9話「騎神の力」
風が駆け抜けた。
動体視力を上回る早さでアレンが動いて消える。視野の奥にあった姿がぶれて視界の下に。
定晴には見えない攻撃は2段階の洗練された動き。最初に踏み込み、両手で突いて片手で無理やり押し込む。刃が潰れた状態でさえ人体に穴を空きかねない攻撃だ。もし、定晴が魔法によってその身体能力を向上さえてなければ死んでいただろう。
いや、そもそも本当の戦場であるならば、もう死んでいる。
衝撃と共に受けた突きは一瞬の遅れと共に鈍痛となって現れた。内蔵が全てシェイクされるような感覚が駆け巡る。
前からの衝撃と後ろからの衝撃を受けたのは同時。気がつけば壁にたたきつけられる。
息ができない。激痛が走る。
だが、休む暇すら与えない。感じる殺気と風が纏う突きは眼前に訪れた。
「――がぁ!」
動かないわけがない。動かずには居られなかった。訓練によって培われた危機管理能力がほぼ無意識的に体を動かした。
すぐ立ち上がれたのは魔法のお陰。
壁に穴が開くほどの衝撃と強さ。槍が壁に食い込む。
「このっ!」
この距離なら拳の方が強い。あの攻撃を受けてなお、立ち上がり反撃する定晴の身体と精神的強さは彼女によって鍛えられたものだ。
一度距離を捕まえてしまえば、こちらのもの。
そう思ったのは束の間。相手に拳が届く前に、アレンが右膝による蹴りが定晴の顔を打ち砕いた。
顔を横蹴りにし、距離を取る。
転がるようにして、立ち上がって口元の血を拭った。あの距離なら負けることはないと思った。だが、しかしその可能性すら超えてくる。格闘術による近接攻撃のカウンター。普段剣を持っていた彼女からは考えられなかった。
いや。それは、そうだろう。
自分の弱点は自分がよく知っている筈だ。だからこそ、間合いを詰められた場合に近接格闘術を身につけていないはずがない。
視界が赤い。ぼやけた中でアレンがゆっくりとした動作で壁から槍を抜いた。そして、再び風を纏う。
怖い。
純粋にそう思った。口がカタカタと震えて血が漏れる。
いつも、誂えば赤い顔をして殴ってくる彼女ではない。きつい言葉をかけながらも、いつも心配してくれる彼女ではない。
一人の騎士として、“本気”で定晴を“殺しに”きている。
そこに一切の手加減もなく、一切の慈悲はない。
おそらくは、定晴が倒れるまで――ひょっとして定晴が死ぬまでやめないのではないか?そう思わせる何かがあった。
何故?どうしていきなり?
疑問の言葉はいくつもある。だがしかし、それらを全て飲み込んだ。
「――立て、サダハル」
「……」
その言葉は行動によって返す。ぼやけた視野は回復し、口の中に溜まった血を吐きだした。
まだ、立てる。激痛はアドレナリンによって和らぎ、いくつかマシになった。
熱を帯びた体が1つ動作を行う度に軋んだ音を出す。
騎士にすら勝てる?何を甘い考えをもっていたんだ、俺は。
先程を思い返して、一時昔の自分に唾を吐いた。
アレンという人物を、騎士というモノを舐めていた。これが本物の戦場なら1秒も持たずして死んでいる。
でも、死んでいない。今こうして立ち上がって構えている。
なら、勝機はあるはずだ。
「行くぞ」
つぶやきと共に風が駆ける。暴風と共に裂いて突き刺す一撃を両手で受け止めた。
「【防護せよ】!」
浮き上がる魔法陣が彼女の槍を止める。
だが、しかし力量の差は明らかだった。
燐によって纏う風が槍先を輝かせて煌めく。押し込まれる、と判断したのは英断だった。
数秒も立たない内に魔法陣が割れて押し込まれる。眼前に迫る槍を横目で躱して前へ一歩踏み出した。
それが定晴の距離。だが、同時に彼女の距離でもあった。
「――くそっ、が!」
拳のよる距離である筈なのに、それを嘲笑うかのように彼女の槍下に伸びる棒が眼前に迫った。左手を引いて右手を押し出して棒を押し付けるような形。
これに反応した自分を褒めてほしい。
