19.マラン村からの出発
アラン雑貨店を出た後、大通りを通って村長宅に帰るまでの間にパンや干し肉などの食材や調理器具を買う。魔術のおかげで指先にともす程度の火も出せるため火種の問題はいらなかった。また、日常品で要りそうなものがあればそれも見つけ次第に買う。
軽く地図を見ても一番近い村まであまり距離はなく近いように思えた。しかしこの地図と実際の距離がどれくらい離れているのかも分からないため保存食は多い方がいいだろうと思い一週間は持つほどの量を購入し村長宅へと帰った。
「ただいま戻りました。」
玄関のドアを開けて中に入るが家の中には誰もおらず、窓から入る明かりが室内を照らしていた。二階に上がって確認するがやはり村長はおらず、外出しているのであろう。
「まぁここでオルガさんに会ったら村から出ていくのをためらいそうだからいいか...」
ほんの数日だけであったが、村長は自分にとても良くしてくれた。
レンヤはアイテムボックスから紙と羽ペン、インクを取り出すと村長宛に軽く別れの挨拶を書き、テーブルの上に置く。その時にわずかながらの硬貨も共にテーブルの上へと置いた。
自分の忘れ物が無いことを確認すると再び玄関に立ち、室内を振り返る。
「今までお世話になりました。」
レンヤは深く頭を下げて挨拶をし、誰もいない室内に声が吸い込まれていった。レンヤの心にはわずかながらの空白ができたような感覚になり、これが寂しさだと理解した。
「こんな気持ちになるのは久しぶりだな...」
室内を見渡し、目をつぶりながら気持ちの整理をして村長宅を出た。
大通りを歩いて村の入口にある門にたどり着いた。
「よお坊主、今回も依頼か?」
初めての依頼の時にお世話になた門番の人と偶然会った。
「いえ、そろそろ旅を再開しようと思いまして。」
「そうか、もう行くのか。そういえばこの前の事件の時は世話になったな。本来はここでオレがくい止めなきゃならんが負けてしまった。坊主がいなかったらこの村も今は無くなってしまてただろうから感謝するぞ。」
「ただ邪魔だったんで排除しただけですよ。お互いの利益が一致しただけです。」
「それじゃ勝手に感謝されとけ。旅に出るならこれを餞別にやろう。」
門番の人は腰につけてあったカバンから鞘に収まった小さいナイフを取り出しレンヤに渡した。
「ギルドからもなんか貰ってるかもしれんがこれは俺からの感謝の気持ちだ。受け取れ。」
「それじゃもらっときましょうかね。」
レンヤは小さく笑うと門番からナイフを受け取る。
「これはな、風属性の魔術が付与されているナイフだ。付与がついてれば魔術適性が無いやつでも付与された魔術が使用することができるようになる。まぁその分買うと値段が張るんだがな。幸い迷宮で手に入ったから今まで持ってたんだが坊主にならこれをくれてやろう。」
レンヤはナイフを鞘から出すとナイフの周りに渦を巻くように風が発生する。
「最初から魔術が使えるなんて驚いたな。このナイフが坊主を気に入ったみたいだ。」
門番は手で顎を触りながら驚いた表情をした。
「ありがたく頂戴します。短い間でしたがお世話りなりました。」
「俺も門番をやって長いこと経つがこんな仕事をしていると出会いと別れなんかよくあることだ。坊主も元気でな!」
門を通り過ぎ、時々振り返ると門番が手を振っていたのでレンヤもそれに応える。そんなことを繰り返しながら依頼で入った森に到達した。一番近い村は同じ王国内にあるアボス村であり、そこに行くためにはこの森を通りぬけなければならなかった。
森の入口付近ではゴブリンが多かったが奥に行くにつれてオークやオウガ、ウルフ系の魔物が増えていくが気配察知の効果で魔術を使わずに余裕をもって対処できた。
森に入って5時間ほどだろうか、太陽はだいぶ傾いているがまだ空は明るい。駆け足で進んだせいか森の出口へと到達した。もともと森の中で夜を過ごすつもりは無かったのでありがたかった。
森を抜けると急な坂道があり、目の前にはどこにも草などの植物は生えておらず茶色の地面がむき出しになっていた。そして道の両側は崖の壁があり、道がちょうど谷になっていることが分かった。
「森を挟んだだけでこんなに違うもんなのか...」
景色の違いに圧倒されながらもレンヤは前へと歩いて行った。
道中に魔物の気配もなく太陽が隠れて夕方になろうとしていた時刻、地図を取り出して確認するとまだ距離としては三分の一しか進んでいないことが分かった。
「今日中にたどり着けるとは思ってなったが遠すぎだろ...いや、三分の一行っただけでも結構進んだ方なのかな?」
レンヤはあまり気にしていなかったがレンヤ自身の体力は一般人と比べて数倍あり、本来は一週間かかるはずの距離なのだがレンヤは駆け足で進んでいたため一般人をはるかに超える旅の進み具合だった。
「ここらで泊まるところをつくるべきかもう少し進むべきか...」
マラン村にて小さい一人用のテントを買っており、見たところ組み立て方やデザインは日本にいた時に使用したことのある物と一致していたので組み立て方は大丈夫だとレンヤは思っていた。
「そう言えば異世界モノのラノベって大概ドラゴンに襲われる王族一行を助ける場面あったな。まさかそんな「キャー!!」...今なんか聞こえたけど幻聴だよな...」
ふと思いついたことを独り言でつぶやいたら明らかに誰か女性の悲鳴が聞こえてきた。
「くっ、このままだと全滅してしまう!」
「くそ、誰か助っ人はいないのか!!」
「お姫様、今のうちにお逃げください!ここは何とかして我々がくい止めますから!」
「あなたたちを置いて逃げるわけにはいきませんわ!私もここに残ります!」
(なんだこのテンプレ...)
耳をすませてみると複数人の会話が聞こえてきた。
(てかお姫様だけ逃がしてもどうにもならんだろ...途中で干からびるぞ)
レンヤはいろいろと心の中で突っ込みながら頭を抱えた。




