P.006 幻影の兄
すると突然2人の元に、息を切らせたエルセナが駆け込んで来た。
「祖母様!!シャクルさん!!」
「何事じゃ?騒々しい」
「それが大変なの!!村に海賊が来て村を襲ってるの!!」
「海賊っ…ちッ!」
『海賊』の単語に海兵としてのスイッチが入るシャクル。エルセナとシグをおいて1人、村へと向かい全力で走り出す。
「ちょっとシャクルさん!?」
「あの小僧…1人で何をする気じゃ。行くぞエルセナ」
「は、はい!」
◆◆◆――…
村へと駆け戻ったシャクル。その肉眼に海賊達の姿が捉えたのは、村を見下ろせる小高い丘の茂みの中。状況把握の為に周囲を見渡すと、村人達は数人の海賊が囲む1ヵ所に集められており、震え怯えている。見たところ村人に危害は加えていない様子だ。
「小せぇ村たが金目の物が何かしらあんだろ、探せェ!!ついでだ!食料も全部奪え!!」
村の中心でそう叫ぶは船長らしき男。見渡す海賊の数も多くはない。ならば頭を叩くチャンスとばかりに、シャクルは一気に丘を駆け降りる。
「お前らやめろ!!」
「何だ!?まだ村人がいやがったか…おい!殺れ!!」
声の合図に辺りの手下数人が、武器を構えシャクルに向かい斬りかかってきた。
「シャクルさん!!」
「小僧!!よさんか!!」
手下の怒声に混じるエルセナとシグの声。2人も到着したようだが、振り返る事はないシャクル。走る勢いそのままに、群がる手下達に突っ込んでいく。そして最も近い間合いに立つ手下の握る剣を蹴り上げ、連撃の回し蹴りを喉元に喰らわせる。そして蹴り上げた手下の剣をキャッチし、続く斬撃をその剣で受けた。
「なっ…!?」
「雑魚はどいとけって」
そしてすかさずの拳を顔面に叩き込む。1人やられてもまた1人と襲いくる海賊達を、シャクルの拳と蹴りが次々と叩き伏せていく。
その光景に呆然となるエルセナとシグ。村人達ももちろん、海賊サイドも驚きの表情。
「やりおるのぉ…小僧」
「す…すごい…」
30秒も経たない内に、10数人はいた手下達は全員地面にのびている。
「きっ、貴様…いったい何者だァ!?」
「船長!!」
残る手下1人が1着の服を持ち走ってきた。
「船長!こんな物があの家に…」
「こ、これは…海兵部隊の軍服!?このガキのか?…しかも軍隊長の紋章……ま、まさか!?海兵部隊の…隊長…?」
船長は強張らせた表情でシャクルを見る。その視線にシャクルは鋭い眼光で睨み返す。
「ヴィルポート支部、一等海兵戦闘部隊長のシャクル=ファイントだ。消えろ、死にたくなければな」
「ぐっ…!コイツが、最年少隊長で…あの噂の白髪鬼かよ…」
「誰が白髪だ。銀髪だ、銀」
「へっ、しかし銀の隊長さんよ…そのケガで…この人数相手に出来るかなぁ?」
船長が不敵に笑うと、辺りからぞろぞろと男達が現れた。おそらく船に残っていた奴らだろう。これは計算外。さすがにシャクルは無敵のスーパーヒーローではないし、まだ完全とは言えない手負いの体…万全であってもこの人数は…
「小僧!!動くでないぞ!」
すると突然シグの声が辺りに響く。振り返ると、シグとアグナーの体が黄金色の光りを帯びている。
何かくる!?っと身構えた次の瞬間、突如手下達の足元の地面が小さく隆起し、まるでガトリング弾のように石つぶてが次々と放たれた。石つぶては手下を殴り飛ばすように弾き飛ばす。
「うわぁぁッ!!」
「何だこれは!?」
周囲に響く手下達の悲鳴と地面がうねりを上げる音。まるで生き物のようなうねりをみせる地面に、シャクルもただ驚きの表情で辺りを見渡すばかり。
「これが地の精霊アグナーの能力の一部じゃ。どうだ小僧。口で言うよりわかりやすいじゃろ?そして…」
ズン…ズン…っと重低音と共に地面が揺れはじめると、その場から動いていないはずのシャクルの体が急に日陰に入る。
そして背後に感じる生き物とも違う不思議な気配に振り返ると、目の前は石の壁。突然現れた壁をゆっくりと見上げていくと、その壁は石で象られた足…なのか?見上げ、よくよく見ると…それは高さは10数メートルはあろう巨大な岩を積み上げて出来た岩石人間。顔とも思える岩には黒い穴2つあり、赤い光りが眼球のような動きをしている。
