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〔十五話〕 和菓子の悪夢(予告編)

 かつてを思い出すほど、懐かしい相手。

 昔と変わらぬその優しさ。変わらぬ口調。仕草。

 少年の胸へ去来するのは、安らぎ。

「……え?」


 どこか懐かしいその声に真紅は視線を上げ、座敷の外に立っていた男を捉えた。


 その巨体に似合わない白いエプロンと、四角に近い面構え。全員分の和菓子が乗っているお盆が小さく見えるほど太い両腕は旧時代の不良なら土下座して退散するほどの威圧感をかもし出している。顔に似合った大きな瞳には、なぜか、こぼれんばかりの涙。


 何かに気づいてくれるまで堪えているのか、涙はこぼれるかこぼれないかという瀬戸際で止まったまま、危うい均衡を保ち続けている。



 ふと、その巨漢に見覚えがあった。



 顔はかつてより老い、少ししわが目立つようになっている。体格は、自分が大きくなったからそう感じるのか、少し小さくなった気もしないでもない。さらにはその涙もろすぎる性格。極めつけはこの店の名前『苅野屋』。


「……信介?」


 その名前を口に出した途端、均衡を保っていた涙はあっけなく崩壊した。


「おおぉぉ!! しんくさまぁぁああ! 良くぞ、良くぞご無事でぇぇぇ!」

「なっ! こ、こら! てめぇ、ちょ、ひっつくな!」


 いい大人が鼻水までたらして、泣き叫ぶ。他の客に失礼だとか、どうしてここまで暑苦しいのかと真剣に考え始めたが、よく考えて今の状況が相当にまずいものだということに気づいて、真紅は右手で信介の大きな頭にアイアンクローを決めた。


「ぬぁ!?」

「ちょっと来い! 空! 少し頼む」


 後のことを空に任せて、真紅は片手で巨体を引きずり、店の奥へと入っていった。


 店員でもなんでもない真紅が厨房に入ってもいいのかと思ったが、店長であろう信介をとっ捕まえているのだ、文句の言いようもないだろう。


 暴れることもなくずるずると引きずられていた信介は、厨房についてから自分の足で立ち、エプロンで涙をぬぐった。


「申し訳ありません、真紅様。取り乱してしまいまして、さらにあんな失態を……」

「気にするな、と言ってやりたいが、残念ながら最悪のタイミングだよ、信介」


 よりにもよって『真紅様』ときた。


 真紅が”あの”朝凪家と関係がある、そう知られたくはない、いや、知られてはいけない人間があそこには存在していた。そんな状況下で様付けされては、感がいい人ならばれてしまう。


「しかし、よく生きてたな。朝凪家の関係者、特にお前みたいな古株は企業にマークされていたはずだけど」

「ご安心を。朝凪家の使用人たちは優秀です。誰一人として、捕まったり、死んだという情報は入っていません」

「そうか……よかった」


 朝凪家の使用人は、白羽の信用の置ける人間十数人しかいなかった。その中でも筆頭として扱われていたのが、もう定年間近の老人と信介の二人だった。


 当時はしっかりとしたスーツを身につけ、その巨体をしっかりとスーツで包み込むのが大変だった。


 信介は厨房のそう責任者でもあったため、料理の腕は確かだ。だが和菓子まで作れるものなのかは、甚だ疑問だった。


「真紅様は今までどちらに?」

「祖父と一緒に山奥に、な」

「そうですか、本当に、お元気そうで何よりです」


 涙を完全に拭い去って、すがすがしい笑顔を浮かべる信介。昔から見慣れていたものだったが、久しぶりに見せられると心が安らいだ。


「それで、ひとまず俺のことは、昔の知り合いだで通してくれ。あそこで俺のことがばれるとまずい」

「と、言いますと?」

「高嶺家は知っているな? そこの一人娘がいる。俺の存在が知られれば、企業に俺の居所が知られることになるんだ。準備が整っていない今、それは得策とはいえない」


 信介は何かを考えるそぶりすら見せず、大きく頷いた。


 その行動に少しだけ驚く。


 信介はその体に似合わずなかなかに思慮深い男だ。頭を使うゲームでは信介に勝てたためしがない。


 それなのに何一つ考えていないような、そんな信介が少しだけ気になった。


「何も、聞かないんだな」

「真紅様に限ってですが、この苅野 信介、全て承知することにしているのです。あなたは白羽と同じくらい思慮深い。考えて考え抜いた末に行動する方ですから、私が口出しする必要もありません」

