56. アベル伯爵護衛依頼32
短いですがご容赦を...
ベヒモス。
神創期、神により作られた人間側についた魔物のひとつ。
その大きさはあらゆるものより大きく、攻撃力防御力が高いことから人間では討伐不可とされた。
原始の森、ベルガルト神国に属していたとされるが、神国の滅亡と供に他の六神獣もろともその姿を現さなくなる。
死んだとされる説もあるが亡骸が見つかっていないため不明。
ー 魔物図鑑 第一巻 より抜粋 ー
「ベヒモス...生きていたのか...」
呆然とした顔のまま、呟くようにロベルトが言う。
「レンヤ...お前いったい何てもの召喚してんだ!」
ハッと正気に戻りレンヤを問い詰めようとロベルトがやって来るがそれに応じてかレンヤも一歩づつ後ろへさがる。
「いやー、まさかそんなのが来るとは思わないじゃないですか。」
レンヤの言っていることは正論なのだが誰しもそんな場合ではなく、伝説の神獣を前にどうすればいいか迷っている。
「とりあえず大きすぎるの何とかなりませんか?」
周りが唖然としているため、とりあえず大きさだけでも何とかならないか相談してみる。
こんな場合はミニ化するのが定番だとかいつもなら思うのだろうが、アベルは痛みと驚きで気絶し、これから来るであろう騎士団もベヒモス前にどうなるか分からないため、何とか騒ぎが大きくなる前に何とかしたくてレンヤも精一杯であった。
「ふむ、そうか。」
そう言った途端、ベヒモスがひかり輝きだんだんと小さくなると、一人の老人となった。
「まぁ、喋り方からしておじいさんだよな。」
レンヤは光がおさまりかけたベヒモスのシルエットを見てそう言ったが、嫌な予感が頭をよぎる。
それが何だったかのかに気づくとレンヤは左手でティアの目を隠すと右手でアイテムバックから予備のローブを取り出すとベヒモスへと投げつけた。
「服も用意しといてくださいよ!」
「ん?すまんすまん、ずいぶんと久しぶりにこの姿になったからか忘れとったわい。」
ベヒモスはゴソゴソとローブを羽織るのを確認し、レンヤはティアの目から手をどける。
といってもローブの下は裸のままなので帝都に着いたら服を買わなければと決意していた。
「何はともあれ、ほれ。」
ベヒモスはレンヤに近づくと握手を求めるように手を差し出す。
レンヤも何のことかと思いながらもそれに応じ握手すると、手の甲に痛みがはしる。急に来た僅かな痛みに驚いて手の甲を見ると、何かの模様が刻み込まれている。
「梵字?いや、幾何学的模様と言った方が正しいのか...。」
指程の大きさであるが黒く、何かが確かに刻まれたのであった。
「どれ、どうやら上手くいったみたいじゃな。」
ベヒモスはレンヤの手の甲を覗きこみ、確認するとその模様に触れた。
「さて、呼ばれればワシは参上しよう。まだ記憶が戻らぬなら今回はまだじゃろうしな。まぁ、いつでも気軽に呼んどくれ。」
そういうと、ベヒモスは光の粒となりレンヤの手の甲に吸収された。
あっという間に過ぎた一連の出来事から停止していた皆が動けるようになったのは、その後、騎士隊が到着したころであった。
「証人として城まで来ていただく。」
アベルたちを捕らえた後、騎士団の偉そうな人が、これまた偉そうに言った。
「被害者として、証拠を何かに書いて残さないといけないからな。そこの奴隷も同行してもらおう。」
そう言い終わると男は騎士たちが集まっているところへ戻り、アベル一行を馬車の荷台へと押し込み出発する準備を始めた。
「あいつが騎士団の団長でアラサイル家当主の弟だ。他の貴族と違ってちゃんと努力と実力で騎士団長まで上り詰めた男だ。まぁ、貴族とあって少し話し方が高慢なんだがそれ以外はいい奴だからな。」
同じく荷物をまとめて準備を完了させたレンヤ達の所にロベルトがやって来て言う。
「まぁとにかく帝都へ向かおうや。」
レンヤ達は決められた馬車の荷台に乗り込むとブレイアが全員乗っているかを確認し、それが終わると馬車は動き出し帝都へ向かい始めた。
帝都と呼ばれる帝国の中心部の都市まではおよそ三時間といったところであり、帝都に近づくにつれ、今までと比較にならないほどに高く、強靭そうな壁が見えてくる。
「やっと着くな。」
帝都をどこか懐かしそうに眺めるロベルトの顔を見てレンヤは聞く。
「自分と久しぶりなんですか?」
