32.アベル伯爵護衛依頼8 -ティア過去2-
「今から数千年前、まだこの世界を主神様がつくって間もないころのこと。世界中にまだ自然があふれ動物と人間のバランスが保たれていたころの話。増えすぎた動物を調節するために主神様が人間を創りましたがそれでは間に合わなかったため獣人が誕生したと伝えられています。」
誓いをたてて魔術特性を測定するだけだと思っていたら最初にこの国についての歴史を聞くことになった。
ティナとティアは最初こそは目を見開いて聞いていたが、昔から何度も何度も母親から聞いたことがある話であるのに加え、前日からのワクワクでいつもより睡眠が浅かったため睡魔と戦いながらコックリコックリと舟をこいでいた。
話をしていた男性は儀式での毎度恒例の出来事なので起こそうとはせず、ほほえましい光景にクスッと笑みをこぼすと話を続けた。
「その後獣人はベレスティ様を獣人の神様として崇拝するようになりました。ベレスティ様に関しては二人とも話は聞いたことはありますね。」
突然話を振られて二人はビクッと驚いて目を覚ますとこちらを見て微笑む男性と目が合う。
「知ってるよー。勇者を召喚したり大結界を作った神様でしょー?」
ティナは若干寝ぼけながら答える。
「そうですね。では質問ですがなぜ獣人は我々を創造した主神様を崇拝しなかったんでしょうか?」
この質問に関しては二人とも首を傾げた。何度か気になったことはあったがたいして興味もなかったため誰にも聞いたことが無かった。
「これは知らないみたいですね。確かにほとんどの人が興味ないとこですから。他の村ではどうかは知りませんがこの村では語り継いでいますのであなたたち二人には知っていてほしいんです。」
ニコニコしていた男性の顔が少しまじめになったため二人は背筋を伸ばして話を待つ。
「ははっ、そんなかしこまらなくてもいいですよ。獣人がこの世界ヴィルダに創造されて知性を持ち、集団で動くようになったころ主神様は一度この世界に降臨されました。そしてその集団をまとめていた獣人に会うと自分たちの宗教を創るようにおっしゃいました。最初は主神様を崇拝しようという声もありましたが本人がそれを禁止したためベレスティ様を創造しました。」
「なんで禁止したのー?」
「信仰する人が多い方が神様としてはいいんじゃないのー?」
「なんでかはいくつか推測がありますが本当はなぜなのかは誰も知りません。ベルガルト神国についての話は聞いたことありますか?」
「知ってるよー!グライズ王国に滅ぼされた国でしょー?その国がどうしたのー?」
「ベルガルト神国は主神様を信仰したただ一つの国とされています。そして滅ぼされた。主神様の加護が施された場所やものはいくつかありましたがベルガルト神国が滅びる少し前にすべての加護が無くなりました。これはどうしてかわかりますか?」
「主神様がいなくなったの―?」
「神様も死ぬの―?」
「死んだかは分かりませんがいなくなったのは確かと考えられています。この世界を捨てたのかもしくは隠れなければならない出来事が起きたのか。今となっては確かめる方法はありませんがね。ただベルガルト神国の王が殺された後、すぐにベルガルト神国領土内にいた他国の人はすべて領土外へと強制転移させられ、領土境界線に沿って森が形成され、その森の中にはランク10と推定される魔物が現れるようになりました。コレが王の呪いなのか主神様の力なのかも分かっていません。」
男性は苦笑いするとそう話をまとめた。
「でもなんでこんな話を伝えているの―?」
「そーだよ?人間の国は怖いとこだって母様も言ってたよー?」
