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13話「戦の始まりの狼煙」



 

 慧国は小さな国でありながらも、豊かな土地と発達した技術を持ちあわせている。豊富な資源に整った装備、そして多種多才な騎士達。兵力が小さくとも他国がそう容易く攻め入れるような国ではなかった。


 国を護る3つの砦。最東に位置する『ラーベル』を始めとする砦は本城へと続く階段のような形で位置されている。本城は四方を険しい山々で囲まれているために、慧国を完全に攻略するには、この階段を超えなければならない。


 いくら、兵力に自信があるといえども砦を3つ超えるのは難しい。砦、といってもただ塀で囲んだものではない。城に近い形の防衛壁が立ちはだかっている。正攻法で攻めるなら、このラベールを数にまかせて落とし、次に『リルフェ』『レーベン』を落し、そうしてようやく本城『エルヴァーン』という形になる。


 慧国の防御力はおそらくはこの世界一である。


「じゃが、まともに戦う必要が何処にある。騎士を失えばどの国も崩壊する」


「……蛇王様。お言葉ですが、騎士を暗殺することは『正々堂々』というこの世界における騎士道精神に反する形になり、他国からもあまり良い顔をされないのではないでしょうか?」


 水のせせらぎが美しく鳴る。開放的に開かれた部屋の隣には豊かな造園が太陽に照らされて光り、流れる川から魚が1つ、覗かせていた。


 部屋の中は大きなテーブルが1つ。長方形に置かれたテーブルはガラスで作られていた。この世界におけるガラスは一般的に普及しているが、このテーブルのように奥が透けるような鮮やかな中々に見られない。


 そして、そのテーブルの上。豪華に盛られた果実から1つ摘み取り、妖艶な動きで舐めとるように口に放った。

 

 少しの咀嚼音の後に指を唇をなぞり、首を傾けて隣を見た。


 緑色の髪の毛。長身でありながらも顔は小さく、スラリとした体型。髪を龍の形をしたピンで抑えてデコを広げる彼女は足を肩幅に合わせて開き、腕を後ろで組んでいる。


「妾は蛇、古くから伝わる始祖、龍王の血を受け継ぐ由緒正しき王の一族ぞ、他の国がなにを言おうと妾の前では赤子が駄々をこねているようにしか聞こえぬ」


 背もたれが長い椅子に座る蛇王はスラリと長い足を組んだ。


 チャイナドレスのような服から伸びる足は長く、美しい。椅子に座っても分かるスタイル。女性を象徴する胸は大きくはないものの、まったくの無駄がない腰つきに整った顔立ち。少し、鋭いように感じる目つきはまつ毛が綺麗に伸び、ふっくらとした唇も見せる。髪も背中まで綺麗に伸びたセミロング。切り口は揃えたカットであるが、その片方は龍のピンで抑えられて少し分け目を見せている。


 まさに美形。だれしもがその妖艶さに顔を紅くする。それが例え女性であっても。


 美しさを形にしたような蛇王は隣に立つ騎士の質問に興味がないように答えた。


「しかし、もし他の国が暗殺に反感を受けて慧王に手助けするような事になれば、我が国が不利になります」


「ない、妾が保証する」


 王の断言する言葉に騎士は少し、言葉を詰まらせた。


「な、何故そのように断言できるか訪ねてもよろしいでしょうか」


「ミサルカ参謀軍師、この国を支柱でもわからぬか?」


 少し、意地悪のような言葉で訪ねて見せれば、ミサルカは顔を青くした。そして、すぐさまに膝をついて胸を手で抑えた。


「も、申し訳ありませんありません。このミサルカ、軍師の身でありながら、主の質問にお答えすることができません」


「なにをそんなに怯えておる。このくらい、なにも答えられないからといって処分はせん」


「あ、ありがたき幸せ……!」


 なにをそんなに怯えているのか、隣で頭を下げる騎士をつまらなさそうに見てから、再び果実を手にとった。


「覇王、聖王、燐王、慧王。そしてこの蛇王を加えたこの5人は昔同じ屋根の下で勉学に励んでいたといえば驚くかの?」


「――」


 唖然とした顔でミサルカは顔を上げた。


「遠い昔の話しじゃ。まだ妾たちがこんな小さな頃。とある先生の元で王として色々な事を習った。名はトウカ、といったか。ご老体であったために亡くなったが、よき師であった」


