P.003 波乱の舞踏会
後から集まった兵士達はミネアが上手く説明をして帰してくれ、そして着慣れぬドレスも着せてくれた。もちろんその間国王は外で待っている。腫れた頬をさすりながら…
「国王様、終わりましたよ」
ミネアが扉から顔を覗かせ呼びかけると、すぐに国王は部屋に飛び込んでくる。
「心配したのだぞアルシェン‼︎湖に落ちたと聞いたがケガはないのか!?」
声を張り上げる国王は、アヤメの肩に手を置きながら体中を心配そうに見回す。
「あ、はい…大丈夫です…」
「そうか。ならよかった…朝ご飯も食べずに何処に行ってたというのだ?」
「え?あ…あの~…ちょっと、その辺をブラブラと~…」
「全く、このおてんば娘が…だがこうして無事に帰ってきたのだ、良しとしよう。アルシェンや、もう父に心配かけるでないぞ?」
「あ、はい…わかりました。ごめんなさい…」
状況的なものはよくわからなかったが、とりあえず謝罪の言葉を告げる。すると国王は笑顔でアヤメの頭を撫でてきた。
「うむ。今後は気をつけるのだぞ?」
「え、あ、はい…」
「でも気をつけるのは国王様もですよ」
そう言って割って入るのはミネア。
「ご息女とはいえ、アルシェン様はもう立派なレディなんですよ?部屋に入る時はノックをする。親子とはいえ常識です」
「い、いやしかしだな、アルシェンが心配で〜…」
「国・王・様!」
「…親として〜…」
「親としても、部屋に入る時には?」
「…ノ、ノックです…」
ミネアの鋭い視線に折れた国王はガクッと肩を落とし、体をミネアに反転させられアヤメに向いた。
「はい、国王様。悪い事をしたら何をするんですか?」
「うっ…そ、そうだったな…すまんなアルシェン」
「え?あ、いえ…私の方こそ、その~…ごめんなさい」
深く頭を下げた国王に、殴った手前、同様に頭を下げて謝罪するアヤメ。その姿に、ミネアは「はい、これで仲直りですね」と手を叩く。
この光景にアヤメとしてだが、『国王』=もっと威張りちらした存在かとも思ったが、この国王はどうやら違うようだ。おそらくは使用人的位置のミネアにも説教されても素直に謝る姿からは、漠然とだが『優しき国王』っといったようにもとれるもの。
そう考えていると、突然ミネアから肩をポンっと叩かれた。
「ではアルシェン様。今から歴史のお勉強のお時間になりますよ」
「ほぇ?お勉強、ですか?」
「とぼけても無駄ですよ。昨日みたいに逃げ出さないよう、今日はしっかり見張ってますからね」
「え、ちょっ――…」
「先生。お願いします」
ミネアの呼びかけに扉が開き、1人の女性が入ってきた。紫のローブにおだんごの髪に、つりあがった細縁の眼鏡の典型的な厳しいイメージの先生だ。見た感じでは『ざます系マダム』……そしてその手にはぶ厚い本が3冊。
「さぁアルシェン様。お勉強をはじめるざますよ」
(ホント言ったぁーっ!)
