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MOTHER・LAND 【冥王編】  作者: 孝乃 ユキ
Episode.1『序幕』
2/7

P.002 世界から世界へ

.



「――……んっ……んん…」



 ゆっくりと目を覚ますアヤメ。長い間眠っていたような、ぼんやりとした頭と気だるい体。その視界には、屋外を思わせる白い雲と青い空。



「……あれ?…私…」



上半身を起き上がらせ、ボーっと青空を見つめている内、今日――5月20日の朝の出来事が思い出される。



「あれ?私、確かバスに乗ってて…それで事故に遭って……まさか…まさか――…えぇっ!?」



最悪の事を想像し、無意識に足があるかを確認する。足はあったのだが、確認で落とした光景に驚きが……!


アヤメがいる場所は地面ではなく、青く澄んだ海のように広がる水面であったのだ。その青は空の色なのだろうか?鏡のように写った白い雲がそう認識させる。水面はアヤメが動く度に小さな波紋が起きるが、触れた部分が濡れる事はなく、沈み込むような事もない。まさに水面上に"いる"っという状態。


ぐるりと見渡す周囲には、時計を思わせる金色で丸い枠組みに、長針短針と秒針。それ以外を透かしたたくさんのアナログ時計が、水面にその身を埋めるように刺さっていた。その深さや角度などは様々で、各々がそれぞれの早さで動いている。



「何よここ……やっぱ、天国?」

「違うよ」



突然アヤメの背後から聞き覚えのない声がする。


体をビクつかせ振り返ると、そこに逆立つ程ではないが、金色のツンツンとしたミディアムヘア。目は髪と同じ金色の男の子がいた。服装は中世ヨーロッパ貴族のような赤の服に黒のズボン。そして茶革の靴。しかしその男の子は人とは思えぬ姿をしていた。身長は約30cm程の大きさ。背中には輪郭こそはっきりとしてはいないが、4枚の光る羽根があり宙に浮いている。加えて額には、そのまま皮膚が隆起したかのような1本の角が生えていた。



「ここは天国じゃないよ、マスター」



そう言って微笑む男の子だが、次々と起こる理解不能な出来事に対して、当のアヤメはただその目をパチクリ。口をポカーンっとさせて男の子を見つめるだけ。


すると男の子は、ゆっくりと宙を移動するようにアヤメに近づいてくる。得体の知れぬ者が近づいてくる……しかし不思議と恐怖はない。男の子はアヤメの目の前で止まり、再び微笑んだ。



「そんなにポカーンとしちゃって、どうしたんだい?」

「あ…あなたは…天使…なの?」

「ハハハ、ボクは天使なんかじゃないよ。精霊だよ。マスターの」

「せ…せーれー??…ますたー??」



自らを『精霊』と言った男の子を見つめたまま、「それって私って意味?」っと自分を指さし首を傾げるアヤメ。向かう男の子は応えるようにニコっと笑う。



「え…?ちょっ、ちょっと待って…何?何なの?…えっ?えっ?」



じわじわと遅れて出てきたパニックに頭を抱え、早いまばたきで周囲を見回し立ち上がるアヤメ。


ここは天国じゃない?じゃあこの不思議な空間は何だというのだ?それに目の前にいる存在は何なのだ?天使とかじゃなくて精霊?「おーいこれはゲームの世界?トリップワンダーランドですかい?」それに『マスター』って?「喫茶店のマスターかい?」そう考えてはツッコみ、考えてはツッコみ。言葉は出さずとも、身振り手振りでアヤメは不思議な踊りを踊っていた。



「ね、ねぇ大丈夫?マスター」

「ヘイらっしゃい」



喫茶店のマスターを連想してからの結果。どう向かったか不明だが、寿司屋の大将に行き着いたのだろう…



「へ…へいらしゃん…?」

「へ?……あ…いや、その~…アハっ…アハハハハ~…」



アヤメの必死なごまかし笑いに、精霊を名乗る男の子は察するように頷き愛想笑い。



「アハハハハ~……で…話し続けても大丈夫?」

「え?あ、う、うん」

「なら聞くよ。ボクを覚えているかい?」



一拍おき、アヤメは首を横に振る。



「じゃあ君の名前は?」

「え…か、萱島アヤメですけど…」

「そっか…わかったよ、ありがと。やっぱり記憶までは残されていないんだね…」

「記憶?」

「ううん、何でもないよ。ちなみにボクは【ナック】。光の精霊なんだ」

「ナック…?光の…せー…れー?」

「そしてここは【"外郭(がいかく)の大地"アースランド】と【"地核の大地"マザーランド】の狭間、【"刻ノ宮間"ディメルクーロ】」

「は…はい?…」

「極論から説明すると、君の本当の名前は【エルセナ=ミリアード】で、1000年前に生きていた【霊召士(れいしょうし)】なんだ」

「…へ…?」



30秒にも満たない間の会話で、既にアヤメの頭はフリーズ状態。連続する意味不明な単語。今おかれた理解不能な状況に展開。しばらくフリーズ状態で【ナック】と名乗った男の子見つめ……



