12話「定晴の意思」
畜生、まじで書くのが難しい。
紅く燃えるような絨毯が王座に真っ直ぐに伸びている。その上をしっかりとした足取りで胸を張って歩く。
両脇から向けられる視線は決して良いものではない。だが、歩く定晴を批判するようなものではない。
どこか、絶望に満ちた、諦めに似たような視線であった。
やがて、王座の前にたどり着くと膝を地面につけて頭を深く下げた。胸を手に当てたまま王の前で深く視線を下げた。
「サガラ・サダハル」
「はっ」
「汝、慧王の元で忠義を尽くし、その命を王に捧げるか」
「決して」
「汝、国を支え、王を支え、その全てを王に捧げるか」
「必ず」
王が立ち上がる。
「まさに、騎士となる者に真理を護るべし。王にその命を捧げ、全てを捧げて守護すべし」
そして、定晴の前まで歩み、その腰に付けられた王剣を抜き放った。白銀の輝きを見せる剣の腹を2度、定晴の首筋に打ち付ける。それが終わると剣先を定晴に向けた。
「サガラ・サダハルよ。己が王の剣となり盾となる騎士であるならば、この剣を収めよ」
定晴は顔を上げた。
「我が身は王と共に」
王から向けられた剣を両手で受け取り、その剣を持ったままに一礼。そしてその剣を腰に帯びた鞘に収めた。
「これより、サガラ・サダハルは慧王の騎士となった!皆、新たなる騎士に祝福を!」
鳴り止まない拍手が、定晴を包む。
「これを」
騎士叙任式シキに呼ばれて王室に入ると1つのフード付きのマントと共に騎士の装備一式を渡された。
新たに騎士となった者は王から選りすぐりの装備品を渡される。派手な装飾品ではなく、実用的な装備だ。市場で出回っているような市民が使うような、一般兵士たちが使うような装備とは比べ物にならない程の物である。
定晴が渡されたのは篭手と黒い手袋。アレンのように全身を銀色に染めた防具ではなく、定晴の特徴を最大限に活かせるように工夫された装備品だった。マントはフード付きで、肌触りがとても暖かい。日本でもこれ程のものは高価に扱われるような物だった。
それを受け取りながら、定晴は拳を強く握りしめた。
騎士になると、この世界に来て決めた目標が、今現実になっている。だが、それは決して喜ばしいものではない。
自分が騎士となったのは、大きな犠牲があったから。
いや、なったのではない。ならざるを得ない状況であったから。
慧国の騎士6名の死亡。
それは多分、この世界に置いてかつて無い大きな事件であるのだと思う。戦争において、戦に置いての騎士の死亡はその国の滅亡に繋がると言っても過言ではない。実際に、騎士が死に王が死んで国が滅びた国が多い。しかしながら、同時に、同じ時間。それも戦時外での死亡は未だかつてないものだ。
「今、ボクの国がどういう状況か分かるね?」
口唇を噛み締めたまま、シキは真剣な眼差しでアレンと共にこちらを見た。
「これまでの戦いを乗り越えてきた騎士たちはいない。重要な砦を指揮していた騎士は勿論、この国の政治的管理を行っていた騎士もだ」
慧王直属の騎士は総勢2名。
これがどういう状況であるか、定晴にだって分かる。騎士見習いは存在せず、騎士はアレンと定晴以外に存在しない。
日本で言うならば、内閣の損失。総理大臣と防衛大臣以外の死亡。それが国にどういう影響を与えるか想像を絶するものである。
政治的に経済は、エルベールの配慮により頭を失っても即座に麻痺するような組み立てではない。“もしも”を想定してあらゆる補佐と保険を用意してくれたため、全てがストップするような混乱はなかった。
でも、騎士の損失は兵の士気にも影響する。
それだけではない、戦争の中での決定力は騎士に依存する場合が多い。圧倒的な力を見せる騎士はただ、兵をまとめるだけではない。その身で戦場をガラリと変えることができる存在だ。
圧倒的な力の低下。正直言えば戦争を行うような力は今はない。
だが、降伏という選択肢はシキの頭にはなかった。
敵はまってくれない。では、今何をすべきか。
「ハッキリと言えば君はまだ騎士である実力を持ちあわせていない」
「――っ」
「でも、君以外に騎士にできる人間がいないのが現実だ」
騎士になるべく育てた見習いは定晴しかいなくなった。他にも候補生はいるが今、この状況で騎士にあげて頭を任せば確実に系統が混乱する。
「サダハル。状況は厳しい。でも、やってくれるね?」
シキの言葉に頷いた。
騎士になりたいと思っていた。それは、初めて自分で何かをやりたいと思えた事かもしれない。
今ままで20年間の中で生きてきた中で思えた、自分のやりたい事。何処か流れるままに人生を何処か無駄に生きてきた自分の目標だった。
シキのために、騎士になる。王のために、騎士になる。
たった数ヶ月の生活も日本で過ごした20年の何倍も充実した生活だった。
辛いこともあった。でも、楽しいことの方が多かった。
あの夜。人を殺したあの夜。
シキのために騎士になりたいと決めたなのに。シキのために何かしてやりたいと思えたのに。
どうしてか、それが叶った今はとてつもない、騎士への嫌悪感を抱いていた。
何故か?
