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2話「慧王」




 目覚めは、意外にも良いものであった。特に問題もなく、上半身を起き上がれた。周囲を見渡すと、どうやらテントの中のようだ。天幕、という物だろう。周りを見渡せば同じように床に着いている人が何人かみえた。布一枚だけの簡単なベッドが幾つももある。自分もその中の一つ。


「そうだ、怪我は――」


 怪我の状況は、包帯が厚く巻かれてわからない。だがその包帯の量からしてとても軽傷とはいえないようであった。腹から右肩口にかけて何重もの包帯が巻かれている。そこにそっと手を当ててなぞって見ても違和感も痛みもない。どうやら、傷は癒えているらしい。


 定晴は頭に手を置いた。


「くそ、ガキ……!」


 夢の中の出来事を、妄想や単純な夢であると片付けることなどは決してしなかった。定晴は普通の学生であるが、あるべき起こった状況を真摯に受け止めることができる。適応能力が高い、とも言えるだろう。


「落ち着け、落ち着け……」


 湧き上がる怒り。真摯に受け止めるからこそ湧き上がる感情に息を吐いて落ち着かせた。すべてをめちゃくちゃにしたくなるがグッと堪える。


「……!目が覚めたのか!?」


 頭を抑えて落ち着きを取り戻していると、驚きに満ちた声をかけられた。詰まらせたような言葉に定晴は顔を向ける。


 30代くらいの男。ひげは濃く、顔つきが硬い。体格は小さく、頼りないものであり、その顔とヒゲのせいもあってか下手すれば50代近くに見えるであろう。


「えっと……まぁ、はい」


 定晴は困ったように濁しながら返事をする。そして再度周りの状況を見渡した。


 小さなうめき声と鼻に来る血と消毒液の匂い。どうやらここは野戦病院のようであった。考えられるのは先程行われていた戦争。ここは戦争で負傷した兵か、戦争で犠牲になった民のための野戦病院なのではないだろうか?と推測する。それはどうやら正しいようだ。


 傷の容態を聞かれ、特に何も無いことを告げると驚いた声を上げられた。よほど酷いものだったのだろう。定晴は自覚がなかったが、この包帯の量が傷の大きさを物語っていた。


 その傷で先程の鎧をきた女性を思い出した。


 ――そうだ、あの人に刺されて、あの夢を見たんだ。


 子供は言っていた、拾ってくれた人が優しくて良かったね、と。


「ま、待ってろ!今すぐ呼んでくる!」


 何やら大変慌てていたが、どうしたのだろうか。突然の慌ただしさに定晴は目を丸くしたが、やがて天幕が大きく揺れて人が数人入ってくる。どれもきらびやかな髪を持ち、眩しいほどに綺麗だった。


「体調はどうだ?」


 その中の一人が、目の前で膝を折って訪ねてきた。


 綺麗な人である。月並みな言葉であるが、そうとしか言い様がない。


 ショートボブで少しくせ毛が強いのか、綺麗な形を魅せるストレートではなかったが、それが逆に彼女を特徴的に表している。少し目が釣り上がって気が強く見えるが掛けてくれる言葉の声には母性さえ溢れ出るような優しさで満ちている。


 背は座った状態からではわかり辛いものがあったが、定晴より頭一個分よりは少し小さいだろう。スタイルも抜群で豊富な乳房、細いくびれ、そして長い足である。


 完璧だった。これまでに人間の個々のパーツが美しい女声を、定晴は見たことがない。現実ではありえないような美少女がそこにいた。


 思わず惚けてしまう定晴であるが問われた言葉に返事をするべく、一度頭を振る。


「どこか、悪いのか?」


「あ、いや。そういう意味じゃなくて。えっと、大丈夫です。なんともありません」


 歯切れが悪く答えてしまう。


「そうか、君を見た時は正直もうだめかと思っていたんだけどね、無事ならよかったよ。……救えてよかった」


「もしかして、貴方が俺を救ってくれたんですか?」


 子供が言っていた言葉を思い出した。


 ――優しい人が拾ってくれて、良かったね。


「いや、君を救ったのは僕じゃない。アレン――彼女だよ」


 少し後ろを見上げる。目の前にいる自称を「僕」とする女性はどこか趣がある民族衣装のようなものを着ているが、後ろで「アレン」と呼ばれた西洋の鎧を着た人であった。


 これまた美人である。目つきが鋭さが彼女の性格を表している。恐らくは、厳しい性格の持ち主なのだろう。男っ気が強い、とも言えるかもしれない。


 しかしながら、女性らしいプロモーションを持つ。桃色の髪の毛は美しく後ろで纏められて一本に流れている。所謂ポニーテールという髪型である。顔立ちは整えられて、鼻が高く彫りが深い。西洋の鎧を着ていても、分かる体つきに凄いと感じてしまう。 


