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〔一話〕 隠された里

友達がいる、仲間がいる。

それがどれだけ救いになったのか、少年はまだわかっていなかった。

 事の発端は今から三ヶ月前、ある山の奥深くから始まった。


 都道府県なんてさっぱりわからない真紅はともかく、ほかの誰に聞いたところでその場所がどの都道府県にあるのかわからない。一種の秘境と化していたその場所に、真紅は暮らしていた。


「おい、爺さん。蒔き割り終わったぞ」


 額に浮かんだ汗をぬぐって、真紅は背中の森へと声を投げかける。深い森のおかげでさほど日差しを気にする必要がないが、運動後の体は正直なもので少しだけまぶしく感じられた。


「……そこら辺につんでおけ〜〜」


 遠くから少しエコーをもって伝わる老人の声。半径五十メートル程度にはいるとは思ったが、音の反射がひどく前からなのか後ろからなのか判断ができないほどだった。

 言われたとおり適当に薪を積んでおいて、真紅は硬くなった体をほぐすように大きく伸びをする。真上以外はほとんど空が見えないけれど、その隙間からのぞく空があまりにも澄んでいて、真紅は自然と空に向かって手を伸ばしていた。


 手を伸ばしたところで何が手に入るわけでもない。そこにあるのは空気だけだ。そんなこと無学の真紅にだってわかっている。

 それでも何故か、手を伸ばしたくて仕方がなかった。


「……もし、この手がもっと大きかったら」



――大切なものを守ることができたのだろうか。



 感傷に浸りそうになった自分を振り払うよう、真紅は手を下ろす。自然と力がこもる手は、いつの間にか硬く拳を作っていた。


 少し冷たい風が吹き抜ける。三月に入ったばかりの風は汗をかいた肌には心地よく、疲れていた体にはほどよい活力が戻っていた。


「ほぉ、ずいぶんと大量に斬ったではないか。これだけの量があれば十分だ」

「……自分は力仕事しないで、何をやってたんだよ、爺さん」


 ようやく姿を現した老人に苦情を訴えるが、老人は真紅の苦情などどこ吹く風。薪をひとつ取り上げると、質を確かめるように眺めた後、満足そうに頷いた。

 腰が曲がっているわけではないのに背の高くないその老人は、腰まで届く白髪をひとつに束ね、垂れ気味の目をやさしく細める。


「しっかりとした断面だ。筋肉の使い方をちゃんと考えているようだな」

「そんなこと、考えてもいねぇよ」


 謙遜ではなく、本当に何も考えず斧を振るっていただけだった。

 子供のころから続けていた薪割りは、いつの間にか鍛錬の一環となり、何を考えるでもなく筋肉がついてしまった。

 外見的には肉付きがいいとは言えない。むしろ少し線が細いと言われている。


「引き締まった体、といえば聞こえはいいが、お前の場合は生まれつきのものだからなぁ」

「うるさい。あんたの背が小さいから、それが遺伝したんだよ」

「背は関係がないと思うのだがな……まぁいい。そういうことにしておこう」


 真紅と老人はこの世にいる唯一の家族だった。

 真紅の両親は七年前、彼が十歳の頃に亡くなっている。それからというもの彼は老人、祖父に引き取られ、山の奥深くにある隠れ里で生活を送っていた。

 元は都会の中心部に住んでいただけに、初めの頃は違和感を感じていた。それが一年、二年と経つうちに澄んだ空気と綺麗な自然に感化され、次第とこの隠れ里に溶け込んでいった。

 今では里の老人たちに絶対の信頼を置かれている。


「ところで、今日は嬢ちゃんたちが来る日だったと思ったが、間違っていたかな?」

「……あ」


 大事なことをすっかり忘れていた孫を楽しそうに眺めて、老人は薪の山に腰を下ろし、懐から小さな水筒を取り出した。


「ほら、行ってこい。すっぽかしたらわしらにまで厄介ごとが回ってくるだろうが」


 その恐ろしさを思い出したのか、祖父は小さく身震いしてもう一度真紅を促した。

 真紅としても、わざわざ地獄を見るつもりはない。お許しが出たのだから急いで出迎えに行くつもりだった。


 脱ぎ捨ててあった上着を羽織り、走らない程度の速さで森を駆けていく。靴越しに感じる土の感触は、まだ完全に目が覚めていない草木の息吹みたいで、とても安心する。

 森を抜けていくとおよそ現代のものとは思えないような、木製の住居が立ち並ぶ集落があった。整えた土の道路、その左右を五つずつの民家が囲んでいる。民家の先には森しかなく、人間が生活しているとわかる場所は、この一帯以外は存在していなかった。

