30.アベル伯爵護衛依頼6
レンヤの片目は瞳の色が変わり魔法陣が浮かぶ。
隠密のスキルで姿を隠していた盗賊がレンヤの後ろから剣を振りかざしたが、レンヤは鞘から刀を抜いてそれを受けるとそのまま押し返した。
姿は見えていないはずであったが魔眼を通してその姿は捉えていたため避けるのは簡単なことであった。
「いやー、クズほど殺りやすい人間はいないねー。」
火属性で出来たランスを後ろにいる盗賊に二本、イルドと呼ばれた盗賊とボスにそれぞれ一本ずつ放つ。
「うっ!」
「あがっ!」
距離が近いということとランスが飛んでいく方向を向いていたため盗賊からしたら予想が出来て眼で追えなくはなかった。しかしスピードが速かったため後ろにいた盗賊は右脇腹と右太腿に貫通してポッカリと開いた穴が開き、消していた姿が現れ、イルドは左腕を吹き飛ばされた。ボスは飛んできたランスをマナをまとわせた右手で殴り、威力を相殺させることでランスを消滅させた。
「クソが、随分と厄介なガキが来てしまったなぁオイ!」
ボスが相殺しきれずに火傷して黒くなったこぶしを見ると自身を奮い立たせるためか大声で叫ぶように言った。
「サファン!イルド!勿体ぶるな!回復薬だろうが何でも使っちまえ!」
サファンと呼ばれた後ろにいた盗賊とイルドはポーチ型のアイテムバッグから液体の入ったフラスコを取り出すと傷口にかけた。するとサファンとイルドの傷口から流れていた血が止まり止血される。ボスも自分の手にかけると火傷の跡が無くなっていく。
「また面倒なの相手にしてしまったな...」
レンヤはその状況を見てそうつぶやくと、さてどうしよか、と考える。ボスはそんなレンヤを見てどんなに攻撃しても無駄なのではないかとひるんでいると勘違いした。
「へへへっ、どうやらあんたも打つ手が無いみたいだな。」
ボスはレンヤの顔を覗き込むように見るとバカにするように笑う。
「今なら土下座する程度で許してやるよ。」
「随分と寛大な対応ですね。」
「お前は使えるやつだ。幸い俺らには奴隷用の首輪のあまりがあるから俺らでお前さんを飼ってやるよ。」
「残念ながらMな性癖は持ち合わせてないので遠慮します。」
レンヤはそういうと右足にマナを集中させ、かかとでトントンと軽く地面を打つ。するとレンヤを中心にマナが広がり盗賊3人の両太ももを貫通するほどの大きさ、長さの土で出来た棘が地面から生えてくる。ご丁寧にバラのような棘があり、抜くこと、折ることは不可能な状況となっていた。
突然の不意打ちによって三人とも太腿を貫かれ、苦痛を我慢したような声が響く。
レンヤは後ろを振り向くと隠密で姿を隠すことができるサファンへと近づいていく。
「申し訳ありませんがあなたは厄介なので先に殺りますね。」
「い、いやだ...やめろぉぉぉ―――――――!」
サファンは足が動かず逃げること避けることは困難と判断し、両手を顔の前でクロスさせることで無駄と分かっていてもレンヤの刀から身を守ろうとする。
レンヤは刀にマナを浸透させ横一直線に刀を振った。刀はマナによって切れ味が向上し、顔を守ろうとしたサファンの抵抗をあざ笑うかのように両手首と頭を切りおとした。ゴロッとサファンの手首から上の手と頭部が落ちることで自分たちも同じようになるのではないかとボスとイルドは考え、何とかして逃げだそうと足を棘から抜こうとするが動くほど傷口から血が棘を通じて地面へと広がっていた。そもそもレンヤが地下へと続く唯一の出入り口にいるためこの空間から逃げること自体困難なことであったがそんなこと考える余裕がないほど二人は焦っていた。
サファンの持っていたアイテムバッグからギルドカードを見つけだすと「よいしょっと」と言いながらレンヤは立ち上がり二人の方へと視線を向けた。
