33.アベル伯爵護衛依頼9 -ティア過去3-
今回は少し残酷な描写が入っているかもです。
子供二人を連れているということもあり、走る速度は遅くなるため三人は逃げる人たちの後ろの方の位置にいた。そのおかげなのかだいぶ距離は開いているが先の方を走っている母親の姿を双子は見つけることができた。
白いドラゴンがブレスを吐く直前に両手を開いている母親の足元に大きな魔法陣が浮かぶ。距離が開いていて聞こえなかったが魔術の詠唱をしたのだろう。母親が開いていた両手を前に向けて手のひらをドラゴンに向けると魔法陣は粉々に砕け、光る粒子として空中に昇っていき、村と浮かんでいるドラゴンの中間地点で緑色の薄透明な壁のバリアを形成する。
その直後吐き出されたブレスがバリアに衝突し、バリアの届いていない部分の建物は吹き飛ばされたためその勢いの強さがうかがえた。母親の張ったバリアは最初はブレスに耐えていたが所々にヒビが入り、あと数秒で破壊されるという所にまできていたがちょうどブレスが止まる。母親はバリアを解除すると力なくその場に倒れこんだ。
「「母様!」」
母親が倒れたのを見て双子はつかんでいた女性の腕から手を放し走り出す。
「ちょっと!」
女性も母親から任せられていたため双子を引き留めるためにその後を追う。母親のもとにたどり着くとまだ先ではあるが小さく鎧で武装したグライズ王国軍、その先に宙に浮く白いドラゴンが見えた。
「まだ息があるわね!早く逃げるわよ!」
先に母親のもとにたどり着いていた双子は動かない母親が死んだのではないかとそばで涙を流していたが、後から女性が来てまだ生きていることが分かるとその顔から涙を拭いて立ち上がる。
「私がこの人を背負うから先に走って逃げなさい!」
そう言われ双子はうなずくと神殿の方向に走り出す。しかし数歩走り出して後ろを振り返ると母親の片腕を自身の首にかけて逃げるスピードの落ちた女性の後ろに確実にグライズ王国軍の兵士が近づいていることに気付く。
「ティナどうする?」
「どうしようティア...」
二人の所まで行きたいが自分たちでは何もできないことは分かっていたためどうしようか悩む。その間にも軍隊は近づいてきた。
「ティア、母様を引っ張ってあげよう!」
「わかったの!」
双子は二人の所へと戻ると下にぶら下がった状態となっていたもう片方の腕を前へと引っ張る。
「私たちのことはいいから先に逃げて!」
最初は手伝ってもらっていた王国軍の人たちがすぐ近くまできていたため女性は再度二人に逃げるように言う。
王国軍はきれいに整列したまま村の大通りを行進しており四人のすぐ近くにまで来る。双子は腕から手を放すと逃げずに母親と女性を守るように軍との間に立ち、ここは通さないと主張するように両手を横いっぱいに広げた。
軍は双子の前まで来ると立ち止まる。すると列が左右に分かれ、その間を金色の豪勢な鎧を付けた40代ほどの人間族の男性が歩いて双子の所まで来る。
「止まったから何事かと思えばただのガキじゃねぇか。へぇ、でも後ろの二人は上玉だな。ガキも成長すれば高く売れるしこのままでも貴族連中は喜んで買うだろ。おぃ、奴隷の首輪まだ残ってるか!」
男性がそういうとその後ろに控えていた20代前半ほどの男性ため息をついて答えた。
「サムル様も貴族じゃないですか。それとさっき捕まえたのに使ったので最後になりましたよ。」
「ちっ、しょうがねぇな。こいつらひもで縛っとけ。」
サムルは舌打ちするとそう指示を出して興味が無くなったように後ろの方へと戻って行った。
それと入れ替わるようにひもを持った兵士が何人か近づいてくる。
「おっ!今回はなかなかいいじゃないか。」
「こっちの子供も将来有望だろうな。まぁ、子供の獣人を飼うなんて物好きは貴族様しかいないけどな。」
「おぃ、無駄口たたいてないで早く縛れ。」
だらだらとしゃべりながら兵士が近くまで来た。最初は近くにいたティアが腕を捕まれた。
「いや!離して!」
ティアの叫びを聞いて思わずティナが手を伸ばすが女性に腕を抑えられる。獣人といえどまだ子供なので王国軍兵士に勝てるわけではないがティアは腕を振り回すことで抵抗をする。
「おい!騒ぐな!」
ティアの腕をつかんでいた兵士は一旦腕から手を放すと力いっぱいにティアの頬を殴った。
「...」
ティアは殴られた勢いで地面に倒れるが何が起こったのか理解できずに自分の殴られた頬を手で触れて黙り込んだ。兵士はティアが静かになったのに満足すると再びロープで拘束しようとする。
「おぃ、せっかくの商品に傷つけるなよ。」
別の兵士が笑いながら言う。
「どうせ買われる前に治癒魔術できれいにするんだから関係ねぇよ。それに今さら言うことかよ。」
「だな。」
兵士はティアを縛ると地面に転がし腹を思いっきり蹴る。ティアにはもはや抵抗する気はなかったが兵士は複数人で体を蹴る。
