2.転移 ○
午後の古文の授業もおわり、ホームルームを終えて放課後となる。さて、今日の晩御飯はどうしようかと考えながら引き出しからカバンへ教科書を詰める。昨日が肉料理だったから今日は魚料理にしようと決めてカバンを持ち席を立ち上がる。
「あいかわらず帰宅部は楽そうでいいねぇ~錬也くんよ。」
部活に行こうとしている健二のそばを通りすぎるときにそう言ってきた。
「そういってないで早くテニス部行けよ健ちゃん。こっちは今から買い物なんだよ。あっ、魚といえば?」
「あいかわらず急だな...んー、旬ならスズキとかアジとかか?」
「よし、カツオにするか。」
「1発殴らせろやおい。」
「まぁ、安くて新鮮なのあったら買うわ。じゃぁまた明日ね~。」
「おぅ、明日な。」
軽く手を降って廊下を歩いていく。天気は晴れているが暑すぎもなくほどよく風が吹いているため自然と機嫌が良くなる。
そう、良くなるはずだった。
「あっ、錬也見つけた!一緒に帰ろう!」
おぅ、何で来てしまったんだ。下駄箱で靴を履き替え、駐輪場に自転車を取りに行くと何故かそこには和樹がいた。
「なんだ和樹、まだ帰ってなかったのか。てか生徒会はどうした?」
「今日会長の予定で放課後に活動が出来ないらしいから朝礼の前に活動があったんだよ。それで放課後暇になったからたまには錬也と一緒に帰ろうかなーっと思って駐輪場に来てみたらまだ自転車があったから待ってたって訳だよ。」
おまえは彼女か! っと突っ込みたくなったが面倒くさいのでやめておく。なるほど、健二と馬鹿話してる間に追い越されてたって訳か。
「いつもの取りま...友達と帰ればいいだろ?僕は晩御飯の買い物があるからまだ帰れないし。」
以前和樹のまわりにいつも集まってる人たちをを取り巻きと言ったら「取り巻きじゃなくて友達だよ!みんな優しくていい子なんだから!」っと言われたあげく取り巻きに「和樹にむかってなにくちごたえしてるのよ!というか私たちの目の前から消えてくださらないかしら?」と言われたことがある。こいつら何言ってんだ?と思ってたら後ろにたまたまいた健二に笑われた。イラッとしたので健二の頭を軽く叩いたが俺は悪くないはずだ。
「ん?あぁ、みんなは「乙女の秘密ですから今日は先に帰っていてください。」って言ってたから今日は帰る人がいないんだ。買い物もいくから一緒に帰ろう!」
(あぁ、そういえばもうすぐこいつの誕生日だったか...)
今度の休みにちょうど和樹の誕生日が被っていたことを思い出す。あらかたそのためのプレゼントでも買いに行ったのだろう。他の家庭は知らないが和樹と彩香さんの誕生日は他のご家庭に呼ばれて友達にパーティーを開いてもらっているらしい。僕はどうなのかって?蔵田家の皆さんには誕生日を教えてないし祝ってもらおうとも思わない。もしかしたら、いや当然僕の誕生日くらい知っているのだろうが僕から何か言い出さない限りこの話題に触れることは無かったため今まで祝ってもらったことは無い。それに父親と母親の3人、母親が死んでからは父親と2人でケーキを食べた思い出があるため別に何とも思わなかったし今では健二やクラスメイトが学校で祝ってくれているためそれで十分だった。そしていくら家族のように扱ってくれるからといっても蔵田家の皆さんは他人なんだという考えが捨てられずにいた。
「分かったよ。その代わり買い物ついてきてもお菓子買わないからな。」
「えぇー、1個くらいいいでしょ!」
おまえは子供か!とは突っ込むまい...。
スーパーの近くに公園がある。自転車を手で押し、和樹の無駄話を理解せずに聞き流していたらその公園から悲鳴が聞こえてきた。とっさに2人でその方向を向くといかにも不良っぽい人たちが見なれない制服の女子にたかっていた。近づくにつれて女子の「いや、来ないで!」という声が聞こえてくる。和樹は何も考えなしで公園の中に入り、不良と女性の間に入った。僕はまた巻き込まれるのかと思いつつも和樹の後を駆け足で追いかける。意地でも全力で走ったりはしない。これで巻き添えをくらうのも今年に入って7回目だと考えたらいけないのであろう。近づいてみると不良3人組に見覚えがあった。どこかで会ったような会ったこと無いような...