先生と呼ばれた女性は不敵な笑みを浮かべながら近づいてくる。
「では、私は王の間に戻るとしよう。しっかり勉強するのだぞ。ミネア、アルシェンに何か飲み物でも持ってきてやってくれ」
「はい、かしこまりました。ではアルシェン様、お茶の準備して参りますね」
ニッコリ微笑み、国王と共に部屋を出ていくミネア。
「今日は昨日出来なかった分もやるざますよ?」
「えっ、ちょっと待つざますぅ~!」
◆◆◆――…
そうしてアヤメがランティ城に来ての、最初の夜が明けようとしてた。
あの『ざます』――…じゃなくて、あの先生との勉強はまさに拷問と言える時間でもあった。スタートから4時間、延々と訳もわからない歴史の勉強をさせられた。なんちゃら歴がどうのこうの……開始1~2分くらいで、アヤメの頭はフリーズを越えたビッグバンに襲われ、意識はほぼなかったといえよう。
そして勉強が終わる頃には夕方となり、休憩を挟む間もなく夕飯までの2時間は踊りのお稽古だった。…っというより、体が硬いアヤメは柔軟体操だけで2時間終わったようなもの。2時間「痛い痛い」「死ぬ死ぬ」っと連呼し、号泣のままに終わったのだ。
そんな1日を通してだが、わかった事が1つある。あの【ミネア】と言う女性の事だ。あれはおそらく姫アルシェンのお世話係のような存在なのだろう。城で出会う女性の中でも際立って綺麗な顔をしており、スタイルも抜群。むしろ「あなたがお姫様ではありませんか?」とも言いたくなる程の容姿をしていた。何にしても優しいお姉さんのような感じで安心できる存在でもある。あの『ざます先生』みたいなのがお世話係だったら……想像したくもないざます。
そしてわからない事に関しては幾つも浮上したが、今の所大きな疑問点は2つ。
1つは文字についてである。ざます先生の持ってきた本に書かれていた文字はまるで記号。形でいえばアラビア文字にも似たようなもの。普通であれば見た事もない文字など読める訳はないが、アヤメは不思議と読む事が出来たのだ。目で見た文字は記号なのに、頭の中では日本語として読める不思議な感覚。そしてその記号文字は書く事まで出来、当然普通に日本語も書ける。自分の気持ち1つで書き分けられたのだ。
そしてもう1つ。今アヤメが名乗る【アルシェン】という存在についてだ。なぜ自分と入れ替わってもバレていない……この世界に萱島アヤメが入る為の架空の存在なのか?はたまた実在する存在で、自分と似ているのか?実在するならなぜ現れない?
などなど、疑問を上げていくと切りがない程……
だが発見もあった。それは時間や距離の長さなど、ほとんどの単位が地球と同じ概念である事だ。それに時計もしっかりとある。ただし電気は無いようでゼンマイ式のアナログ時計。暦も現代と同じ、1年365日で12ヶ月。別世界なのにここまで地球と酷似していると、不思議と面白くも感じられるものだ。
そんなこんなを考えながら、ベッドの上でボーっと天井を見つめるアヤメ。自分は本当に帰れるのか…そして家族に学校の事などを考えると、体は疲れているのに心配で全然寝れなかった。
そしてもう1つの心配事。
「また今日も変なお稽古事するのかな?……あのナックって精霊…次会ったら絶対怒ってやる…」
ふかふかの布団に包まりながら再び窓の外を見ると、朝日は既に山間から完全に顔を覗かせていた。
「お城のお姫様も大変なんだなぁ、いろいろ…」
◆◆◆――…
…――コンコン!
扉をノックする音で目が覚めた。どうやら少し眠っていたようだ。
「…――ん…はぁい…」
「おはようございますアルシェン様。朝食のご用意が整いましたので、お呼びに参りました」
聞こえるのはミネアの声。
「朝食…?は、はい!わかりました!」
朝食の単語にアヤメは嬉しそうにベッドから飛び起きる。
「じゃあ入らせて頂きますね。お着替えのお手伝いをさせて頂きますから」
「はぁーい♪」
妙に上機嫌なアヤメ。その理由は昨日の夕食のメニューだった。
「今日はクリスマスだよ」っと言わんばかりの大きな鶏の丸焼きに、顔よりも大きな分厚いステーキ。キラキラとしたクリームソースをかけた、カレイのような魚の蒸し物。見た事の無い魚ではあったが…うん、味は良かったから大丈夫な品だろう。そして綺麗に盛りつけられたサラダに、トロっとした半透明なあんかけのライスボールピラミッドなどなど…
お城の朝食もきっと豪華なもののはず!っと期待に胸を膨らませ、ミネアの手を借り着替えを早々と済ませて食事会場を目指すのだった。
到着した食事会場もさすがの造り。テニスコート2面は余裕で入る部屋に、きっと価値ある物だろう食器を並べた食器棚がずらり。いったい何人で食事をするのだろう?っとすら思う程の豪華で大きな食卓には、2つの椅子が対面するように置かれている。
入口向いの1脚には既に国王の姿があり、そして部屋の周囲を10名程のメイド達が囲っていた。
「おぉ、おはようアルシェン」
「おはようございます」
先に席に着いていた国王の対面に座るアヤメ。するとミネアが「それでは失礼します」と一礼し、部屋の左手側にある扉の無い出入口から出ていった。昨日はその出入口の向こうから料理が出てきた事を想定すれば、たぶん厨房なのだろうか?奥からは美味しそうな匂いがアヤメのいる部屋まで漂ってきている。