「ねぇ!ティアが死んじゃうよ!早く止めないと!」
最初は黙ってみていたティナがティアが口から血を吐くのを目撃し、女性に叫びながら言う。
「あ?なんか言ったかガキ?」
ティアを縛った兵士とは別の兵士がティナの叫び声を聞いてティナたちの方に近付いてくる。
「獣人が人間様にたてつくんじゃねぇよ。」
兵士は片足を浮かして後ろに引くと思いっきりティナの腹をめがけて蹴るが女性がティナを前から抱いて守ろうとする。蹴られた勢いで二人そろって後ろへと飛ばされる。
「ちっ、邪魔すんな。」
兵士は標的をティナから女性に変えて女性を蹴る。女性は抵抗せずに苦痛に顔を歪めながら耐えていた。
母親はまだ気を失ったままである。
「誰か...助けてよ...」
どうしようもない状況に追い込まれ、ティナは泣きながら頭を地面につけてそう呟いた。
「さすがに誕生日にこれはかわいそうだね。助けてあげようか?」
急に声が聞こえた。若い男性の声であった。ティナは思わず顔を上げてあたりを見渡したが目の前の悲惨な状況は変わっていなかった。
「だ...れ...?」
「ティナさんはみんなを助けたいんでしょ?僕が言うように詠唱してごらん。」
ティナは姿なき相手に聞くが返事はなかった。
「君が従わないとみんな死んじゃうよ?」
男性の声は兵士のようにあざ笑うものではなく、どこか聞いてて落ち着くような声だった。
「分かった...の...」
「うん、いい子だ。これは今の君なら一回しか使えないからちゃんと狙いを定めてね。」
「うん...」
「じゃあいくよ。"火を以って蹂躙し、なぎ倒し"」
「"火を以って蹂躙し、なぎ倒し"」
急にティナの下に魔法陣が形成され光り輝く。異変に気付いた女性を蹴っていた兵士が再びティナを蹴ろうとするが魔法陣の境界上に結界が張られているのか壁を蹴るような鈍い音をたてるだけに終わり、蹴るたびに結界とぶつかる鈍い音があたりに響く。
「"切り殺し、燃やし尽くし"」
「"切り殺し、燃やし尽くし"」
結界が壊れて兵士が蹴ってくるのではと両目を強く閉じて恐怖に耐えながら詠唱を続ける。
「"余すことを許さず、すべてを滅ぼし"」
「"余すことを許さず、すべてを滅ぼし"」
「"敵の血を対価とし、顕現せよ、フレイムリーパー"」
「"敵の血を対価とし、顕現せよ、フレイムリーパー"」
詠唱が終わりゆっくりと目を開けるが変化は起こっておらずすべての兵士がティナに武器を向けていた。
「何も起きない・・・ 」
何も起きておらず失敗したのではないかと顔を青くしたが再び声が聞こえる。
「さあ、君の敵を指さしてごらん。」
ティナはゆっくろと腕を上げると前方にいる軍隊を指さす。
直後ドラゴンのブレスを連想させるような勢いのある炎が指先から放たれる。よく目を凝らすと炎の中に燃え盛る赤いローブ、手には炎の大きな鎌を持つ死神の後ろ姿が見える。炎がおさまると死神だけが残り王国軍の兵士は時間が止まったかのようにピクリとも動かない。
死神はゆっくりと前方に動き出したかと思うと徐々に速度を上げていき、王国軍の兵士の列の中心を風が通り過ぎるように流れていく。
死神が見えなくなると突然すべての兵士が燃え上がり、5秒ほどで武器や鎧関係なくすべて黒くなった状態となって炎が消える。その後風化するように砂となりその場に崩れ落ち、大通り一面が黒い砂で覆われた。
ロープは燃えてしまったのか、身動きが取れるようになったティアが起き上がる。
「ティナー!」
ティアは助かったことに安堵し涙を流し、ティナの方に走り寄る。ティナはティアが無事なのを確認すると急に体の力が抜けてその場に座り込むと地面に倒れた。
「ティナ!」
ティアは近くまで来るとティナの上半身を抱き上げる。
「大丈夫なの?どこか痛いの?」
「ちょっとマナを使いすぎちゃっただけだから寝てれば元気になるよ。」
ティアに男性の声が聞こえる。
「誰なの?」
「それよりもまだ敵がいるんじゃないの?」
敵と言われ、ティアはあたりを見渡す。そしてティナよりも後ろにいたため標的から外れた女性とティナを蹴っていた兵士が一人残っていることに気付く。兵士は腰を抜かしており呆然としていた。ティアと目が合うと殺されると思ったのか立ち上がると足をガクガクと震わせながら腰の鞘から剣を抜き、震える手で構えるとティアの方へと斬りかかってくる。ティアはティナを寝かせると通りの中央へと移動し兵士を迎える。兵士はよほど気が動転していたのか剣捌きが大雑把になっておりケガを負ったティアでも簡単に避けることが出来た。最初の一太刀が避けられると兵士は剣を振り回しながらティアに近づく。
「何をすればいいのかティアさんになら分かるよね?」
剣を避けているとまた声が聞こえてくる。
