1話
新1話です
「なんかこの頃ツイてないんだよな~」
俺―鶴万千亀―は高校へ向かう道すがら、隣を歩く幼馴染にぼやいた。
「いやいやいや、最近のセンはツイてないどころかむしろ何かに憑かれてるレベルだよ」
「いやいや」と顔の前で手を振りつつ答えるのは幼馴染である只野朔。
男みたいな名前に高校生にしては凹凸の少なすぎる体、可愛いや美しいよりも凛々しいが似合う顔など、一見して男に間違われそうな奴である。
着ているのがセーラー服でなく、腰まで届く長髪がなければ初対面の奴には間違われるだろう。
その長髪だって「邪魔だから」という理由で後ろで一つに束ねているせいで、美男子的な雰囲気に一役買っている。
俺がモテない理由の8割はこの幼馴染が近くにいるせいだと思う。コイツ女なのに俺より女子にモテるんだもん。
ただ、コイツ自身も男っぽいことは自覚し、気にもしているからか名前だけは「はじめ」ではなく音読みで「サク」と呼ばせていたりする。
「ねぇセン、何か失礼なこと考えてないかな?」
「HAHAHA! そんなわけないじゃないか、My favorite 幼馴染であるサクよ」
「何そのビミョーなごちゃ混ぜ言語、余計に怪しいんですけど……まぁいいや。でも、本当に最近のセンの周りは色々ありすぎて近くにいたくないんだよね。何か呪われるようなことしてない?」
「呪いとかそんなことあるわけねーじゃん、何言ってんのお前っとと」
「今! 今だよ! 完璧呪われてるでしょ!」
全く騒がしい。ただ『偶然近くを通った車が跳ね飛ばした拳大の石が顔面に向かって飛んできた』だけじゃないか。
なんの危険もなくキャッチできたからケガもないし。
「ねぇセン、この一週間でさっきみたいなことって何回くらいあった?」
「さっきみたいなこと?」
手の中の石を道端に投げ捨てながら問い返す。
「普通の人ならケガするようなことだよ」
「まるで俺が普通の人じゃないみたいな言い方だな」
失礼な。ちょっと体を鍛えてはいるけど人間やめたつもりはないぞ。
「普通の人は修行と称してカバと戦ったりなんかしないからね」
「あ? カバをバカにするなよ! 滅茶苦茶強いんだからな!」
「カバをバカにってぷぷっ! ってそんなギャグはどうでもいいから数えてよ」
「別にギャグを言った覚えはないんだが……えーと
『飛来物による死傷危機』376回
『衝突による死傷危機』137回
『自然的脅威による死傷危機』68回
『動物的脅威による死傷危機』53回
『人的脅威による死傷危機』29回
『超自然現象による死傷危機』3回
合計で666回だな」
「ねぇ、なんで毎日100回近く命の危機にあいながら平然としていられるの? おかしいと思わないの? そして超自然現象の死傷危機っていったい何?」
平然とってわけじゃないぞ、ツイてないって思ってたし。
ちなみに超自然現象の危機ってのは何かよくわからないものだ。何だかよくわからないけど喧嘩売ってきたから殴ったら消えたり逃げたりしてった。
あれってもしかしたら幽霊だったのかもしれない。いや、殴れたからそりゃないか。
「でもまぁ、全部修行だと思えば大したことない」
「修行バカ怖すぎる」
「なんだと!」
サクと馬鹿話をしつつ歩く、いつもと変わらない登校風景。
あまり車の通りが多くないこの道には、この時間様々人がいる
はしゃぐ小学生が朝から元気に追いかけっこをしつつ追い抜いていく。
ゴミステーションの近くでは数人のおばさんが井戸端会議にふけっている。
やや焦った風なサラリーマンが俺達とは反対方向に向けて進む。
俺達と同じ制服を着た少女が自転車を緩やかに漕いで行く。その髪が風に揺れていた。
見慣れた光景だ。
だが、その光景に俺は危険な臭いを直感で感じ取った。
何か根拠となる変化があったわけではない。ただの勘だ。
しかし、その勘が当たっていたことはすぐに証明された。
その勘に導かれるままに意識を前に向ける。
そこでは小学生たちが十字路に差し掛かり、横断歩道を渡ろうとしている。
歩行者信号は青なのだから何の問題もない。
問題なのはその右側から聞こえる重く低い駆動音。鍛えているために常人よりも少しばかり良い俺の耳はそれを捉えた。
その音を確認すると同時に俺は駆け出す。
手に持っていたカバンは邪魔なので投げ出し、数十メートルの距離を一息で詰める。
小学生たちに追いつくと視界の右端に8tトラックが映る。
音で察していた通り、まったく減速をしていない。
居眠りか、それともよそ見か、はたまた全く別の理由か。
