7.冒険者ギルド ○
玄関から外へ出ると予想していた通りのレンガ造りの建物が並ぶ光景が目に映る。村長の家は周りの家と比べると比較的大きな方であった。住宅街を彷彿させるように大通りの両サイドには2、3階建ての家が道に面して並んでおり、村長に言われた通り右方向にまっすぐ進んでいく。
通りを歩いていると住宅街と商店街を分けるかのように立つ木でできた門があり、門をくぐると道の左右に店が並ぶ区画へとたどり着いた。日本の東京といった人が密集するところほどでは無いにしろ、道には多くの人が歩いており、買い物をしている親子や鉄のような素材でできた鎧に剣や斧を持ち武装した人、言い争いをしている人などが見受けられた。特に周りから注目されることなくそのまままっすぐに進むと家5軒ほどの幅で4階建ての大きな建物の真正面へとたどり着く。
"冒険者ギルド マラン村支部"
確かに日本語ではない文字で看板が書かれている。三角形などの図形を組み合わされてつくられた文字に違和感は感じるが読み取ることはできた。
「これが言語理解のスキル効果か。文字書くのが大変そうだな...」
これから文字の練習をしなければならない憂鬱感をいだきながらギルドの建物のドアを開ける。
一般的な展開としてギルドに酒場が併設されており、レンヤのような新人は酒に酔った冒険者に絡まれるのだろう。そんなテンプレが起こるのではないかと若干の不安感と期待を持ちつつレンヤはドアをくぐったが建物の中にはきれいに清掃された空間が広がっていた。受付けが4つ並び、壁には何か書かれている大量の紙が貼りつけられ、その他には順番待ちの人のためのものであろう椅子や上の階へと上がる階段があるだけだった。たとえるなら銀行の窓口のような整理された環境が広がっている。もう昼に近い時間だからだろうか、レンヤ以外には5人ほどしか人はおらず、ギルド内が広く感じられる。
レンヤは物珍しさに周りを見ていると大量の紙束を抱えた女性がレンヤに気付いたのか近づいてきた。
「こんにちは。本日はどうされましたか?」
「あ、ギルド登録をしたいのですが...」
「新規の登録ですね。ご案内します、こちらへどうぞ。」
彼女はレンヤを一番端にある受付へと連れて行った。
「ウォルクさん、新人さん連れてきましたー。」
「ん?おぉ、レイネか。登録するのは後ろの男かな?」
「はい、僕です。」
「それではあとはお任せしますね。では私はここで。」
「ありがとうございました。」
レンヤは軽く頭を下げるとレイネは歩いて行った。他の受付は若い美人と評されるような女性が座っていたがこの受付だけは違っていた。
「ほぉ、若いわりに礼儀がなっておるではないか。ギルド登録は初めてなのかな?」
ウォルクは見た目70歳に近い年齢であるにも関わらず筋肉は衰えておらず、戦士としての気迫を漂わせているおじいさんであった。
「はい初めてです。」
「では最初にこの質問用紙に書いていることに答えてもらうんじゃが字は読み書きできるかの?」
ウォルクに渡された紙には名前、年齢、使用する武器など書く欄があり、その下にこう書かれていた。
"いかなる怪我や呪いを受けようとも、戦闘により死亡することがあろうともギルドは一切の責任を負いません。また冒険者同士の揉め事にもギルドは一切関与しません。よろしければ下にサインしてください。"
「はい、大丈夫です。」
レンヤは紙と羽ペンを渡され、紙に書かれた質問事項に答えていく。字は読める、でもここで日本語を書いてそれが理解されるかという不安もあったがあえて日本語で書いてみる。ここはスキルが発動されることを祈ろう。
「書きました、どうぞ。」
ウォルクはレンヤから渡された紙に目を通す。
「ふむ、きちんと書かれているようじゃな。最後に書かれておるがギルドは責任を負わん。依頼を紹介するだけと思ってもらって構わん。ただしギルドや依頼人から直接依頼を指名される場合もあるが受けるかどうかはおぬし次第じゃな。後でギルドカードを渡すが無くした場合、再発行するには金貨一枚かかるからこれも注意するように。」
ウォルクは紙を後ろの方でデスクワークをしていた男性を呼んで渡し、何かを指示した。
どうやら書いた文字は相手もちゃんと読めるようになるみたいだ。優秀だなこのスキル。
「はじめての登録じゃから説明は必要かの?」
「はい、出来ればお願いします。」
「初めて登録した者は最初はFランクから始まる。依頼を一定数こなしていくとランクがE、D、C、B、A、Sと上がっていく。Sランクの上にZランクというものがあるらしいんじゃがこれは成る条件も公表されておらんし本部の本部長しか認定することができぬ。今のところ3人おるらしいんじゃがこれも公式に発表されておらんから事実か分からんがの。依頼は壁に貼られている紙から選んで受付に申し込み、受理されると受けられる。依頼にもランクがあって自分よりも一つ上のランクまでの依頼は受けることができる。ランクが上がるのと同じ様に一定数依頼を失敗すればランクが下がり罰金が発生するから注意するように。あとは何か質問はあるかな?」
「いえ、今のところは大丈夫です。」
「よろしい。カードはできたかの?」
ウォルフが先ほど紙を渡した男性が近づいてきてウォルクにカードのようなものを渡した。
「これがギルドカードじゃ。今回は登録料として銀貨3枚じゃが払えるかの?」
「あっ、はい、大丈夫です。」
ポケットから銀貨を3枚取り出してウォルフへと渡し、代わりにカードをもらう。
(村長さんから銀貨5枚もらっていたが2枚余ってしまったな...)
