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7話「騎士たちは姦しく」

「――」


 息を強く、吐く。


 上段から振り下ろされた剣が空気を裂いて目線の先でピタリと止まる。その姿勢を維持したままに神経を研ぎ澄ます。


 剣の重さは大体約5キロ程。ごく平凡な兵士が使う両刃の剣であるが、頂点にかけてまでの長さが約50センチ程あるために、深く持って静止するだけでも筋力が悲鳴をあげていた。


 この負荷がどこなく気持ちが良い。


 ゆっくりとした動作で腕を上げて、もう一度息を吐く。


「――」


 定晴は剣を使えない、わけではない。アレンとの訓練で多少なりとも剣術というものを学んだ定晴であったが、一度達人と剣を交えば――いや、1つも合わせることなく死ぬだろう。


 アレン曰く、剣に対する才がない。あの時に見せた無手の方が十分な腕がある。そう言わしめた程だった。


 だが、決してアレンは定晴に戦場において無手で出ることを許さない。何故か、なんて簡単な問題は定晴すらわかることだった。


 単純にリーチと力の差である。


 無手は長さにおいてビハインドを持ち、尚且つ遠心力がかかった女の力は篭手をつけていても腕が破壊されかねない。もし、無手で戦場に出るとしたら、相手に剣を振らせないほどの超近距離戦闘インファイトを行える技術が必要だ。


 定晴が経験のある『空手』は相手が同じ空手という条件下にあるからこそ『対等』なのであって、相手が武器を持った状態を無効化できるほどの力量は持ち合わせていない。


 故に、定晴は才がなかろうと剣を持つ。そして、その技術、力が命に関わるために、こうして毎朝自主的に訓練を行う。


(――魔法の訓練もしなきゃな)


 いつもの訓練はこの日から時間が増える事になる。自分が人を殺すために使った魔法という力。あの時は必死で、自分に湧き上がる力がどういうものなのか、キチンと理解していなかった。


 ただ、本能的に使ってみただけ。


 これから、戦場の中で生き残るためにはこの魔法の力が必要になってくる。自分の力の欠点を理解しなければいざという時に困ることになる。


 さっそく魔法の訓練に取り掛かった。


 








 訓練が終われば朝食をとる。この世界でも基本的に3食とるようで定晴にも勿論朝食が用意されている。


 他の王は知らないがシキは騎士たちと毎朝を共にするらしいが、定晴が一緒に朝食をとることはない。だから、いつも一人で食べることが多い。いつもは部屋で近侍が持つ朝食を手に食べるのであるが、この日は中庭で食べた。この日は魔法の訓練も行う予定であったために、朝早めに簡単に食べられるサンドイッチを作ってもらったのだ。


 料理や掃除、身の回りの世話などはすべて近侍、と呼ばれるメイドの男版のような職業を持つ人達が存在する。


 勿論、この世界の女に対して世話を行うにあたって、異性間における暗黙の了解は存在し、それを埋める侍女も居る。


 主に子を産み、引退した者であったり戦場で何らかの怪我を負った者など様々である。


 だが、多くの雑用はこの近侍が行うわけだが、この近侍の中で定晴は有名人である。


 男の憧れのような眼差しが多いのは、彼がアレンを一度倒したからである。


 男の身でありながら女と対等な力を持つ、とされる定晴は男にとって希望の星なのだと知り合いの近侍から言われて戸惑いつつも、歯がゆい嬉しさを持った。


 自分からしてみれば普通な事なのだが。

 

 それはともかくとして、定晴に対して近侍は絶大な人気を誇る。多少無理なこともよく聞いてくれるという点にとってありがたく、また感謝しなければならい事だった。こうして、朝早い時間帯であっても朝食を嫌な顔せず作ってくれるのだから。


 まぁ、彼らからしてみればこれは当たり前の事であった。普段から女兵士から無理な事ばかり言われていて慣れている、というのは定晴は知らぬことである。


 体を動かした後の朝食は気持ちが良いものだ。


 木で作られた水筒をぐっと飲み干して手を合わせて「ごちそうさまでした」と一言。時間を確認すれば8時をまわった所。いつもより1時間は遅い朝食だった。


 朝4時から始めた訓練はいつもなら6時に終わり、7時には朝食を食べ終わる。そこからエルベールによる講義兼、書類仕事を終えてアレンの訓練へ。食べると吐くので昼食はとらない。訓練の後に夕食を食べた後に馬術訓練を行ってまたもや書類仕事。あとは自由時間という名のトレーニングを行って就寝というのがスケジュールだった。