「やっぱ天国…?」



戻った。


これにはさすがにナックも古典的なズッコケをみせる。



「いやだからここはディメルクーロなんだって」

「で…でめ…きん?」

「ディメルクーロ!」



プツン――…っとアヤメの頭の中で何かが切れた。



「あぁーっ!もうどこの何でもいいから順を追って説明してよ!!いきなり意味不明な単語並べられてもわかんないってばーっ!!」



イラ立ちの最高潮を迎えたアヤメは叫ぶなり頭を掻きむしり、浮いたナックの体を両手で掴むと己の顔に引き寄せた。


その突然の行動にナックは掴まれながらも体を硬直させる。



「まず質問ッ!!」

「はっ、はい!」

「ここは天国じゃなくて私は死んでないぃ!?」

「はい!!」

「アースなんちゃらって何ぃ!?」

「アースランドは地球です!!」

「マザーなんとかは何ぃ!?」

「マザーランドは地球の内側にあるもう1つの世界です!!」

「そしてここはァ!?」

「その2つの世界を分ける空間です!!」

「なんじゃそらァーっ!!」



再び怒り全開で掴んだナックを空に放り投げるアヤメ。ナックは焦りながらもクルっと回転しアヤメの前に戻る。



「何!?何なの!?地球の他に?内側に?世界があって、その間にある空間がここ?そんなメルヘンチックなおとぎ話を信じろっていうの?」

「落ち着いてってばマスター」

「私は喫茶店でもバーのマスターでもないわよ!ただの高校生よ!!あなたも精霊とか言ってどうせCGで偽物!幻覚なんでしょ⁉︎」

「幻覚って…さっきボクを掴んだだろ?触れたでしょ?」

「え?触ったわよ!ガっちりと掴んだわよ!…って、触ってた…確かに…」



ハっとしたようにアヤメの熱がクールダウン。その様子にナックが頷き口を開く。



「とにかく君は生きている。もちろん君の巻き込まれた事故で誰も死んじゃいない」

「え?本当に誰も?…おじさんも?トラックの人も?」



頷くナックに不思議と力が抜け、アヤメはその場に座り込む。実際この目で確認はしてはいないが、言われただけでも不思議と安心感はあった。



「よかった…」

「もちろん君の世界に帰る事だって出来る」

「えっ、ホントに!?」

「うん。でも1つだけお願いがあるんだ」

「何?そのお願いを聞けば家に帰れるの?」



するとナックは少し押し黙り、小さく頷いた。その姿に多少の違和感を感じつつも、帰れるならば聞くだけ聞こう。



「どんなお願いなの?」

「ボクと一緒にもう1つの世界、マザーランドに来てほしい」

「マザー…ランドに?」

「うん。そしてめい――…」



ナックが何かを言いかけた瞬間、突然2人のいる空間が大きく揺れはじめたのだ。身動きもとれぬ程の揺れに、アヤメは地面…いや水面にしがみつくように這いつくばった。



「えっ⁉︎えっ⁉︎何よこれ⁉︎」



慌てるアヤメを他所に、ナックは険しい顔付きで水平線の先を睨み、



「ここまで来たか…くそっ…」



呟きアヤメに向き直る。そしてアヤメの額に小さな手を当てた。



「ごめん。全部説明したいけど、どうやら時間が無くなったみたいだ」

「えっ?時間って?」

「今から君をマザーランドに送るよ」

「へ?ちょっ、ちょっとまだ行くって言ってないってば!」

「今は時間が無いんだ!実体が完全転送出来るまでは少し時間があるから、君は何もしなくてもいいよ。そして一時的に名前を【アルシェン】と名乗って」

「あ、あるし…?」

「アルシェン!」

「アルシェン…?」

「そう!じゃあ送るよ!」



頷きナックが言うと、大きく揺れる水面が渦を巻きはじめて、アヤメの所だけに真っ暗な穴が開く。



「っ!?」

「大丈夫。君の体…マザーなら耐えられるよ。どっから落ちても」

「落ちっ――…って、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!!!」



言葉切るように一気に穴へ落下していくアヤメの体。





 揺れ続けるディメルクーロ。既にアヤメの落下した穴は無い。そこに佇むナックは、ため息にも似た大きな息を1つ。



「やれやれ…説明の時間もくれないんだね…」




◆◆◆――…




 穴に落ちたアヤメは、真っ暗な空間にいた。はじめは体が落下している感覚はあったが、その感覚はすぐに違うものに変わる。地に足はついてはいないのに、周囲が動いているような感覚。簡単に言えばエレベーターで下に降りていく感覚に似ていた。


