17話「第一次防衛戦終了」
第一リルフェ攻防戦は朝と共に始まり、夕方を迎えた時点で終了した。
結果としてはこちらの防衛の成功。相手側は消耗した後に撤退。力押しの失敗である。味方達の勝利の叫びが心地よく夕焼けに溶けていく。
初めての戦が今、終わりを告げたのだ。
勝因はいくつもあった。
まず最初に相手の地形的理解が乏しい点である。
連砦の最初の砦、ラーベルは平地上に作られた砦である。その場所であるならば、数での攻撃が有効的になるが、リルフェからレーベンにかけてはそうはいかない。
緩やかな傾斜と共に徐々に高所となる連砦は最初の平地と比べて数による力押しは有効にしくい。高さがある防壁に難しい地形での戦闘。その攻撃スピードは平地比べて落ち、力押しを続ける攻め側は圧倒的に不利になる。
対するこちらは地形を把握して、尚且つ高所からの攻撃が有効であった。
破城槌を使って門を壊そうとしても、坂の傾斜により運用がし辛くその破壊に時間を要してしまう。外から無理矢理に中に入ろうとしても、こちらが順序を間違わずに対応し続ければ耐え切れる。
不安の要素もいくつかあったが、最終的にこちらの粘り強さを見せての勝利。
ホッと息を吐いた。
だがしかし、定晴に完全なる休息は訪れない。それはシキやアレンもそうであるが、この後に全体的な損傷の確認を行わければならない。どのくらの死傷者は出したのか、また相手の動向や補給物資の整理や要請。味方兵士の再編成などやるべきことは多々ある。
「サダハル!」
部下たちの報告を頭に入れながら、水を飲んでいるとアレンが飛んできた。返り血が凄いことになっているが、見たところ怪我を負ってはいないようだった。
「無事だったか……!」
「あぁ、そっちも何よりで……痛つつ……!」
こちらも、アレンの無事を確認してホッと一息を吐いた。だが、ちょっとした動作に体が悲鳴を上げてしまう。
「怪我か?」
「あぁ、ちと厄介な奴に絡まれてな」
「騎士か、名は」
「クリス・ノワール」
「――。よく、無事だったな」
神妙な面持ちで、アレンが肩に手を置いた。それに笑顔で答えるが、再びチクリとした痛みに思わず傍にあったタルをイス代わりに座り込んだ。後から来る痛みというのは、中々に厄介である。継続して鋭い痛みが内側を襲っている。
「ちと、やってしまったかもしれん」
「骨か?」
「折れてはいない、ようなんだけどね」
魔力強化がなければ多分、今頃内部がぐちゃぐちゃになっているかもしれない。それほどまでの衝撃だった。
「しかし、おっかない奴だった。アレンとの訓練がなければ今頃跡形もなかったよ」
「……使ってきたのか?」
「あぁ“白”だったから、助かったが――いや、もう二度と会いたくないね」
心からそう思った。
白、というのは彼女が放出した氣の色である。特異がもたらす氣の増幅。その強さが色で現れるのがクリス・ノワールの特異の特徴であった。その色によって強さが分かれ、弱さ順に白、黄色、赤と三色の段階がある。
考えてみれば、恐ろしいものである。アレほどの力を見せてまだあと2段階残しているのだ。多分、最初から黄色以上で来られたら体の一部が吹き飛んでも可笑しくはないだろう。
「……気に入れられたな?」
「――」
恐らくは、苦虫を噛み潰したような顔になっていると思う。アレンの言葉に定晴は深いため息を吐いた。
「アイツはしつこいぞ」
「勘弁してくれよ……」
アレンが笑いながら、肩を叩く。彼女もまた、戦闘狂に好かれた被害者の1人であり、彼女に気に入れられることがどういう事が重々承知していた。
「アレン様!サダハル様!王がお呼びです!」
どうやら、あまり休んでいる時間はなさそうであった。痛む体を起こして立ち上がる。引きずるような痛みであるが、アレンに言った通りに骨には異常がなさそうである。
「医者に見て貰え。お前が倒れてしまっては何の意味もない」
「あぁ。だが、今は先にやるべきことがあるし。本当に酷いようならしっかりと見てもらうさ」
そう、まだやるべきことがある。
完全な休息できる日は、慧国が勝利した日だ。
「何故、あんな弱国の砦1つ落とせんのじゃ!!」
「も、申し訳ありません!」
黄金蛇が書かれた天幕の中で、皿が割れるような音と怒涛が響いた。蛇王、テオドール・フェイ・リューが怒りに震えていた。
目の前にある敵国の砦は未だ健在であったからである。
こちらの方が兵も騎士も数は上。戦力的に言えば優勢である筈なのだ。
いくら地形的に難しいといえども騎士の差が戦争の勝敗を分けると言われたこの世界の中で騎士の数がたった2人しかいない国に負けるはずがない。
なのに、このざまである。