シャクルは口をポカーンっと開き、唖然と岩石巨人を見上げた。
「う…嘘だろ…」
船長や意識のある手下達も唖然とした表情で岩石巨人を見上げるばかり。
「さぁ小童共!!コイツに潰されたくなかったら、2度とこの地に踏み入れるんじゃないよ!!」
このシグの怒声に海賊達は体をビクつかせ、「化け物」などと悲鳴を上げてあたふたと逃げ出した。
「オっ、オイお前ら!!…くっ…!」
逃げ出す手下に船長も慌てて走り、情けなくも見える背中で逃げ去っていく。
その姿を見送る事なく、シャクルは大地に吸収されるように消えていく岩石巨人を見つめていた。
「シグさん…これが…」
「うむ。これがわしら霊召士、そして精霊の力じゃ」
そう言ってシャクルの背中をポンっと叩く。
「霊召士…精霊の力……ハハ、すげぇや…」
そして互いに視線を合わせ、軽く笑みを交わす。そこにエルセナが駆け寄り、笑顔でシャクルの手を取った。
「ありがとうございます!本当に助かりました」
「あ、あぁ…」
するといつの間にかシャクル達の周りを村人達が囲っているではないか。
「さすが霊召士様だ!」
「ありがとうございます、シグ様」
「いやぁ兄ちゃん強いなぁ!」
シャクルとシグを讃える声が辺りから響き、彼らは村人達にもみくちゃにされる。しかしシャクルだけは、目の当たりにした霊召士と精霊の力に、未だ動揺を隠せずにいた。
◆◆◆――…
その日の夕方…シャクルは1人、外で薪割り中。動けるようになった為に何か手伝いをしよう、っという訳だ。
シグとエルセナは日課ともいえる寺院に行ってのお祈り中。お祈りは1日に昼前と夕方の2回行われている。
「ふぅ…これで3日分くらいはあるかな」
「あれ?シャクルさん、何してるんです?」
割り終えた薪をまとめていると、エルセナが声がする。振り返ると、シグと共にエルセナが立っていた。
「動けるようになったし、何か手伝おうと思って。薪割りをちょっとね」
「気持ちは嬉しいですけどダメですよ~!まだ完全に傷が治ってないんですから!も~中で休んでて下さい」
エルセナはシャクルの背中を押して家の中に入れ、そして少し強引に椅子に座らせる。
「無理して悪化したらどうするんですか。じゃあ今からご飯作りますから待ってて下さいね」
そう言って台所に向かうエルセナ。その背中を横目に、シグはシャクルの向かいに座る。
「…シャクルや」
「はい?」
「お前は今後どうする気だい?」
「え、どうって?」
「傷が癒えたら、国へ帰るのかい?」
「………」
言われてみれば考えていなかった……その前にどうやって戻ればいいのだろう。舟らしいものは島には無い。造るしかないのか?そう考えを巡らせていると…
「お前さんさえ良ければ、ここにずっといても良いのじゃがな」
「え?俺がここにですか?」
「そうじゃ。嫌か?」
「い、いえ!嫌ではない…ですが…」
「まぁそう難しい顔をするな。お前にも故郷があろう?年寄りの戯言じゃよ…」
そう言って頬を掻き、台所で野菜を洗うエルセナを見つめる。シャクルもその視線を追ってエルセナを見た。
「あの子は幼くして両親を亡くした…母親は元々体が弱くてね。あの子を産んで死んじまったのさ。そしてわしの息子…あの子の父親さ。その父親は国の抗争を止める為に戦地に行き、巻き込まれて死んだ。そしてあの子には兄が1人おった。だが…」
「お亡くなりに?」
「あぁ。父に代わって見事に抗争を止めた…しかしそれが反逆とみなされ、わしらの目の前で…」
「まさか…処刑ですか…?」
小さく頷くシグ。
「兄の処刑を目の当たりにしてからというもの、エルセナはあまり笑わぬ子になってな…まぁ当然じゃろう。いつも兄にべったりの子じゃったからな」
深いため息と共に視線をシャクルに戻す。