「そうですね。一般に人間は我々獣人、いえ、他種族を良しと考えていません。しかしベルガルト神国の人間は我々を助けてくれました。もともとグライズ王国と戦争をしていたのは我らフィルスト獣人国でした。ある日残っているのがフィルスト獣人国の首都一つとなるまで侵攻され滅びるまでもう少しという所でベルガルト神国は連絡なしに救援を送ってきました。最初はグライズ王国と共に滅ぼしに来たのかと思っていたそうですがベルガルト神国軍は占領された村々と捕虜を解放し、フィルスト獣人国領土外までグライズ王国軍を退けたそうです。我が国は何が起こったのか分からなかったみたいですよ。ただベルガルト神国が味方に付いてくれたことしか理解できなかったと文献に書かれています。その後数日たってからベルガルト神国の王が直々にフィルスト獣人国首都まで来て当時の獣王に会ったそうです。獣王は聞いたらしいですよ。「どうして助けてくれたのか?」と。すると神王は答えたそうです。「我らが主神がそう望んだからです。後は我らベルガルト神国に任せて再建を急がれてください。」と。我々獣人は身体能力は高いが魔術適正が低いという種族です。そして受けた恩は忘れない種族です。いつの日かベルガルト神国が復興するならば我々はそれを助ける義理があります。そのことを覚えておいてほしい。恩を受けたままですからね。」
「「分かったー!」」
二人は大きく返事をした。
「さて、硬い話はここまでにして誓いの儀に移りましょうか。二人ともこちらまで来てください。」
男性は手招きをすると二人を呼んだ。
二人は祭壇の前まで来ると壁に貼られたオレンジの生地に赤い糸で大きな木を中心に動物が周りにいる刺繍がされたフィルスト獣人国の国旗の前で止まる。
「国旗の前に左膝をついてしゃがんでください。そして右手を握って拳にしてそれを右胸に当ててください。」
二人は言われた通りにし、次の指示を待つ。
「そのあと目を閉じて私の言葉を繰り返してください。"我らが神ベレスティ、我を守りて加護を与えください。"」
二人は目を閉じて言葉を繰り返した。
「「"我らが神ベレスティ、我を守りて加護を与えください。"」」
するとすぐにお腹のあたりに何か暖かい感覚があった。二人は目を開けると男性の方を向く。
「その様子では無事に加護が与えられたみたいですね。では魔術適正を見ますのでこの水晶に触れていただきます。」
男性はいつの間にか手に持っていた水晶を祭壇に置くと二人に立つように促した。
「どちらから計測しますか?」
「ティア、先にいい...よ?」
「ティアは後でいいからティナ先測って...いいよ?」
「いやいや、先どうぞ...」
「ティナはお姉ちゃんだから先に測るでしょ?」
「うぅ...」
「どうやらティナさんからみたいですね。」
最初はお互いに譲っていたがティアから"お姉ちゃん"という言葉を言われるのに弱いらしく、ティナから測定することとなった。
「この水晶に軽く触っていただくだけでいいですよ。」
祭壇に置かれた直径20㎝ほどの透明な水晶にティナは手をゆっくり近づける。手が水晶に触れそうになる距離になると意を決したように目を強く閉じて水晶に触れた。
水晶は球の中に雲のような白いもやが発生するとそれが渦を巻く。そしてそのもやの中から赤と緑の光る玉が現れた。
恐るおそる目を開けて水晶を見て、手を触れたままティナは男性の方を不安そうに向くと男性はニッコリと微笑んで言った。
「おめでとうございます。ティナさんは火と風の属性に適性を持つようですね。」
ティナは男性の話を聞くと俯いて肩を震わせたかと思うと水晶から手を放して両手を上に挙げて叫んだ。
「やったー!!」
ティナの顔には満面の笑みが咲いており、とても喜んでいる様子がうかがえた。
ティナはくるっと振り返るとブイッとティアに向かってピースをした。
「次はティアの番ね。頑張って!」
「う、うん!」
ティアは両手で握りこぶしをつくると気合を入れて返事をした。
「ではティアさんよろしく願いします。」
ティアはぎこちなく歩きながら水晶の前まで来るとゆっくりと水晶に触れる。
ティナの時と同様に水晶内にもやが生じ、ゆっくりと渦を巻く。そしてもやも中から黄色と紫の光の玉が出現します。
「これはなにー?」
話に聞いたことのない紫の玉が現れたことから不安になり男性を見る。
「これは...土属性と...スキル玉かな?」
「スキル玉?」