無理やり視線を低くしたため、このまま立ち上がるのは賢明ではない。自然の動作で転がり、すぐさま立ち上がって再び回避動作。
槍術というのは非常に厄介だ。
槍相手をしたことがない経験不足かもしれないが、リーチの差が歴然である。単純な考えとして懐に潜り込めば一方的だろうと予想するが、アレンはそれを逆手に取るような形で足技を繰り出す。
まるで隙がない。
そして、一撃が早く重い。
――【縛】
なら、動きを封じ込む。
彼女の体に纏う魔法陣の輪っかが襲い、彼女を縛り上げて――。
すぐさま割れた。
『氣をぶち込んで無理やり外してやったわ。まぁ一般兵士ならまだしもあの程度なら騎士には通用しないと考えるべきよ』
サクスの言葉を思い出すのは、体が浮き上がってからだった。
自分の力を過信し、その隙を突かれて槍で打ち上げられる。追撃の一撃はすぐさまに。空を仰ぐ暇も与えず、地面に強烈にたたきつけられた。
そこで、意識が遠くなるのを感じた。
激痛が鈍痛に変わり、立ち上がる気力すらない。
体力というよりも精神的な何かが折れるような音を感じた。
力を持つことに喜びを感じた。自分が強くなった気がした。
アレンにも、騎士にも勝てると思った。
その全てが、その全てが間違っていた。
(俺は弱い)
何が騎士にも勝てる、だ。
戦闘における技術も、気力も、相手を倒すというのがどういうことか、というものも。全てが違う。
決して空手の延長線ではなく、人を殺すことの戦いがどうあるべきかを甘く見ていた。
騎士と戦うことが人と人の戦いではなく、化け物と化け物の戦いであるということを、定晴は知らなかったのだ。
それでも。
「これでわかっただろう。騎士には絶対的な力がある……!お前にはまだ早い。諦めろ」
それでも、見下し言われる筋合いはなかった。
「ふざけっ――な!!」
定晴は人間だった。理不尽な暴力を受けて笑っていられるほど、聖人でもない。右頬を打たれて左頬を差し出す程、ドMでもない。
ましてや、シキのために力になりたいと願った自分を否定されたくない。
無理やりに立ち上がる。
痛い。死ぬほどに痛い。
その痛みが、やがて怒りに変わり定晴の魔力を沸騰させた。
それは、ある意味逆ギレだったかもしれない。
「がああああああああああ!」
吠えて拳に力を入れた。血を吐き出しながら、地を蹴った。悲鳴を上げる体を置いて、その全身から鮮血を出しながら、迫るのはまるで獣のよう。
「――ッ!?」
その気迫に、アレンは飲まれかけた。故に、燐を最大に槍を引いて構える。そして、氣を込めた。それは、彼女が最も得意とする槍術。相手を殺す“必殺”の構え。定晴の吹き出る魔力に我を忘れ、鍛えられた彼女の戦場下における本能が動いてしまった。
殺らなければ殺られる。
普段戦場に身をおいているからこそ、自然に動いた。
槍が唸りを上げて、定晴に迫り、だが、定晴はそれを避けようとはしなかった。
避ける事すら頭に入らず、ただ闇雲に突っ込み、両者がぶつかり合おうとした所で――。
「そこまでだよ、2人共」
両者の間に入る影が1つあった。
慧王シキだ。
鞘を入れたままの剣を2つ、くるりと回し両者の攻撃を鮮やかに受け流した。
定晴の体を巻き込むように。一方は槍を受け流して、弾くようにして。
纏う暴力的な魔力も、燐も、その全ての攻撃がまるでなかったようかに、受け流されてどちらとも地に伏せた。
そうして、立っていたのは慧王のみ。何処か、怒りのような表情を浮かべて腰に双剣を戻した。
取り敢えず更新。
感想は、作者としては書いていただけるととても作成意欲が湧きますが、無理に書いてくれとは頼みません。
しかしながら、お願いとしては何処か物語の区切り区切りに一言でも良いので感想を書いてくれると嬉しいです。
例えば、1章の終わりであったりとか、10話区切りの終わりとか。
一々1話1話書いていくのも面倒くさいですしね。
よろしくお願いします。