買い手はお偉いさんだった
好きなときに好きなように書く。
この小説は、そんないい加減からできています。
ツェンブルさんにいきなり笑われた。
何でだろ、まるで訳がわかんない。解らなすぎて再び首が曲がる。それを見て、ツェンブルさんの笑いがまた大きくなる。全く、なんなんだよ、もう。
「くっ…フフっ…悪い、フッ、好きな言葉言うときと特技を言うときの雰囲気ががちぐはぐすぎて…フフっ」
そこまで違っただろうか?少なくとも僕は両方とも真面目に言ったつもりなんだけど…
「フフっ、あー笑った。すまん。けど、言葉は使いすぎれば軽くなる…か。いい言葉だと思うがどこで知った言葉だ?」
漸く笑うのをやめたツェンブルさんが僕に聞いてくる。
「…村で」
畑仕事をしている時にお婆ちゃんから。けどこの言葉、あんなお喋りなお婆ちゃんが言っても説得力無いよなぁ。
この言葉、僕は大好きだ。言葉には声に出した人の思いが宿る。お婆ちゃんの声は何時だって僕を気にかけてくれるのが判ったし、父さんの声は僕を威圧していた。母さんの声は諦念に満ちていたし、ツェンブルさんの声はどこか気が抜けている。面倒くさがりなんだろう。
そんな自分の思いをのせた言葉を使いすぎれば、自分の思いが無くなっていって、そうして声に乗る思いも少なくなっていく。
普段はそれでもいいけれど、本当に誰かに思いを伝えたいときに、軽すぎる言葉ではどんなに素敵な言葉でも思いでも相手に響かない。そんな気がする。
そんな風に考えていると、ツェンブルさんが、何故かばつがわるそうに頭を掻いていた。
「あー、実体験?いや、この場合は教訓か?まあ、要らんことを思い出させた。わりぃ」
いや、別に嫌なことなんて思い出してもないし、お婆ちゃんの受け売りですよ。
と、首を振っておく。ツェンブルさんはもう一度、わりぃ。と言った。
何だろう、誤解されてる気がする。
「さて、と。いつまでもココにいてもしゃーないわな。俺の家に帰るから着いてこい」
結局、僕が口を挟む前に話が進んでしまった。
ま、いっか。どうせ僕のことはツェンブルさんに関係ないし。聞きたくなれば聞いてくるでしょ。
頷けばツェンブルさんはさっさと部屋を出ていった。
長い廊下をツェンブルさんに着いて歩いていく。
ツェンブルさんに着いて歩いていくのは意外と大変で、時々小走りになる。そう早くあるいてるようには見えないのに、気がつけば少し遅れているのだ。
ツェンブルさんは時々後ろを振り向いて僕が着いていっているのを確認しながら歩いていた。
少し湾曲した道を歩き、階段を下りると、出口が見えた。扉脇の窓から光があるのから見るに今は昼なのだろう。
「このまま帰るつもりだったんだが…」
入り口の前でこちらに振り向いたツェンブルさんはふと足を止め、僕を見た。その瞳の裏に危険な輝きを見て思わず体が強ばった。
「ん。素質はあるか。これなら文句は出ないだろ。試して悪かった」
そう言うと先程の輝きが消え、何事も無かったかのように歩き出した。
「おい、なにやってるんだ。いくぞ」
暫く固まっていた僕は、ツェンブルさんの言葉に慌てて着いていった。
入り口の扉を出ると、いかにも路地裏と言ったような場所だった。辺りを見回すと多くの横道が見える。迷ったら暫く出れなさそうだ。ツェンブルさんは建物のすぐ横にあった大きなスペースに入り、なかに止まっていた馬車に躊躇い無く乗り込んだ。僕も手招きされるに任せて乗る。
ツェンブルさんは御者台のほうに一言帰る。とだけ告げて席についた。奴隷のみで主人の横に座るわけにもいかず、揺れる馬車の中で立ち尽くしていると、
「なにやってるんだ。早く座らねーと危ないぞ」
と、ツェンブルさんに声をかけられた。手は自分の隣を叩いている。言葉に反応しようとすると、馬車が曲がったのか、大きく揺られた。多少驚いたが、バランスを建て直して改めてツェンブルさんに言う。
「大丈夫だ。奴隷の身で主人の隣に座れない」
「すげえバランス感覚…あー、主人が隣に座れっつってんだから、おとなしく座れ」
そういえばそうか。主人が言うなら問題ないよね。
僕が大人しく座ると、ツェンブルさんは満足したように頷くと、すぐに寝始めた。
馬車は小さく揺れながら動き続けている。揺れと今までの精神的な疲れに、僕の意識も時期に遠くなっていった。
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「…きろ、おい、着いたぞ」
耳元に響いた声に、僕の意識は浮上していった。顔の右側が暖かい。目を開けて状況を確認すると、どうやらツェンブルさんにもたれかかって寝ていたようだ。
「…すまない」
「まあ、今回は気にするな。ガキの体で親に売られ他人に買われたんだ。疲れもするさ。んなことより、行くぞ」
ツェンブルさんに着いて馬車を下りると、目の前に巨大な屋敷があった。振り向けばかなり離れたところに門がある。
声も出せずに呆然としていると、後ろから笑い声が聞こえた。
「ククッ、用こそ我が家へ。改めて自己紹介だ。俺の名前はツェンブル=リアクタ。宮廷魔導師件、貴族だ」
そういって、ツェンブルさんは僕にに手を伸ばした。
「国に仕えている以上、お前さんを奴隷として扱うことはない。お前さんは俺の部下として扱わさせてもらう。アユム。改めて宜しく」
予想外すぎる事態に思考がほとんど停止していたけれど、同時に納得もした。
300万サクルも簡単に払うような人物、貴族でもなければあり得ないって。
取り敢えず、まだ状況を殆ど把握してないけれどこういうときにどうすればいいのかは知っている。
お婆ちゃんの教えに沿って差し出された手をとった。
「…宜しく」
驚いたツェンブルさんの顔を見るに、うまく笑えていたと思う。
普通に曲がらせたけど、馬車って狭いとこ曲がれないよね。まあ、ご都合主義と言うことで。