すると2人のメイドが奥から料理を乗せたカートを押してやって来た。そして次々とアヤメの前に料理が並ぶ……が…
「あ…あれ?」
目の前に出されたのは小さいパン3切れにコーンスープ。少量のサラダとゆで卵のような卵が専用のケースに1個立ててあるだけだった。先の次々とは作者の言い過ぎだったようだ……
昨日の料理は確かに食べ切れない程だったけど、これは急に少ないんでは…?そう思いつつも食べた味は確かに良かった。量もアヤメには合っていたが……夜と比べると物足りなくも感じる。
でも食べさせてもらえるだけ感謝しなくてはバチが当たるもの。アヤメは笑顔で「ご馳走さまでした」と両手を合わせる。国王も食事を終え、アヤメを見た。
「それにしてもアルシェン。時が経つのは早いものだなぁ。ついにお前も結婚する日がくるとは…父として本当に嬉しく思うぞ」
「あ~そうですよねぇ、結婚ですよねぇ――…って結婚っ!?」
「ど、どうした?急に大声を出して…」
(そうだ、忘れてた~…)
◆◆◆――…
そして再び時は流れ、翌日の夕方。アヤメの姿はベッドの上にあった。
ゴロンと寝転び虚ろな表情。お姫様になるという事、立場的ものからしても悪いものではないと思っていた。普通に優雅なお城の生活を出来ると思ったが…日々勉強、そしてお稽古。しまいには婚約者だなんて。
そのお稽古事も結婚の為の花嫁修業。だが別に花嫁になりたい訳でもないし、ただただ辛いだけ。
「もぉ~あのナックのやつ~…こんなならお願いとか聞いてやんないわよ」
待てども待てども当のナックは姿を一切見せない。もしかして騙された?っと何度も思ったが、アヤメにはどうする事も出来ずにこうして待つのみ……それに加え、襲ってくるのはホームシック。
「はぁ…お父さん、お母さん……家に帰りたいよぉ…」
コンコン!
っと呟いた瞬間、部屋の扉を誰かがノックした。今日予定していたお稽古事は全て終わったはずだし、夕飯にしてはまだ早い。
「はい」
「アルシェン、私だ。入っても大丈夫か?」
これは国王の声。アヤメは体を起こしベッドから降りる。
「あ、はい。どうぞ…」
すると扉は開き、国王が中へ入ってきた。その後ろには大きなケースを持ったミネアの姿がある。
「どうかしたんですか?」
「いや、ちょっとしたプレゼントがあってな」
「プレゼント?私にですか?」
「あぁ。これだ」
国王がミネアを見ると、ミネアは頷いて手にした大きなケースを机の上に置く。
「これは父としての結婚の前祝いだ。受けとってくれ」
開かれたケースの中には、純白の美しいドレスが入っている。
「うわすっごぉい!」
触れた白いドレスはツルツルとした肌触り。触り心地も抜群で、これはもう高級な素材に違いない。それに開いた胸元の装飾も、派手過ぎない程度の小さな宝石が散りばめられている。
「本当にこれ…私にですか…?」
「あぁ、お前にだ。これを着て明日の舞踏会に出るといい」
「明日の舞踏か――…え、明日って?」
「何だ?もう忘れたのか?明日はお前の婚約者を招いた舞踏会ではないか」
「ほぇ?」
キョトンとした国王の視線と、同様にキョトンとしたアヤメの視線が合わさり、同じタイミングで同じ方向に首を傾げる。
「何だ?そんなトボけた顔して。あんなに楽しみにしていただろう」
アヤメはポカンと口をあけたまま全く動かなくなった……今後頻繁に起こりそうな『萱島アヤメのフリーズタイム』突入だ。
「まぁ相手はあの【タスマニカン帝国】の【"皇帝"ザラン卿】の次男、【ファラン"王子"】だ。それは楽しみなのもわかるぞ」
続けざまにきた不明単語…またまたフリーズタイムかと思ったが、アヤメの表情は突然輝いた。
「お…王子?」
「あぁ。次期このランティ王国を任せるに相応しい青年だ。過去に一度王国に来た時に、お前の事をえらく気に入っていたからなぁ」
「お…王子様…」
「明日はその帝国側を招いての舞踏会だからな。少し気合いを入れねばならん。ザラン卿がいらっしゃらないのが残念ではあるが…」
「王子様…舞踏会…」
ボーっと空を見つめるアヤメの頭の中では、素敵な王子と踊る姿が浮かび上がっている。
(王子様…そういう事ならわかったわ、ナック。あと1日くらいなら待ってる…王子様と一緒に待ってるわぁ~…)
「では、そろそろお食事の用意が出来たと思います。行きましょうか」
「そうだな。さぁ行くぞアルシェ…アルシェン?」
「………」
女の子だったら一度は夢見た事があるだろう王子様。超がつくイケメン…イメージではあるが、その王子様と実際に会える。そう、きっと素敵な王子様と一緒に――…Fu~~☆っと、そう考えながらポーっと立ち尽くすアヤメ。
ミネアは遠くの世界に旅立ったアヤメの顔を心配そうに覗き込む。
「アルシェン様?どうかされましたか?」
「王子…王子ぃ~…」
「ア…アルシェン様…?」
「っ、ふぁい!?な、な、何ですか!?」
「お食事のお時間ですので…行きましょうか…?」
「あっ、はい!わ、わかりました」
急いでドレスを机に戻し、国王とミネアに続き部屋を出るアヤメ。夕食会場に向かい、軽いスキップを刻み歩く。
「ご飯ご飯~♪」
あっ、そっち?