 テーブルに置かれたワインを口に運んだ。


「蛇王様の学友が他の王であったとは、初耳で御座います」


「大っぴらに話すことでもないしの、妾としてもあ奴らと同じ学友であったことなど消したい過去じゃ」


 空になったワインに侍従が注ぐ。


「そう、短い時期であったが奴らの性格や思考はよく覚えておる。年は違えど根は一緒。むしろ、子供の時のほうがマシであったと言えるほどにの」


「性格や思考、ですか」


「左様。騎士道精神、正々堂々。そのようなモノに捉えれているのはこの中では聖王しかおらん。だがしかし、奴が援護に来るのはほぼ不可能」


「聖国は慧国の正反対。距離的に厳しいものがありますね」


「今、滅びようとしている国に援護にむかっても無駄じゃろう。もし仮に援護に来たとしても聖王はあの険しい山を超えなければならない」


「強固、難攻不落と言わしめた慧王の連砦。それが今となっては自身の首を閉めている、というわけですか」


「騎士にいない王は死あるのみ。妾がこの戦負ける要素など何処にもないのじゃ」


「蛇王様の才知にはいつも驚かせます」


「妾を誰と思ってる。龍王の血を引く蛇王ぞ」


 愉快そうにせせら笑い、蛇王は気分よくワインを飲み干した。


「まぁ、今回にしてみれば妾も運がよい。慧国の連砦には頭を悩ませていたからの。連砦は騎士あって難攻不落の防壁と化す。その騎士が亡くなったいまではただの建造物よ。これも、お主のお陰じゃ」


 そうして、冷たい笑みを浮かべて更に隣に立つ者に視線を寄せた。


「のう、エルベール」


 長い髪。メガネの女性が無表情で蛇王を見た。













「一応、協力要請を送ってみたものの……望みは薄いでしょう」


「可能性があるとしたら聖王だけど、距離的にも厳しいだろうね」


「やはり、俺たちでどうにかするしかないな」


 作戦を取り決める時、いつもは会議室で行われていたが今となっては騎士は2人だけとなってしまったので場所を移している。


 シキの部屋は寝泊まりを行う最上階に位置する場所の他に、本人曰く仕事場と呼ばれる書斎のような場所がある。書籍と紙を束ねたあらゆる書類を収める本棚が3つに、シキが座る椅子と大きめのテーブル。その手前、扉の近くに客を迎える長椅子の高さを合わせたテーブルが1つある。


 このテーブルを使う形で椅子にアレンと定晴が使い、ここで会議を行うようになった。


 人数が少ない会議というのは、やはり寂しいもので騎士という家族を失った喪失感がシキの胸をよぎる。


  しかしながら、決して一人ではない。頼りなくも可能性を秘める定晴と過去に栄光を収めた騎士達と引けを劣らない強さを持つアレンがいる。


 この2人も、あの暗殺に巻き込まれていたらと考えるだけで震えが止まらない。


「シキ様?」


 アレンが心配そうにこちらを見つめた。


「大丈夫。話を続けよう」 


 大丈夫、といえどもシキの中では今でも整理がつかない。突然に仲間を、家族をうしなった悲しみに整理がつくわけがない。それでも自分は王だ。騎士がなくなっても、国は、王は生きている。戦いはまだ終わってはいないのだ。

「東のラベールを失った今、残る砦はあと2つだ。この砦は死守しなければないでしょう」


 残る砦を全て失えば、後に残るのはこの城のみ。四方が山に囲まれ、自然要塞と化したこの城の防御力というのはそれ相応の高いものだ。だが、それに過信できるほどの力は今の慧国には持ちあわせていない。


