9.初依頼
その日は村長宅に戻るとオルガさんは晩御飯の準備をしていた。献立はというと丸いパンとサラダ、何かの肉であった。もともと料理をすることは嫌いではなかったので料理のことを中心に会話しながら食事をとる。
幸運なことに地球にある食材がいくつかはこの世界に存在するらしい。聞いてるうちに醤油や味噌といった加工品が無いのかと思えばマヨネーズやチーズはあるらしい。なんとも面倒くさい世界だ。
「ところでレンヤ君や、明日はどうするのかな?」
食材に関しての会話が終わるとオルガさんが聞いてきた。お互い食事は終わっており食後の紅茶らしきものを飲んでいる。
「とりあえずギルドに行って依頼を受けてみたいと思います。なので朝早くに出発しようかと思います。オルガさんは何かご予定でもあるんですか?」
「わしは村長の役職をやっておるがこれも他の者がやりたがらんで押し付けられたもんじゃからな、もともとこの村で治療院をやっておったから怪我人が来るまで暇なんじゃよ。」
「今日図書館に行ってきましたが詠唱が載っているものが基本となる4つの属性だけでした。この理由はご存知ですか?」
「派生属性の光は治療系が多いんじゃがこれは国が使える人を把握しときたいからじゃな。闇と同様に派生は使える者が少なくなる。詠唱を公開して使える者が見つかっても他の国に横取りされては困るから派生属性は中央都市にある学院で教えられるんじゃよ。闇も同じような考え方じゃな。闇は使い方が特殊じゃからの。」
「ということはオルガさんは学院出身なんですね、すごいです。」
「あんまりすごいと思っとらんじゃろ、その顔は。」
「表情に出にくいだけですよ。」
「わしの場合は子供のころは他の村に住んでおったんじゃが、魔術が使えることをその村を治めておった領主に知られての、領主が学院に送り出してくれたんじゃ。」
「それはお優しい領主様ですね。」
「そうじゃの、学費を出したり儂の一家の税を免除してくれたりしてお優しい方じゃった。」
「その治癒魔術、見せてもらえますか?」
「ん?怪我でもしとるのかな?」
レンヤは食事の際に出ていたナイフを右手に持つと軽く左の腕に切り傷を付ける。
「...治癒士としてあまりこういうことは許したくないのじゃがな。」
「浅い傷ですから数日で治りますよ。魔術を見る対価としては十分でしょ?」
二ヤリと笑いオルガを見る。当初の目的としては詠唱を知ることであったのでこれくらいの犠牲は軽い方だろう。
「はぁ、しょうがないの...。"彼の者を癒し元ある姿へと戻れ、ヒール"」
オルガは棚の中から杖を取りだすと傷のついて血の流れているレンヤの左腕をつかみ、杖を傷に向けて詠唱をした。傷は時間を戻すように無くなっていき、最終的に元の皮膚に戻り傷跡はなくなった。
「これは便利ですね。どれほどの傷まで効きますか?」
「さきほどの傷ぐらいじゃったらすぐに治るんじゃが、骨折や腕や足の欠損などには他の詠唱を使う。そんな顔を輝かせても儂はやらんぞ。」
他の詠唱もあると聞き、目を輝かせたレンヤだったがオルガに注意され穏やかな笑顔に戻す。
「まさか自分の腕などを差し出してまでは頼みませんよー。いやー残念ですね、明日の依頼が楽しみだなー。」
「なんじゃその棒読み感は。はぁ、そこの棚に光属性の魔術書があるから読みたければ自由に読みなさい。」
「ありがとうございます。」
本とランプをもらうと自分が寝ていた部屋へと戻った。この世界には電気はないのでランプを使うなどしなければ真っ暗となってしまう。魔術書を見てみると光をともす詠唱や対アンデッドの詠唱、治癒の詠唱が載っていた。紙束とインクをアイテムボックスから取り出すと詠唱を移し始める。移し終わるころには窓の外は明かりがついている家は少なくなっており時間がかなり経過していることが分かった。ドアを開けて下の階を覗いてみるが暗く物音はせず、オルガさんはもう寝ているようであった。