「彼女は君が敵軍の兵士に刺され倒れていたのを保護したんだ」


「そうでしたか……アレンさん。ありがとうございました」


「いや、騎士として当然の事をしたまでだ。礼など良い」


 定晴が頭を下げると、アレンは誇りに満ちた顔を見せながら胸を張った。その様子を微笑ましく見ていた女性であったが、すぐに定晴と向き直る。その顔は真剣そのものである。定晴は思わず背筋を伸び直した。


「君は……一体何者だろうか。君の所持物を預からせてもらったがどうにも変なものばかりだ。言葉にしにくいが、とてもこの世で作られたものとは思えない。ましてや、服装もそうだ……君は一体何者だい?」


 その答えは、定晴にとって重要な分岐点となるのは間違いなかった。


 一度息を吐く。冷静に考えてみて、これからの事を左右するような質問だろう。選択肢は2つ。この世界のものではないと、真実を述べるか。はたまた、記憶喪失を偽り、すべてを誤魔化すか。


 安全策をとるならば後者であろう。記憶喪失を偽るのは小説の中でもあったが色々と都合がよくなることも多い。前者をとるならば、この世界のことをより詳しく教えて貰えそうであった。勿論、記憶喪失であっても聞くことは可能かもしれないが、世界を知らないのと世界を思い出せないとでは意味合いが違うし、その重みも違う。


 どちらとも、リスクはある。


 前者であるならば、妄言である、と信じてくれないだろう。怪しさ倍増だ。会って間もない人物に『異世界からきますた』なんて、妄想を素直に聞き入れてくれそうにない。そして、後者であるならば記憶喪失による言い訳がどこまで続くかである。この世界の医療技術がどこまでかはわからないが、中世ヨーロッパ時代に似たものであるなら、記憶喪失については曖昧な部分が多くあるだろう。だが、記憶を失ったという都合が月日を重ねていくうちに薄れていくのも確かである。


 だがしかし、比較的に安全なのは後者である、と定晴は考える。


 彼女が拾ってくれて、こうして治療までしてくれたのだ。いきなり粗末に扱われることもない気がする。なら、適当にこの場を誤魔化して、様子を見てからでも「異世界からきた」という事実をさらけ出しても良いのではないだろうか?と考えた。


 そうして素早く考えをまとめて、いざ口を開こうとして、定晴は女性の目と視線が合わさる。


 ライトブルーの瞳が真っ直ぐとこちらを射抜くかのように輝いている。その視線を浴びて、定晴は瞬時に口を開いた。


「俺は、こことは違う世界からきたんだ」


 首を振った。


 とっさに、ダメだと思ったのだ。嘘はついてはいけないという正義感とかそういうものではない。


 直感的に悟ったのだ。この人に対して生半可な――中途半端な嘘は通じないと。諦めに似たため息が漏れた。


 果たしてどんな言葉を投げかけられるのだろうか?刺されたショックで頭がおかしくなったとでも思われたのならまだまし。


 異端者だと再度刺されるなら、たまったものではない。来るべき展開に思わず身を固くして待ち受けた。


「違う、世界か」


 一体どんな反応されると思いきや、意外。きちんと考えている。いや――定晴の言葉は確かに滑稽な話であった。事実、後ろの付き人は唖然である。それどころか呆れたようだ。それに反して真面目な面持ちで目の前の女性は受け入れていた。


 定晴としてはむしろ後ろの付き人のようなリアクションをされたほうが、納得できる。事実、定晴が同じような話をされたら、にこやかに笑みを流して、それとなく病院にいくことを勧めるだろう。


 だが、この女性は何故だろうか?自分で言葉にしてなぜだろうかとは本末転倒な気もしなくもないが、少なくとも現実を帯びた話ではない。なのに、真摯に受け止めて考えている。


「違い世界からやってきたとは、一体――」


「あ、あの!」


「ん?なんだい?」


「えっと、今の話、俺からしておいてなんですけど、信じるんですか……?」


「あぁ、少しすんなりといくものではないけどね。――君、一度『嘘』をつこうとしただろ?」


 ビクリと、肩が跳ね上がった。図星である。やはり、定晴の考えは間違っていなかったようであった。


「それを思い直して話してくれた言葉だからね。……それに、ボクは『慧王けいおう』だからね。それを見分ける程度は造作も無い事さ」


 慧王……?