 単純な兵力ならいざ知らず、騎士による力の差は大きいものがある。


「普通に考えれば砦1つに騎士を一人を置いて、残りは本城に後釜に備える。本城で経済的な業務や物資支援に徹すれば半永久的にも戦を続けられることが出来るのだが」


「今となっては騎士は俺とアレンの2人。定石では無理だろうね」


「幸いにも優秀な部下達がいる、物資支援などや経済的な面でいえば補うことはできるけど、肝心な後ろがいないとね。砦を護る騎士の負担は相当に大きいものになる」


 と、なれば残る手段は『リルフェ』に騎士2人を置いた徹底防衛戦。


「――リルフェに騎士2人を置いて、前線でひたすら籠城戦か」


「だが、この籠城戦が崩れば一気に騎士2人を失う」


 崖っぷちであることは変わりないが、ここで騎士2人を失えばもう終戦だ。


「いや――ボクも出よう」


 だからこそ、シキは立ち上がり、前へ出た。


「シキ!?」


「シキ様!?」


「どの道、君たちを失えばもう勝ち目はない。なら、ボクも前線に出る」


「だがしかし、本城での経済面はどうする?本城で王が空ければ欠落する部分も出てくるんじゃないのか?」


 王が戦場に出ることは珍しくない。王という存在はそれこそ別格な強さを持つ。騎士という存在すら霞む程だ。だから、大きな戦があった時、王が直接指揮をとったり戦に出て武力を奮うことはこの世界では珍しいものではない。だがしかし、それは騎士という存在があってこそだ。


 本城を王の変わりに守り、指揮する人間がいるからこそ成せる事、アレンと定晴が戦場出てしまえば本城を指揮する人間はいない。と、なれば当然支障は出てくる。王は国を持つ。国には民がいて、戦が全てではない。国の経済の流れ、一定の事務が発生する。それを処理する人間がいなければあらゆる部分で麻痺する所がある。


「重要な書類は向こうでする。後のことは彼女らに任せるさ」


「し、しかし……」


「言った筈だよ。君たちを失えばもう終戦。こんな状況で戦力の1つを出し惜しみしている場合ではないよ」


 それに、と悲しそうに言葉を繋いだ。


「ボクはもう、ボクの大切なものを失いたくない。ボクの手の届かない所で消えてほしくないんだ」


「シキ様……」


「それに、まだ戦場も碌に知らないひよっこがいるんだ。ボクがいないとアレンに負担が掛かってしまうからね」


「な、なんだと!?」


 いたずらっぽく笑ってみれば、アレンが柔らかい笑みを浮かべた。


「確かに、新兵が一緒だと色々苦労しそうだ」


「ア、アレンまで……!」


 暖かな雰囲気が流れた。


 シキが大切にしたいと思える、確かなものがここにあった。シキはそっと、定晴を見る。


 異世界から来たという、彼。


 今、こうして見ればどれだけ彼に救われているだろうか。


 ハッキリといえば、最初は彼を国のため、自分のために利用するつもりだった。


 男でありながら、氣を持つ女と同格の強さを秘める。魔法という未知数の力を知った時、彼の心情に関わらず、彼を騎士としてこの国に尽くさせるためだった。


 だから、意図的に近づいて――自分の女としてのメリットを最大限に活かして彼をこの国にとどめた。何処からか漏れたのか他の国から間者のようなものが流れて定晴を探りにきたこともあった。尋問するまもなく自害した点から、恐らくは蛇王か覇王。


 彼が他の国に流れてしまわなにように、少々大胆なこともしてみた。正直にいえば、王が1人の男の部屋に入り込むなど考えられないことだし、女男をあまり差別しないシキでさえ少々嫌な気持ちはした。


 でも、彼と接してみれば見るほど、定晴という人物に惹かれていく自分がいた。


 彼は決して嘘はつかない。相手の気持ちを常に尊重し、気を使って、時には馬鹿なところもあるけどその部分を含めて好きになっていた。


 何故だろうか。自分でもわからない。


 男女という性別、恋愛のような話しではない。とは思うけれども、彼を1人の人間として好きになってきたのは事実であった。


 一番に驚いたことが、別世界から来たというのに本心から自分を王として、主として騎士になりたいと言う。自分の夢を叶えるために全力で手を尽くすという。


  文化も、世界観も、戦争という命が軽く見えるこの世界の違いの中で元の世界とは恐らく180度も違う中で見せた彼の決心はしっかりとしたものであった。


 慧眼を使わずしても分かる。彼は本気で本当に自分の騎士になりたい。そう思っていた。


 何故?


 自分が同じ立場ならどうしていた?


 まったく知らない、他人のためにここまでだろうか?


 まったく、不思議な男だ。


 男性というデメリットも超えて、気がつけばアレンと親しくなり、主であるシキでさえ少し接しづらいと感じたエルベールすらも仲良くなっていた。


 彼が持つ魅力。それに、自然とシキも惹かれていた。


 ――ボクは、君たちを護ってみせる。決して君たちを死なせやしない。


 王として、1人の女として。1人の友達として。


 シキ・エルヴァーンは慧王として戦場に立つ。


 己の全てを賭けて。







遅くなってスマソ。

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