魔王様との出会い
正直、アーサーの頼み事は過去数回あった。…あった、そうあったんだよ。てかアーサーの頼み事の大半は厄介事ばかりだ。
アーサーには中々ここら辺では収集できない薬草や鉱石を採ってきてもらう事が多々ある。だからなるべくアーサーの頼み事は聞いてやりたい。
だけど…。
アーサーの頼み事は女性関連が多く、ろくな目に合ったことがない。
が、一応友人だ…聞くだけ聞いてみよう。
「頼みって何だよ。」
「…実は。」
「汚いところだな、アーサー。」
先程のマントの人物から声が聞こえた。女性特有の可愛らしく、少し甲高い声だった。
どうやら先程の人物は女性のようだな。それにしても…
「失礼な奴だな!!」
「悪い、多分…彼女も悪気はない…ないと思う。」
アーサーの声が段々と小さくなる。
「事実ではないか。」
マントの女はまだ言葉を続ける。
人の店で何を言っているんだ、こいつは。
「あんた、何様だよ。人の店にけちつけやがって。」
「何様?私は魔王ベルデ、魔王セレッサ・ベルデだ。」
―ま、まおう?
確か魔王はアーサーが倒したのではなかっただろうか。
いや、さっきアーサーは“今、噂されている話は大体が嘘、誇張だ”と言っていた。
その言葉が本当なら魔王はまだ生きており、この女は魔王と言うことに…まさかな。
「あんまりつまらない嘘はつくもんじゃないよ。お嬢さん。」
「なっ、無礼者が!!」
マントの女、セレッサと言ったか―彼女は腰の剣に手をかける。
アーサーが慌ててその手を止めようとする。
二人は揉み合いになり、セレッサのフードが取れる。
フードからは美しい真紅色で艶やかな髪が流れ出た。
セレッサは金色の瞳に整った美しい女性だった。ただ顔は怒りで酷く歪んでいる。
「手を離せアーサー!こいつを叩ききる!!」
「はぁ!?何言ってんだよ、クソ魔王!騒ぎは起こすなって言ってるだろうが!」
アーサーが珍しく声を荒らげる。基本的にフェミニストなアーサーは女性に対しては優しい。
しかしセレッサには厳しい上に口が汚い。
「ど…どう言うことだ?」
理解出来ないことが多すぎて頭がついていかない。魔王が生きていることもそうだが、女だったこと、アーサーと馴れ合っていることも。
「実は…。」
アーサーの話を掻い摘むと彼女、魔王セレッサ・ベルデを倒すため魔王城まで行った。ここまでは大体巷の噂と変わらないらしい。
ただ魔王と対峙した時、セレッサを一応、戦闘不能まで追い詰めたらしい。
しかし基本的にフェミニストなアーサーは殺す事が出来なかったらしい。
「まあ、そこまではわかった。その魔王様をこの村に連れてきたんだよ!」
こうゴツい男ならいざ知らず、可憐で美しい女性を殺すのは気が引けるよな…。
「いやー、前にノアが嫁が欲しいって言ってたからさ!」
―あぁ…こいつ、頭やられたな。
「アーサー、頭は大丈夫か?」
「大丈夫だ。それにこいつもお前との結婚に了承してる。」
確かに結婚したい。結婚を焦ってはいる。
でも…魔王だぞ?
「その…魔王様…。」
「セレッサでいい。」
「そのセレッサ様。アーサーが少々頭のおかしなことを言っていますが、結婚とか…。」
「ああ、知っている。お前、名は?」
ああ、俺以外頭がおかしいのではないか?
否、こうなったら逆に俺の頭がおかしいのかも知れない。
混乱して返答に困っているとセレッサは少し怒ったように「名前を聞いている。夫になる者の名を知らずして妻になるのはおかしなことであろう。」と俺に声をかける。
―待ってくれ、他にもおかしな事があるだろう?
しかし魔王であるセレッサが怒り狂えばこの村は火の海になる可能性もある。
ここはきちんと名を名乗ろう。
「ノア…ノア・ファルムスです。」
「ノアか。私は今日からお前の妻になる。いいな。」
―良くないです。
とは言えず唇を噛み締めた。
アーサーはにこやかにうんうんと頷き、俺とセレッサを交互に見る。
その表情に苛立ちを覚える。
「じゃあ、俺は他に用事もあるし後は若い二人で…。」
「ちょっ、待て。ふざけんな、アーサー。おい。」
アーサーは颯爽とその場を去っていった。
軽やかに扉の鐘がなる。
呆然とする俺とどことなく不満そうなセレッサが残り、沈黙が流れる。
「その…セレッサ様…」
グゥゥ~
セレッサの腹が豪快に音を立てた。
髪の色と同じく頬を染めた彼女は魔王だなんて思えないほど可憐だった。