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〔十八話〕 変わりゆく日常

 真実を知った少女。それを知らない少年。

 二つの想いは重なることはなく、それでいて離れることもない。

 変わっていくのは、心。

 二日酔いに近い状態の空に肩を貸し、途中で愛美をとっ捕まえた真紅は二人のお荷物を抱えたまま学園へと登校し、重くのしかかる疲労感に押しつぶされるように机へと頭をうずめた。


 信介とのパイプを取り戻し、叶の作戦を待つ身としては本当はこんな、些細な事象に心を潰されるわけにはいかない。


 だというのに友人二人を相手に、自分はいったい何をしているのか。


 尻拭いというには生易しすぎる。手伝ってやるとか言いながら、空は余計な負担を増やしてくれているのではなかろうかと思ってもいる。


 それなのに、心のどこかでその負担が心地よいと思ってしまう自分がいることにも真紅は気づいていた。


「はぁ……叶のやつ、早くしてくれないかなぁ」


 出来るだけ早く、企業の内部へと潜入したい。そして、悪夢を終わらせる。


 そのためだけにここにいるのだという意志が、少しずつ風化していくのがわかる。


 安らぎを求めてしまっている自分。そんなものに気づいてしまっては、押さえ込むことに全神経を注ぐしかなくなってしまうのだ。



 幸せになるわけにはいかないんだ。



 背負った罪と、託された希望と、全てを清算できるわけではないけれど、足掻くと決めた。


 窓の外に広がる世界へ視線を預けると、眩い朝日に目がかすむ。


 もしかしたら、真紅にとってのこの世界は同じような存在だったのかもしれない。


 白すぎて、優しすぎて、真紅がいるにはふさわしくない世界。日常。自分がここにい続ければこの日常を壊してしまうことがわかっているのに、ここにいるしかなくなっている。


 壊してしまうその前に、決着をつける。


 また、思考に飲み込まれている。そう気づいて意識を浮上させると、隣の席に誰かが座る気配があった。


「おはようございます、朝凪くん」

「……ああ。おはよう、高嶺」


 優雅に座る少女の姿を確認して、真紅は少し警戒心を強くする。


 真紅が高嶺家に出向いたことで、何かが変わっていないとも限らない。


 もしかしたら真紅のついた嘘がバレているかもしれないし、京自身が何かを思い出しているかもしれない。



 もし、わかってしまっていたとしたら――



――予定よりも早く、ナイトメアとの戦いが始まる。



 まだ何の準備も整っていないのだ。あと少し、せめて一ヶ月は猶予がほしかった。


 矛盾していることは、真紅にもわかっていた。だが準備の整わない状態で戦ったとしても、叶のいう三人のうち、誰かに負けてしまうのは目に見えている。それでは悪夢を終わらせることなど出来ない。


 真紅の心配をよそに、京は朗らかな笑顔を浮かべると真紅の鼻先にそっと指を突き出した。


「なんだ?」

「鼻、痣になっていますよ」


 少しの間、机に顔を押し付けていたからだろうか。痛みこそないし確認のしようもないのだが、彼女の目を見る限り嘘ではなさそうだ。もっとも、こんな些細なことで嘘をついても仕方がないことだが。