「そうか……ありがとう」


 どうにも人の厚意というものは慣れない。信頼というものは、他人に向けては持っていても、信頼されることはどうにもこそばゆい。


「ともかく、俺は和菓子を食いに来た一般人だ。そういうことで頼む」


 了承するように頷いて、信介は恭しく頭をたれる。


 信介に背を向けて、真紅は他の客の生暖かい視線を感じながらも自分の座敷へと戻っていった。


 座敷に戻ると、疲れたようにお茶をすする空と呆然と口を半開きにしている愛美、そして何があったのかわかっていないであろう京の三人が無言で真紅を迎えてくれた。


「……無茶しすぎだろ、真紅」

「確かに強引過ぎたとは思うな。こっちはどうなった?」

「愛美と高嶺さんに『見ないほうがいいよ』って言っただけだ。お前があの巨体を片手で引きずったいったところもばっちり見てる」


 その程度なら何も問題はない。問題は京が自分の正体に気づいてしまっていないかというただ一点のみ。


 そっと視線を向けると、京は首をかしげていた。


「朝凪くん、ここの店長さんと知り合いなんですか?」

「ああ、昔の知り合いです。どうも懐かしかったらしくて、無駄に大声を張り上げてしまったようで……」


 嘘は言っていない。京も気づいていないなら、そのまま記憶の深遠に封印してくれていい。


 そうですか、と妙に得心したような顔をして京は手元の湯飲みをそっと傾けた。


 気づかないうちに背中を冷や汗が伝っていた。


 どうしてここまで神経を尖らせなければならないのか、真紅自信もはっきりと理由を理解してはいなかった。言うなれば、勘。京に真紅の正体が”あの”朝凪 真紅だと知られたら、せっかく存在している平穏が崩れてしまうような、どす黒い予感が真紅の思考を駆り立てていた。



 きっとその予感は、間違っていない。



「お待たせしました、三色団子、マロン、きんつば、あんみつです」


 また巨漢がやってきた。お盆の上からそれぞれの品物をテーブルの上に置いていき、最後に真紅へ視線をよこした。


「先ほどは失礼しました。お詫びと言ってはなんですが、店長としてささやかながらサービスさせていただきます」


 そう言って次にテーブルへと置かれたのは、丸く、菊の花を象った四つの和菓子だった。


 首をかしげ、真紅は信介へと問いかける。


「こんなの頼んだ覚えないんだが?」

「ですから、お詫びの品です。まだ正式にメニューとして出してはいませんが、自慢の一品なんですよ。真紅さ……真紅くんにもぜひ食べてもらいたくて」


 そういえば、と真紅は思い出す。



 自分が和菓子を好きになった理由。それは幼き日に信介からもらった和菓子が、それまでに食べたどんなものよりも美味しく感じたからだった。



 信介は真紅が和菓子を好きだったことを、覚えていてくれた。


「……ありがとう、信介」

「いえ、それではごゆっくり」


 一礼して、巨漢は店の奥へと引っ込んでいく。


 真紅の胸には、懐かしい思いと言い知れぬ不思議な安らぎが訪れていた。



 しかし、この和菓子が予期せぬ事態を引き起こすことになるのを、彼らはまだ知らなかった。



 珍しく日を空けずに更新です。

 どうも、作者の広瀬です。


 巨漢、苅野 信介ですが、どれくらい巨漢かと言いますと身長189センチ、体重90キロ、って感じです。


 ……逆にわかりづらくなったでしょうか?


 まぁそれは置いておいて、次話、悲劇です。

 何が悲劇って、真紅が。


 可愛そうに、主人公……。

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