「もともとこの魔術適正検査は誓いをたてた後にベレスティ様が与えた魔術などの加護を見るものなんだよ。だから一般的に6歳になって誓いをたてないと遺伝などで強く伝わらない限り魔術の適正は無いはずなんだよ。そして魔術の他にベレスティ様はスキルの加護を与える場合もあるんだよ。でも初めて見ました。噂には聞いてましたがこんな色なんですね。」
「スキルって大きくなって狩りとかしたらつくんじゃないの?」
「この時に表示されるスキルっていうのは大人になってから取得できるスキルとは違うんだよ。大丈夫、ティアさんも十分すごいですよ。」
本人は気づいてないようであったが、ティアがティナと違って魔術適正が一つしかないのを残念がっている
顔を見て男性はそう言った。
「なんのスキルなのー?」
まだ不安そうな顔をしたままティアが聞いてきた。
「これは大人になって、というよりも成長してみないと分かりませんね。でも他に誰も持っていないようなスキルでしょうね。二人ともとてもすごい結果になりましたね。」
男性は穏やかに笑うと二人に向けて言い、ティアも納得したのか振り返りティナの隣に戻った。
「さて、そろそろお母さんも戻ってくるからもう少し待って...ちょうどいいタイミングだったみたいですね。」
タイミングを見計らったように母親が出てきた。
「ちょうど終わったみたいね。家に帰りましょうか。」
「「はーい!」」
そのあと神殿の前で男性にお礼を言い、三人は帰るために来た方向とは逆に家の方向へ歩き始めた。
歩き始めて数分程だろうか、村の中が急に騒がしくなり多くの人たちが村の中心部へと走って行っている。
中には今朝会った見知った顔もあり、母親が何があったかを尋ねた。
「一体何があったのですか?こんなにみなさん急いで。」
「三人とも急いで逃げて!村の門がグライズ王国の軍に破られたわ!今駐在していた獣人軍が応戦しているけど人数が圧倒的に違いすぎるわ!」
それを聞いた母親は顔を青くし、その女性の腕をつかむ。
「すみません!この子たちをよろしくお願いします!」
「ちょ、ちょっと!何をいっ...。」
女性は母親に何かを言おうとしたが母親は服のポケットから何かを見せると女性は口を止める。
「お願いします。」
「分かったわ。でも無茶したらだめよ!」
母親は二人の方を向くと言った。
「私今から行かないといけない急用が出来ちゃったからさっきまでいた神殿に逃げなさい。いいわね。」
いつもと違う母親の様子に双子は頭が働かず、何も言うことができなかった。
「行ってくるわね。」
母親はそう言うと少し悲しげな顔を見せて走って村の門の方へ人の流れとは逆向きに走っていった。
「はやく逃げるわよ!」
双子は女性に手をつかまれて神殿の方へと走り出した。
「母様どうしたの?」
ティナが女性に尋ねた。
「グライズ王国が攻めてきたの。救援が来るまで籠るしかないわ!」
駐在している軍では足止め程度にしかならないようだ。
「でも母様まで行かなくても...」
「あの人神使い軍の人だったのね。大丈夫よ。」
「神使い軍?」
聞いたことの無いワードに二人は走りながら首をかしげる。
「なんだい、二人とも聞いてなかったのかい。神使い軍はこの国で一番強いって言われている軍だよ。身体能力と魔術両方で優秀でなくてはならないからねぇ。」
「じゃあ母様大丈夫なの?」
「なの?」
「だいじょう...ぶ...かな?」
後ろで大きな音が聞こえた。道を走る人全員が振り返るとそこには大きな白いドラゴンが現れていた。
大きさを例えることすらできないほどの大きな白いドラゴンであった。
「さすがにあれはちょっと厳しいかもねぇ...」
道行く人の顔が暗くなる。その場にうずくまる人も出てきた。
「あれ何か知ってるの?」
「怖いものなの?」
呆然としている女性の両手を引っ張りながら双子は聞いた。
「まさか神代を出してくるとはねぇ。」
双子がもう一度後ろを振り返ると白いドラゴンの口から村全体を一気に焼けるほどのブレスを吐き出そうとしていた。
誤字等ございましたら感想欄によろしくお願いいたします。




