14話「ほんの少しの日常」
定晴には少し、不安があった。
戦場に置いての恐怖心ではない。自分の立場における問題だ。
定晴は正式に騎士となったが、彼は男である。男でありながら騎士になったものはこの世界における歴史上初めてである。
例に見ない、最初の騎士となる。
騎士には様々な種類があって、大きく武官と文官に別れれるがこの状況下ではそもそも騎士が2人しかいないので意味はあまりない。なにせこれまで起こっていた武官、文官の全てを2人でわけるのだから。しかしながら、アレンは文官としての才能はあまりよくない。
定晴は幸いにもエルベールによってその技を身につけているので苦労することはなかったが、そこでも騎士としての仕事を初めて受け持つのだから、お世辞にも手際が良いとはいえなかった。シキ自らの手伝いもさることながら、見習い時代に交流があったエルベールの従士などのバックアップもあってか、今では全ての文官の部門を受け持つ事ができるほどになっている。
そこからの交流もあってか、文官の方面における彼の知名度は高い、というか信頼はそれなりに受けている。
だが、武官としての彼はこれが初めてといっていいれっきとした戦だ。
そこに、定晴の不安がある。
技量の問題ではない。いや、それもあるがそれ以上に受け持つ部下が指示通りに動いてくれるか否かである。
アレンの訓練の中で、ある一部の兵士や従士は定晴との交流があるが、砦で防護に当っていた騎士たちの部下たちはまったくない。
男である定晴にきちんと従ってくれるか。それが彼が抱えていた不安だった。
しかしながら、それも杞憂に終わる。
「君たちは、今、この国が置かれている状況が分かるね?」
研ぎ澄まされた緊張の中で堂々たる顔持ちで静かに語るのはシキである。砦にたどり着き、その戦力はもはや総力戦といっても過言ではない。壮大な数の兵士が眼下に広がっている。
その中で1人、王として圧倒的な――こちらが思わず膝をついてしまうほどのカリスマを見せながらシキは静かに、だが情熱的に語った。
「多くのものが、この国で大切なものを抱えているだろう。このボクもそうだ!王である前に人として大切なものを抱えている」
誰しものが息すら行うことを忘れ、ただ見上げた。
「ボクはボクの大切な家族を、ボクの騎士たちを奪った蛇王を許せない!卑劣な手で暗殺を行い、我が物顔でこの国を――ボクの大切なモノを奪いとろうとしている蛇王を許さない!」
「下らない価値観など捨てろ!今ここに騎士も王も男も女も関係ない!あるのは己が背負う大切なモノを護るために!己の中で失ってはいけない何かを護るために!この国を護るために!」
剣を抜き放ち、高々と上げ、声を荒げる。
「光は慧王にあり!この戦!必ず勝つぞ!」
大地が震え、戦いの産声が上がった。誰しものがこの戦に勝つために、価値観を捨ててただひとつの目標を掲げたのだ。
男も、女も関係なく。
ただ、勝利のために動いた。
「ここから見える景色は絶景だろう」
「あぁ、圧巻されるな」
「怖いか?」
「ん?……まぁ、怖くないわけがないな」
砦から見下ろす風景。かつて丘で見た戦場が眼前に迫ってきている。鎧に包まれた兵士が蛇の旗を掲げてこの砦に迫り来る。その多さ、質量。密集され、陣を作り出す人々に定晴は圧倒されていた。
そこに恐怖を感じないわけがない。何せ、数時間後にはアレがこの砦を攻略するべくして迫ってくるのである。戦場経験の少ない定晴にすらわかることだ。
だが、恐怖を感じていたとしても背を向ける理由はない。
「どれどれ」
「おや?それは向こうの?」
「あぁ、今回の戦に役に立つかなと」
言いながら取り出して掲げたのは携帯端末機。スマートフォンと呼ばれるあちらの世界の機械である。何か使う機会があればと保存しておいたものであったが、このスマートフォンに付けられたカメラ機能が戦において役に立つのではないかと思えたのだ。
「旗は……金色の縁の蛇模様。そこに小さく掲げられた龍の紋章は騎士のか?」
「そうだね、蛇王は最初の王。龍王の血を引いていると聞く。騎士にその紋章を掲げさせるのが蛇王だけど……それ、意味あるのかい?」
シキが覗きこむようにして顔を近づけた。当然密着する形になるために、少しドキリとするがすぐに顔をしかめる。
「あの距離の模様までハッキリとみえるんだぜ?ほら、こうしてズームすれば兵士が何をもってるかまでハッキリとわかる」
「……それで見なくてもボクには分かるけど」
「俺だって見える。でも、それがある意味目的じゃないんだよ」
面白いものを見せてやろう。そう言いながら何処か悪戯を行う子供のような目でアレンを見た。
「?」
「ほれ、これ」
スマートフォンを見せてやると、アレンが驚いた表情を見せた。何があったのかと、アレンも覗きこむ。両者が定晴を挟み込むような形を見せたので、定晴は狼狽した。
「……これは!?」
「なるほど、そういうモノなのか」
所謂、録画機能であった。映しだされた映像は先程スマートフォンで撮影したもの。アレンやシキからしてみればまるで時が戻ったように感じられただろう。
「ボク達の会話が聞こえる、ということはさっき君が覗いていたときのモノだね?」
「そそ、こうした記録されたものを、“映像”というんだけど。これが何かに役立てないかなと思ったんだ――この機械のエネルギーが尽きたらもう使えないけどね」
「今はまだ、使うことはないと思うけど――例えば、敵を偵察するときに明確な記録と共にあったら随分と便利だろうね。むしろ戦争が変わる程のものかもしれない」
「デメリットはこの機械のエネルギーが一度尽きたら使えないこと。時間制限が色々あるから、使うなら慎重にな」
あくまで今回は2人にこの機械の性能を見せるために持ちだしたものであるので、早々に電源を切るべくし手をかけた。幸いにして携帯充電器は持ちあわせているものの、全てをフルで使えば2日で終わってしまう。電波などはないために、余計なことには使う心配もないがそれでも、使え切ってしまえばもう二度と使えない。
ペース配分は大切に行わければならないだろう。そこの判断はシキに任せるつもりだ。
電源を落すスイッチに手をかけて、ふと、シキとアレンを見た。2人を見てから携帯端末機に視線を落として定晴は良い事を思いついたと2人を引き寄せた。
「ちょ――!サダハル!?」
「お、おい!!なんだ!?」
「はい、チーズ」
所謂、記念撮影。この際だからとっておこうと思ったのだ。
「な、なんだい。いきなり!?」
「ほれ、写真。さっきの映像みたく動くことはないけど一枚の絵のようにこの機械に収めることが出来るんだよ」
スマートフォンで収めた写真は2人共驚いたような顔を見せいた。
「おい、サダハル。もう一回だ!これじゃ綺麗にとれていないではないか」
「ボクとしても、そう言ってくれたらきちんと整えたのに」
2人は何処か不満そうにしていたけれども、定晴にとってはこの写真は上手く取れていると思っている。自然体に、何も偽ることなく。王とか騎士とか関係ない。
友達とふざけあって適当にとったような日常的な写真。多分、この世界で最も遠い風景がそこにあった。