この不思議な感覚は恐怖感をあおり、より体を強張らせた。そして真っ暗な辺りを見渡すも何もない。



「え~何なのよ…ちょっとぉ~…」



するとそれから数秒後、突然軽く押されたような衝撃が体を襲う。「うわっ」っと声が出た瞬間、カメラのフラッシュのような光りが目にささる。瞬時に目を閉じ、そのまぶたを覆う。すると閉じた視界に微かな光りが見え、もしや暗闇の空間から出られたのか?っとゆっくりと目を開けてみた。



「うっ…!」



痛いくらい眩しい光りが目を襲う。表情を強張らせ、まぶたの開け閉めを繰り返しながら目を慣らしていくと、徐々に真っ青な空が視界に映り出す……が、未だ足が地にある感覚はなく、アヤメは恐る恐るゆっくりと下を見下ろした。



「うわっ…!?」



やはり地に足はなく、その遥か下には緑豊かな大地と、遠くには青々とした大海原が広がっている。しかし体が落ちるという気配は全くない。漂う訳ではないが、ふわふわと宙に浮いている。



「ウソでしょ…何よコレ…」



人間が宙に浮く。そんな非科学的な状況に恐怖もあるが、不思議と少しだけ気持ち良くもある。だがずっと浮いたまま…っというのも考えにくいし、どうしようもない。焦る気持ちを抑えつつ、浮いたまま状況把握の為に辺りを見渡した。


見渡す視界には、高くそびえる雄大な山脈と緑の森林。そして真下には大きな湖があり、近くには日本とは思えぬ建造物。立派な白壁の西洋風のお城が1つ。赤い煉瓦の屋根が建ち並ぶ古風な町…城下町なのだろうか?城に隣接するように扇型に広がっている。



「すご~い、お城だ」



そう言って少し体を傾けた瞬間、アヤメの体が急激に落下する。



「え!?ちょっ…いっ、いやァアァァァッ!!」



手足をバタつかせながらもがき叫ぶも落下速度は増すばかり。真下を見ると、そこはあの大きな湖。



「うっ、うそォォォ~ッ!?」



手を羽ばたかせるが…人間が空を飛ぶ訳もない。アヤメの体は湖めがけまっ逆さまに落下していくだけ。




  ザッバァァァァァンッ!!!!




アヤメの体はもの凄い水しぶきを上げて大きな湖に落下した。


巨大な波紋が広がる湖。その波紋が徐々に納まるにつれ、周辺が騒がしくなり始める。



「な、何事だ!?今の音は」

「湖からだぞ!!」



声が声を呼び、数人の…あのお城の兵士なのだろうか?甲冑姿の人影が湖に集まり出した。



「おいあそこ!」



1人の兵士が湖の中心を指差す。その先には、水面に上がる幾つもの泡の気泡。ブクブクと上がる泡が大きくなった瞬間、「ぶはぁッ!!」っとアヤメの顔が飛び出した。



「にっ、人間!?」

「くせ者か!?」



驚く兵士達の視線の先に飛び出したアヤメの顔は、もがく水しぶきの中で浮き沈みを繰り返している。



「いやよく見ろ、あれは!」

「もがっ……た…助ぶ……助けて…!」

「姫君ではないか!?」

「何だと!?なぜこんな所に?」

「うぶっ…たすっ…助けてぇ!」



実はカナヅチのアヤメ。泳げないに加え水を含んだ衣服がよけいに浮力の邪魔をする。



「おい。姫君…溺れていないか?」

「そうだな――…って悠長に言ってる場合か!早く助けなければ!」

「待てバカ!!まず甲冑を脱がねば我らが沈むぞ!」

「あ、そうか!」



慌てて甲冑を脱ぎ始める兵士達。しかし本当に慌て過ぎてて変にもたついている。



「何をしてるんですか!!」



突然女性の声が響く。甲冑を脱ぎかけていた兵士達が振り返ると、1人の女性が湖に向かい走って来ている。ピンクのローブ姿に肩までのワインレッドの髪。その毛先は肩口で外に向かいハネていた。