◆◆◆――…
またまた時は流れ、翌日の夕刻……城内は舞踏会の準備で慌ただしくも賑やかだ。そして日が完全に落ちた頃には城内は別の賑わいに変わっていた。
城の南には3階分を吹き抜けにした大広間がある。広さもサッカーコートが1面…いや2面は入るのではないか?っという程だ。天井は全て半球体のガラス張りで、その梁から無数に伸びたチェーンに繋がる巨大シャンデリア。それを囲う小ぶりなシャンデリア達は、見上げると灯る光りと星空とが交わりとても綺麗だ。
大広間の一角には、見事な音楽を奏でるオーケストラの面々。その音楽に合わせて、広間中央では人々が男女ペアとなり踊っている。
「これが舞踏会…素敵…」
大広間2階の室内バルコニーから、舞踏会の様子を見渡すアヤメ。もちろんあの白ドレスに着替えている。それにしっかりとメイクをし、頭にはシルバーに輝くティアラまで。
普段はメイクなどはしないせいか、顔に少々違和感を覚えつつも目を輝かせるアヤメ。
「アルシェン、そろそろ下の広間に行こう。もう少しすればファラン王子もいらっしゃるだろう」
「あ、はい」
返事をしつつ振り返るも、近くにミネアの姿は無い。会場で振る舞われている料理の給仕が間に合わず、その手伝いに行ったからだ。その代わりに護衛の兵士が2人ついて来ている。
国王に連れられ広間に降り立ったアヤメ。するとそのアヤメと国王を、会場が盛大な拍手と歓声で迎えた。
「おぉ、アルシェン姫だ」
「まぁなんて綺麗なの!」
「美しい…」
「姫君!アルシェン姫!」
周囲の賛美の声に、赤い顔で俯くアヤメ。
(お世辞だろうけど嬉しいものね…)
すると突然外からラッパの軽快なリズムが鳴り出した。
「お?どうやら王子が着いたようだな」
アヤメを見て笑う国王。王子様に期待はしているが、やはりちょっと身構えてしまう。
ラッパ音の鳴り響く中、正面の大きな鉄の扉がゆっくりと開いていく。すると「わぁ~っ」という歓声と共に、アヤメから扉までにいた人々が分かれて道を作る。
すると正面には数名の兵隊を従えた1人の青年が立っていた。緑の丸いハットを深く被り、髪は金色で後ろで1つに束ねている。ほどけば胸を越えるくらいだろうか。そして身丈程の緑のコートをまとい、中にはハイカットの丸首シャツ。足元は赤いタイトなズボン。身長は170cm半ばといったぐらいのスリム体型な男であった。
「あれが王子様なのね…」
アヤメご期待の王子様でもあるファランは、手を後ろに組みながらゆっくりと足を進めはじめた。
そして歩いてきたファランは国王の前に着くなり片膝をつき、ハットを脱いで胸に当てる。
「これは国王様。お久しぶりでございます」
声は低くいい声をしている。顔は…俯いている為によく見えない。いや、まだ見ない方がいいだろう。楽しみはまだとっておくんだ…アヤメはそう自分に言いきかせる。
「うむ。こうしてまた王子に会え、私も嬉しく思うぞ」
「ありがとうございます、国王様。僕自身も同じお気持ちにございます」
応えるように数回頷く国王は、ゆっくりとアヤメの後ろに回り、軽く背中を押してきた。思わず王子に向かい1歩前に出るアヤメ。その時を待っていたかのようにファランはゆっくりと立ち上がる。
ついに"王子様"との御対面の瞬間が来た……がっ、アヤメは咄嗟に下を向いてしまう。
(いやーっ!ちょっと緊張するよぉ~っ!)