 王様の意味だろうか。あまり聞きなれない言葉に首を傾げる。そんな様子に慧王は笑った。


「君の様子を見る限り、本当のようだ。さて、これからの事もある。場所を移してゆっくり話すことにしよう。病み上がりで悪いけど、動けるかい?」


 体調は良い、定晴は迷いなく頷いた。


「異世界、というやつに関しても聞きたいことは沢山ある。君も色々知りたいらしいようだしね」


 慧王は立ち上がり、そっと手を差し伸べた。


「ボクの名前はシキ・エルヴァーン。君は?」


「定晴」


 その手をしっかりと掴む。


 女の子の手なんて何年ぶりに触っただろうか。ふと、そんな事を考えながらその暖かさと小ささに照れ笑いを浮かべる。


「相良定晴だ」







 外はすっかりと暗くなっていた。


 天幕から出て外を見てみると、なんだが、胸のあたりがキュッと締まっていくのを感じ取った。


 疲弊した兵士が血がついた鎧を外そうともせず、死んだように寝ている。実際に死んでいるではないかと思うほどだ。


 なんで鎧を着たたま寝ているのか?なんて無粋な質問は到底できなかった。おそらくは襲撃があった時にすぐに動けるようになるとか、そんな理由だろうがそれ以前に鎧すら脱ぐ気がしなかったのだろう。


 いくつかの天幕にはうめき声と共に薬品の匂い。ここら一体はどうやら怪我人が運ばれてくる所らしい。時折叫び声のようなものを聞くのは心臓に悪かった。


「慧王様。お疲れ様です!」


 そんな中でも、疲弊して気絶するかのように眠っている兵士以外は皆、敬意を慧王シキに対して示した。そんな様子に苦笑いをうかべながら、休んでおけと言葉を投げかける。


 少し歩くと、明るい場所に出た。街のような場所で少なからず建物がちらほらと見える。大きな焚き火を中心に先程とは打って変わって明るい雰囲気で談笑する兵士が多く見られる。やはり、疲れて眠ってしまっているものもいるが余裕があるものは酒を飲み交わしている。こうして明るい場所に出て、余裕が出てくると定晴は上の方を見ながら周りを見渡した。


 城壁に囲まれている。城か砦の中にいるらしい。


「慧王様!」


 シキがそこに姿を現すと、元気そうに酒――おそらくはビールだろう――を振り回す兵士が多くいた。


「慧王様も一杯どうです?」


「今日は遠慮しておくよ」


 笑顔を浮かべて手を振るシキ。残念そうに兵士は肩を落とすが、それでも楽しそうに笑った。


「さ、こっちだよ」


 そうして歩き終えて、ある建物の中に入る。2階建ての横幅が広い建物であった。その前に門番が2人ほど居る。王というより、役所みたいな建物だ。


 定晴は従われたまま、その建物に足を踏み入れた。そして、広がるのは異世界の文化。


 やはり、まだ悪い夢でも見ているのではないだろうか?


 建物の中の一つ一つの装飾品を見て、改めてそう思ってしまう。中世ヨーロッパのイメージでありながらも、どこかそれよりも独自に発展して見せる文化はとてもじゃないが現実とは思えない。


 やがて一つの大広間に通されてもなお、その風景に圧倒される。


「さぁ、ここに座って」


 案内されたのは室内には大きなソファが並ぶ応接間のようなものだった。海外の宮殿にいけばこのような応接間は見たことはあるだろうが、如何せん定晴は普通の大学生である。飛行機など実家に帰るくらいしか乗ったことがない。テレビでは見たことはあるだろうが、やはり実際に見るのとは大違いだ。


「さてさて、サダハルくん。だったかな?君の言う『異世界』について詳しく聞かせてもらおうじゃないか」


 ライトブルーの瞳が定晴を射抜いた。すべてを見透かされるような感覚。この娘に嘘は通用しない。緊張に汗が吹き出し、少し体を震わせながらも、舌足らずな言葉で己の現状について語った。