「さて、お次はどちらがいいですか?」
顔の上半分はフードを被っていて見えないだろうがサファンの返り血がついた口元をニッコリと笑わせた姿は二人にとってはまるで死神のように思わせたことだろう。
「こ、降参だ!降参するから殺さないでくれ!」
「お、俺もっす!」
ボスとイルドは先ほどまでの態度を一変させてレンヤへと頼んだ。
「今降参したところであなたたちはどうするんですか?このまま帝国に連れて行ってもギルドカードに盗賊の表示があったら奴隷落ちするのではないのですか?」
レンヤはサファンの血が付いた刀を振って血を飛ばすと鞘にしまった。
「どうにかそれだけは勘弁を!見逃してください!」
「って言われてもねー。あなたたちが今後犯罪をしないとは言い切れませんし。」
「それはそうですが...とりあえずこれ痛いんで解除してもらえませんかね。」
ボスは手で太腿に刺さった棘を指さしながら言う。
「そういえばボスさんは魔術が使えるんですか?最初の攻撃相殺されましたけど。」
「へい、軽くなら使えますよ。と言っても火属性の杖を使わなくても使えるくらいの初級のいくつかだけですけど。そういえばお兄さんも杖使わないで魔術が使えるんですね!すごいですよ!」
ボスの変わりようにあきれながらもレンヤはボスたちの方へ近づいていく。するとボスはイルドに目配せをする。
「あ、あの!お、お兄さんはど、どこ、どこから来たんですか?」
今度はイルドがすごく噛みながら話しかけてきた。先ほどの目配せはレンヤの不信感を払拭するために話しかけろという意味だったのかとレンヤは考えた。
「王国にある小さな村ですよ。それにお兄さんってあなたの方が年上ですよね?」
「え、えっと...えっと...」
どうやら話題が尽きたらしい。ボスの方を向くとボスの口の周りにマナが集中していることが魔眼を通して見えた。
「”火を以って敵を焼かん、ファイア”」
ボスは小さな声で素早く詠唱すると口から火を噴きだした。
何か来ることは予想していたのでレンヤは目の前にマナの球体を作り出す。ボスの噴き出した火はレンヤの作った球体にぶつかると球体の中へと吸収された。
「さて、どういう訳かな?」
先ほどと同じようにニッコリと笑いながらボスを見る。ボスは口の周りに杖なしで魔術を行使した代償なのか、重傷と判断できるほどの火傷が広がっていた。
「回復薬を使ってもう一回治せないんですか?」
ボスは打つ手が無くなったようで遠い目をしていた。どちらにせよあの火傷ではまともにしゃべれないであろう。
「盗賊をしていれば捕まることなんて何回もありました...」
ボスがしゃべれないと判断しイルドが説明しだした。
「俺ら盗賊を拘束するとたいていの奴は満足して油断します。他の盗賊が会話して油断をさせているうちにボスが先ほどのように顔に向かって攻撃してそのうちに反撃、もしくは逃亡するはずでした。ですが今回はもう無理そうですね。」
「誰がお゛ばえなんがにあだまさげるが...(誰がお前なんかに頭下げるかボケェ!)」
ボスは上手く使えない口で何とかそれを言うとレンヤに向かって唾を飛ばす。レンヤには届かなかったが「やってやったぜ」とでも言わんかのような顔をしていた。
「そうですか残念です。」
レンヤは感情を表さず淡々と言うと二人が見える位置まで下がる。
「さようなら。」
二人の最後は随分とあっさりしたもので後ろから棘が生えてきて二人の心臓を貫いて終わった。
(最初からこうすればよかったのにそうしなかったのはこの人たちが改心してくれるのを願っていたのか、はたまたただ戦いを、殺し合いを楽しんでいたのか分からないな...)