女性は何の迷いもなく湖に飛び込むも、時を同じくしてアヤメの頭は力無く沈み水面から消えた。その約10数秒後……「ぷはぁっ」っという声と共に、アヤメを抱えた女性が水面から顔を出した。女性はぐったりとしたアヤメを抱え岸まで泳ぐ。辿り着くなり兵士に手を借りて陸に上がる。



「す、すまんな【ミネア】」

「はぁ、はぁ……全く、アルシェン様に何かあったらどうするんですか…」



【ミネア】と呼ばれた女性は、アヤメを抱きながら鋭く兵士達を睨む。



「い、いや…甲冑があるとだな…その~…」

「それはわかりますが、焦り過ぎです。この【ランティ城】の兵士たる者、常に冷静なる判断と応た――…」

「ッ!!…ごほっ!」



ミネアの言葉の途中、アヤメが咳き込みながら目を覚ます。



「アルシェン様!ご無事でしたか?」



耳に入る馴染みのない優しい声……



「ん?……ッ!?…生きてる…って、あれぇ?」



完全に意識を取り戻し、はっきりとした視界に映った周囲を取り囲む甲冑姿の面々。すぐ傍にはびしょ濡れで優しく微笑む女性…ミネアの姿が。



「…ほえ?」

「朝からずっと捜してたんですよ。おてんばもほどほどにして下さいね?もう16歳。子供じゃないんですから」



訳もわからず目をぱちくりさせ、目の前のミネアを見つめたまま、訳もわからず小刻みに数回頷く。



「これからは亡き王妃様の跡を継がれる立場なのですよ?王族としてのたしなみというものを――…っと、その前に…その格好はいったい?」



ずぶ濡れのブレザーの制服を不思議そうに見つめるミネアと兵士達。そしてアヤメも相変わらずミネア達を不思議そうに見つめていた。



「まぁそんな事よりも、風邪を引いては大変です。さぁ早く中へ。着替えましょう」



ミネアはアヤメに手を貸し立ち上がらせる。



「あ、ありがとうございます…」

「婚約も決まったばかりの身なんですから。大事にしませんとね?」

「はい、婚約ですよ――…へぇ?」



こんやく…婚約?つまり結婚?



「はいぃ!?婚約ぅ!?」

「はい。今更何を驚いていらっしゃるんですか?以前からお話ししてたじゃありませんか。さ、今からその結婚に向けてのお稽古もございます。行きましょう」

「へ?……うそ…」



本日2度目のフリーズ状態に陥るアヤメは、ミネアに引きずられるように城に連れて行かれるのだった。




◆◆◆――…




 その後すぐに兵士が毛布を持ってきてくれた。それにくるまりながら、ミネアと共に城内に入ったアヤメ。


近くで見た城の外観は、円錐型の青煉瓦の屋根に、白い長方形の石を積み上げた造りでとても綺麗であった。もちろん入った城の内部も綺麗で、大理石なのか?白く光沢のある長方形の石を積み重ね造られた壁や天井。床も同様に大理石なのだろう。通路に飾られた絵や彫刻。見た事もないような大きさの宝石まで飾られている。


城内を歩く間、何人もの兵士やメイドとすれ違う。その度に皆立ち止まり、アヤメに対し敬礼や頭を下げてくる。



(私って何?まさか…お姫様?いやさすがにそれはないかぁ…)



未だ自分の状況を整理出来ていないが、とりあえずナックに言われた事を思い出してみる。



(確か名前を…アルシェンって名乗れって言ってたよね?さっきあの人、私に向かって『アルシェン様』って言ってたっけ…でも"様"が付くくらいって事は、やっぱり私はここの姫って事になってる…?)



徐々に考えをまとめながら前方を歩くミネアの背中を見つめる。



(ところであの人は何なんだろう?悪い人ではないと思うけど…)



すると視線に気づいたミネアが振り返る。



「どうかしましたか?」

「えっ!?あっ…い、いえ!何でもないです!」



慌てて視線を外すアヤメ。「そうですか?」っとミネアは少し首を傾げながら、再び足を進める。



(あの人…見るからに外国の人って感じだけど、普通に日本語を話してるし通じてる。それにアルシェンって名乗るのはいいけど、どうすればいいの?ここでナックを待ってればいい訳?)

「アルシェン様」

(ってゆうか本当に家に帰れるのかしら…?)