 曰く、戦いとは無関係な日本から来たこと。


 曰く、不思議な穴に落ちたこと。


 曰く、自分にはどうやら不思議な力が宿っていること。


 自分が陥っている状況はすべて話した。力については、隠しておくべきがいいのかもしれないと、一瞬ながら思ったが、そんなものはすぐに却下された。


 異世界小説の常識なら不思議な力は隠しておくんだろうなーなんて思ってもみたが、今置かれている状況がそれを許さない。


 第一、自分はこの世界について詳しくない。村の子供にすら劣るだろう。まるで生まれたての赤子のような状況だ。情報を知らない無垢なままでいれば確実に死ぬ。先ほどのようなことがあって、もう一度助かる保証はどこにもないのだ。彼女は詳しく話を聞いてくれる。この問題に対して、一緒に考えてくれるのなら定晴も現状に対して対処しやすいだろう。


 だから、すべて話した。


 あとはどこまで彼女が定晴を信じてくれるかどうかだ。


 だが、これについてはあまり心配はいらないようだった。


「なるほど、君が置かれている状況については理解したよ」


 鋭い視線から解放された。重い荷物を降ろした気分だ。


 定晴が露骨に肩をため息を漏らすとシキは柔らかい笑みを浮かべた。


「ははは、すまないね。ボクも慧王として君のような不安分子に対しては厳しい目で見なきゃいけないからね。持てる力は使わせてもらったよ」

 

 このような圧力ももしかしたら彼女の力なのかもしれない。深く背をソファに預けて息をついた。


「い、いえ。自分もこういう状況だからこそ、信じてもらうしかないのですが、反対の立場だったら頭を疑うので」


「ふふ、君が賢明でよかったよ」


 そうでなければどうなっていたというのか。


 深みのある言葉にゾクリと背筋が凍ったのは気のせいなんかじゃない。彼女の姿形だけではわからないモノがそこにあった。普段日常で味わえないようなモノだからこそ、わかる“異常”。そこに恐怖を感じた。


 さて、と言葉を繋いで隣を窺った。定晴を救った、桃色の女騎士。アレンである。


「どう思う?アレン」


「私には到底信じられない話しですが……シキ様の“皇の力”を知る我々だからこそ、この男の話しは本当なのでしょう。不思議な力――ま、ほうですか?あの力も少し思い当たる部分もありますし、彼に嘘偽りはないと思えます」 


「彼の胸の傷だね」


「えぇ、あれは……正直、私が駆けつけたときには酷い状態でしたし。実際助からないと思いました」


 傷。思わずシャツの中を除いた。


 あの冷たいものが突き抜ける感覚を思いだして吐きそうになるが、胸を見て眉を寄せた。


 傷跡もなく完治している。確かに、自分の胸を剣で貫かれた筈なのだが、その痕すら見られない。無傷で健康な体がそこにあった。


「君はこれを魔法と言ったね?話を聞く限りこれの力を得たのは夢を見た時だとか。自覚は?」


「無いです」


 さらにいえば、自分が何かできるか、と言われればそれもない。奴は自分が危機的状況下――あまつさえ死にかけることによって力を得たといったいたが、果たして自分がどう変わったかがわかるような感覚はない。


 火でも出せるかと思い実行してみても何もない。


 つまり、現時点で魔法は使えないということだ。


 かといって奴の言葉が嘘だということはないだろう。アレンの証言によれば魔法が発動される所を目撃しているのだというからだ。


「あ、あの……俺は一体どうすれば……?」


 妙な間が空いて思わず口を開いた。自分がどう思われているなんて安易に想像できる。異世界からきたと言う怪しげな服装をした男。不可思議な、不気味な力を持ち、この世界について何も知らないという。


 あの戦争を見る限り、この世界はおそらく乱戦の時代なのだろう。盗賊を退治するようなものではなく正規に訓練された国の兵士がぶつかり合う本物の戦争だ。本物の戦争を見たことがないのであれが本物だと言い切れる自信がないが、兵士たちの鎧が立派であったのはわかったため、勝手にそう判断する。


 その中で突如現れた男をどうするかなんて、怖くて想像できない。


 楽観的な思考で考えられないのは、先ほど出会っていきなり刺されたからである。オレ、オマエ、トモダチ。という単純的な友好が築けるのなら、死にかけなどしない。


 暫く、考えるような素振りを見せてから慧王はちょっと笑みを浮かべてこちらを見た。


「サダハルくん、ボクの元で働いてみないかい?」


 空気が死んだ気がした。







6月11日 添削終了

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