「最後に初心者用に訓練を受けることができるがどうするかの?」
「可能なら受けたいのですが...」
「金ならとらんから安心せい。おーいハルク、ちょっと頼めるかの?」
ウォルクは後ろを振り向くと違う男性を呼ぶ。
「はい大丈夫っすよ。なんすか?」
「ちょいとこの新人の教育を頼む。」
「了解っす。」
そういうとハルクはデスクワークをしていた机を離れるとレンヤの隣までやってきた。
「お前さんの教育をすることになったハルクだ。元凄腕の冒険者だ。」
ハルクは30~40歳くらいの男性だろうか、ニカッと笑っているが若いころ鍛えていたのであろうがっちりとした体格であった。
「凄腕といってもAランクまでしか上がらなかったじゃろ。」
ウォルクはため息交じりに言うがAランクまで上がったのはすごいことであった。
「Aランクでも十分すごいと思うのですが...」
「レンヤよ、こいつはSランクまで上がる実力はあったんじゃが」
「じいさんそんな昔のことはいいんだよ。ほらレンヤといったか、訓練してやるから行くぞ。」
ハルクはウォルクの言葉をさえぎるとレンヤを連れてギルドの裏へと向かって行った。ギルドの裏は広い空き地となっており、レンヤたちの他にも何人かちらほらといて、お互いに剣で打ち合ったり魔術の練習をしていた。
「得物は剣でいいか?」
ハルクが壁の方に置いてあった箱の中から剣を2本取り出す。箱の中には剣の他に様々な武器が入っていた。
「剣で大丈夫ですよ。」
レンヤは剣を受け取るとハルクと向かい合う。
「戦闘において大事なのは相手に勝てるかだ。勝てそうになかったら逃げろ。無謀な挑戦もいいが自分の命は大切にしろよ。」
なんてことのない一言であったがハルクがいうと何か重みを感じる一言であった。それからは剣の素振りから始まりある程度慣れてきたら軽く打ち合いを始める。日本にいたころ木刀や竹刀を持つことは何度かあったが、本物の剣を握るのは初めてであり苦労するかと思っていたが剣術のスキルのおかげか剣特有の重みも気にならず、自由に動かすことができる。聞いたところハルクも同様に剣術Lv3を持っておりAランクだとだいたいそれくらいらしい。Sまで上がるとLv4もいるらしいがめったにいないと言っていた。レンヤの性格もあってか剣との相性がいい。すぐにハルクと本気で打ち合えるほどの力がついていたが教育される方なのでレンヤ自身力を抑えることで本気は出さなかった。
ハルクが真正面からすばやく切りかかってきてその剣をレンヤの剣で左側にそらす。ハルクはそのまま自分の剣を右下にずらし左上に上げるように切りかかるが、レンヤは一歩下がり避けると剣を構えてハルクの首へと突きをしようとする。ハルクはそれをなんとか剣ではじくが剣の重みで体勢が崩れる。レンヤはそのままはじかれた方に一回転するとハルクの首元で剣を止める。だんだんと慣れてきたせいかハルクの動きが遅く見えてきたレンヤであった。1時間ほど打ち合いが続いていたがこの攻撃で終了となった。
「新人と本気出さないと相手にならないなんて俺も落ちたな...」
なんだかハルクさんがとても遠い目をしていたがまぁ気のせいだろう。
「ハルクさんは魔術使えますか?」
「ん?俺は使えないな。そもそも魔術自体使える人間は少ない。使える者もいるが貴族が多いな。その希少さゆえに魔術師は貴族に取り込まれるからな。まぁ庶民でも使えるやつもいる。魔術が知りたいのか?」
「えぇ、使えないと思いますが。(そこまで希少だったのか...ここでは使えないふりをしていた方が得策か。)」
「詳しいことは知らんが魔術の系統には6つある。火、水、土、風、光、闇、そして系統に含まれない特殊系もある。攻撃防御様々な使い方があるが光は浄化や治療系、闇は精神攻撃に特化していることが特徴だったかな。特殊系は創造や破壊なんかがあるらしいが昔話みたいなもんで今では本当に存在しているかさえ分からない。詠唱が必要で得意な魔術だと詠唱破棄できるやつもいる。俺の知り合いにも何人かいたからな。あとはなんかあるか?」
「魔法って知ってますか?」
「魔法?ははっ、それこそおとぎ話の世界だぞ。魔法は精霊と契約することで使えるってのが一般的な物語だな。本当に使える奴なんていないんじゃないか?そもそも精霊と遭遇するなんておとぎ話の中でしか聞いたことないからな。」
「そうなんですか。分かりました。」
「じゃ、訓練はここまでにするか。なんか質問があれば聞きに来い!」
そういうとハルクは箱の中に剣を戻してギルドの建物へと戻っていった。時間は昼過ぎといった感じだろうか、まだ空は明るく通りから賑わいを感じることができる。
「いったん村長宅に戻るか...」
そういうとレンヤは持っていた剣を元の箱に戻し、ギルドへ来た道を帰っていった。
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レンヤが村長宅へと戻っていくころハルクはギルド内のある部屋を訪れていた。
「本部長、突然押しかけてすみません。」
ハルクは誰もいない部屋の中で緑色に輝く水晶の前に膝をつき、頭を下げて話している。
「あなたが来るなんて珍しいですね。何かありましたか?」
「予言の者が現れました。」
「!!その人は今はどちらに?」
「まだ登録したばかりですので特に行動する必要はないかと。派閥に入っているようすもありませんので。」
「そうですね。今はまだ様子見ということにしておきましょう。」
「報告は以上となります。」
「ありがとうございます。今後も報告をよろしく。」
ハルクは深々と頭を下げる水晶の輝きが消える。それを確認すると水晶を隠し棚の奥に厳重にしまうと部屋を出た。
ハルクの顔は普段見せることのない真剣な顔となっていた。