それはあまりにも簡単で、自分に吐き気を覚えるような答えだった。
“殺される”
定晴は、震える手でタバコを握りしめた。
ニコチンやタールを摂取してもまるで落ち着かない。焦げるような匂いが拳から漂い、そのまま机にたたきつけた。
人を殺すことに何の感情も持たない癖に、エルベールが殺されたというのに、悲しみよりも、怒りよいも恐怖という感情が勝っていた。
部屋の中で見た肉片の数々。もし、自分がエルベールの誘いを断らずに宴会に参加していたら?そう考えた時、吐き気を覚えた。
騎士に、なりたくない。
騎士になれば、真っ先に狙われる。あの時の戦闘の非じゃない戦場が待っている筈だ。
怖い。
まだ見えぬ先に感じる恐怖と騎士になり、国を支えなければいけない重圧に潰れそうだった。
「シキに……相談してみよう」
騎士叙任式が終えても、今ならまだ間に合うかもしれない。自分以外に、まだ適任な騎士がいる筈だ。こんな国の状態自分のような戦もわからない男が騎士になっても国の利益にならない。
だから、騎士は取りやめてもらおう。
そう思い、自分の部屋を出てシキの部屋へと向かった。
最上階に位置する王の部屋。大きな部屋に相応しい扉の前へ、体を引きずるように歩いた。騎士を取りやめてくれ、と懇願する情けなさや恥ずかしさよりも恐怖の方が勝っていたから、重い足取りであるがシキの部屋までやってきた。
そうして、その扉にノックをしようとして――ふと手が止まった。
悲しみに包まれた女性の声が奥から聞こえてきたからだ。
「なんで……!なんで……なんだ!」
激しい、癇癪のような泣き声だった。
「エルベールも……!サクスも!人間の死に方じゃない!騎士の死に方じゃない!彼女たちは、ボクの自慢の騎士で……!ボクの家族で……!」
あんなにも、凛とした彼女が叫び、喚いて泣き声を上げていた。王である彼女はいつでも、人前では王の風格を持って威厳を保っていたというのに。まるで年がいかない子供のように大きな声で一人で泣いていた。
王である前に、彼女は人間だった。
こんな時だからこそ、王が不安に駆られ、悲しみに駆られれば下につく者達の士気に関わるのだと考えていたのだろう。エルベール達の葬儀でさえ、涙は見せなかった。
騎士を補佐する従士達は言っていた。
なんとも心が強いお方だ、と。
でも、違うのだ。アレンの前で泣き顔を見せる彼女の心は限界を迎えていたのだ。
「――」
定晴は、くるりと踵を返した。
扉の前で、女の泣き声をいつまでも聞くのは悪趣味というものだ。
それに、自分にはやるべき事が沢山ある。
来る時とは違う足取りで、定晴は前へと歩く。先程の自分を定晴は恥じた。何が騎士になりたくないだ。何が死ぬのが怖いだ。
「サダハル」
王の部屋から少し離れた場所に立つ柱に、アレンは背を預けていた。
恐らくは、彼女もシキの声を聞いていたのだろう。
「シキ様は――」
「わかってる」
2人は歩みを止めない。
定晴はアレンにも、シキとも、共に肩を並べる力はないのかもしれない。でも、だからといってその歩みを止めようとは思わない。
今更、後には引けない。やらなきゃ負ける。それだけだった。
「……東の砦の1つ、『ラーベル』が落とされた」
「蛇王か」
「あの暗殺も蛇王の仕業だと思っていいだろう」
静かな怒りが満ちた。
このタイミングを計らったかのように、蛇国の進行が始まり、すでに1つの砦が落とされた。そう考えれば蛇王が行った暗殺と考えるのが普通である。
「恐らくは、爆発系の燐……。外から侵入して爆発させたとは考えにくい」
「決起集会の中で集まった者の中に裏切り者が……?」
「あぁ、考えたくはないが、そういう結論が出た」
となれば、その裏切り者はこの世にはいないだろう。
人の造形がなくなるほどの爆発。あの部屋を見ればその威力が如何に凄まじいものかが理解できる筈だ。2階奥にある部屋から外に出るほどの余裕もなければ、近くで不審な人物を見たものはいない。時限爆弾のような力であれば、設置した後に離脱できるかもしれないが、燐という特徴を考えればそのような“魔法”のような事はないだろう。
自爆テロのようだと、定晴は思う。
怒りが湧き上がってくる。エルベールを、自分の師を仲間を失った悲しみよりも仲間を裏切った者を――蛇王を許せない。
シキを泣かせた蛇王を許せない。
「覚悟はできているか?」
「あぁ」
「きっと、多分死ぬ程辛いぞ」
「シキはそれ以上に辛い」
「……そうか、そうだな」
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