レンヤは諦めた顔のイルドと不敵に笑ったままのボスの顔を見ながらそう心の中で思った。
もう一度地面をトントンと叩いて棘を土に戻すと二人の遺体からギルドカードを抜き取る。盗賊三人のアイテムバッグには今まで盗んできたものであろう血の付いたダガーやら貨幣、本が出てきた。中には家紋のような図が刻印された武器や箱ものもあったため、帝国までもっていけば国が持ち主の遺族へと渡してくれるだろうと思いバッグを持っていくことにした。
「さて、そろそろ行きますか。」
レンヤは仕事を終えたため若干の虚しさを感じながら地下の部屋を見渡す。すると一つ大きな忘れ物をしていることに気付いた。
「僕はもう帰るけど君はどうする?もう自由の身だから好きにしていいんだよ?」
布にくるまったまま頭だけ出してレンヤを見つめていた獣人にレンヤは尋ねた。布越しでもわかるほどに獣人の子供は震えていたため、レンヤはその子に近付こうとする。
「来ないで!!」
見た目からは想像もつかないほど大きな声で拒絶を示した。
「人間...怖い種族...獣人...いじめる...」
どうやらこの世界では人間と獣人は仲が悪いようだ。
「大丈夫だよ。僕は君に危害を与えない。」
そういうとレンヤは刀を自分のアイテムバッグに入れて手をヒラヒラさせることで武器を持っていないよとアピールする。
「人間...殴る...信用できない...」
レンヤはこれ以上は説得が無理と判断したのか首をかしげると頭をかく。
「お兄さん...怖い人?...ティアいじめる?...」
レンヤの困ったような表情を見て子供が尋ねてきた。
「僕はレンヤと言います。一応冒険者しています。ティア?さんでいいのかな?」
ティアは返事をせずにコクコクとうなずいた。
「もう一度聞くけどこれからティアさんはどうしたい?」
警戒を解いてくれたのかと思い近づこうとする。
「来ちゃダメなの!」
どうやらまだ信用されていないようだった。
「私..ここどこか知らない...村を盗賊に襲われてみんなどこか行った...行くとこ無い...それに私みんな不幸にする...」
助かったのに随分とネガティブだなぁと思いながらレンヤは獣人の子供を見た。
「ごめんね、ちょっと調べさせてもらうね。」
そういうとティアは返事をしなかったがまっすぐレンヤを見ていた。それを許可と判断してレンヤは鑑定スキルを発動させた。
「”鑑定”」
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名前 ティア シミラ
種族 獣人
身分 奴隷
HP 32
MP 5
魔力 0
知力 15
敏捷 20
運 10
スキル
・吸収 (UR) ※呪い状態
▼
任意から任意の量HP、MPを吸収し自分のものへと変換する。
※呪い状態時、本人の意思とは関係なく触れた対象から強制的に対象の
MaxのHP、MPから9割を吸収する。光属性の治療魔術の解呪によって解呪可能。
――――――――――――――――――――
「うわ、強力だけど厄介なスキルだね。」
「?ティアの病気分かったの?」
ティアは ん? と首をかしげて聞いてきた。
「鑑定のスキルを使ったからね。君は触れた人の力を吸収するスキルを持っているみたいだね。病気じゃないよ。いや、呪い付きだから病気って言った方がいいのかな?そういえばさっきの ”来ないで!” って...」
「私...触った人を弱くさせてしまう...村では触れた人...こけただけで瀕死の重傷になった...私に触れたらあなたも大けがしてしまうから...」
どうやら嫌われてはいないみたいであった。
「その病気治したい?」
「!治せるの?」
ティアは俯いていた顔を上げると目を大きく開いてレンヤを見た。
「たぶんね。」
レンヤはティアの必死さに 今まで苦労したんだなぁ と思い、治してあげたい気分になった。
そんなレンヤとは対象にティアの顔には再び暗い影がさす。
「でもティアお金持ってない...」
オルガ村長もそうであったがこの世界にタダで治療魔術をしてくれる人はめったにおらず、必ず対価、つまりお金は必要なのだろう。
「今回はお金はいらないよ。」
むしろ今までティアが経験してきた苦労に比べれば治療魔法を使う方がよっぽど楽であろう。
「それはダメ...これ以上借りを作りたくない...」
盗賊から解放した時点でティアの中ではレンヤに借りが出来ていた。レンヤもどうしたものかと思い考え、思いつく。
「実はこの魔術、初めて使うから効果があるか分からないんですよね。」
レンヤはチラリとティアを見る。ティアもレンヤの言いたかったことを理解したのかクスリと笑うとそれに答えた。
「じゃぁ...ティアが被検体になる...」
レンヤとティアはお互いの目が合うとクスクスと笑った。
「じゃぁティアさん、少し目を閉じていてください。」
別に見られながらでも魔術は使えたがティアに見つめられながら詠唱するにはいささかの恥ずかしさがあったため、レンヤは目を閉じるようにお願いした。
ティアは目を閉じてレンヤが魔術を使う時が来るのを待つ。
「”光を以って癒し、鎖を解き放ち、加護を与えよ、ディスペル”」
詠唱を終えるとティアの体を光が包みこんだ。