 そんな環境だけに、外部との交流などないに等しい。やってくる人間は祖父たちが依頼した卸売業者か、もしくは――



「おっそいぞ、真紅。待ちくたびれちゃったじゃない」



 怒っているのか拗ねているのか、判断しかねるその声に真紅はかすかな眩暈を覚えた。


「べつにいいじゃないか、愛美。真紅が時間にルーズなのは今に始まったことじゃないし、なによりここに住んでたら時間の感覚なんてすぐなくなっちまうって」

「なによ、空。真紅が遅れてきたのは確かなんだから。それに、時間の感覚をつけさせるために腕時計を買ってあげたんだからそんなの理由にならないわよ」


 擁護してくれる親友に心の底で感謝の意を述べ、真紅はその二人の来訪者へと歩を進めた。


 片方は背が小さく、髪の毛が長い色白の少女。大きな黒い瞳は彼女のチャームポイントで、怒ったときには恐怖とは何なのかを改めて教えてくれる、一種の兵器とも言えた。

 もう一人は少女よりも頭ひとつ分ほど大きい、茶髪の少年。ロザリオの付いたネックレスをつけ、若者風のファッションを着こなす彼は、見た目だけは格好いい。

 二人とも真紅の幼馴染であり、それぞれ間野(まの) 愛美(まなみ)御子柴(みこしば) (そら)という名前だった。


「久しぶりだな、愛美、空。元気だった……かは、聞かなくてもわかるな」

「む、どういう意味かな、真紅?」


 片目をつむり、悪戯っぽく笑う愛美。いつまでたっても子供っぽいその仕草に嘆息して、真紅はもう一人の友人へと視線を向けた。

 空は愛美の相手に疲れたのか、これ以上巻き込むなとでもいいたげに肩をすくめたまま、助け舟を出そうともしない。

 厄介な二人だ、と心の中で深いため息をついて、真紅はじゃじゃ馬姫様の機嫌を直すべく奮闘するのだった。



――――――



 集落から少し離れた場所に真紅の家はあった。

 家といっても掘っ立て小屋のようなもので、床は木の板で作られている。さほど広くないその場所に、真紅と空、そして愛美が三角形を作るように座っていた。 

 部屋の中には数年間のうちに彼らが持ってきた、あまり必要でもないものがあふれかえっている。真紅も睡眠のために戻ってくる以外はほとんど使っていない。そのため自分のものといえる物は、ほとんどなかった。


「ほら、お土産だ。爺さんに頼まれてた焼酎と保存食。あと、お前にと思ってこれも買ってきたぞ」

「……何だよこれ」


 空が風呂敷から取り出したのは土で作られた奇抜な人形だった。土偶の一種かとも思ったが、まず土偶を手に入れること自体が難しいし、目の前のそれはどこか現代の人間のような形をしていた。



「ふふ……聞いて驚け、これはなぁ今巷で話題のフィギュアで……」

「絶対だましてるよな、てめぇ」


 人間の頭ほどある土人形はお世辞にも人気が出るとは思えなかった。むしろその奇抜さゆえに呪いの人形とでも称されていそうな雰囲気である。


「わっかりやすい嘘だよね。流行に疎い真紅でも、これが流行るはずがないことくらいわかるわよ」

「ちぇ……面白くないなぁ」


 空は心底面白くなさそうにため息をつき、土人形を鞄に戻した。

 人里はなれた場所なだけに真紅に外の情報を与えるのは、もっぱらこの二人の役目になっていた。だから悪戯癖のある空は事あるごとに嘘をつき、真紅をからかって楽しんでいるのだった。

 真紅も馬鹿ではないので嘘はすぐに見分けられるのだが、からかわれていい気分はしなかった。


「ったく、いいかげんに直せよ、その悪戯癖」

「嫌だよ。俺から生涯の楽しみを奪おうとするな」


 趣味が悪い。少なくとも真紅には彼の考えを理解してやることが出来そうになかった。

 もっとも、彼の考えを理解できる人間などこの世界に存在しているとは思えないのだが。


「……ちょっと同情するわ、真紅」


 どうやら愛美も同じ意見のようで、溜まった疲れを吐き出すように深々とため息をついたのだった。


思った以上に進行が遅い……。

もっとテンポよく話を進められるように精進したいと思います。

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