蛇国の軍は疲弊し、敗走。門の1つも破ることも出来ずに、だ。
「ミサルカ!なんじゃこのザマは!お主はこの軍の参謀だろう!たかが、騎士2人相手に何をやっておる!!あんな国さっさと落とせ!」
「て、敵騎士の抵抗が思ったよりも激しく。なお、あの砦は中々に厄介でありまして……」
「言い訳を聞きたいわけではないわっ!」
置かれた机を蹴飛ばし、激しい音を立てて倒れる。その音にミサルカを始めとする騎士たちは皆、肩を震わせた。
「騎士の数はこちらが圧倒的に上であろう!あちらは2人、こちらは8人!兵の数もこちらが上!何故落とせぬのじゃ!」
「――あ、主」
ミサルカが声を震わせた。
「7人、でございます。ヤス殿が討ち取られました……」
「~~っ!!」
テオドールからしてみれば、今の慧国は簡単に落とせる筈であった。大量の騎士と見習いを暗殺し、現に楽々とラーベルを落とせた。相手側の放棄によるもので。
連砦の強さは防壁を連続して超えなければいけない難しさだけではない。1つ1つの防御力高さを生み出す原因は各砦との連携があったからだ。
物資の運用、兵士の補給。その全てが繋がる砦との供給によって生み出される。相手側からしてみれば一向に兵数が減らない防壁を崩さなければならないのである。
だが、しかし。それも今となっては形を残していない。
砦を指揮する騎士は亡くなり、連砦を運用できなくなった。残ったのは一騎当千の力を持つアレンとワケがわからない男の騎士といかいう冗談の塊みたいなやつだ。
アレンは確かに強い。それはテオドールも認めている。
あの覇王ですらアレンの勧誘にしつこく迫るくらいだ。大陸探せども、彼女程の力を持った騎士は中々にいない。
だが、良くも悪くも彼女は武官である。兵を指揮いて軍を動かすことは出来ても、参謀として作戦の立案及び軍の把握はできない。
だから、勝てた。この戦争。この砦を落としてシキを倒せばそれで終わり。
その筈だった。
「もう良い!下がれ!」
「し、失礼致します!」
苛立つ気持ちは収まる気がしれず、音を立てて天幕に置いてある長椅子に腰を下ろした。全くもって使えない騎士共である。
弱体化した国の砦1つ1日で落とさずして、何が全国統一か。騎士の優劣が国の、王の優秀さを決めるともされているのに、これでは自分が無能のようではないか。
由緒正しき血が流れ、このアースの中で正しく王である筈の蛇王の面に泥を塗るような事は決して許されるはずがない。
「シキ・エルヴァーンめ……!」
「荒れているわね」
天幕の中へ、騎士と入れ替わるような形で入ってきたのはエルベールであった。黒い髪を持ち、メガネを怪しく光らせる彼女は相も変わらず表情に乏しい。
「……何しにきた、エルベール」
「これといった用事はないわ。ただ、様子を見にきただけよ」
つまり、冷やかしに来たと言っているようなものであった。冷たい目線を送り、殺気を漂わすとそれを受け流すような仕草を見せてメガネを整えた。
「機嫌が悪いわね」
「殺すぞ、背信者が」
王の威圧というのは、訓練を受けていない一般人では死すら見えるほどのものがある。兵士や騎士でさえ震え上があり、動けないような圧力がそこにある。だが、この女はそんな威圧感すらまったく身に受けず、無表情をみせるのみであった。
「あら、侵害ね。そちらから誘ってきておいて」
「……」
威圧感を、解いた。
まともに相手にするだけで疲れる。面倒くさそうに、ソファに深く座りなおしてテオドールは肘をつく。
「お主なら、あれを攻略できるか?」
「それは侮辱しているのかしら?」
最もであった。彼女はあの国の"元”騎士であったのだ。自分の古巣の攻略など容易くできるはずである。
「貴方の参謀が顔を青くしてるものだから様子を見に来てみれば、相当に荒れているわね?」
「ふん!お主には関係ないわ!」
いちいちにムカつく女だとテオドールは思った。彼女とは、契約の元の関係である。テオドールの騎士でもなく、シキの騎士でもない。だからか、彼女がこちらに対して敬語を使うわけでもなければ、敬うような態度を見せるわけでもない。
だからと言って、王に見せる態度でもないのは確かであるが、テオドール自身が彼女に対して畏まった態度はいらないとしていたので、ムカつく態度を見せても何も言えないのである。今思い返してみれば、酒が入った席とはいえ余計な事は言わなければよかったと後悔している部分でもある。
「手を貸しましょうか?」
「いらぬ!お主は黙って見ておればそれでよい!」
彼女の力を借りれば、恐らくは――いや、間違いなく一夜にしてあの砦は落ちる。慧国もだ。