「あぁそうだな、一年とちょっとばかし前に帝都から王国に出て行ってから帰ってなかったからな...。」
「結局仕事って何だったんですか?知り合いから任されたって言ってましたが。」
「実は今回のような貴族、それもアベルだな、護衛依頼を冒険者ギルドに出したはいいんだがその依頼を受けた冒険者が消息を絶ったことが数回続いたんだ。それでおかしいと感じた冒険者ギルド帝国支部マスターが帝国皇帝に報告、皇帝陛下はその仕事を俺に任せたってことだ。だからアベルの野郎が動き出すまで王国で足止めをくらってたってことだ。」
「ん?ロベルトさん皇帝陛下と知り合いですか?」
何気ない会話の中に混ぜられていた不吉な言葉に引っかかった。
「ああ。同じ学院で同級生だったんだ。」
「そんな高い地位の人とまだ交流があるってすごいですね。」
「あ、言ってなかったか?俺爵位持ちだぞ?」
「...。」
今日も空が青いなと隣で大人しく座っているティアの頭をなでながら現実逃避する。
ティアもレンヤに撫でられている理由が分かってなかったが気持ちよさに目を細めたままとなっている。
「お前信じてないだろ?」
ジトッとした目でレンヤを睨んでくるがレンヤはロベルトの方を向かない。
「これを見たら信じるだろ。」
そう言うとロベルトはローブの内側から襟章のようなバッジを取り出すとレンヤに見せる。
「これは騎士階級章だ。先の王国との戦いでの功労を認められて受賞したんだ。」
見せられた章は騎士の兜の横姿と交差した二本の剣がモチーフになっていた。
「って見せられても知りませんよ。初めて見ますし。」
「...まぁそれもそうか。」
ロベルトは章を再びローブの内側に仕舞うと座りなおす。
「...帝都に戻ったら分かるさ。これでも帝都では有名だからな。」
どこか顔を暗くしていじけた様に言う。
「はいはい、期待しときます。」
レンヤもこれ以上言うのは面倒なので会話を切り上げて、残り少ない景色を楽しむため外へ視線を向けるのであった。
「こ、これは!ロベルト様ではありませんか!随分とお久しぶりでございます!」
帝都に入るための門に着き、門番の前で交通許可証を見せていたロベルトが門番の様子に満足したのか凄いドヤ顔をしてレンヤを見てくるがそれをスルーし隣にいた別の門番さんに冒険者カードを見せて通行の許可を得て門を通り過ぎる。
後ろの方でロベルトが何か騒いでいるが無視して先に通って待っていた騎士団のお偉いさんに今後の予定を尋ねる。
「これからどうすればいいですか?できれば宿屋の予約をしておきたいんですが?」
「そうだな、今から向かうって訳にもいかないからな。これから向かったとしても陛下はお食事に湯あみに忙しいからな。明日の朝に城に出てきてくれ。」
「まさか陛下にご謁見するわけでは...」
「はっ、貴様のような身分の低い奴が陛下に会うことなど出来るわけないだろ。城の騎士団の詰所に来てもらうだけだ。今からだと同じ城内という事で騒ぐわけにはいかないからな。陛下にご心配をおかけすることは出来ない。」
「いや、王ならそれくらいで気にはしないだろ。あいつは関わり合う奴以外には基本無関心だからな。そんなにうるさくしなければ大丈夫だろ。」
「貴様、いくら爵位があるからとはいえ陛下をそのように呼ぶことは許されないといつも言っているだろ。」
「そんな事知らないな。俺はこのしゃべり方のままでいいと王から直接言われているからな。」
門番の前を遅れて通り過ぎたロベルトが会話に入り込んでくる。
「そうでございますね...陛下は確か明日お忙しい身であったはずでございますので今日中に終わる用件ならばすぐに終わらせた方がよろしいかもしれませんね。」
その会話にブレイアが入ってきて会話が複雑になろうかとしていたが、ブレイアの言葉を聞いてアラサイルが納得した顔になる。
「ブレイア殿が言うならばそうなのだろう。おい、今すぐ来てもらおう。拒否権はない。」
そう言って部下にそのまま城まで向かうことを告げに行った。
「急に大人しくなりましたね。」
「私はアラサイル殿が騎士団長に就任する前から陛下の執事をしておりましたので陛下の心情は自分より私の方が理解しているはずだと信じているのでしょう。昔から私の考えを考慮してくれるのでございます。それよりとにかく城へ向かうとしましょうか。」
レンヤ達は再び馬車に乗り込むと馬車は城へと続く大通りを進んでいった。