「痣、か。そんなにひどいかな?」

「いえ、少し赤くなっている程度ですね。鏡をお貸ししましょうか?」

「いや、いい。そんなの確認しても仕方ないだろ」


 そうですね、と京は口元に手を添えて控えめに笑う。


 取り越し苦労だったか。


 彼女の態度を見る限りでは、真紅のことを知っているようには思えない。


 本当に、昨日は意識を失うほどだったのに、何も変わったところがなかった。


 和菓子に入れたアルコール程度で酔っ払い、二日酔いになるほうがどうかしている。真紅は安堵の息を吐き、後ろの二人へと視線を向けた。


 気持ち悪いのか二人は放心状態のまま、宙へ視線をさまよわせていた。


「はぁ、どうしようもないな、お前たちは」

「……お前、おれが……酒……」

「あぁ、あぁ、わかってる。一滴舐めただけでも酔っ払うやつだもんな、お前は。早苗さんがくれた薬飲んで、一日中寝てればいいさ」

「すまん……」


 この様子では本当に一日中使い物にはならないだろう。


 やれやれと首を振って、さて今日はどうしようかと思案する。


「そういえば、愛美も弱かったか? たしなみ程度には飲めるようにしておけと、おじ様が言っていたような気がするが」

「うん。弱くは、ないよ」


 そういう割には、まだ意識がはっきりしていないようにも見える。


 首をかしげていると京がそっと耳打ちする。


「あの和菓子、相当きついものだったようです。私の家のものがそんなことを言っていました」

「そうなのか? 高嶺は、その、大丈夫なのか?」

「ええ。特効薬をいただきましたので、特には。それでもまだ視界が揺れることもあります。それよりも朝凪くんのほうがすごいです。まったく後遺症がないじゃありませんか」

「俺は、全部を食ったわけじゃないから」


 信介に恨み言の一つや二つ、加えておくべきだったかもしれない。


 いくらなんでも、やりすぎだった。


「ところで、朝凪くん。本日の昼食は、もうお決まりですか?」

「ん? いや、購買にでも行ってパンでも買おうかと思ってたけど、どうしたんだ?」


 ふと、何か違和感のようなものを覚えた。


 嫌なものでは決してない。むしろ、何か喜ばしい。


 その原因は簡単に見つけることが出来た。



 饒舌な京。



 明るい。普段のおどおどとした気配を一切見せず、笑顔も自然だ。


 まだ本調子ではないのだろうとその違和感を片付けて、真紅は京を正面から見据えた。


「いえ、コックに頼んで昼食を作っていただいたのですが、皆さんもどうかなと思いまして」

「そうだな……俺は問題ないが、この二人は飯とか考えている余裕はないぞ?」


 二人はこんなときだけ、力強く頷いた。


 その力を回復のほうに回せよ、と内心突っ込みを入れつつ、真紅は問いかけるように首を傾けた。


「なら、朝凪くんだけでも、是非。機能のお詫びという意味も籠もっていますので」

「そうか? ならお願いしようかな」


 軽い気持ちで請け負う。京も嬉しそうに頷き、笑顔を浮かべていた。



――――――



 昼休みになって、二つの屍を教室に置き去りにしたまま真紅と京は中庭へと足を伸ばした。


 休日を挟んで、今日は火曜日だ。一週間ほどが経過しているが、この学園内ではこの場所が、真紅には一番過ごしやすい場所となっていた。


 自然の中で生きてきたからだろう、あまり自然の息吹を感じられない場所は好きになれない。


「さぁ、どうぞ召し上がってください」


 ベンチに腰掛けて、京は真紅との間に弁当箱、いや重箱を置き、その黒い蓋を取り去った。


「おぉ……」


 思わず声が漏れてしまうほど、その中にはすばらしい世界が広がっていた。


 ふっくらとした卵焼きと焼き魚、甘納豆や数の子。金箔が乗せられた物まである。


 今は正月か? と思わせるほどの内容に、真紅は一瞬、呆然とその光景を眺めていることしか出来なかった。


「さあ、どうぞ。たくさんありますから、遠慮なさらずに」

「あ、ああ」


 割り箸を手渡され、恐る恐る箸を伸ばす。まずは卵焼きをつかみ、そっと口元に運んでいった。


 気づくと隣の京が興味津々といったように目を輝かせて真紅の一挙一動を観察していた。



 本当に、なんだというのだろうか。



 朝の違和感は少しずつ、だが確実に真紅を苛んでいた。


 何かが昨日までの彼女とは異なっている。酒が残っているからではなく、何か別の、彼女を喜ばせる何かが。


 その何かがわからなくて、結局は放置せざるをえない。


 視線に気づかないふりをして、真紅は卵焼きを頬張った。


「い、いかがでしょう?」


 少し甘いかな。それが率直な感想だった。だが悪くはない。家庭的というか、懐かしい味がそう思わせているのだろう。


「少し甘い味付けだな。でも美味しいよ」

「そうですか、よかった。自分で作ったわけではないですが、お口に合うか少々不安でした」

「そんな心配しなくても……ほら、高嶺も食べなよ」


 真紅に促されて、京も重箱へと箸を伸ばす。


 騒がしい空や愛美が近くにいない食事は、こちら側にやってきてからは始めてのものだった。いつも煩わしいと思っていたが、いざなくなってみると少し寂しい気がしないでもない。


 二人は無言で重箱をつつき、食事を続けた。元々空がいなければ話題を探せないような男だ。京にどんな話題を振るべきなのか迷っていたというのがその沈黙の真実だった。しかし京のほうはというと、何が楽しいのか頬を緩ませ、時折真紅の方を覗き見て、また笑う。


真紅には彼女の気持ちがよくわからなかった。


「ふぅ、ごちそうさまでした」


 可愛らしく両手をそろえ、そんな言葉を口にしてから京は満足そうに笑った。花が咲いたような、という表現はチープすぎるかもしれないが真紅の脳裏にはそんな考えが浮かんだ。


「いかがでしたか?」

「ああ、美味しかったよ。誘ってくれてありがとう」

「いえいえ、これくらいで昨日のお礼になるのでしたらいくらでも」


 何に対してのお礼なのかはよくわからなかったが、満腹感から思考が鈍っていたのか真紅は深く考えることを諦めた。京が相手、ということで気が緩んでいたのかもしれない。あるいわ陽気が邪魔していたということもある。


 少なくとも今までのような正体を知られてはいけないという危機感は霞になって消えていた。


 それだけ心を許せたのは愛美と空以外、死んでしまった錬くらいだったろう。真紅にとっては珍しいを通り越して、奇跡といってもいい。


「さて、教室に戻るか。二人にも、食べられないのがわかってても何か口に入れてもらったほうがいいだろうからな」

「そうですね。こういう時は何を食べさせてあげたらいいのでしょう?」

「檸檬とか、柑橘系のものじゃないか?」


 二日酔いに何が効くかなど、真紅が知っているはずもない。二人でどうしようかと話し合いながら、二人は校舎への道を進んでいく。



 何かが変わった。それを理解することなく、真紅はただ心地よい日常に飲み込まれていくのだった。




 思った以上に早く投稿できたみたいですね。

 どうも、広瀬です。


 真紅と京。

 幼い頃の思い出とか高校生にもなれば薄れて、消えてしまうのは当たり前なのではないでしょうか。広瀬は育った環境のためか、幼馴染とは比較的いい関係を築いてきたと思います。だからこそ、仲間の大切さとかよくわかるつもりです。



 うわ、言ってて懐かしくなってきた。熊さんや、今度遊びに行くわ、夏休みあたり。



 と、関係ないことばかり(熊さんは覚悟しとけ)でしたがお付き合いくださってありがとうございます。

 それではまた、次話にご期待ください。ではでは〜。

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