黄昏
背中から照らす黄昏。反省はしていない。第一に、岩貝誠は業腹だった。
苛立ちを吐き捨てるように、煙草の煙を吐き出す。
「貴方が悪いのよ」
ヒステリックに叫ぶ女の声に、岩貝は舌打ちを一つして、火をつけたばかりの煙草を落とす。
煙草の細い煙が白い筋を作って、地面に落ち、軽く跳ねコロコロと転がった。
女の足元に転がっていく煙草。
転がる煙草の行方を目で追っていた女に気付いていたのかいないのか……男はぐしゃりと煙草を踏みつけると、ぐりぐりとつま先で火を消した。
火の消えた煙草の吸殻を執拗につま先で潰す岩貝に、女はビクリと肩を震わせる。
「貴方のせいよ」
岩貝が女を睨むと、女は怯えたように目を潤ませ、一歩離れた。
「悪いのは……」
俺だけのなのかと続けようとして、女の目からこぼれそうになる涙に言葉を止める。
軽く首を振って、のどから出かかった言葉をため息とともに吐き出した。
女はぎゅっと握りしめていた両手の力を抜いた。
「ねぇ……」
「もう……」
二人の言葉は同時にあたりに響く。
お互いの声に驚き、お互いに続ける言葉をためらう。
しばし無言の時が流れ、女の手がゆっくりと動いた。
岩貝は視線を落とし、自分のつま先を見つめ、目を瞑る。
女の口が開くと同時に、岩貝の頭が動き、女は口を閉じた。
男は空に向かって細く息を吐く。そのまま目を開ければ、猫の爪のような月と目があった。
「付き合いきれないよ」
「え?」
女の手が中途半端な位置で止まった。
岩貝はクルリと女に背を向けると、消えかかった夕日に向かって歩き出す。
夜の冷たい風が二人の間に通り抜けて行った。
「え? ちょっと……ちょっと、待ってっ」
追いかけようと動き出した女に、岩貝は振り向きもせず告げた。
「次は良い人を見付けろよ」
女は固まったまま、動くことが出来なかった。
ただ、立ち去った男の後ろ姿を見つめ続ける。
一歩、足を動かせば、潰れた煙草がコロンと転がった。
その転がった煙草を眺めながら、一人呟いた。
「ココ、ポイ捨て禁止よ―――」
本文の女のセリフを「なぁー」とか「くぅーん」にすると、捨てられるのがネコ科犬になります。
……たぶん。