だが、テオドールには蛇王として龍王の血引くものとしてプライドがある。エルベールの力を借りて騎士を暗殺し、チェックの状態まで進んでおいて自身の力でチェックメイトまで進まないというのは名に恥じるものがあった。
「そう、まぁ私の力がなくてもあの国は落ちるわ。貴方が間違わなければね」
「……」
「もう少し頭を冷やして考えなさい。そして、騎士の助言はよく聞くことね。”元”参謀騎士としての助言よ」
「~~~っ!!うるさいうるさいうるさい!!さっさと出て行け!妾は暫く1人になりたいのじゃ!!」
テオドールの言葉に肩をすくめて彼女は立ち去る。
本当にムカつく奴である。畏まった態度はいらないと、言ったにせよもう少し態度を改めさせなければ。王の威厳というのが立たなくなる。
「……ふん!シキ如きにこの蛇王が負ける筈がなかろう」
苛立ちを抱えながら、ワインを持ちだしたワインを一気に飲み干した。
「お嬢はどうだった?」
天幕を出るとウルフカットの長身が迎えた。クリス・ノワールである。エルベール自身もあまり高いとはいえないが女性の平均身長よりは少し高めである。しかしながら見上げてしまうほどの差がある。普段見上げることが少ないのでまだ慣れていない。
「彼女は我儘であるけれども、馬鹿ではないわ。心配はいらないとは思うけれども」
「そうか……。あの件以来、どうも不安定みたいだからねぇ」
ガシガシと、髪を大雑把に掻きあげてクリス・ノワールはため息を吐いた。テオドール・フェイ・リューが抱える”件”というのに詳しくは知らないが、どうも感情的に不安定になる事がココ最近多いと聞いた。酷い時には自分の従士であっても殺すことがあるという。
「王だからねぇ、力がある者には逆らえないもんだからお嬢には皆、ビクビクなのさ」
「そう、大変ね」
全くの人事であり自分には関係ない話しなのであるが、その点に関しては本心から出た言葉だった。
「で?私に何かようかしら?」
「お、そうそう。あんた慧国の騎士だったんだろう?」
「……えぇ、それが?」
「サガラ・サダハルって奴知ってるかい?」
この時初めて、エルベールの表情に変化が訪れたのをクリス・ノワールは見逃さなかった。それは一瞬の変化であったが彼女の顔が少し歪んだように見えたのだ。
「えぇ、知ってるわよ。男でありながら騎士だもの。いやでも目に入ることが多いわ。それがどうかしたかしら?」
そして、突如として饒舌になりはじめた。
(へぇ、なるほどね……)
顔が思わずニヤけてしまう。
「何か?」
「あんた、サダハルに随分とご熱心のようだね?」
「――っ!」
「おいおい、そう睨まさんな。鋼鉄の仮面が崩れてるわよ」
「彼が、どうかしたかしら?」
「ちょっと、サダハルについて色々教えて欲しくてねぇ」
思わずため息が出てしまう。反応してしまったこともそうであるが、あの男はどうも厄介な奴に気に入れられてしまったらしい。
「何が聞きたいのかしら?彼の戦闘技術?癖?それとも戦における行動パターンかしら?」
「あの男はどのような娘が好みなんだい?」
「………………は?」
思わず耳を疑った。そして、目の前にいる人物を再度確認する。
クリス・ノワール。蛇王の最強の騎士。特異を持つ戦闘狂で有名で、その戦力に慧国に居た時は頭を悩ませてものであった。所謂姉御肌というやつで、豪酒。戦が絡まなければ人柄がよく面倒見がいい女であるが、一度戦場に出ると止められない。
戦では血を啜っているのでは、という噂もあるほどの戦好きだ。
三度の飯と酒と戦、と豪語するような彼女が男の好みを自分に尋ねている。まだ蛇国で過ごして間もないが、彼女とはよく話すほうであるので、彼女の言葉に思わず耳を疑う。
「私の耳が可笑しくなければ、彼の好みの女性について聞かれたと思うけれども」
「あぁ、そうだよ」
頭が痛くなった。
敵の戦力情報ではなく、好みの異性についての質問を聞かれたのは初めてだ。
「……期待に添えなくて申し訳ないけれども、彼の好みについては詳しく存じ得ないわ」
「そうかい……。そうなると、本人に直接聞くしかないねぇ」
「後学のために聞きたいのだけれども、敵の好みを聞くことに何か意味でも?」
「ん?いや、自分が好きになった異性の好みというのは気になるものじゃあないのかい? ……何分、あたいはこうした事に疎遠だったもので、部下から助言を頼りにしているんだけど。間違ってるかい?」
「……そう」
あちらに居た時も時折、ため息が多くなる時があったが、どうも場所は違えども変わらないらしい。
「ま、ガンバッテ頂戴。オウエン、してるわ」
戦闘狂の考える事はよくわからないものである。
エルベールは静かに立ち去った。
展開を早めたい。けど、雑になるのも避けたい。
うーむ。