荷物をまとめてアイテムボックスに戻すとレンヤはランプを消してベッドに横になる。今日あったことを思い出しながら眠りにつく。レンヤにとっての初日が終わった。
『グウオォォォォォォォグウワァァァァァァァグガアァァァァァァァァ!』
何か獣が鳴く声で目が覚める。いそいで起き上がり下の階に降りてみるとオルガさんが朝食の準備をしていた。
「おや、今日は早いのレンヤ君。おはよう。」
「あ、あはようございますオルガさん。今の鳴き声は何ですか?」
「ん?ああ、あれか、グウガという鳥じゃよ。魔物じゃが人間に飼育されたもんであの鳥の卵は食えるじゃよ。」
「そういうことだったんですね、驚きましたよ。」
「はっはっは、まぁ最初は驚くが時期になれるじゃろ、ほれ、顔を洗ってきて準備を手伝っておくれ。」
「わかりました。」
朝食はパンにチーズなどであり、米はあるのかと聞いたら南の方にある国にはあるらしいがここでは輸入しなければ無いらしい。朝食を済ませて後片付けをし、刀をベルトに通す。
「なんじゃ、もう行くのかの?」
「はい、朝の人のいるギルドの雰囲気を味わっておきたいので。」
「そうか、あんまりムリするではないぞ。」
「ケガしてもオルガさんいるから安心ですね。」
「何を言っておる、今度から料金をもらうに決まっとるじゃろ。」
「これは怪我して帰ってこれませんね。」
軽口を言い合いながら村長宅を出発する。そのままの服でギルドまで行っても良かったが防具も着けてないため明らかに新人だと分かる。これでギルドに行くと間違いなく絡まれるだろう。テンプレ的に。
途中の商店街に服を売っている店があったので入ってみるとフードのついた黒いローブが売ってあったのでそれを買おうとすると銀貨五枚であった。
(やばっ、お金足りない...)
登録費で銀貨三枚使ったので手持ちが銀貨二枚しかない。しばらく悩んでいると女性の店員が来た。
「いらっしゃいませ、どうかされましたか?」
「いえ、その...」
さすがにお金がないとは言い出せずどう答えようかと悩んでいると店員がレンヤを見て言葉を発した。
「新人の冒険者さんですか...確かに銀貨5枚は新人さんでは厳しいかもですね。だいぶ売れ残っていたものですから銀貨二枚でいいですよ。売れなければ処分する品でしたから。」
「いいんですか?」
「これからもこのお店を贔屓にしてくれるならですけどね。」
営業スマイルでにこりと笑いレンヤを見る。
「そうですね、ではお言葉に甘えて。」
「お買い上げありがとうございます。」
銀貨二枚を渡してローブを受け取り、店を出る。
「はぁ~、かっこいい人だったな~。」
顔を赤くしてつぶやく店員の言葉まもちろんレンヤには聞こえていなかった。
店を出てローブを羽織る。フードまですると完全に顔が隠れてしまい不審者っぽくなるのでフードはかぶらずにギルドに行く。ギルドにたどり着き中に入るとギルド内は人であふれていた。みなさん高そうな鎧や剣、槍や弓矢など持っており、顔もいかつい人が多かった。男が多いのかと思ってたが女も何人かいた。
レンヤは掲示板の方に行き、依頼を見る。様々なランクの依頼があるがレンヤは昨日ギルドに登録したばかりのFランクで受けられるのも一つ上のEランクまでだ
(ここは無難にFランクの依頼をこなすか。でもFランクって薬草採取だけなんだよな...ん?)
掲示板の前で考えていると一つの依頼を見つける。
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ゴブリン討伐
・ランク問わず
・ゴブリン二体につき銅貨一枚
※この依頼は常時掲示されている依頼なので申し込みは不必要。
ゴブリンの右耳を持ち帰ることで討伐したとみなします。
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(これ面白そうだな...)