だが原因は今はどうでもいい。差し迫った危機を脱することが先決だ。
幸い向こう側から渡ってくる者はいない。トラックの進路上にいるのは小学生7人のみ。
低学年らしき小柄な小学生が4人、残りの3人は高学年なのか比較的大柄だ。中でも先頭を歩く子は他より頭一つ大きい。中学生と然程変わらない。
全員を助けるためのルートを脳内で一瞬の間にシミュレートし、その通りに体を動かす。
まずは一番近くにいた小柄な2人に接近、片手でそれぞれのランドセルを掴み、そのまま背後へと山なりに放り投げる。
「!?」
小学生は突然のことに言葉も発せなかったのか、息をのむだけで宙へと飛んでいく。
かなりの高さまで上げたので恐怖を感じるかもしれないが、死ぬよりはマシなので我慢してほしい。
それに、地面に叩きつけられるようなことはないから安心してくれ。
絶対にサクの奴が後ろからついてきてるし、アイツならちゃんと全員受け止められるはずだ。
俺はさらに一歩踏み込み、残りの小柄な2人も同様に放り投げる。
ここに至り、残りの小学生たちもトラックの異常に気づいたのか、右を見て動きを止める。
「キャァァァァァ!」
一際大きな子が悲鳴を上げる。残りの2人は声も出ないのだろう。
恐怖による硬直と思考の停止。
この事態には当然の反応であるが、それでは生き残ることはできない。
目前までトラックが迫っているので、先程までのように放り投げるには時間が足りない。
何より、体が大きいから上手く投げれるか自信はない。
と、なれば前に出るしかない。
俺はさらに足を踏み込んで加速し、前進する。
その勢いのまま、一番近い小学生のランドセルを右足で掬い上げるように蹴る。
先程とは比べ物にならない速度で小学生が歩道の方へと低く飛んでいく。
少しケガをしたかもしれないが、それでもトラックに轢かれるコースからは外れた。
その子がどうなったかを確認する余裕なんてない。
俺は蹴りだした足を引き戻さず、その勢いのままに体を回し、再び蹴りを放つ。
もう1人の子も同じようなコースで飛んでいく。
これで残りは大柄な先頭の1人のみ。
今のままの勢いで抱え、走り抜ければいい……はずだった。
脳内でのシミュレーションに反し、トラックがさらに加速をかけてきた。
チッと心の中で舌打ちする。実際に舌を打つ余裕すらない。
俺もさらに加速し、間一髪で小学生のもとにたどり着く。
硬直した小学生を左手で小脇に抱える。だが、そのまま走り抜ける時間はなかった。
次の瞬間、右側からトラックの鉄の巨体が俺達に襲い掛かってくる。
逃げることはすでに不可能。ならば選択肢はただ一つ。
「オラァッ!」
気合とともに右拳を突き出す。
両足は先程までの速度重視の型ではなく、地に根を下ろすように腰を落とし大地を踏みしめている。
刹那、全身を衝撃が突き抜ける。
8tもの重量に加え、かなりの速度。
それらが合わさり常人なら掠っただけでも吹き飛ばされ、体が引き千切れるだろうエネルギーがトラックの車体にはあった。
だが、鍛え上げた俺の体はそのエネルギーに真っ向から受け止める。
一瞬の均衡。
しかし、吹き飛ばされはしなかったが、流石にその場で受け止めることなどできずに加速し続ける車体によって押し流される。
全身から痛みによる危険信号が発せられる。
トラックと直接衝突した拳は見るも無残な状態だ。爪は割れ、骨は砕け、一部は筋肉を突き破り露出している。
また地面と接しているスニーカーの底はすでに摩擦で無くなり、足裏の皮膚と肉をアスファルトが削り取っていくのがわかる。
それでもその痛みに耐え、トラックを止めるべく俺は両足と右腕に力を込め続ける。
十数メートルほど押し流される。すでに周囲からは悲鳴が上がっているのが聞こえてくる。
無限にも感じられた苦痛の中、徐々に、徐々に、トラックの勢いが落ちていくのを感じた。
「フゥッ……オォォォォラッ!」
その勢いがある程度まで落ち、僅かばかりの余裕が生まれたところで、俺は息を整え一気に吼える。
咆哮と共に腰を中心として全身を捻る。そうして予備動作なく生み出したエネルギーを右手からトラックへと叩きつけ、侵透させる。
俗にいう『発勁』と似た技だ。
それがトラックの車体をめぐり、動力であったエンジンを破壊する。
動力源を失ったトラックは急激に勢いを失い、数メートルを進んだ後に今までの凶行が嘘だったかのように、静かに止まった。
「ったく、いったい何なんだよ……」
そこで俺は気を失った。