ティアは剣を避けながらタイミングを伺う。兵士の真正面に立つように剣を避け続けていると兵士は剣を頭の上に大きく振り上げてから下ろす。ギリギリまで待ってから横に避けると剣は地面に剣先が刺さり、わずかな隙がうまれた。
ティアは剣を持つ兵士の腕に軽く触れるとティアの全身にあった傷がなくなり体の内に力が湧いてくる感覚がした。気づいた時には兵士はその場に倒れており息をしておらず死んでいた。
「そう、それでいいんだよ。でも今回は無理やりスキルを解放したからちょっと面倒くさいことになってしまったね。」
「あなたは誰なの?」
ティアはあたりを見渡しながら見えない相手に尋ねる。
「おっと、これ以上は君たちの神様に見つかってしまうからここまでかな。まだ敵が一人残っているみたいだけどそれは君たちの国の軍に任せても大丈夫かな。また機会があれば会おうか。」
何かが離れていく感覚がして見えない相手がいなくなったことが分かった。そしてまだ一人残っていると言われたため探してみるが誰もいない。しかし遠くにいる白いドラゴンが再び動き出すのが見えた。白いドラゴンは再び口元にマナを溜め、ブレスを吐く準備をする。ティア以外は誰も動ける人はおらずティアは何もできないことは分かっていたが三人の前に立つと両手を横に広げて三人を守るように立ち白いドラゴンを睨みつける。
白いドラゴンがブレスを吐きだす直前、突如後ろから炎や水で出来たランスや小さい竜がティアの上空を通り過ぎて白いドラゴンへとぶつかる。何が起こったのかと後ろを振り返るとティアと三人を分けるかのように母親が張ったような障壁が展開される。三人のもとへと戻ろうとするが障壁がティアの行く手を阻む。右手でこぶしを作り障壁を叩くが壁を殴るような感覚がするだけでびくともしない。どうしようかと後ろを振り返ると白いドラゴンがブレスを吐く直前だったようでティアの上空を今度はドラゴンのブレスが通り過ぎ障壁にぶつかる。ティアに直撃はしなかったが障壁にぶつかったブレスの行き先をなくした勢いは周りの建物を破壊しその破片を左右の上空へと飛ばす。小さいティアもその勢いに飛ばされて宙に浮かぶ。最後に見たのは村の中心部から母親たちのもとへと向かってくる軍隊の姿で、それを見た後柱の木材か何かがティアの頭に直撃し意識がなくなる。
意識が戻ると森の中の木の枝に引っかかっていた。幸いどこもケガをしておらず、木から降りてあてもなくさまよっていると獣人の村にたどり着く。門番に事情を説明してから村の中に入れてもらうと、戦争とは縁のないような平和そうな景色が目に入る。気づくと目から涙がこぼれており拭っても次つぎに涙があふれてきた。
「君、大丈夫かい?」
心配してくれたのか若い男性が声をかけてくる。
「はい...大丈夫です...」
そう答えるが泣き止まないので男性はティアの頭を撫でようと手を頭の上に乗せる。すると急にその場でよろめいたと思うと倒れた。
「大丈夫かい!」
その様子を見ていた人々が男性に近づく。
「なんだ!何事だ!」
「誰か治癒師を連れてきてくれ!」
「君はこっちにいらっしゃい。」
ティアは状況についていけなかったが突然年配の女性に腕を引かれる。するとその女性もよろめきティアから手を放す。
「大丈夫?」
ティアが聞くと女性は脂汗を浮かべながらも笑みを浮かべ答える。
「えぇ、大丈夫...よ..」
そう言ったあと足元にあった石に足を滑らせてその場にこけた。そしてぐったりとして動かなくなる。
「おい!こっちも死にかけてるぞ!」
「一体何が起こってるんだ!」
「あいつが原因じゃないのか!」
「獣人の姿をした魔物に違いない!」
話はどんどんと膨らんでいき気づけばティアは村人たちから石やら木材を投げつけられていた。
「違います!私は獣人です!」
「嘘だ!魔物に違いない!やってしまえ!」
ティアは頭を手で覆いその場にしゃがみ込むが、再び頭に衝撃を受けて意識をなくす。
再び意識が戻るとどこか知らない森の中で体に何重もの布を巻かれており、その周りには何人もの人間の男が倒れていた。
「やっと気が付いたかガキ。急だがお前は奴隷になったからな。」
首に違和感を感じ手で触れると自分に首輪がつけられていることに気付く。
「それは奴隷の首輪だ。俺は奴隷商じゃねぇからつけることしかできねぇが従属スキルを持つ奴しか外せないからあきらめろ。」
確かに手で外そうとしても外せない。
「ったく、結構な上玉捕まえたと思いきや何重にも布巻かないとお前に触っただけで死ぬとかどんな呪い持ちだよお前。」
盗賊のボスはそういうと手に持っていた瓶から酒を飲む。
これから6年続くティアの奴隷生活が始まった。
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私用につき来週の更新は日曜ではなく水曜へ日付が変わる時間にしたいと思います。
誤字等ありましたら感想欄によろしくお願いいたします。




