰だと思ってるのさ」


 教室を二人で出て、昇降口へと向かう。足取りも軽やかに、借りているアパートの一室へと帰りながら、天一は茜色に染まりつつある空を見上げ自身の中を駆け巡る興奮に全てを任せていた。


「て〜〜ん〜〜い〜〜つ〜〜?」

「うぉ! んだよ、康。脅かすんじゃねえ」

「何度呼んでも応えないからじゃないか。ほら、アパートに着いたんだし、さっさとしたくしてくれ。それとも飯を食ってからにしようか?」


 逡巡して、しかし天一は首を振った。


「いいや、飯よりもいいものが拝めるかもと思ったら食欲なくなってきた」

「はは、天らしいや」


 呆れたように笑って、康は天一の目の前に拳を突き出した。その意図を汲んで、天一も拳を突き出し、軽くぶつけた。


「それじゃ、今日もよろしく頼む、相棒」

「了解。まかせてよ、天」



 夕暮れの中二人の少年は、互いの顔を見たまま不穏な笑みを浮かべ続けた。



 お久しぶり、といってもいいくらい更新が遅れてしまいましたね、広瀬です。


 ようやく! ようやく登場させることができましたよ、天一。いやぁ、長かった。

 実はこの天一くん、広瀬にとっては結構思い入れのあるキャラなんですよ。その分、もしかしたら主人公である真紅より練りこんだキャラかもしれません。真紅との出会いや駆け引きなど、見せ場もたくさん用意しています。

 あと康。この人も結構思い入れがあるんですが、今回はたぶん、ほとんど見せ場なんてありません。不憫な人です、ええ、本当に……。


 さて新キャラ導入も済んだことですし、次話、ようやくファンタジーっぽくなっていく模様(予定)。

 ちょっとがんばらなくちゃ。

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