「アルシェン様?」

(まぁこれだけ濡れた上に、あの高さからの落下と衝撃で目が覚めないなら、夢じゃない訳だし…てか生きててよかったぁ~…)

「アルシェン様!」

「えっ、あ、はい」



考え事に夢中+違う名に反応出来ず、いつの間にかミネアを追い越していた。っというか、ある扉の前で止まるミネアを置いていっていたのだ。


慌ててミネアの元へ戻るアヤメ。ミネアが立つすぐ横には、漆が塗られた両開きの木製の扉。



「えっと…ここは?」

「『ここは?』って、こちらはアルシェン様のお部屋ではないですか。本当に今日はどうしたんです?」

「えっ…そ、そうですよね?私の部屋でしたよね~。何言ってんだろなぁ~私!ハハハァ~…」



とりあえず流れに乗っておこうと焦るアヤメに、再び不思議そうに首を傾げるミネア。



「…では、風邪を引いてしまっては大変です。早くお着替えの方を」

「はい、ありがとうございます…」



扉を開けてくれたミネアに軽く頭を下げ、部屋に入るアヤメ。



「ではわたしも着替えて参りますので」



完全にアヤメが入室したのを確認し、ミネアは頭を下げて静かに扉を閉めた。


姫アルシェンの部屋だと言われた一室……その景色に息をのむ。


部屋の造りはとても豪華。高い天井に40畳程の広さはあろう洋室。5つある窓には薄い白いシルクのカーテン。それには金のレース付き。横に束ねられた分厚いカーテンには、親指程はあろう宝石が散りばめられている。これが本物だとすれば、1枚で推定何億円?的な代物。そして高級感溢れるアンティーク家具の数々。そして奥には大きなベッドが。見た目だけでもフカフカなのがわかる。周りは薄紫のカーテンが包み、アラビアの王宮のようなベッド。


「とりやぁー!」っとベッドに飛び込みたい衝動に駆られるが……濡れたままの服ではさすがにいけない。



「これが私…てかアルシェンって人の部屋?」



部屋の中央までゆっくりと歩きながら辺りを見渡す。とりあえず着替えなくては本当に風邪を引いてしまう。



「あれがクローゼットかな?」



部屋の角、壁にある折りたたみ式の扉を開けた。すると中には沢山のドレスが入っていた。



「うわぁ~すっご~い!!」



一気にテンションの上がったアヤメは、目を輝かせながら数あるドレスに物色。手触りも良く、価値がわからなくとも高価だと思えてくるドレスばかり。豪華でしっかりとした品から、普段着れるような軽めのドレスもいろいろある。



「わぁ~これ可愛い~」



あまり装飾のない黄色のドレスを取り出す。



「これ本当に着ていいのかな?…でも風邪引く訳にもいかないし。アルシェン様、お借りしまーす♪」



ドレスに向かい頭を下げ、ウキウキしながら濡れた制服を脱ぎ始めると………




  ドドドドドド!!




何やら廊下を走るような足音が響く。そしてアヤメが下着だけの姿になった時、廊下を走ってくるような音が部屋の前で止まる。



「ん?」



人の気配に下着を脱ごうとしていた手を止める、その瞬間……



「アルシェーンッ!!」



突然開いた扉と共に響く男の声。驚き振り返る視線の先、立派な髭を生やし、綺麗な赤いマントに金色に輝く王冠を被った男が1人。



「アルシェ~ン!湖に落ちたと聞いて心配したぞ!よく無事で――…」

「いやぁあぁぁぁッ!!」




 バシィィィンッ!!




駆け寄る男にアヤメ渾身の平手が炸裂。乾いた音が城内に鳴り響き、男は王冠を宙に舞わせながらその身を空中で反転させ、力無く床に落ちる。


平手打ちの音に加えてアヤメの悲鳴…辺りが騒がしくなっていく。おそらく兵士達が集まり出したのだろう。咄嗟にその身を毛布で覆うと……



「どうされましたか!?アルシェン様!!」



いち早く駆け付けたのはミネア。先程のピンクのローブからライトグリーンのローブに着替えた姿だった。



「ご、ご無事でしたか――…って国王様ぁ!?」



足元に転がる男を見て驚くミネア。



「えっ!国王様ぁ!?」



ミネア同様、驚きの表情で床に倒れる男を見るアヤメ。



(こっ、国王様って…ヤバい…城の最高権力者でしょ?おもいっきりひっぱたいちゃった…ん?あれ?…仮に私が姫だとしたら、この人が仮のお父さんって事?)



唖然としていたミネアだが、アヤメの格好を見てすぐに状況を察した。



「ノックくらいしてもらいたいものですね…」

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