レンヤはFランクの薬草採取の依頼を適当に一つ掲示板からはがすと受付へと向かう。ちょうどウォルクさんの所が空いたのでそこに行った。
「おはようございます、確かウォルクさんでしたね。」
「おぉ、レンヤ君か、おはよう。依頼かな?」
「これをお願いします。」
レンヤは先ほどはがした紙をウォルクに渡す。
「ふむ、採取依頼かの。Fランクはいきなり討伐したがる者が多いがレンヤ君がそんな人でなくて安心したよ。受理するからギルドカード出してもらえるかな?」
レンヤはウォルクの言葉に冷や汗をかきながらポケットからギルドカードを取り出し渡す。ウォルクは依頼書とギルドカードを水晶にかざすとカードをレンヤに返す。
「これで受理できたぞ。期限は二日後じゃ。今回の採取はウル草という薬草で見たことはあるかな?」
「いえ、見たことないので図鑑で探そうかと思ってました。」
「ふむ、受ける依頼の薬草くらいは確認しておきなさい。」
ウォルクは苦笑いすると隣にあった本棚から本を一冊取り出しウル草のページを開く。
「ウル草は3枚の白い花弁の花が咲く薬草で今が採取の時期なんじゃ。」
そういうとウォルクはウル草の絵が描かれたページをレンヤに見せ、生息地などを教えていく。
(こんな薬草か...まぁ鑑定があるから見分けられるか。)
「分かりました。そういえば掲示板の所にゴブリンの討伐依頼があったのですがゴブリンとはどういう魔物ですか?」
「ゴブリンくらいじゃったら遭遇しても大丈夫じゃろ。」
ウォルクは植物の本を本棚に戻すと別の本を取り出し、ゴブリンのページを開きレンヤに見せる。
「ゴブリンは大きさ1mくらいの緑色の鬼で耳と鼻が長い魔物じゃ。知能は低い魔物じゃが3,4匹で集団で行動するとやっかいじゃ。冒険者の使っていた剣や弓を使って攻撃してくるが中には魔術が使える個体もおるみたいじゃ。二匹くらいじゃったらおぬしでも討伐できるじゃろうが三匹以上じゃったら逃げなさい、よいな?」
半ば脅迫に近い風にウォルクが言ってくるがまぁ何とかなるだろう。
「大丈夫ですよ。証拠はここに持って来ればいいんですか?」
「ここで良いぞ。初めての依頼じゃ、気を付けるんじゃよ。」
「大丈夫ですよ。では行ってきますね。」
レンヤはギルドカードを誰にも見られないようにローブの内側でアイテムボックスに収納する。
(薬草が取れるのは村から出て東の方の森だったな...)
レンヤがギルドから出ようとするときに事件は起こった。
「あぁ?お前いま俺にぶつかっただろ?」
「ひぃ、す、すみません。」
「は?なにがすみませんだ!うわーこれたぶん骨折れたわ、おまえ金払えよ。」
5人くらいの30歳くらいの武装した男たちがレンヤと同じような年ごろの少年を取り囲んで絡んでいた。
(うわー本当にいるんだ...まぁいいや、おれ関係ないし。)
日常的なことなのか他の冒険者たちも集団から距離を取り無視していた。レンヤも横目に見てギルドから出ていこうしたら絡まれている少年がレンヤの方向を向いて言った。
「あ、あのひと僕の知り合いです!!」
「「は??」」
思わずチンピラと声があってしまった。
「お前こいつの知り合いか?」
チンピラ1号がレンヤに聞いてくる。
「は?何言ってんですか、違いますよ。てか勝手に俺を巻き込まないでくださいよ。」
レンヤはさっそうとギルドを出ていく。
「あぁ?お前なに人様巻き込もうとしてんだよ!」
「す、すいませーん!!」
後ろから声が聞こえてきたが気にしなくていいだろう。