「あっ、ボスお疲れさまッス!」
「お久しぶりですボス!」
「ボスが来たからにはもう安心だなぁ!」
あぁ、思い出した。去年彩香と買い物に行った時に絡んできた人だ。ちょっと路地裏に連れ込まれたらお仲間さんたちがいらっしゃって脅してきたからおはなししたらずいぶん素直で従順になってくれた人たちだ。えっ?暴力?そりゃ、殴られそうになったらやり返さないとね。和樹のまわりにいたら不良さんと関わる機会も増えたから力加減の仕方も覚えてしまいました...そしたらいつの間にかボスって呼ばれるようになりました。みんな今では他の不良から彩香を守るいいボディーガード的なのになってくれてますよ。
「で、どうしたの?まさかまた変なことしようとしてたんじゃないだろうね?」
少し呆れながら右中指で眼鏡を直しながら聞くとオロオロしながら理由をはなし始めた。
「ちっ違いますよ!いくらなんでもボスのいるこの街で暴力沙汰はもうしませんよ!そこの女が財布を落としたんで渡そうとしたら逃げられたんで追いかけただけッスよ!」
「森のくまさんじゃないんだから...みんな顔が厳ついんだから怖がるでしょ...」
「おぉ、それは気が付きませんでした!さすがッス、ボス!」
(いや気づけよ…)
幸運なことに女子は和樹に抱きつき、和樹は女子をあやしているためこっちを見ていない。
「あとは僕が何とかしておくから逃げた方がいいよ。ここにいても面倒くさくなるだけだから...」
「ボスがそういうなら...ではよろしくお願いしますッス。」
3人は深々と礼をすると公園を駆け足で出ていった。後ろを振り返ると抱きついてる2人。まだやってるのかよこいつら。待つのも馬鹿馬鹿しいので自転車をもって先にスーパーに行こうとすると、今度は和樹の悲鳴が聞こえてきた。振り返ると和樹の足元には光輝く複雑な魔方陣が浮かび上がっている。そしてそれはだんだんと和樹を飲み込んでいきすでに腰まで飲み込まれた状態となった。和樹がこちらにむかって手を伸ばしていた。いくら振り回される側の人間だからといっても助けを求められて無視するような人間では僕は無いと思う...たぶん。
という訳で自転車を停めて近づくが、もうすでに肩のところまで埋まってました。というか魔方陣が輝きすぎてまぶしいです。眩しさに目を細目ながら必死に和樹が伸ばす手をつかみ、引き上げようとする。正直このまま和樹が異世界だろうがどこだろうがつれて行かれるのはかまわないが、それに巻き込まれるのは勘弁してほしいので、魔方陣を踏まないように細心の注意を払いひきあげる。
「そう言えばさっきの女子は?」
さっきまで抱きついていたのに引き上げながら周りを見渡してもさっきの女子の姿は無かった。
「あの子が急に「やっと見つけましたわ!私の勇者様!どうか私の世界をお救いください」って言ったとたん地面に魔法陣が急に現れて、その子が代わりに消えちゃったんだよ!僕の方こそ何が起こっているか知りたいよ!」
和樹にしては珍しく動揺しており本当に必死そうだった。そのまま引き上げていたら急に何かに引っかかったように引き上げられなくなる。
「ねぇ和樹、何か引っかかってない?これ以上上がらないんだけど。」
「え?特に引っかかってる感触は無いけど。」
「でもこれ以上上がらないよ。」
「いや、冗談はいいから早く上げてくれって!」
「いやいや、冗談じゃないんだけど。」
「やばいって!なんかやばい感じがするんだけど!」
今まではゆっくりと沼にはまっていくように沈んでいた和樹だったが、錬也が引張っても誰かが和樹を引きずり込もうとしているみたいに急に重みが増え、まただんだんと沈み始めた。
「おぃ、早く僕を引き上げろ!親友だろ!」
「は?何か言った?」
なにかとても勘違いしているような発言が聞こえたため思わず聞き返した。
「僕の家に住み始めた時とか学校でボッチにならないようにさんざんフォローしてあげただろ!父さんを説得してお前が家に住むことを許してもらうの大変だったんだぞ!お前の家貧乏だしなんのメリットもないってみんな思っていたさ!お前は死ぬまでずっと蔵田家のために働く契約まで結んだんだ。お情けでここまでやってやったんだからちゃんと僕らのために働けよ!」
「...」
正直何を言っているのか分からなかったが何か突拍子もないことを言ったような気がした。
「え、ちょっと待ってよ和樹、そんなの聞いてないんだけど。世話になった分のお金は何年かかってでも返す約束はしたさ。でもそんな契約はしてないよ。」
「俺の家は金も権力もある!そんな家に奉仕できるだけでもありがたく思えよ!お前の父親のことは聞いてる、才能もないのに努力で何とかなるってきれいごと並べてた貧乏家庭らしいじゃないか。権力無き者は権力を持つ者に従う、才能無き者は才能あるものに使われてこそ存在意義が発生する。それが世界の仕組みなのさ。所詮お前みたいな何も持たないやつがあがいても俺がその気になればいつでも人生を破壊できる。いいか、これ以上手間を取らせるな、今ならまだ許してやる、早く俺を引き上げろ。」
この切迫した状況で素の感情が出てきたんだろうと思った。いつもの優等生感はどこにもなくいかにも人の上に立つ者の風格を漂わせていた。これが本来の和樹の姿であったのかもしれない。
そして対する僕には何故か何も感情というものが生まれてこなかった。悲しみや憎しみさえ、なにも。
気付けば右足で和樹の頭を踏んでいた。気づかないうちに踏んでいたということはかなり苛立ちがたまっていたのだろうか。そうするともちろん勢いよく和樹は魔方陣に吸い込まれていった。まぁ、やってしまったことは仕方がない。
自転車を取り、これからどうしようかと考えていると後ろから声が聞こえてくる聞こえた。
「あなたが柊錬也さんですか?」
振り向くと大学生くらいの女の人がたっていた。
「そうですがあなたは?」
「そうですか...大変申し訳ありませんがあなたには蔵田和樹様の生け贄となってもらいます。」
そういうと、女の人は後ろに隠し持っていたであろう包丁を握りしめると、近づいてきて僕の心臓を突き刺した。
僕は足の力が抜けて倒れたのだろう。地面に自分の血が広がっていくのが視界の隅に見える。
「詳細を聞いてもかまいませんか?」
致命傷となる攻撃を受けたはずであったがなぜか意識は保てていた。
錬也は仰向けの状態のまま血が付いた包丁を持つ女性に聞く。
「申し訳ございません。それが我が神、そして蔵田和樹様の望みなのですから。」
女性は泣きそうな顔をしながら震えていた。
「ごめんなさい、本当にごめんなさい…」
女性は包丁を落とすと両手で顔を覆い泣き始めた。
このまま死ぬのか...せめて両親のところに行けると考えると少しは気が楽になるな...。
そして僕は暗い闇の中へと意識が消えていった。