(ちょっとゆっくりし過ぎたな)


 定晴は少し駆け足気味に城へと入って自分の部屋へと急いだ。


 いつもなら、エルベールが来るまでに自分なりに復習などをしている時間であったが、魔法訓練を挟んだために時間が少し自分の中で遅れている。


 前なら怠惰的に過ごしていた定晴は、この世界に来てから1秒の時間も無駄しない生活をしていた。暇があればゲームや漫画を読んで過ごしていた前までの自分とは違い、1つでもこの世界で生き残るための技術、力をつけるために時間を使った。


 エルベールの講義は面白いし、アレンとの訓練は辛いが、空手では味わえない力を使うことの実感が定晴を強くさせ、ある意味楽しませた。だからこそ毎日が大変でも続けていられる。


 前では考えられないような生活だった。


「……おや?アレンさん。おはようございます」


 自分に与えられた部屋に向かう途中、なにやら考えごとをしているのだろう、どこか難しい表情を浮かべたアレンが前を歩いてきた。いつもなら、シキとの朝食を終えれば自分の訓練に向かう筈だ。


 この時間に彼女が城内に居るのは珍しい。


「――ッ」


 定晴の声にハッと顔を上げた。そして、その表情が七色に変化する。何処か戸惑ったような顔をした後に、顔を赤くして、最後には怒ったような表情を浮かべた。


 ――なんだろうか、とてつもなく嫌な予感がする。


 ズカズカとまるで踏みしめるように廊下を歩くアレンは真っ直ぐ定晴に向かってきた。彼女を怒らせてしまうようなことをしただろうか。少し身を固くさせた。


「サダハル!!」


「は、はいいい!」


 間違いない、怒ってらっしゃる。声を張り上げてこちらに迫る彼女に先日経験した、戦場における敵の迫力すら感じた。


「お、お前の――」


 桃色のポニーテールを右に左に揺らして迫ってきた彼女は定晴の前に止まると何か言いたそうに声を詰まらせる。身長は定晴の方が少しばかり高いので、必然的に彼女が少し見上げる形になるのだが、完全に萎縮してしまった定晴は体を小さくまとめたために、自然と彼女を見上げる。


(なんだなんだ!?俺、なんかやったか!?)


 普段から鬼教官であるアレンの怖さは肉体をもってわかっているので、極力彼女を怒らせないように心がけてはいる。だが、この世界における男女関係は複雑なので、まったく身に覚えがない事でも彼女を怒らせたことが多々あった。


 だから、今回も何かやらかしたのではと振り返っては見るが、思えばあの任務から少し会話した程度しかなかった。あの時は結構自分にナイーブになっていたのであまり会話内容について覚えてはいない。だが、少なくとも怒られるようなことはしてない筈だ。むしろ、思い出す限りでは珍しくこちらを心配するような事を言われた気がする。


「~~~~~っ!!!」


 なんだろうか。口をパクパクさせて何か言いたそうなアレン。どうも言葉が喉にひかかっているようだった。


 顔を真っ赤にさせ、口に出すのも嫌な程の怒りなのだろう、少し体が震えるのを感じる。


(今日の訓練は死ぬかもわかんね)


 覚悟を決めながらいずれ落ちるだろう雷に身構えていた時である。信じられないような言葉が彼女から飛び出した。


「サダハル!!」


「は、はい!」


「脱げ!」


 は?







 は?


 脱げとは一体どういう言葉なのだろうか、今着ている服を脱げというのか。いや、これはきっと聞き間違いに違いない。


「えっと、もう一度言ってもらいますか……?」


「何度も言わせるな!脱げと私は言っているのだ!」


 え?


 おかしい。この世界に来てから言葉に不自由を感じた事がなかった。だがここに来て定晴に与えた翻訳機能が壊れたらしい。


「えっとどういう意味で――」


「その着ているもの全てを脱げと言っている!!」


「……つまるところ全裸になれと?」


 女性の目の前で?いやそもそもどういうことなのか。


 聞き間違いでも翻訳機能が壊れたわけではないとするならば、まったく意図がわからない。何故脱ぐ必要がある?何故全裸になる必要が?