すると突然ファランは俯くアヤメの手を握った。
「っ…!」
「アルシェン姫…」
優しく囁く声に誘われ、ゆっくりと視線を上げるアヤメ。
「………」
続く言葉が出せない――…
(えぇ……えェェェェッ!?)
アヤメの頭はパニック――…いや、今度は全身ビッグバンが巻き起こった。
そう王子様ファランは、"超"を付けるに相応しいブちゃイク(←オブラートなつもりです)であった。くっきり一重の細い目に加え、妙にデカい鼻。ぶ厚い下唇に出っ歯ときての、とどめにそばかすときたものだ。
えっ!?これが王子!?王子なんですか!?
キツい…いや本当にキツい!夢見た分、何度も言っちゃう程にキツい!もうこのビッグバンは何も創り出せないただの大爆発。
アヤメの淡い妄想は砕け散った……
「あぁアルシェン姫。なんとお美しいのだ…貴女に出逢ったあの日から、貴女を想わぬ日などありませんでした…このファラン貴女を一生守り、生涯愛し続けます!」
「………」
何も言えない……
何も感じられない……
目の前が…暗い…
初めて異性に告白されたが、ノーサンキュー。これはカウントしたくない。
マザーランドに来て、この時が1番帰りたくなった瞬間かもしれない。〔後日談〕
◆◆◆――…
舞踏会は盛り上がりは最高潮といえる所まできていた……1人を除いては。
ファランはアヤメを強引に踊りの輪に誘った。習いはしたが踊りなんて全然覚えていない為、その体は引かれるがまま。たまに体同士がぶつかる度、荒い鼻息がアヤメの顔や髪に当たる。最も嫌なのが腰に回った手だ。たまにいやらしい感じで撫でてくる上に、顔や少し開き気味の胸元ばかりを見てくる。
泣くに泣けないこの状況。
(あぁ!!もう隕石でも落ちてくればいいのにぃ~!!)
っと、その次の瞬間。
ドッガァァァァァァンッ!!!!
突然の爆発音と大きな揺れ、広間は騒然となる。
「ひぃ~!」
情けない声を発してアヤメに抱きつくファラン。
「いやぁッ!!」
バシィィィンッ!!
爆発音にも引けをとらない音と共に、アヤメ渾身の平手打ちが炸裂。ファランの体は空中で半転し地に落ちた。
「ありゃ…またやっちゃった…」
まだ爆発の余韻で混乱する広間。
「アルシェン!!どこだアルシェン!!」
騒がしい悲鳴の中から国王の声がアヤメの耳に届く。辺りを見回すと、少し遠い所で国王の姿が見えた。
「こくっ――…じゃなかった…お父様!!」
どうも呼び慣れないものだが…少しぎこちなく叫び手を振る。すぐに駆け寄ってきた国王はアヤメの肩を掴む。
「無事か!?」
「はい。でも今のはいったい?」
「うむ…今兵士達も向かった所だ。ひとまずこちらで――…ん?」
国王の視線が地に伏せるファランを向いた瞬間、急いでその視界にアヤメが入る。不可抗力?正当防衛?何にしろ皇帝の息子をKOしたなんて言えないし……
「あの、えっとぉ~…」
「国王様!!」
するとそこにナイスタイミングで兵士が駆け込んで来た。その兵士に皆の注目が集まる。
「【ワーグ】です!!ワーグの群れが突如現れ、今城門を突破しました!!」
「な、何だと!?」
その【ワーグ】の単語は周囲の人々に伝染し、単語が驚きと悲鳴の連鎖を生み、広間は一気に混乱に包まれた。
「わ、わぁーぐ…って…?」
騒ぎの中、1人ポカンと国王を見上げるアヤメ。国王はアヤメの質問には返答無しで再び肩を掴むと、近くの兵士預けるようにその身を差し出した。
「君、アルシェンを頼む」
「ハっ!ではアルシェン姫、こちらに」