「じゃがな、お前さんが来てからあの子はよく笑うようになった…おそらく、兄の面影をお前さんに重ねておるんじゃろ。だからお前さんがもし、ここからいなくなっちまったら、またエルセナから笑顔が消えてしまいそうな気がしてな……それにわしももう歳じゃ。いつ絶えるかわからん身。今日のような事があったら、エルセナにはまだ村を守るだけの力も、心の強さもない」
「………」
「おっとすまんな。突然こんな話しをして」
「…いえ…」
「本当に年寄りの戯言にとってもらって構わん。お前さんの人生はお前さんが決める事じゃ。変な事言ってすまん」
そう言って笑うシグに、シャクルは何も返事を返せずただ無言でエルセナの姿を見つめていた。
◆◆◆――…
その夜……エルセナが作った夕飯を食べ終えたシャクルは、村の外れにある小高い丘で夜空を見上げていた。すると「あ、いたいた」っと言う声と共に、エルセナがシャクルの元へと駆け寄ってくる。
「な~にしてるんですか?シャクルさん」
「…いや…今日は星が綺麗だな、って思ってね」
「あ~確かにそうですね。でもあと1月越した夏はもっと綺麗なんですよ。シャクルさんにも見せて上げたいなぁ~」
「………」
「?…シャクルさん?」
「………」
「もっしもーし?」
何も言わず、エルセナを見つめるシャクル。そのシャクルの目の前で広げた手をチラつかせるエルセナ。するとシャクルはクスっと小さく笑い、
「いい島だな。ここは」
そう呟いた。対するエルセナはキョトーンとした表情。
「ほえ?どうしたんですか?急に」
「いや、ただ思った事口にしただけさ」
「…本当に、いい島だと思いますか?」
「あぁ。だから言ったんだが、嘘に聞こえたかい?」
「え?あ、いえ、そういう訳ではなくて…その…」
「ん?」
「じゃ…じゃあ……ずっと…ずっといて下さい、この島に」
「えっ…」
エルセナに視線を向けると、少し俯きかげんに手をもじもじさせている。
「迷惑じゃないのか?」
「はい、迷惑なんかじゃありません!だから……あっ、でもシャクルさんにも故郷や家族がありますよね…心配…してますよね…」
「家族…か…」
そう呟き、ゆっくりと視線を夜空に戻す。
「俺には家族なんていないようなもんさ」
「え…?」
「父親は海兵部隊の大佐。仕事ばっかりで、会う事もなければ話す機会もない。母親だって、しっかり俺を育ててくれたのなんて赤ん坊の頃くらいで…後は使用人に育てられた。ろくに話した記憶もない……今だって、どうせ俺の事なんか全く気にしちゃいないだろうよ…死んだ者としてな…」
そっと俯くシャクルの姿を、エルセナはただ見つめた。そしてゆっくりと1歩後退り、エルセナも俯いた。
「そんな……そんな事ありませんよ!絶対…心配してますよ」
「いいんだ…両親から"我が子"と見られ方した事もないし、思われてもいないだろうしな。"家族"なんて元々いないものと思ってたから」
「…そんな悲しい事、言わないで下さい」
ゆっくりとシャクルの手を握る。
「だったら…私達が"家族"になります」
「え?」
「新しい"家族"です。私達が」
「君達が?」
「はい。私と祖母様がシャクルさんの家族になります。そしてここが…シャクルさんの故郷です。だからそんな悲しい事言わないで下さい…そんな悲しい目、しないで下さい…」
「エル…セナ…」
優しく見つめ、少し潤んだ瞳…吸い寄せられるようにシャクルはエルセナの体を抱きしめた。
「わっ!?」
「ありがとう…」
しばらくキョトンとした表情のエルセナだったが、そっとシャクルの胸に顔を埋める。
「いえ…ずっと……家族は一緒ですから」
「あぁ…ありがとう…」
血の繋がりなどはないのはもちろんだが、シャクルにとっては初めての"家族"……その温もりを初めて感じた瞬間であったようにも思えた。
次第に抱きしめるエルセナの肩が震え出した。…泣いているのか…?
「お兄様…」
微かに聞こえたエルセナの声。シャクルに大好きだった兄の影を重ねてしまったのだろう。シャクルはそのまま静かに、優しくエルセナを抱きしめていた。
例え亡き兄の幻影でも構わない。君の家族…そして兄となり…1人の男としてエルセナを守っていくと、シャクルは静かに胸に誓った。