「えっと――アレンさん。もしかして疲れてます?何処か体調が――」


「いいから――」


 震えた。鳥肌が立つ。感じるのは明らかな殺気。いや怒気。気が放出し白い湯気みたいなものがアレンの体が湧きでた。


 体内に循環する氣が放出されている。練度が上がり、鬼のような目をこちらに向けた。その腰にある剣すら抜きそうな勢い。


 あれは間違いなく、戦場における騎士の目。


「脱げええええええええ!!」


「ひええええええええええ!?」


 背を見せて逃げるのは、致しかたがないことである。



 







 


 男定晴。逃げ足だけは凄まじい早さを見せた。それこそ騎神とも唄われたアレンを振り切る程である。


 まさに火事場の馬鹿力。何事かと目を張る近侍や兵士をよそに定晴は恐怖とあらゆる疑念を浮かべた。


「い、一体何故、どういことだ……」


 突然に脱げと言われて、追いかければ逃げるのは必至である。誰だってそうだ。何故逃げる必要がある!?と声を荒らげて迫り来るアレンに答える暇すらなかったが、誰だってこういう行動をとるだろう。


「だ、誰か助けを……」


 アレンを止めてもらえなければ。アレは冷静さを確実に失っている。きっと何か勘違いしているのだろう。


「と、取り敢えずシキに――」


 王たる彼女ならアレンをどうにかしてくえる筈だ。もしくはエルベールでも良い。動きまわるのも危険だがここに居てもいずれ見つかる筈だ。


 ここからならシキの居る所に近い。さっそく移動をはじめた。


 さながら潜入ミッションを受けているような感覚で常に周りを警戒しながら王の間へと急ぐ。周りからすれば怪しさ満点。捕まっても文句いえないような行動であった。


 そうして無事に王の間に入ってみればシキの姿は居なかった。いつもならここで仕事をしている筈だが席を空けていた。どうもタイミングが悪かったらしい。


 動きまわる人間を探すのは難しい上ににアレンに見つかってしまう。


 なら、エルベールだ。


 彼女なら定晴の部屋に向かっているに違いない。当然、アレンが待ち受けている可能性もあるがどうも先程から動き回っているようでその可能性は低い。


 何度か見つかりそうになるのを回避しながらようやく自分の部屋に舞い戻った。


「エ、エルベール!」


 よかった。彼女が居た。どうやら定晴のことを待っていたらしくいつも彼女が使う2つ目のイスに座りながら本を読んでいた。定晴が来ると顔を上げてメガネのズレを治すようにして上げた。


 アレンの豹変っぷりを見た後に彼女のいつも変わらぬ顔を見て少し安堵のため息を浮かべた。


「遅かったわね。いつもの時間としては遅れているけれど?」


「ご、ごめんエルベール。実は――」


「しかし、良いわ。概ね予定どおりね」


 彼女が立ち上がる。何かがおかしかった。


 エルベールはいつもの通りだ。長く美しい髪にメガネ。そのメガネ越しに光る茶色の眼がこちらを真っ直ぐに見つめ、乏しい表情に変わりはない。


 そう、いつもと変わらない。


 筈、だった。


「チ○コを見せなさい」









「え?」



 


「聞こえなかったかしら。チ○コを見せなさいと言ったのよ」


 定晴は、全速力で部屋を飛び出た。











 定晴は恐怖した。


 それはもう凄い勢いで恐怖した。


「なんだよなんだよなんだよ!」


 追ってくるのは2つの影。背後は振り返れない。ただ、感じる。とてつもなく嫌な気配が。


 恐怖と混乱。その2つが定晴を支配した。分け目もふらず、馬鹿みたいに逃げまくった。


 あの、エルベールが。


 あの、エルベールすら。意味がわからなかった。


 平坦な感情から出される言葉ではなかった。立派な淑女が男性生殖器を名指して出せと言う。痴女か。痴女なのか。


 世が世ならセクハラである。


 一体全体何がああなって国の中枢である筈の騎士2人にあんな言葉を言わせたのか。常識がぶっ飛ぶ。考えがゴチャゴチャして沸騰しそうだった。


「――見つけたわ!サダハル・サガラ!大人しく捕まって全裸になりなさい!」


「うおおおおおおおお!!【ばくううううううううううう!】」


「へ?え、ちょっと!?なにこれ!?」


 シキだ……!早くシキを見つけなければ。


 王たる彼女ならこの状況をなんとかしてくれる。定晴を救ってくれる。守ってくれる。そして走りだす。目指すのは王の間だ。


 先程は居なかったが、基本的に彼女はあそこに居る。彼女が処理する書類などあそこでの仕事は山ほどある。もはや賭けに近い。逃げている状態で動きまわるシキを探すより、王の間に居ると考えたほうが良い。