兵士は槍を片手に握り直し、「こちらに」と言うような素振りをみせる。周囲は騒ぎようから想像つく。これは素直に逃げた方がよさそうだと。アヤメは頷き兵士の元へ近づいた……次の瞬間、突如アヤメの目の前を何かがブンッと音を発て通りすぎた。
「うわぁ!」
思わず腰を抜かすアヤメ。すると尻もち状態のアヤメの足に、何かがコツンっと当たる。何かと視線を向けると、そこには先程の兵士の顔があった……いや、頭だけが転がっていた。
一瞬何がどうなったかわからずに視線を上げた瞬間、突然アヤメの右半身に生温かいモノが降りかかる。驚き一瞬閉じた視界を再び開くと、アヤメの顔からドレスの右半身は真っ赤な血に染まっていた。
「ッ!?」
自分のものではない。それは見上げた先…転がる頭と胴体を繋いでいた、兵士の首から飛沫を上げる赤い血液であった。その噴き出す血飛沫が次々に顔や白いドレスに降りかかる。
「…ぃや……いやぁぁぁッ!!」
悲鳴が広間に響く中、兵士の体は鮮血を撒き散らしながら崩れ落ちた。
その崩れた後ろから現れたのは、爛れて小汚ない肌に、腐ったような緑の斑点がうっすらと浮かぶ、錆びた鎧をまっとった人間…っと呼ぶにはあまりに醜い生き物が、血のついた鎖鎌を揺らしていた。
その生き物はアヤメを全体的に黒ずむ眼球で捉えると、ニヤリと口元を緩ませ、黒く変色した隙間だらけの歯の間からよだれを垂らす。これが【ワーグ】なのか!?とアヤメの体は凍りつく。
「きっ、貴様!!」
国王の傍にいた兵士が突進し斬りかかるも、ワーグはブラブラと振る鎖鎌を再び振り抜き、その刃で兵士の顔面を捉えた。
頬に刃が刺さる兵士の体は、走る勢いと振り抜かれる鎖鎌により、コマのように回転しながらアヤメの足元に墜ちる。その兵士の顔はアヤメに向いており、目の下を横一線にぱっかりと開いた状態。噴き出す鮮血と、まだ僅かに痙攣している顔や体……もはや恐怖という範囲を越えて、何ともわからぬパニック状態で悲鳴すら出せないアヤメ。過呼吸にも似た息遣いで身を震わせ、流れ出る血飛沫をその身に浴びた。
ワーグは鎖鎌を再び揺らし、ゆっくりとアヤメに向かい足を進める。「逃げなければ…!」っと頭でわかっていても、体が震えて自由がきかない。国王の傍にいたもう1人の兵士に至っては、腰を抜かして完全ヘタり込んでいる。しかし1歩…1歩と近づいてくるワーグ。
すると国王がヘタり込む兵士の槍を拾い上げ、自らを奮い立たせるように叫びながら突進してきた。
「おのれ!!アルシェンには指1本触れさせはせんぞ!!」
するとその真横から現れたもう1体のワーグの錆びた剣が、槍を国王の体ごと弾き返す。勢いよく転倒する国王めがけ剣を振りかぶる……と、
「ひぃ~ぃ!!な、何だこれは~!?」
この緊迫状態を掻き消すような情けない声に振り向くと、内股でヘタり込むファランの姿が……その姿にアヤメも急激なクールダウンし、冷たい視線を向けた。するとワーグもファランの方に視線を向ける。
「うひゃあ~化け物ぉ~!」
手足をバタつかせ後退るファラン。狙いはアヤメと国王だったが、2体のワーグは急にファランに歩みを進めはじめる。
「くっ、来るなぁ!来るなァ!!」
両手をめちゃくちゃに振って泣き叫ぶ。そしてアヤメを見た瞬間、
「お、おい!僕なんか食べるより、ほらアイツ!あの女の方が美味しいぞ!!あいつを食べろ、ほら!!美味そうだ!!」
「はぁ!?何言ってんのよ…あいつ…」
しかしワーグは完全無視。武器を構えファランに向かい飛びかかる。
「うわぁぁあぁぁ!!」
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