 居なかったら、覚悟を決めるまで。


 そして、たどり着く王の間。失礼のないように2度ノックを行う。


「どうぞ」


 居た。


「シ、シキ!」


 もはや同様して言葉が夜に会話するような言葉になってしまうが、気にもとめない。彼女の顔を見た瞬間に安心して涙が出そうになった。


「どうしたんだい?サダハル。そんなに慌てて」


 彼女がこちらを見て微笑む。女神に出会ったような感覚に陥りそうになる。


「そ、それがおかしいんだ!アレンとエルベールが急に俺に裸になれだのなんだのって――!」


 ――。


 シキが居た。安心できる。助かった。そんなものが間違いであることに、気がついた時、すでに遅かった。


 笑みを浮かべて彼女が近づいてくる。一歩、また一歩。


「どうしたんだい?サダハル?」


 彼女が詰めてくるのに、距離は変わらない。何故か。定晴が一歩後ろに下がっているからだ。


 やがて、入ってきた扉まで下がって、定晴は恐怖する。


 ――何故、考えなかった。


 ――仮にも騎士だぞ?


 ――彼女らが、俺に追いつけない筈がないだろ?


 ゆっくりと開かれる扉。感じるのはあらゆる視線。振り向く必要もない。


「――サダハル?」


 あぁ、可愛らしく首をかしげる彼女の元に、俺は追い込まれたのだ。


 


 


 


 

「や、やめ――」


「ふふ、サダハル。もう諦めて素直になったらどうだい?ほらほら」

 

 追い込まれ、縛られて脱がされた。なんとか威厳を保つために下だけは死守したが上半身が露わになる。


 これだけの美女に囲まれた状態で上半身といえでも裸になるのは恥ずかしわけがない。


「こ、これが男子の……」


「ううぅ……もうお婿にいけない」


 アレンが顔を赤くして喉を鳴らし、エルベールが頻りにメガネをクイクイさせた。サクスは手を当てて見えないようにしている、というのに指の間からこっそりこちらを見ている。


「う、ううううう。何のプレイだこれは――!」


「人間の体って、こんな風になるものなのかい?」


「ここここ、これって全部筋肉ですよね?」


 アレン、エルベール、サクス以外にこの城にはもう一人騎士が居る。名前はイルと言ったか。書類の受け渡しに何度か会話したくらいしか面識はないが大人しいどこにでもいるような人だった。


「シシシ、シキ様。彼が男であることはわかりましたし、これ以上は――」


「アレン、せっかくだ。触ってみよう」


「や、やめてえええええええ!」


 白い指が定晴の腹筋を撫でた。なんともいえない柔らかい感覚が身を襲う。


「う、うわぁ。硬い……」


 定晴は普通だ、と謙遜するがかなり鍛えている方である。全体的に筋肉が付いている。更にいえばこの世界に来てひたすら鍛えたために、もはや筋肉モリモリの所謂ガリマッチョ。というモノであった。


「ほら、アレン達も触ってみて」


「し、しかし――」


「では、失礼して」


「エルベール!?」


 エルベールの指が胸からすっと腹に降りてくる。指がなぞる度に体が跳ね上がりそうになった。


 エロい!指使いがエロいよ!


「……ほう」


 クイクイクイクイクイクイ!


 メガネが壊れるのではなかろうか。 


「す、少しだけなら」


「わ、私も……」


 あぁ、俺は一体どうなってしまうのか。


 次々と体を触られる地獄のような体験は、恐らくもう2度とないだろう。


 もはや諦め、抵抗する気力さえ起こらず、どこか遠くを見つめた。

 

次の更新は水曜日もしくは木曜日です

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